君のかたち(後)
※7月12日改訂
「妹ですか」
ある日、アイラが父の子を身ごもった。
そういうものだと分かっていても父にアイラを汚された気がして酷くショックを受けた。
嫉妬の感情がこみ上げてくるのを自覚した。
「そうそう、私の娘。生まれて来たら、可愛がってくれるかな」
「アイラ姉がそういうなら」
俺は内心の感情を気取られない様に努めて言った。
アイラが出産の準備に入ると
しばらく、俺は一人になった。
周りに多く人は居たけど、一人に感じた。
一人になって自分にとってアイラの存在がどれだけ心の支えになっていたのかを実感した。
ほどなく、妹が出来た。
アイラの娘。
俺には実際にはあまり顔を合わせない妹はたくさん居た。
アイラは良くこの妹を俺に見せたがった。
彼女は自分の初めての娘を愛していたし、その存在を喜んでいた。
逆に、俺はこの妹がどうにも好きになれなかった。
はっきり言って疎ましかった。
アイラはこの妹に付きっきりで俺の相手をしてくれない。
それが子供の身ながら俺に嫉妬の感情を抱かせていた。
それが分かっていて、ますます憂鬱になった。
その頃はアイラとはあまり会わない様にしていた。
「ねぇねぇ、ライ君。最近、避けてるよね?」
「子供が苦手なんです」
そう言ったが本当は幸せそうなアイラの姿を見るのが、ただつらかっただけだ。
そんな訳がないのにわざと見せつけられてると歪んだ妄想に浸ってしまう。
「学校でデュエルの選手に選ばれたそうね」
「まぁ、そういう方面は得意な方なので」
「すごいなぁ」
どうだろう。
目の前の彼女は剣聖の大先生が舌を巻くような舞剣の使い手だ。
俺のおままごととは強さの質が違いすぎる。
それが悔しくて訓練に励んだ。結果的にこういうことになった。
無意味だとしても、それはすこしだけ誇らしい。
「応援に行くから優勝してね」
「無理です」
実際に彼女は見に来て、俺は頑張った。
結果はブレイドの個人で準優勝。
組み合わせに恵まれたとは言え、なかなかのものだったと思う。
◇◇◇◇◇
ある日、王宮に賊が入った。
その当時の俺には理解できないことだったが正妃とその息子の存在を疎ましく思っていたべオルガーヴィの母である側妃エリーゼの画策したものだったらしい。
と言っても証拠も無く、エリーゼがこの件で咎を受けることも無かったけれど。
賊には闇の高位神官も複数居て、信じ難い戦士ばかりだった。
数にして20人近く。
騎士団が動けば、鎮圧はなるだろうが、けれども暫しの間、王宮は賊たちに蹂躙されることになった。
俺はその日、たまたま例の散歩路に居て、逃げ遅れていた。
遠く火の手が上がって俺は状況を理解した。
「逃げないと」
とっさに身を隠せる物陰に入りこんだ。
そこで息を殺しているとしばらくして人の気配が近づいてきた。
誰だ。
賊でないならば、助かったはずだが。
「いたぞ、王子だ」
やばい。俺は物陰から飛び出すと走りだした。
「待て!!」
ちらっと相手を確認する。
数は5人。
振り切れるとは思えないが、逃げなければ命が助かる事は無い。
連中も騎士団が動き始めれば、逃げるはずだ。
そんなに長い時間動ける訳がない。
「フォース!!」
力場が俺に向かい飛ぶ。
俺はがむしゃらに剣を振ってそれを弾いた。
「ハジャだと!?このくそガキ!!」
俺は無言で走り出す。
角を抜けて小さな広間に出たところで俺は愕然とした。
目の前にはさらに5人の賊。
終わった。
その時、俺は呼ぶ声を聞いた。
「ライ君!!はぁああ」
鋭い気合いとともに賊を切り捨て、一人の女性が飛び込んで来た。
アイラが単身で跳び込んで来たのだ。
「アイラ!!どうして君がここに!?」
「助けに来たんだよ!こっち!走れ!!」
「逃がすな!!」
賊の数は残り9人。
アイラの先導で俺は道無き道を駆け抜けた。
しかし、
「やれやれ、随分と勇敢なお嬢さんだ」
俺たちは先回りされていた。
新たに6人の男たちが目の前に立ちふさがっていた。
退路はもう無い。
俺は呆然としてしまった。
「だが、その勇敢さもここまでだな」
男のその言葉にアイラは怒りに満ちた視線を向けて、静かに問うた。
「魔神教。貴方たちの狙いは何?」
「さて、なんだろうね」
「隣国との戦争?」
その言葉に男は目を細めた。
「ふむ、それが我々の狙いだと?何故そう思う?」
「人と神の口減らし。言っておくけど、そんな事をしたところで竜からは逃れられないわ。貴方たちは世界のバランスを狡く取っているつもりなんでしょうけれど、貴方たちのやっていることは所詮、ただの滅びへの手助けに過ぎない」
「良く知っている。お前、元はどこかの高位神官か」
男は歪んだ笑みを浮かべると言い放った。
