幼児、風邪を引く
※7月12日改訂
「※※、※※※」(はーい、ごはんですよー)
僕の目の前に透明表示されたウィンドウに翻訳が映されている。
そう字幕である。
出来るかもと、試してみたら、出来た。
まさか、本当に字幕に出来るとは。
サーチ、恐るべし。
僕は感動しながら、言葉と文字を追う。
このモードの発見のお陰でこの世界の言語はかなり分かるようになって来た。
指し示す状況が分かれば、それぞれの単語を覚えるのは根気勝負だ。
僕は熱心にこの世界の言語を勉強し始めた。
ただ、この翻訳モードには欠点もある。
精神力の消耗が激しいのだ。
大体、5分間で1の精神力を消耗してしまう。
今の時点で精神力は15まであがって来た。
しかし、精神力が半分以下まで落ち込むと気分が相当に怠くなってしまう。
フル状態から使えて、最大30分間の翻訳が限度だろう。
翻訳無しで理解できるようになるぞ!
僕は意気込んでこの異世界語の修得に勤しんだ。
◇◇◇◇◇
僕が生まれて5ヶ月目の事だった。
僕はどうやら風邪をひいたらしかった。
朝からずっと体が熱っぽい。
さすがにメイドも僕の様子の変化に気づいたらしい。
慌てた様子で部屋から出て行った。
サーチで自分を確かめる。
生命力 7/19
精神力 15/21
筋力 7
速力 6
知力 991
魔力 16
ステータス異常 風邪ウイルス
ステータス変化 抗体反応
と出た。
うわぁ、これは厳しい。
生命力が随分と下がってる。
ぐったりしていると扉が開く音がした。
僕は入ってくる瞬間にサーチを翻訳モードに唱えなおした。
「※※※」(ユノウスが風邪をひいたって?)
「※※※」(申し訳ありません。奥様)
入ってきたのは僕の母親であるミリアとメイド兼乳母のリージュだ。
「※※※」(ど、どういうことなの!私が出ている間に!)
「※※」(申し訳ありません)
二人とも入ってくるなり、騒々しいなぁ。
僕を心配してくれてるのは分かるのだけれど。
母であるミリアが僕の側に近づいてきた。
何やら呪文を唱え始める。
おお、魔法だ。
「※※※」(リフレッシュ)
魔法が完成すると僕の体が光に包まれた。
少しだけ熱ぽっさが取れた気がする。
僅かだけど症状が軽くなったようだ。
魔法、すごいなぁ。
僕が感心していると更に別の魔法の呪文を唱える。
「※※※」(ヒール)
これは。
明らかに倦怠感が無くなった。
サーチの表示を切り替える。
生命力 17/19
ステータス異常 風邪ウイルス・弱体化
僕の生命力が補給されている!
どうやら回復魔法と状態異常を軽減する魔法らしい。
凄い便利な魔法だ。
是非、覚えたいところだが呪文が長くてサーチの様に一発で覚えるのは難しそうだ。
うー、でも覚えたい!
「※※※」(すこしは楽になったかな?)
ミリアは僕にそう言って頭を撫でた。
うぅ、なんとなく照れくさい。
「※※※」(奥様)
「※※※」(リージュ、私はしばらく付きっきりで看病するから)
そう言ってミリアが僕の横に椅子を出して座った。
ありがたいけど恐縮だなぁ。
今までこんな美少女にお目にかかったことがないし、こんな女性から自分が生まれたと言う事実が未だに信じられない。
何をされても照れるばかりだ。
ミリアはメイドが用意した水入れを使って、絞ったタオルを僕の額に乗せる。
こんな可愛い子が母親なんだよな。本当に実感がわかない。
心配そうに僕を見ている様子から見て、間違いないのだろうけど。
熱のせいなのか、うとうとしてきた。
愛されてはいる。
そのこと自体なんだか恐縮で、でも、とても安心出来ていると思った。
安心したらまた眠くなってきた。
おやすみなさい。ママ。
◇◇◇◇◇
それから何度かミリアは回復魔法を唱えてくれたらしい。
僕が実際に聞いたのは3回ほどだけど、僕が寝ている間にもきっと魔法の使用は行われていたのだろう。
僕が本日、何度目かの目を覚ました。
傍らでミリアが眠っているのが見える。
看病で疲れたというよりは魔法の使用での疲労でのダウンだと思う。
彼女が風邪をひかないと良いのだけれど。
僕は試しにミリアにサーチを向けて唱えた。
ミリア・ルベット
種族 エルフ 性別 女
LV 105
生命力 955/955
精神力 158/1596
非表示に出来るようになってから、こっそりと他人に向けたサーチを試していたのだが、他人へのサーチだとスキルなどの細かいステータスは表示されないらしいことが分かった。
この方法で分かるのは名前とLVと生命力と精神力など、種族、性別くらいだ。
どうやら、他人のことは其処まで詳しく認識を補助出来ないらしい。
それでも貴重な情報には間違いない。
ミリアは精神力が10分の1近くにまで下がってる。
ちょっと使い過ぎじゃないかなぁ。
僕は自分のステータスもサーチした。
生命力 15/19
精神力 17/21
生命力は回復してもしばらくすると減り出すようだ。
ただ減る速度はどんどん鈍っている。
そうだ。一つ試してみるか。
僕は何度か聞くことが出来て、一応、覚えた呪文を口にしてみる。
「ヒール」
ちょっとうろ覚えで半信半疑だったが唱えてみる。
そうそう上手く行くわけが・・・。
「出来た?」
体が僅かに発光している。体が楽になるのを感じる。
一方で少し気分が重くなったような。
「サーチ」
魔法をかけ直し、精神力を見る。
生命力 19/19
精神力 11/21
凄い。成功している。
ヒールによる精神力の消耗はサーチのかけ直しによる消耗を考慮すると5か。
まさか、成功するとは。
意外と魔法って簡単なのかも。
精神力は11だ。まだかなり余裕があるな。
「よし」
僕はもう一方の呪文にも挑戦してみる。
「リフレッシュ」
光が生まれる。
おお、どうやらこちらも成功・・・。
あれ・・・意識が・・・遠のいて・・・。
◇◇◇◇◇
いつの間にか眠っていた。
目が覚めると目の前でユノウスが青くなっていた。
な、なんで!?
