領主さまの最初のお仕事
※7月12日改訂
週末日。
べオルグ領辺境伯の屋敷に仕える侍女のアリアは緊張の面もちで新しい主人の来訪を待っていた。
この地を領土とする辺境伯爵位が一時空座になり、新しく9歳の子供が赴任すると聞いたときは余りのことにちょっと白くなったものだ。
周囲から言われていることは、いよいよ中央がウォルドとの戦争を決めたのだろうということだ。
そして、ここは戦場になる。
アリアにとっては生まれ育った土地だけにとても悲しいことだ。
いつかは家族を引き連れて、この故郷を捨てて、逃げるという選択肢もあるのだろう。
しかし、職の無い人間が他の土地に移り住む過酷さも同時に知っている。
この新しい主人は新たに男爵位に命じられた様だけど、一方でまだ王立学院に通う学生らしい。
やってきたのは一人の子供だった。
本当に9歳の子供だ。
何度も見返すがやっぱり9歳の子供だ。
貴族に見える煌びやかな格好に男爵位の階級証とこの領地を持つことを記す本来は辺境伯のものである紋章を付けている。
意外と様になってはいる。
だからと言って何の救いも無いが。
親とか従者とか来ていないのか?というか、馬車の姿すら無い。
どうやってやってきたの?
この子?
疑問は尽きない。
この子供がなにやら中央で功労を上げたのは事実らしいが、それにしてもまさか、本気で子供がこの地方を治めるのか?
彼が9歳の幼い子供としてわがままをしまくれば、どうなってしまうのか?
そら恐ろしい。
「まずは全部の従者を集めてくれ」
「え?はい」
言われて大急ぎで集める。
その間、子供は静かに地図を広げて資料を確認していた。
「これで全員か?」
「はい」
「まず、確認をする。良いな?」
何を確認する気だろう?
疑問に思う私たちの前で子供が呪文を唱えた。
魔法使い?
魔力は誰でも持っている力だが魔法として使いこなせる者はほとんどいない。
少なくとも庶民ではそうそう魔法に出来るほどの魔力素養を持つ者は居ないのが実状だ。
何が起こっているのか理解できずに佇んでいると彼は告げた。
「カインツ、ミーチェの二人だけがウォルドの間者か」
「な!?」
嘘。
私は驚愕に目を見開く。
絶句する二人に子供は淡々と告げた。
「へー、意外にすくないな。まぁ、良い。二人は雇い主のブッフェドート卿にでもよろしく言っといてくれ」
「に、逃がすのですか?」
その反応に二人の疑いが事実だと理解した。
「やめるのは自由だよ。状況はわかった。みんな、持ち場に戻ってくれ」
彼はそう言うと手を振った。
混乱した様子の二人に対しても、さして興味を示さない。
どういうつもりだろう。
顔を青くした二人はそそくさと去っていく。
二人はこのまま、辞めるのだろうなぁ。
まさか、間者なんてしてたのか。
「次は騎士と団員を呼んでくれ」
と言うか、お互いに自己紹介すらしていない。
彼の言葉に私は困惑しながら頷いた。
◇◇◇◇◇
訓練場に騎士たちが集められた。
この地方を納める領主の手足となる騎士たち。
正直、彼らは騎士の身分を傘に着ていつも偉そうなのでアリアは苦手だ。
アリアが「領主の命令です」と言ってもまともに言うことを聞かないような連中である。
町のチンピラと大差がない。
今回もなんとか言うことを聞いてくれたが、その理由も新しい領主の顔を拝むという自主的な目的があったからに違いない。
彼がやってきた。
彼は集まった騎士の整列を見て眉を歪めた。
列はだらしなく、てんでばらばら、ごく一部を除いて、騎士たちはにやにやした顔を隠そうともしない。
彼は不快そうな顔でそれを見つめた。
「悪いが確認をさせてもらう」
騎士たちにも従者たちにしたのと同じように何かの呪文を唱えて、何かを見定める。
しばらくして、彼は言った。
「新たにファーンを騎士団長に命ずる。上位騎士にリンス、グルド、コルド。騎士にテッドとヤーンとフリエスとエイナスを追加」
「な!?」
いきなりの大規模な人事異動だ。どういうつもりだ?