「世界はいずれ滅びる。それを望む者などいない」
「だから?」
「最後の一人になるのは我々だ。それが我々が選ばれた者であると言うことの証明なのだよ」
「その高慢が世界を滅ぼすのよ!」
「かまわんさ。どうせ滅びるなら、そっちに荷担した方が愉悦に浸れると言うものよ」
男の笑みがますます凶悪になっていく。
俺はぞっとして一歩、後ろに下がった。
「最低」
「さっきから時間を稼いでいる様だが残念だった。騎士団は来ない」
その言葉にアイラは初めて焦りの表情を浮かべた。
「っ・・・!」
「動揺しているな。騎士団は今日、大規模な演習の為に大半が宿舎を離れている。非番のものを含めた極々少数の者が残っているだけだ。それでも100や200は居るだろうが」
にやにやと笑った男にアイラは静かに尋ねた。
「だろうが?」
「宿舎に四方より火を放った。死ぬことまでは期待できないだろうが身動きは取れなくなる」
「そんなこと!」
「指揮官の不在で隊の統制がまったく取れなくなっているのだよ。彼らが態勢を整えて非常の事態に望むまで後1時間はかかるさ」
残念だったな。
その言葉にアイラは目を閉じた。
俺も息をのむ。
同時に俺たちを追っていた9人を合わせた15人の男たちが包囲網をゆっくりと狭め出した。
終わりだ。
ここには15人もの敵が居る。
「ライ君、生きたい?」
アイラから発せられた唐突な確認の言葉に俺は戸惑った声を上げた。
「え?」
「もし、生きていけるなら生き続けたい?」
再度の確認に俺は混乱しながら考えた。
「それは」
「早く答えて!」
その言葉に俺は小さく頷いた。
それを見たアイラはどこか寂しそうに笑った。
「私も君に生きて欲しいよ」
その言葉と同時にアイラは呪文を唱えた。
その当時は何の魔法なのかは分からなかった。
ただ、その呪文を聞いた目の前の男に激しい動揺が走ったのだけは分かった。
「バカな!!そんな超高位魔法を貴様が使えるわけがない!!」
魔人に力の化身が在るように、森人に超獣があるように。
それは神級と称される究極の魔法の一つとして、あった。
あるいは本当の魔法と言える魔法として。
―― 降臨
魔法は、なった。
巫女魔法の最終魔法。
自らの命を対価として神そのものをその体にそそぎ込む。
究極の神化魔法。
「ば、馬鹿な降臨だと??」
男たちが一斉に呪文を唱え始めた。
力場の魔法。
僅かにアイラだった者の体を揺らすとそのエネルギーは一瞬で霧散した。
最初は俺たちを生け捕りにするつもりだったのだろう。
結局、その悠長さが結果的に彼ら自身の首を絞めた。
舞神ユーロパの光臨。
もはやアイラでは無い文字通りの、その神は。
ただ、その手を男たちに向けた。
その手がゆらりと動いて、静かに体がそれに連動する。
動きは滑るように流れるように揺らいだ。
舞だ。
神は舞踊った。
風が、空間がその神舞に合わせて歪に曲がみ、潰れ、軋む。
世界の全てがただ舞う神に付き従う。
神の舞を基に世界そのものが舞っているのだ。
舞は瞬時に広がって行き、木々も人も巻き込まれた。
人の肉が潰れ千切れ形を失ってもその空間の破砕と蹂躙は続く。
全てが形を無くして、塵数多になり果てるまでの極々僅かな時間、その舞は続いた。
俺は呆然と神の足下でそれを見ていた。
全てが終わったあと。
俺とアイラの周囲には木も草も何もない円陣が広がっていた。
敵は全滅した。
酷く無感動にそれを理解した。
文字通り、女神と化したアイラに及ぶ魔法使いはその場に居なかったのだった。
同時にアイラが崩れ落ちた。
俺は叫んだ。
「アイラ!!」
「こら、年上を呼び捨てないのよ。ライ君」
言葉は強気でも、いつものような輝くような生命力を感じなかった。
何が起こったのかひとつも理解は出来ていなかったが俺はアイラに助けられた。
そして、今、アイラは死にかけている。それが分かってしまった。
「アイラ!!」
「まだ、すこし、生きられるのかな。すごいなぁ、私」
彼女が本来、舞人や聖人と言った選ばれた存在にのみ許された神級と呼ばれる大魔法をその命と引き替えに成功させたことを当時の俺はまだ知らなかった。
「何をした!?」
「説明はむりかな。ねぇ、ライくん」
彼女の命の炎がまさに消えようとしているのが俺には分かった。
俺には何もできない。
ただ、叫んだ。
「なぜですか!アイラ!」
「あなたは、いきなさい。ライ。それと、わたしのむすめを、よろしく、ね。なかよく、しなきゃ、だめ・・・よ・・・」
そう小さく、途絶え途絶えに言って彼女は。
アイラは死んだ。
あっけなく、俺の腕の中で。
「うぁわぁああああああああああああああああ」
◇◇◇◇◇
こうして4年前。
当時12歳だった俺は大切な人を失ったのだった。