「いやぁああああああああ」
私は思わず叫んだ。
どういうことなの??何が起こったの??
「さーちぃ!!」
ステータスを確認する。
精神力1。
ど、どうして精神力が1なの??
私は混乱する。
この場合どうすれば良いのかしら??
そうだ、復活の霊薬を使おう!
「さ、さもん!!」
私はとあるダンジョンで見つけた復活の霊薬を自己領域から召還した。
このアイテムなら精神力がぐんぐん回復するはず。
その時、私の叫びを聞き、メイドのリージュさんが私のところにやってきた。
「どうされました?はっ!!それはいけません!!奥様!」
「り、リージュさん!とめないで!ゆのがゆのがー!!」
私は涙を流しながら必死に訴えた。
「理由は分かりませんが、そんな劇薬を子供に与えては危険です!死にます!死にますから」
だって精神力1だよ。
しんじゃうよ、ゆのがしんじゃうよ。
「ゆのぉー」
「じ、事情をお聞かせください!奥様」
うぅ、私は霊薬を置くとユノウスの精神力が弱っている事を説明した。
「確かに顔色が悪いようですね」
「どうしようどうしようどうしよう」
「落ち着いてください、奥様。いくら霊薬と言えど、その量は子供には毒です。ひとまず、その霊薬を水で薄め、少量だけ与えてみましょう」
「そ、そうね」
私は言われるままに霊薬を水に数滴垂らしてユノに与えた。
「サーチ」
確認する。
精神力2
やった。回復した!
「少しずつです、奥様」
「わかった!」
早く元気になって、私のユノウス!
◇◇◇◇◇
どうやら魔法の過度な使用によって意識を失ったらしい。
誰かの泣き声で意識を取り戻す。
しまった。
精神力にはまだ余裕があると思いこんで使ってしまった。
どうやら、リフレッシュは相当に精神力を消耗する魔法らしい。
目の前に涙で目を腫らした母、ミリアの顔があった。
近くにメイドの姿も見える。
「※※※!」(ユノウスが!目をあけたぁ)
「※※※」(奥様、やりました。気付けのクスリは効きましたよ)
気付け薬だって?
うわぁ、完全にやらかした!
余計な自爆で周囲に完全に迷惑をかけてしまった。
完全に僕が悪い。
気付けクスリってどんな状態に陥ったんだ?
ミリアのこの取り乱し様だと呼吸ぐらい止まったのかも知れない。
いや、さすがに其処までひどい状況ならここまで意識がはっきりしていないか。
いずれにせよ。目に見えて悪くなったらしい。
良くないことだ。
ごめんなさい。
本来であれば、平服して謝罪したいところである。
しかし、只の赤ちゃんであれば、普通、何も出来ない。
必要以上に変に思われたくないという心理も働いて、僕は何も出来なくなる。
ひとまず、無事をアピールせねば。
僕は泣きじゃくる少女の頬に手を当てると呟いた。
「まま」
えーと、もうしゃべっても良いものなのかな?
かなり悩んだがそう口にした。
正直、この時の僕の頭の中は罪悪感でいっぱいいっぱいだったのだ。
◇◇◇◇◇
まま!
ままって呼んだ。ユノウスに呼ばれた!
私は大喜びではしゃいでいた。
ユノウスがままを、ままと、ママ万歳だよ。
ママ完全大勝利だよ!