「現在の騎士団長オーズは騎士除名。同様に上位騎士のデリフ、ガイル、グリッゾもだ」
「ど、どういうことですか!?納得できません!!」
困惑する騎士団長オーズに彼は目を細めて告げた。
「オーズ、デリフ、ガイル、グリッゾ。お前たちは荘園の税を不当に巻き上げているな。この土地の税収は全て領主の物だぞ?」
「なんの証拠があって!」
怒るオーズに冷たい言葉で告げた。
「領主の裁量に文句があるのか?さて、貴方はどういう身分なんだ?」
そう言って子供は呪文を唱えた。
――― 魔七連式雷轟
騎士たちが身構えるより早くその魔法は訓練場にあった木人一つに強烈な雷光をもたらした。
視界を染める閃光と爆音に驚愕しながら、全員が木人に注目した。
全てが消し炭に変わっていた。
元の形は跡形もない。
まるでアルマグランツの雷光を見ているようだ。
私は恐怖に足が震える。
「貴方たちは運が良い。只の木人だったら今頃、有無を言わせずに形も無くなっているだろうからね」
「あ、あ」
「心配するな。証拠なんて面倒な物を押さえる気もない。僕は雇用者の権利として騎士を罷免するだけだ。さぁ、どこにでも行き賜え」
子供はつまらなそうにそう告げた。
「き、きさまぁあああ!!」
叫びながらオーズが剣を抜いて突進してきた。
一閃。
子供は目にも止まらぬ速さで抜いた剣を振った。
気づいたときには、オーズの剣が飛ばされ、その喉元へと剣が突きつけられていた。
「主君たる領主の僕に剣を向けるなど、やはり、貴様らは騎士では無いようだ」
冷たい子供の言葉にオーズが震える。
「き、さま」
「失せるが良い」
ぞく、とする程の殺気が子供から放たれる。
その気に当たられてオーズやその取り巻きだった上位騎士たちがその場に崩れ落ちた。
な、なんなの??この子。
「なんだ、この程度の気合撃ちにも耐えられないのか」
呆れ顔の子供が剣を納める。
あまりのことに絶句した騎士全員を見渡すと宣言した。
「僕は今までの領主ほど甘くはない。精々、覚悟するんだな」
そう言って子供は、にやりと笑った。
ああ、これは全然、別の意味で大変なことになった。
「次は文官を集めてくれ」
「は、はい」
◇◇◇◇◇
午後、僕は訓練場近くの空き地に来ていた。
午前中に文官、騎士、従者の粗を探して人事を一新した。
それぞれの適性を見てから機能するように人材を入れ替えたのだ。
しばらくは多少もたつくだろうが、改善されるはずだ。
僕は空き地の具合を確かめると、とある魔法に取りかかった。
――― 迷宮作成
魔神の一柱がトッティが司る空間を歪めて階層式の迷宮を作り出す魔法だ。
普通に考えて、地下を掘って、100層のダンジョンなんてそうそう作れない。
とんでもなく途方もない労力だろう。
だから、空間を歪めて地下に周囲の魔素を集めて溜め込む空間を作り上げるのが正規なのだ。
迷宮作成は準神級と言えるほどの大魔法だ。
魔神は魔法を司る神であるが故に他の神と比べても大魔法が非常に多いのも特徴だ。
ただ、本来のダンジョンクリエイトは数十人の魔法使いが集まって使う程の魔法だ。
僕一人でこれを作るとなるとさすがに多少簡易なものになってしまう。
僕は兵士たちの調練用にダンジョンを作ることにしたのだ。
だって、普通に鍛えるよりLV上げた方が断然早いし。
僕はアレンジを加えたダンジョンを作成した。
それは広大なホールエリアを一個だけ持つと言うものだ。
つまり、大規模戦闘に特化したダンジョンと言うことだ。
階層は地下35階。広さは縦横2倍。
最下層に王立学院のダンジョンで拾ってきたエリアボスを入れておいた。
これでそこそこマシなダンジョンになるはず。
使えるようになるまでちょっと待つか。
「後は教官だな」
◇◇◇◇◇
「と言う訳で教官をしてくれませんか?」
僕のオファーの言葉に不満げな声が返ってきた。
「おいおい。何で、私なんだ」
場所はエルフの里。
エレスの嫌そうな顔を見ながら僕は苦笑した。
優秀な戦士というと彼女しか知らないし。
僕は領地内にテレポートポイントを置くやこっちにやって来た。
目的は優秀な訓練教官のスカウト。
「師匠。こんなところでだらだらも嫌でしょ?」
こんなところのエルフの森。
エレスは母であるミリアの話し相手をする傍ら、この近くの冒険者ギルドでちまちま稼いでるらしい。
