爆鳴の弾丸
※7月12日改訂
暗がりの部屋に二人の男が真剣な面持ちで座り密談していた。
見事な調度品が集められた執務室はなるほど良く調和していた。
しかし、どうにも小さくまとまり過ぎている印象を受ける。
公爵家の執務室としては誇る物が余りに足りないと、なんだか頼りないとそう感じた。
そんな雑感を思い浮かべながら、ラスタスは今回の一件について報告した。
ラスタスの口から聖団の報告を受けたルーフェスは眉を歪めた。
「やはり、ラダー教徒の仕業か」
「すみません。彼らの動きに気づいていたにも関わらず、このような失態を」
協力者が居ることにまず気がつかなかった。
かなりの人数が動員されていてすべて防ぎ切れなかった。
「君が私に謝ることではない。そうであろう?聖団の騎士ラスタス殿」
大国テスタンティスの貴族であるルーフェスと聖団の騎士は同盟関係にある。
公爵と言えど、部外の騎士とは立場上の上下関係は無い。
その事を重々理解していたがラスタスは低姿勢を崩さなかった。
「ユフィ様が連れ去られてしまったようです」
その言葉にルーフェスは首を振った。
「娘であれば、かまわんよ。もちろん、助かるに越したことはないが」
「本当ですか?」
自らの娘をさらわれたにしては恐ろしくドライな言葉にラスタスは驚いてしまった。
困惑しながら、そう尋ねた。
「疑問に思うようなことか?」
「よろしいのですか?」
重ねて尋ねるラスタスにルーフェスは苦笑し、言った。
「勘違いするな。情が無いのではない。しかし、ラダー教徒の要求する魔人コフィルの引き渡しなど到底、応じられる訳が無いだろう」
「ええ、そうですが」
魔人。
この世界には神の祝福を受けた戦士がいる。
戦人、聖人、火人、森人、水人、天人、闇人・・・。
その中でも取り分け危険なのが魔人と呼ばれる存在だ。
大魔神グラニ、魔神ラダー、魔神エグニマ、魔神トッティ。
その神々の祝福を受けし者たち。
魔神の祝福は災を招くとも言われている。
魔人は例外なく最強クラスの魔法使いなのだ。
彼らによって滅ぼされた国も少なくない。
「コフィルは東の町フェルベで一万人殺しの大罪人だ。たかが公爵家の娘一人と釣り合うか」
その言葉にはこちらの事情に配慮しているのだという意図が伺えた。
ラスタスは礼を述べるしか無かった。
「ありがとうございます」
「しかし、わざわざ、連中の居場所を特定する為に泳がせたのだろう?ラダー教徒共の潜伏地は分かったのか?」
ラスタスは頷いた。
「はい。フェルベのさらに東、カタルク遺跡の様です」
あそこか。
ルーフェスは眉を歪めた。
コフィルにフェルベが襲われたのはカタルク遺跡を荒らしたからだとも言われている。
多くの立場の人間にとって色々と因縁深い場所だ。
「討伐軍の編成が済み次第、要求を破棄する」
「公爵、私は独自にユフィさまの救出に向かいたいと思います」
その言葉を聞いたルーフェスは一瞬何かを言い掛けて止めた。
「そうか、頼んだぞ」
◇◇◇◇◇
絶対、必要ないって言いそうだったな。今の。
僕は溜め息を吐いた。
ここまで状況が悪いとは。
―― 集音
僕は聞き耳が出来る魔法を使って、公爵たちの話を盗み聞きしていた。
僕がいる場所は普通に自室だ。
公爵たちは本邸が焼けてしまったので別邸の会議室で話してる。
何らかの魔法妨害があるかもと思ったが大丈夫のようだ。
まぁ、私邸のしかも、別邸だもんな。
そこまでお金をかける余裕も必要も無いだろうし。
ちなみに僕の部屋は元々は物置き部屋だったらしい。
そして、あの箪笥も以前からずっとここにあった。
しかし、聞き耳というよりもはや盗聴機レベルだな。こりゃ。
しかし、この状況。
まさか、ここまで大事になるとは。
そりゃ、僕一人が動けば、すべての人間を救えた訳じゃ無いとは思うけど。
何もしないで状況に流されるだけというのは不愉快だ。
なんとも面白くない。
保身を考えている場合か。
こうして生きていて僕に懐いてるユフィを、ただ見捨てるのではあまりに生きている意味が無い。
「こうなりゃ意地でもユフィを救出してやるか!」
僕はまだ6歳児だが、しょうがない。
出来るかどうかじゃない。
今がやるべき時か、否かだ。
そのためにはラスタスと協力するのが一番だな。
さて、どうする?