うきゃーーーー。
そんなテンションでいた私の元に親友が久しぶりに尋ねて来た。
私の頼れる仲間、エレスだ。
身長は175センチメートルくらい。
女性にしてはかなり大きい方で相当な美人さん。
微妙にカールした赤い髪を風に靡かせて歩くさまなど、本当に絵になる。
そんな女性だ。
「久しぶりね、エレス」
「大変なことになってるな」
「そうなのよ!エレス、私の子がしゃべったのよ!」
私がそう自慢げに話すのを聞いてエレスは戸惑った顔をした。
「何の話?」
「きっとあの子は天才なのよ!」
何を言っているのだろうと言った顔でエレスは眉を歪めた。
「ルーフェスの子供を産んだのか?」
「ええ、そうよ」
その私の言葉にエレスは溜め息を吐いた。
「詳しい話を聞かせて欲しい」
真剣な顔でそう告げるエレスに私は戸惑いながら事情を説明した。
◇◇◇◇◇
私、エレスはミリアの話を聞き、溜め息を吐いた。
「そうか。ハーフエルフは迫害の対象になるからな」
「どうしてかしら、うちの子可愛いのに!」
エルフである以上、理由を知らないわけでもないだろうに。
私も師匠に聞かされた覚えがある。
長寿である妖聖族が数を増やしすぎると世界のバランスが崩れる。
エルフはもともと子供を成す力はそんなに強くない。
しかし、人間との間には人間と変わらないぐらいの確率で子供を作ることが出来ると言われている。
妖聖、聖霊の力が世界に満ちるのはあまり良いことではない。
極度のバランス破壊は竜の発生を促す危険性があると。
世界でもはや唯一と言っても良い竜殺しの英雄である師匠の言葉だ。
その教えは軽んじて良いものでは決してない。
たった一人の子供が世界に与える影響など大したことがないにしてもだ。
この子もちょっと抜けてるからなぁ、と思った。
森育ちのエルフで純粋培養なのだろうけれど、世間知らずで疑うことを知らなすぎる。
お陰で貴族のバカな男に引っかかってしまった。
「今朝はその子、風邪をひいていたので無いの?」
「そうなのよ。それなのに、突然青くなって」
これまで話を総合すると、やはり。
「何かの魔法を無意識に使ってるのかもな」
魔法に関する感受性が高い子供に多いらしい。
神の気まぐれで何かしらの先天性祝福を持っている可能性も否定はできない。
その部分はサーチで他人が確認することが出来ないからなぁ。
しかし、風邪に対してミリアは回復魔法を使っての看病をしていたらしい。
あまり誉められた方法とは思えない。
まぁ、それなりに効果はあるのだろうけど。
そんなことをしなくても、人は風邪で死んだりはまずしない。
確かに子供のうちは大きなことになりかねないが、それも運命だろうとも思う。
エルフだからなのだろうか、ミリアは魔法に頼りすぎるきらいがあるのが難点だ。
「或いは、ミリアが何らかの魔法で墓穴を掘ったかもな」
「わ、私だって一流の魔法使いよ!子育てならまだしも魔法でそんなヘマしないわよ!本当にほんとうよ!?」
どうだか。
たとえばヒールの対象を間違えてウイルスを促成させてしまったとかであれば病状が悪化することもあり得る。
私は戦士で魔法についてはあまり詳しくはない。
だからだろうが、私には魔法に頼りすぎて、墓穴を掘ったのではないかと思えてならなかった。
「で、ルーフェスはどうしたの?」
「知らないわよ!あんなバカ男!!」
ミリアは一応の夫を怒りを込めて罵倒した。
仕方が無いことだ。
エルフにとっては理解できない事のようだが、人間の男は地位によっては複数の妻を持つことがある。
ルーフェス公爵には既に正室の妻がいる。
貴族の火遊び相手に子供を成してしまったミリアはこのような形で招かれたとは言え、肩身が狭い思いをしている。
子供を認知して貰っただけ良かったのか、悪かったのか。
この件に関して、私、エレスにもはっきりと責任はある。
公爵とミリアが付き合う切っ掛けを作ったのは私だったのだ。
公爵の道楽冒険者パーティーに金羽振りが良いという理由でミリアを連れだって参加したのだ。
ついでに言えば、エルフの隠れ里から人間社会に興味津々なミリアを連れ出す際に色々頼まれてしまっている。
今回の件の報告も含め、一度里に報告に帰らないと行けないだろう。
頭の痛い問題だ。
「私も暫くここに留まろう」
子供がある程度大きくなるまでの護衛ぐらいできるだろう。
必要ないとは思うが。
「え、冒険者の方は良いの?」
「おまえと違って金に困る事はないさ。というか、私を頼ってくれて良かったのに」
何で来なかったのだろう。
確かに私は流れの冒険者だ。
居場所を掴みづらいのは分かるが。
「で、でも一応でもあいつが父親なのよ?」
そうだな。
それはそうだ。
「とにかく、私はあの子に英才教育をするわ!」
「程々にな」
「協力してくれるわよね?エレス」
「程々だぞ・・・」
やれやれ。
また厄介事にならないと良いのだが。