賢人の選択
※7月12日改訂
「い、いまのは」
「分かりましたか」
さっきのが天井だと思われたアルヴィスのショットはさらに速くなった。
今のショットの一瞬の煌めきは世界戦に出る選手にまったく引けを取らないだろう。
しかし、それ以上に異常だったのが彼、ユノウスだ。
速さでわずかに劣る程度でボールを仕上げてアルヴィスのショットを完璧に捕らえた。
捕らえたのだ。
しかし。
「あれは、ショット・オブ・スピアーでは?」
「そうだ。槍構造のショット。ユノウスくんのボールはアレの弾頭部分は砕けたが、続く槍の胴体にボールを切り裂かれることになったのだ」
弾丸型ではなく非常に細長い力場構造を持つショット。
ただ、それだけだが、それでも魔法式は複雑になる。
あれを最速のショットと同じ速度で実現することは出来ない。
それはつまり同じ力量のシューター同士なら単純ショットを撃った方にスピアーショットは負けるのだ。
しかし、リスキーではあるがボールには消されない。
この時点で、いくつか畏怖すべき点がある。
あの最速のショットはスピアーだった。つまり、あの速度ですらアルヴィスの最高の最高では無いということ。
そして、その最速を誇るアルヴィスが最速を捨てて、技巧に走ったということ。
ただ、速いだけではおそらくユノウスのボールに負けると言う判断がなされていたとすれば。
この戦い。次元が違いすぎる。
「彼らはいくつですか?出来れば私のチームにスカウトしたい」
嘆息したオスマン卿にクリフト大公は笑った。
「はは、無理だろ。気持ちは分かるがな」
◇◇◇◇◇
速すぎて魔法式を読み切れなかった。
あの速さ相手にあれ以上タイミングを遅らせられない。
ボールでは絶対に勝てないという事かな。
さて、次の手を考えないと。
するとアルヴィスが競技線を離れ、僕の前にやってきた。
不思議と通る声の彼が告げた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね」
「試合中だぞ」
「そう、それじゃ、一言だけ」
彼はいたずらを仕掛けるような顔で言った。
「僕は賢人アルヴィス・ウォー・ヴィズルムング」
「賢人だと?」
その名を聞き、僕は驚愕した。
賢神ヴィズルの継承位は世界に一人しか居ないはず。
その能力は、確か・・・。
「賢神の祝福はただ一つ。新たな生への知識と人格と魔力の伝承だよ」
おい、待て。こいつ。
魔力・知識継承型の転生チートだと!?
なるほどなぁ。
たしかにこいつは強いだろう。
半端ない奴だ。
「きょ、競技線に戻ってください!」
「君の実力を見せてくれ。ユノウスくん。さすがに相手が居なくて飽きてる」
「お前は」
彼が去っていく。
それを眺めながら思案した。
なるほど。うん。確かに面白い。
僕は意識を集中した。
今まで自分から仕掛けることは無かった。
正直、こっちもずっと手加減してきて飽き飽きだったからな。
望み通り、本気出してやるよ。賢人。
「レディ!」
僕は手を掲げた。
解き放つイメージは、
これだ。
「GO!!!」
◇◇◇◇◇
今の撃ち合いの結果に会場がざわついている。
「こ、これは」
「ドローですな」
お互いが一歩も動いていない。
つまり、相克である。
魔素は壮大に弾け、凄まじい量の光源が会場に飛んだのだが。
お互いに構えたままだ。
「しかし、今の魔法式は」
「信じられない」
ユノウスが今、使ったのが回転する斥力場を持った言わばスピン・アウト・ボール。
相手のショットにぶつけて回転する力場で外にはじき出す低速・重回転弾。
対するアルヴィスは無数の凸状力場を持つ盾構造力場、スパイク・シールド・ショットだ。
ちなみにどちらもおそらく完全なる新技だ。
色見香が渦をまき散らしながら消失し合い、その派手なぶつかり合いに歓声は大きな声をあげて喜び、魔法式が読めるであろう審判員と極一部の観客は息を飲んだ。
「い、今のはとんでもない大技ですよ!あの超回転する力場なんてショットでもスピアーでも明後日の方向に弾けるはずです」
「あれほどに重厚な回転力場を一瞬で」
しかし、なぜ、あれほどの速度で前に進んだのだろうか。
単一体のフォースではあそこまで強力な回転力場を生み出せば、その場で固定され、回り続けるはずだが。
「回転で揚力を生み出して進んでいるのではないでしょうか?」
オスマン卿の指摘にクリフト大公は首を捻った。
つまりはヘリコプターのホバーリングだが、その知識の無いクリフト大公にはぴんと来なかったのだ。
「揚力?なんだそれは」
「いえ、私も伝え聞いた程度の知識ですが、えーと、鳥が飛ぶ原理ですな」
「むむ、そうなのか。しかし、アルヴィスのあれもやっかいだぞ」
「ええ、スパイクが力場を切り裂いて無効化してしまいます。さらに凸状構造を破壊しても本体が残りますし」
「もしかすると本体をただ破壊するだけでは棘が飛び出す仕組みなのかもしれん」
「弾け玉ですか!防御は至難だ!」
お互いに素晴らしい工夫を凝らした技で来た。
結果は回転が棘を飛ばしてその場で暴発し、互いの力場を上手い具合に喰い合って、ドローになったが。
「ふふ、こういう試合があるから技巧戦はやめられません」
「ふむ、確かに。まぁ、私は速い方が好きだが」
◇◇◇◇◇
うーん。
一本取るつもりだったのに引き分けた。
お互いに知力チートだが魔法の力量では相手の方が上か?