ちなみにミリアはさっきから一心に「ユノ、ユノ」と呟きながら、僕に抱きついている。
ちょっと怖いです。お母さん。
「そうは言うがべオルグは遠いし、なぁ」
渋るエレスに僕は言った。
「僕が一緒にテレポートで運びますよ。週3回。半日しごいたら、送り迎え付きで日当は3000Gでどうです?」
「む」
送迎付きで日当3000Gならそう悪くはないはず。
騎士団長1000G、上位騎士700G。
下位の騎士の俸給が一日500G程度らしいし。
兵士が100G。飯、寮付き。
ちなみに地方軍の内訳。
騎士団長 1人。
上位騎士 50人。
騎士 200人。
一般兵士 1万9800人程度。
月20日労働で、
維持費 20×100×2万×12=4800万。
大体年間5億ぐらいは金がかかる計算だ。
日本円で50億か。
兵など大して役にも立たないのに維持費、高すぎだろ。
「死ぬほどしごいて良いですよ」
「む、む」
しばらく唸っていたエレスだがため息を吐いて言った。
「まぁ、お前のバロン就任祝いでやってやるか」
「ありがとうございます」
というわけでエレスに教官を頼むことになった。
これで多少はあの騎士団もマシになるだろう。
あとは文官だが。
「クレイの奴が連れてくる学者か」
正に渡りに船と言った感じだが。
過度の期待は良くないな。うん。
使える奴だと良いが。
◇◇◇◇◇
嘆かわしい。
そして、まったく面白くない。
この世に私が仕えるべき主などいないのだろうか。
優れた文学を修め、この世の有像無像を巧みに操る術をも修めた。
その自信があるとは言え、良く使う者がいないのであれば、その才能もただ錆びつくだけと言うものだ。
いや、今度、この国の王になるライオットなる男は非常に有能だという噂だ。
事実そうであるならば、自らを売り込んでみるのも悪くはない。
悪くは無いが。
「聞こえてくる噂程度の器ではなぁ・・・」
何となく、生涯の主と仰ぐ相手には違う気もする。
直感にピンとこないのだ。
私は道理は道理として考える方ではあるのだが、一方で直感も大事にしている。
まぁ、良い。
古くからの友人のクレイが「変わり者のお前にぴったりな奴がいる」と言って仕事を持ってきた。
その変わり者という評は甚だ心外だが、仕事はありがたいことである。
いずれ、この身を立てるにしても、雌伏の時を過ごすため、一時の稼ぎを確保することは重要なことである。
しかし、たかが、商人如きに長く仕える気も毛頭ない。
そう言うつもりで私、エヴァン・リッカーはいたのだ。
その時までは。
◇◇◇◇◇
その日、酒場にて待っていた私の目の前に現れた男は端的に言って冴えない、と言った風貌だった。
外見上、覇気が無く、見るところの無いだらしのない男の様に思えた。
「俺がユノウス・ルベットだ。ユノウス商会というのをやっている」
どうしてこの様な男が。
「エヴァン・リッカーだ。クレイから聞いている。随分、遣り手らしいな」
私の自己紹介を聞いて男はにやりと笑った。
その笑みに印象ががらりと変わる。
見た目通りに無害な男とは思えないな。
全体の印象を覆すほどで無いにしてもそれなりに注意しよう。
男は顎の無精ひげをさするような仕草をすると言った。
「ふむ、ちょっと確認させて貰って良いか?」
そう言って、男は呪文を唱えた。
なんだ。
この魔法は?
一応、魔法についても幾分かは見聞がある方だ。
まったくの無知では無いつもりだったのだが。
聞いたことの無い呪文だ。
「ほぅ、北の賢者に師事したのか」
「なに?」
自らの師匠を言い当てられ、ぎょっとする。
今の魔法、まさか。
「まさか、俺の記憶を読んだのか?」
「そうだ」
何ということだ。
私ははっきりと不快感を抱いた。
自分の知識には相当な自信がある。
それを盗み見られるということは甚だ不愉快だ。
同時に、この目の前の男がとんでもない大魔法使いだと言うことも理解した。
「お前、只の商人ではないな」
「そういうお前も只の学士ではないか」
そう言うや、男は何かの呪文を唱えた。
すると、冴えない男の風貌は消え去り、目の前に9歳ほどの子供が現れた。
酒場に不似合いな姿だが周囲は気づいていない。
気づかないようにし向けている?
どんな魔法だ?