どうやって、ラスタスに協力を仰ぎ、ユフィを助けるか。
「よし、決めた」
僕は決断した。
◇◇◇◇◇
その日の夜にはラスタスは旅立った。
討伐隊が準備できるまで時間的余裕は余りない。
強行軍になるが、ここからまずオーベルの町を目指し、次にフェルベを目指す。
一方でラスタスの動きがバレれば、肝心な討伐隊の行動に影響が出かけない。
極めて少数精鋭で密やかに行動しなければならない。
状況的にも騎士団からの増援はまず望めないな。
しかし、単独での救出作戦は相当に難しい。
ならば。
「信頼の置ける冒険者を雇うか」
騎士団の仕事で冒険者とも何度か組んだことがある。
信用できる冒険者の援護が得られれば救出の可能性はより高くなるはずだ。
「さて、どうしたものか」
今回のラスタスの単独行動はイレギュラーだ。
が、騎士団も反対はしないだろう。
娘が殺害されれば公爵にとんでもなく大きな借りを作ることになる。
聖団への供物として親族は最高の捧げ物となる。
このまま行けば、この犠牲は聖団の崇高な目的の為の供物として認められることだろう。
場合によっては、公爵が私情で全教団を一回動かせるぐらいの大きな貸しを作ることになる。
公爵の立場に加えて、教えにそうある以上、無視もできない。
教えと言う物もやっかいなものだ。
自縄自縛だな。
将来、どんなことに教団が利用されるか分かったものではない。
娘の奪還は、もはやこの騎士ラスタスの新たな使命であると言えた。
彼は聖印を胸の前で切った。
「神よ、私にご加護を」
祈りながら歩みをさらに加速した。
◇◇◇◇◇
真夜中、名も無き深い森に丁度さしかかった頃にそれは現れた。
「む」
ラスタスは足を止めた。
すると黒い影が姿を見せる。
魔獣。
狂気の月を司る魔神トッティの影響で凶悪化した動物だ。
こいつは元は熊か。
魔獣は夜な夜な周りの生き物を喰らい力をため込む。
この急いでいる時に厄介な相手に見つかってしまった。
この世界の生き物はすべて生命の力を吸収できる。
魔神の影響化にある存在はよりその影響が強い。
「お前、イイのにおい」
「知性を」
得るほどのレベルに達しているとは。
捨ておけぬ。
聖団には強大な魔獣を倒す使命もある。
剣を抜き、構える。
がぁっ!!
熊が吼えた。
すると咆哮に合わせて強烈な地響きがした。
念動力の咆哮!?
「ちっ!」
「念動」
力と力がぶつかり合って猛烈な衝撃が周囲に響く。
押されてはいないが押し切るほどの差が無い。
騎士である自分と単純な魔力で拮抗するとは厄介な!
◇◇◇◇◇
僕は息を吐いた。
「ふぅ、なかなか難儀だぞ」
僕はラスタスの後を追った。
のだが本当に難儀している。
この世界の人間を追うということが、こんなに大変だなんて。
相当に鍛えてたつもりだけど、やはり成人のほうが早いし、体力もある。
それに加えて、僕は消音魔法を使って完全に消音状態を維持しなければならないし、正直、消耗が激しすぎる。
そろそろ、追跡は諦めようかというところで戦闘が始まった。
なんか明らかにヤバげな熊がラスタスに襲いかかったのだ。
そして、互いにフォースをぶつけ合っている。
すごいな。
僕はその戦いにただ驚いていた。
どちらのフォースも僕のフォースより明らかに威力が勝っている。
今のところ、互いの力は拮抗しているようだ。
「探知」
魔獣マッドベア LV45 HP1205
うわー、凄い。
僕は考えた、ラスタスに接触するなら今がチャンスだな。
「良し、手助けするか」
僕はポーチから杖を取り出す。
杖を構える。
ポケットからボルトとファイアを利用して、砂鉄から作りあげた真ん丸の鉄球を取り出す。
「硬化」
玉の強度を底上げ。
「力場銃」
続いて力場を玉の形に合わせた円柱状に展開する。
「爆鳴気」
集めた水分を水素と酸素に分解。
バレットの中に爆鳴気を作り出す。
「点火」
爆発。全エネルギーをバレル状の中に押し込む。
爆鳴気爆発の爆発圧による弾丸。
弾丸にはフォースの力も加わって加速は2000m/sオーバーだ。
バレル型のフォースの力場を調整して弾丸が螺旋の回転をするようにしてある。
この距離ならまず外さない。
僕の視線の先で熊の頭部が弾けとんだ。
◇◇◇◇◇
「なっ?」
ラスタスは目を大きく開いた。
爆発音が響き、突如、目の前で熊型の魔獣が崩れ落ちたのだ。
頭蓋が破砕している。
力場を突き破って何かが飛来したのだ。
これほどの高威力。いったい何が起こった?