どうしようかな。
どうやって出し抜く?
考えよう。
いや。ここは。
「次がエースオブエースだよ。ユノウスくん」
彼の宣言に僕は苦笑した。
挑発されまくりだな。
僕は笑って応じた。
「面白い!しとめてやんよ!アルヴィス・ウォー!!」
◇◇◇◇◇
一方、応援席。
「にいさま」
一本取られた分だけユノウスさん不利ですか。
その状況に一同は息を飲みました。
「やはり、アルヴィス・ウォーはお強いですね」
私、ユリアのその言葉に何故かむっとした顔でアリシスさんが言いました。
彼女は先ほど、妹さんに紹介してもらいました。
この方もユノウスさんをあれですね。
「大丈夫よ!あいつは非常識なんだから!」
確かに彼は非常識人間ですが。
そこまで強く信じられるほどの信頼が羨ましいかもしれません。
私は眩しそうにアリシスさんを見ました。
「ええ、信じましょう」
「そうよ!大丈夫なんだから!!」
「ところで、アリシスさんはユノウスさんのことがお好きなんですか?」
「え??」
ナニヲイッテイルノ?
アリシスさんが混乱した面もちで私を見ます。
私はよく分かりませんが笑みを返しました。
「べ、べべべつにあいつのことなんてなななんともおもってないわよ!」
「姫」
シエラが心配そうにアリシスを見つめています。
良いお友達なのでしょう。
「あら、結構もてますね。ユノウスさん」
「くっ、にいさまはモテモテなのです!」
妹さんは渋々と言った感じでそう呟きました。
色々、素直に認めるのは嫌なのでしょうね。
「な、なに言ってるのよ!?だから、私は!」
「お互い頑張りましょうね」
その言葉に首を捻るアリシスさん。
「どういういみ・・・??」
「そこは本気で分からないんだ、姫」
あらあら。
「え?え?」
「姫、ちょっとこっち」
シエラがアリシスに何かを耳打ちしています。
「いやいや、嘘でしょ!なんで聖女さまがあんなやつのことを・す・・き・・・・・え?え??」
何故か、彼女は私を見て顔を真っ赤にしました。
うーん。
彼女がこの調子なら、後は妹さんだし、ひとまず彼の身辺は大丈夫そうですね。
自分にはお勤めがあってそう長く彼にアプローチをかけられませんし。
するとずっと黙っていたカリンさんが口を開きました。
「それで、どうなんだ?私には差は分からないが?」
「信じがたいですが互角です。いえ、わずかに魔法式の編成速度ではにいさまが負けてる、です」
「そうですね。私にもそう写りました」
「かなりヤバい感じか。彼がこのまま終わるとも思えないが」
「うわぁーみてらんねぇ!師匠勝ってくれー」
そうですね。信じるしかありませんものね。
「勝ちましょう。ユノウスさん」
◇◇◇◇◇
「レディ!!」
「GO!!!!」
◇◇◇◇◇
競技線から飛ばされたのはユノウスだった。
その結果に僕、アルヴィスは満足げに笑った。
「やはり、君はおもしろい」
「僕はあんたが怖いよ」
彼がそう呟く。
やれやれ、この状況で、何を言うかと思えば。
おかしくなる。
そして、久方ぶりに楽しい気分だ。
「勝者!!アルヴィス・ウォー!!!」
今までで最大の歓声が挙がる。
僕は小さく魔法を唱えた。
音を響かせる魔法。
ぱん。
ぱん。
と大きな拍手を二回、鳴らした。
静かに、のジェスチャー。
「審判。残念ながら彼の勝ちだ。僕の後ろの壁を見てくれたまえ」
僕は後ろにあったコロシアムの壁を指さした。
「こ、これは」
審判が確認する。僕は確認する間でもない。
そこには真新しい穴が開いているのだ。
「彼のショットはバリアを貫通した。つまり、そういうことだ」
彼のショットが僕の方に飛んでいたなら軽く体に穴が開くところだったな。
わざと外してくれてありがとう、と言いたいところである。
「で、では先に彼が??しかし・・・」
判定不能と言った顔だな。
僕の今のショットの性質を考えると仕方がない。
「彼の方がずっと速かったよ。まぁ、どっちでもいいさ。審判の判断を仰ぐまでもないさ。僕は棄権する」
審判には言いたいことだけを言って僕は彼に向き返った。
「君のあれは螺旋回転を加えたスパイラル・バースト・ショットだな。まさか、最後に加速・貫通性能に極振りで勝負してくるとは」
螺旋回転に加えて弾頭を叩くように後方構造が自壊してさらにコースを変えながら再加速するという神速可変貫通のショットだ。