「なんだその姿は」
「これが僕の本来の姿だ」
その言葉に私は困惑を深めた。
「色々、予定変更だ。お前は僕、ユノウス・ルベット・バロンが雇おう」
◇◇◇◇◇
ユノウス・ルベット。
風の噂は聞いたことがある。
公爵家の次男坊。
噂にあった王家のいざこざで功労を認められ、齢9歳にしてべオルグ地方の辺境伯相当の位に就くと。
実際の位は男爵らしいが。
「正直、人手が足らないんだよ。僕は王立学院の学生でね。ついでに商会も持ってる。普段自由な時間は少ない」
「べオルグだと?ウォルドとの国境じゃないか」
「まぁ、面倒だよね」
面倒どころじゃないだろう。
「すぐに戦争になるぞ」
その言葉に子供は苦笑した。
「それは却下だ。ライオットはやる気満々みたいだが、はっきりとメリットが無いしな」
「何?」
「メリットが無いと言ったんだ。戦争なんてバカの選択肢だね。特にウォルドに関してはそもそも全く土地に価値が無い」
それは確かにそうだ。
ウォルドは枯れた大地だ。
今まで、テスタンティスが無視を決め込んできたのにはそれなりに理由がある。そういうことだ。
「そうだな」
「ついでに軍事費も馬鹿にならん。一方的な征服行為は諸外国との関係緊張に繋がるだろうし。子供のわがままでもなければ、喧嘩する相手に選ぶ理由がない」
「だが、もはやウォルドを無視はできないだろう?」
連中はいくつか許されざることをした。
「そうだな。だから国境の閉鎖と水路の閉鎖を行い、じわじわ締め上げる」
「可能か?」
ウォルドにとって特に海路は生命線だ。
その守りは極めて堅い。
「それを2年で可能にするさ。別に簡単に出来るさ」
そう言い切る。阿呆か?
いや、無知な子供か。
「お前にはべオルグの文官たちの長になって貰う」
「まだ受けていないが?」
彼は確信に満ちた笑みを浮かべた。
「受けるさ。ウォルドは多かれ少なかれ荒れる。成り上がるチャンスだろ?ついでに僕はライオットの直属だ。彼に君を推すことも可能だよ」
「ほう」
「お望みなら二年後、正式王位になったライオットに君を推薦しよう。今はそのための実績作りだ。どうだい?面白くなってきたんじゃない?」
「ふふ、確かに面白い」
確かにこの男に付いていけば、面白い世界が見えてくるかもしれない。
ライオットより面白い男かも知れないな。
「早速だが、これを身につけて貰う。サモン」
そう言って彼はローブと杖、それにバングル2種を差し出した。
「これは矢除けと貫通・切断・衝撃緩和の乗ったローブだ。バングルには一方に毒消し、もう一方に疲労回復の魔法が込められている。杖には衝撃波を放つ力が込められている」
「なんだ?見たことのない宝具だが」
相当な代物に思える。
「これに加えて上級騎士を交代で護衛に付ける。回復バングルは疲れたらすぐに使ってくれ。文官の人事は君に全て任せる」
「それなりに危険と言うことか」
先日に就任を済ませたばかり。
完全に掌握していないと言うことだろう。
「一番厄介なのはウォルドの動きだ。まだべオルグに対してちょっかいを出すほどでは無いとは思うけどね」
「いいだろう。使わせてもらう」
「では、移動しよう」
そう言うと彼は私を酒場の外に連れ出した。
「テレポート」
「つっ」
酒場を出るや、どこかの執務室に移動した。
そこに淡く光る魔術マークがある。
「これはテレポートストーンだ。簡易な物だけどね」
これは、つまり。
「べオルグに転移したのか?転移魔法はリスクがあると聞いたが」
故にこの魔法を修める者はそう多くないと聞いている。
例え、修得したとしても余り長距離の転移は行わないのが普通だ。
「このテレポートストーン自体に周囲情報を集める魔法式を組み込んである。それを広域サーチで確認し、アクセスポイント(テレポートストーン)の稼働状況を十分にチェックしてから使うからリスクは無いよ。テレポート魔法を適当に使うなら土や石の中に転移してしまう危険性も確かにあるだろうけどね」
安全な転移魔法の運用か。
言葉が事実なら驚くべきことだ。
「超技術だな」
「大規模人員輸送用のテレポートゲートの私案もある」
「それは」
そんなものを実現させたら世界の常識ががらっと変わるぞ。
あらゆる城壁が無意味になるかも知れない。
面白い。実に面白い。
どうやら、私は大当たりを引いたらしい。
「では、早速仕事に取りかかろう」