人の気配を感じた。
「誰だ」
明らかに魔法使いのものと分かるローブを纏った小さい影が目の前に現れた。
ホビットやドワーフにしても小さい。
「こんにちは。ラスタス先生」
更なる驚きが生まれた。
ローブから顔を出したのはユノと呼ばれていたあの幼児だったのだ。
たしか、まだ6才児のはずだ。
「君がどうしてここに?」
「先生の後を付けて来たんだ」
驚いた。そんな気配は感じなかった。
事実なのか?
いや、そもそも子供の足で追いかけられるはずがない。
「先生、ユフィを助けに行くんでしょ?僕にも手伝わせて下さい」
「なっ」
どうしてそれを。
困惑したがそもそも何もかもがおかしい。
「君が魔獣を倒したのか?」
「うん。先生が押さえてくれましたので」
それは理由を説明したことになるのか?
「君は」
何者なんだ。
その問いを制するようにユノは被せて言った。
「僕は魔法が使えます。ミリアお母様に習いました」
「なるほど」
なるほど、あの森の魔女と言われるエルフから魔法の手ほどを受けているならそういうこともあり得るのかもしれない。
魔法の力を知っていれば、たかが6才児でも才能次第でそれなりに強くなれるはずだ。
あの強力な魔法も彼女に習ったのだろうか?
いずれにせよ、末恐ろしい才能だ。
「君がここにいる理由は分かったがこれは危険な任務だ。君の同行は了解できない」
「そうですか。では僕も勝手に動きますね」
「それは良くない。君は帰るんだ」
「このまま、ユフィを見捨てるつもりはありません」
ラスタスはその言葉に目を閉じた。
どうする。戦力不足は否めない。
そして、この魔力、もしかすると貴重な戦力になるかもしれない。
しかし、彼は公爵の息子だ。
万が一を考えれば、守る相手が一人増えるだけと言うことに成りうる。
どうする。
「ルーフェス公爵は僕のことなんてをそれこそ何とも思っていないです」
その言葉にラスタスは折れた。
「わかった。君が戦力になるなら同行を認めよう」
「ありがとうございます」
そういって子供は頭を下げた。
◇◇◇◇◇
なんとか同行の許可をもらった。
今の遣り取りは内心冷や冷やものだったが魔獣を倒して見せたのが大きかったようだ。
なんせこちらは6歳児だもんな。
「サーチ」
走りながら自分のステータスを確認する。
レベル 12
経験値 10035
おお、レベルが上がってる!?
魔獣を倒したからか!
一気に11も上がるなんて凄い!
ステータスに(+n)が付いた。
これがレベルアップ強化か。
レベルの加護もかなり大きいな。
一瞬でこれだけステータスが上がるなんて最高だわ。
魔獣、また出てこないかなー?
「む」
「どうしました?」
ラスタスが前方を睨んでいる。
前から狼?の群が現れた。
「これも魔獣?」
「ええ、それにしても多い」
ラスタスは魔狼を苦々しく見つめる。
「どうやら連中、最短ルートに魔素粉をばらまいて逃げた様ですね」
「魔素粉?」
「魔獣を引き寄せる魔法のアイテムです」
「そんなものが」
ちょっとラッキーかも。
LVが上がれば多少成りとも戦力強化に繋がる。
「倒しながら切り抜けますよ」
「わかりました」
僕は杖を構えた。
◇◇◇◇◇
ユノくんは実際大したものだった。
大人顔負けの脚力に加えて、腕力や体力も申し分ない。
信じ難いことに精神力も相当にあるようだ。
魔法の連発にも全然疲れてる様子が無い。
そして、何より反射神経がずば抜けている。
個々の魔法の威力では私の方が上だがサーチアンドデストロイ、殲滅速度ではユノくんも遜色が無い。
捕捉と同時に的確に魔法を撃っていく。
それでも一度、魔獣の接近を許したようだが杖の逆手に持った剣で簡単に切り捨ててしまった。
剣の腕も中々だ。
おそらく、剣神流を学んでいる。
「君は両方使えるのか」
「ええ、両利きです」
そういう意味では。いや、剣も魔法も両腕も使えるのか。
神童。
天才か。どんな英才教育を施せば、この歳でここまでの戦士に育つのか、想像もつかない。
「とんでもないな」
「先生も凄いです。フォロー、ありがとうございます」
その言葉に肩を竦める。
ユノくんの勢いが良いのでさり気なくフォロー役に回っていたのだが気づいたようだ。