おそらく、僕の最速よりなお速い。
恐るべき速さのショットだ。
今までの彼は速さよりアイデアで勝負する傾向になった。
故に速度勝負ではないと踏んだ手を撃って裏目に出たようだ。
ユノウスはいささか苛ついた顔で言った。
「あんたのインビジブル・ウェブ・ショットの方がとんでもないだろ」
「ふふ。巨大な力場の波を生み出し、一点に置いて収束させる防御不可魔法だったんだけどね」
力場を収縮するのではなく拡散して放つ。
いくつもの異なる波長を持つ巨大な複波をコロシアムの壁や地面の反響で合成して相手のみを飛ばすショット。
発動すると複数の波の収束点によって相手を吹き飛ばす、相殺・防御することのできない見えざるショットとなる。
防御不可と防御貫通。
ただし、速さを求めたユノウスの方が結果的に先に決まっており、それを重視するこのデュアルのルール上では当然、ユノウスの勝利であると言えたのだ。
「またいつか試合をしよう」
「僕は嫌だ」
「はは、そういうな。楽しみに待っているよ。ユノウス・ルベット」
僕はそう言って会場を後にした。
久しぶりに気持ちが良い。
僕が負けるとはね。なかなか得難い体験をしたものである。
◇◇◇◇◇
「ま、負けたのか?」
「あの、初等部歴代最強の呼び声高いキングオブデュエリスト、アルヴィス・ウォーが?」
「すげぇ」
観客に動揺が走っている。
審判はアルヴィス・ウォーの棄権を以て、勝者をユノウスに変更した。
「すごい試合だったな」
「ああ、あの速さは正に正義だ」
瞬時にコースが変化する超剛速球か。
ある意味においてショットの完成型とも言える必殺の一撃。
「消える魔球か。しびれますなぁ」
二人とも今の試合の余韻に浸って言葉少なである。
それほどまでに素晴らしい試合だった。
ほくほく顔のオスマンがしみじみと呟いた。
「新しい時代の到来ですな・・・」
「ああ、しかし、まいったなぁ。彼らがデュエルの世界戦に出るまで何年待つ?待ちきれんぞ、くそっ」
「はは、また来年の三校対抗戦がたのしみですな」
「そうだな!来年も視察するぞ!ははは」
◇◇◇◇◇
「まさか、負けましたか。学長」
僕の付き人である副学長のアールドが話しかけてきた。
「ああ、楽しかったよ」
久々に痺れる魔法戦が出来た。
それに比べれば、たかがデュエルの勝ち負けなど、もはやどうでも良いことだろう。
イシュヴァリネの前学長オーヴァが齢255歳にして死去したのはもう12年前の事になる。
彼は賢人であり、そしてアルヴィスの前身であった。
オーヴァの知識が継承されたことを学院は隠してきた。
奇跡の魔法使いのすべての技術と才能を修めたアルヴィスはまだ子供なのだ。
実力を付けるまで隠す方が良いという判断だった。
「まだ、あれほどの実力を持つ魔法使いが在野にいるとは」
「ああ、うん。驚いたよ」
彼が、これほどの実力者とは思わなかった。
賢人の加護は残念ながらLVにまでは及ばない。
転生を果たしたことでLVは1に戻った。
しかし、魔力の継承は行われている。
さらに幼少期より最適な訓練で魔力の底上げをしてきたアルヴィスである。
ふつうの魔法使いなどでは太刀打ちは出来ない。
その彼をしてほぼ互角ではあった。
一番の違いは知力だろう。
何世代もの知識を蓄えてきたアルヴィスのそれを彼は凌ぐ。
発想力と知識の深淵。一体どこまで。
アルヴィスは笑った。
「彼が噂の「竜を滅ぼすもの」か。アルファズスも面白い男を拾ってきたものだな」
◇◇◇◇◇
試合を終えたユノウスは見るからに消沈していた。
いつも生意気なだけに余計に目に付く。
「にいさま・・・」
「まさか負けるとは・・・」
「なんでよ?勝ったじゃない」
ユノウスの様子に呆れたアリシスがそう呟いた。
「見えざる一撃だと!?この僕が中二病で負けるなんて!」
あの賢者の高笑い。
最後に絶対に勝ったと思ってただろうなぁ。
気持ちよく負けたって違うだろ・・・。
僕は試合に勝って、勝負に負けたんだ。
そう、絶対に譲れない部分で負けたんだ。
く、くやしくなんかないもん。
アルヴィス、なんて恐ろしい子・・・。
「おいたわしや、にいさま・・・」
「何の勝負をしてたのよ!!あんたたち!!」
次はもっと凄い技を編み出して勝つ。
ユノウスは心に強くそう誓ったのだった。