「この分なら明日までには町に着きそうだな」
「さすがに助かります。魔獣、多すぎですよ」
ユノもさすがにすこし疲れた様子に見える。
森を抜けて日が出てくれば、魔獣もそう多く出て来ないだろう。
◇◇◇◇◇
凄いなぁ。
ものすごい勢いで成長しているのが自分でもわかる。
成長促成のお陰だろうけれど。
フォースの威力も格段に上がった。
常時サーチを使って生命力と位置を確認、威力調整。
「二重力場」
この敵にはフォースの二重発動。
無駄なく一撃でじゃんじゃん倒す。
まるでシューティングゲームだな。
森を抜けるとようやく一息吐けた。
「日が出てきましたね。これで魔獣もおとなしくなるでしょう」
「さすがにこっちもガス欠ですよ」
へとへとだ。
精神力もそろそろ限界に近い。
「ガスですか?」
「あ、疲れたと言う意味です」
この世界にガソリンで動く駆動体は無いようだ。
ガス欠と言う表現は無い。
危ない、危ない。
「あの強力な魔法は使わなかったみたいですね」
ラスタスの言葉に僕は首を振った。
「さすがに消耗が激しい魔法です。それに準備にすこし時間がかかります」
「なるほど。町はもうすぐです」
「わかりました」
◇◇◇◇◇
朝からリージュは別邸で一人困惑していた。
ユノが書き置きを残して、いなくなったのだ。
リージュが同様した様子で溜め息を吐いた。
「どういうことでしょう」
書き置きはリージュ宛に一枚、メーリンさま宛に一枚があった。
「拝啓 リージュさま
おはようございます、ユノです。
実は大変なことになっています。
ユフィをさらった者の正体はラダー教徒だそうです。
彼らはお父様に投獄された仲間の釈放を要求しているそうです。
しかし、残念ながらお父様は交渉をなさらない様です。
ユフィがこのままでは大変なので僕はお母様の知り合いに助けを求めに行こうと思います。
追伸 ひとまず騒がず、もう一通の手紙をメーリン様に渡して彼女の判断を仰いでください 」
助けを求める?誰に?困惑するリージュ
ひとまずメーリン様に相談しよう。
「メーリンさま」
リージュはメーリンを探す。
広間で憔悴しきったメーリンの姿が見えた。
心苦しい。しかしユノが残した手紙も気になってしまう。
「どうしたのリージュ、顔色が悪いわよ」
「ユノ様が」
「なに?なにかあったの」
「この手紙を」
メーリンは無言で手紙を開いた。
そして、目を見開く。
「 メーリン様へ ユノより
ユフィはひとまず生きていると思います。
ユフィはラダー教徒に誘拐されました。
しかし、お父様はラダー教徒と取引を行う気は無く、ユフィを助けるつもりはありません。
僕はミリアお母様の旧友の冒険者を頼ってみるつもりです。
メーリン様にお願いしたいことがあります。
僕がユフィの奪還に動いていることを黙っていて欲しいのです。
救出する動きを感づかれるとユフィ救出は困難になります。
僕の事は心配したミリアお母様が連れて行った事にしてください。
貴族軍と聖団が討伐隊を編成しています。
ユフィが助かるリミットはそれが動くまでです。
状況は切迫しています。
相談する暇無くこのようなお願いをして恐縮ですがユフィを助ける為です 」
これほどの手紙をユノが書いたと言うことも驚きだが、それ以上に
「ユフィを助ける為にユノくんが動いているの?」
無茶だ。無茶苦茶だ。
6才の子供に何ができるというのだ?
しかし、夫がユフィを見捨てたという事は残念ながら真実だろう。
「どうしましょう。メーリン様。あの子が無事に町に行けるはずがありません」
「それは」
普通に考えればその通りだ。
だけれど。
ユノくんはまったく普通じゃない。
「ひとまずこのことは伏せましょう」
「それは」
普通に考えて、ユノくんがこの手紙を残したので無いとすれば、これは罠なのかもしれない。
だとすれば、ますます騒ぐのは良くないことだ。
相手の思う壷だろう。
逆に普通じゃなく考えれば、ユノくんが実際に動いているのかもしれない。
そうであるならやはり動くべきではない。
やはりどうすることもできない。
「様子を見ましょう。責任は私がとります」
そして、どうにも出来ないなら一縷の望みに掛けよう。
そう思った。