異世界転生
※7月12日改訂
中々に人生と言うのは容赦が無い。
下に向かい転がり始めるとずっと続く坂道のように止まらないようだ。
一度墜ちてしまえば、見上げる度に上り坂が増えていくのだ。
上を見上げると眩暈を覚える。
この坂道を上ることなど到底容易な事ではない。
やがて、下ばかり見て、日々を過ごす様になる。
下を見たところで。
結局、どこにも彼女は墜ちていなくて。
そりゃそうだ。
彼女は死んだ。
嗚呼、そのうち俺も死んだ。
ただ、それだけだった。
それ以外に語りようの無い、くそったれな俺の人生だった。
◇◇◇◇◇
(※日目)
ふと、気がつくと其処に居た。
ここが何処なのか。
もっと言えば。
自分が誰なのかすら分からなかった。
何が起こったのか。
それすらわからない。
なぜこんなことを考えているのか。
ただ、謎だ。
分からない。
ああ、分からないことだらけだな。
音が聞こえる。
耳から聞こえる音ではない。
体に響く音だ。
波のような音。
寄せては返す。揺れて、凪ぐ。
心地よい波。
やがてその心地よさに意識が軽くなった。
いつまでもその心地よい音を聞いて過ごした。
いつまでも。
いつまでも。
◇◇◇◇◇
(一日目)
自らの眼を開くと白い天井がまず目に入ってきた。
周囲を見渡す。
何もかもがぼんやりとしている。
数人の人がいるのが微かに分かった。
白い服。
おそらく医療の用途に使われるであろう白衣にコントラストの利いた赤色が自棄に目につく。
白衣。
はてさて、一体どうしてそんなことを自分は知っているのだろう。
赤色。
血の色だ。
血か。
誰か怪我をしているのか?
或いは自分が怪我をしているのか?
どうにも定かではない。
記憶が不鮮明だ。
曖昧で不確か。
それは自分自身にすらもそう感じた。
はっきりとした意識を失うに前に自分は何をした?
していた?されていた?
分からない。記憶にも齟齬がある。
今まで何度も思ったことだが。
自分は誰だ?
はてさて。
何も分からない。そして情報も足りない。
そして、なにより視界が変だ。
変というか妙だ。
なんとなく慣れてない感じがする。
自然に目に入る光景さえ、何もかも見慣れていない様な気がする。
視力も違う気がする。
自分の視力はかける眼鏡が牛乳瓶の底になるぐらいの乱視ど近眼だ。
・・・だったような気がする。
世界はぼんやりとして捉え所がないように思えた。
体もどこかおかしい気がする。
自由に体が動かせない。
ふわふわした感じで、感覚を欠く。
声を出そうとする。
けれども、上手く行かず発声もままならない。
どういう状況だろう。
まるで全身麻酔をかけられているような浮遊感がある。
ぼんやりしていると自分をまじまじと見つめる、一人の可愛らしい少女と目があった。
この少女もゆったりとした白地の服を着ているように見える。
何があったのだろうか。
その愛らしい顔には、しかし、疲労の色がはっきり見える。
怪我人はこの少女か?
どうしてそんなに疲れているのだろう。
きっと大変な事があったのだろう、そう思えた。
「※※※」
困惑した様子で自分の方を指さし、傍らにいる看護婦と思われる比較的若い感じの女性と話している
今、ちらりと聞こえた言葉は何語だ?
今までまったく聞いた事が無い言葉の様に思えた。
今まで?一体いつからいつまでだ?
まぁ良い。
とにかく、少女の話す言葉は自分の知識には無い言語であるようだ。
自分の知らない国に住む外人なのか?
すると、傍らの女性に何かを言われた少女が何かを決意した様な様子で僕に近づく。
嗚呼、顔が近い。
こんなに近いなんて、近づけるなんて可笑しい。
いや、近いというより大きい。
こんなに大きいと感じるなんて、なんか変だ!
どういうことだ。
そして、まさか、自分は今、この少女の腕に抱き抱えられている?
驚いた。
この少女はこの自分を簡単に持ち上げたらしい。
大の大人を持ち上げるなんて、どんな怪力なのだろう!
ぎょっ、として思わず声が漏れた。
「おぎゃぁ」
その言葉で自分が置かれている状況を一部、理解した。
まさか。そんな。
困惑する自分の目の前で少女が満面の笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇
(3日目まで)
自分を自称する言葉にすら悩む。
僕で良いか。
自分は僕だ。
僕は誰だろう。
分からない。
思考はあやふやで何かが致命的に欠如している気がする。
分かった事もある。僕が何かはよく分かった。
赤ん坊だ。
僕は人かどうかは分からないが何かの赤ん坊になった。
どうやらこの少女の子供らしい。
少女は今、僕のベッドの横ですやすやと寝息を立てていた。
穏やかな寝顔だ。
少女は僕の母親らしい。
まだうら若いように見えるのにもう母なのか。
容姿の頃から見て16歳かもう少し上だろう。
まだ完全には成熟していないような姿に見える。
幼い娘。
その体は華奢で、とても僕を生んだ様には見えない。
容姿が驚くほど優れているのと他には特徴的な耳をしている。
耳が長い。エルフという言葉をすぐに思いついた。
何処の知識だろう。わからない。
そして、あり得ない。
そんな物は存在しないはずだ。
もしも、万が一にそんな存在がいるのであれば、つまり、ここは僕の知る世界ではないのだろう。
僕の知る世界。
それはなんだ?
分からない。
分からない事だらけだ。
ここがどこなのか、何なのか一刻も早く確めたい。
しかし、確かめようにも言葉も何も分からない。
彼らと意思の疎通を図ろうにも手段が無さ過ぎる。
何がどうなっているのか?
後一つ分かった事がある。
どうやら僕は不気味な赤ん坊だと思われているらしい。
僕を見る人たちの態度から少なくともそういう風な態度を見てとれた。
まぁ、当然かな。
全く泣かず、ひたすら観察するようにじっと見つめてくる赤ん坊と言うのは確かに不気味だ。
というか中身も十分不気味なのだから彼らの見立ては全くもって正しい。
とは言え、赤ちゃんのふりをして泣けと言われて簡単に泣けるものでもない。
難儀だな。
僕はおそらく普通の子供ではない。
この少女にはきっとそれで原因で迷惑を掛けてしまうことだろう。
僕のことは、まぁ、良いか。
少女に無用な苦労を掛けるのは気が引ける。
必要以上に変な赤ん坊だと思われるのは拙いだろう。
何事もほどほどにだな。僕はそう思った
だから、僕は人が来るとじっと観察するだけにしている。
と、言ってもここを訪れる観察対象は余り多くない。
基本的に母である少女の他に僕の世話をしてくれるメイドの格好をした女性だけだ。
後は極々稀に男の人が来るぐらいで他は全く来ない。
その男は中世から抜け出して来た様な貴族然とした格好の良い男で、もしかすると僕の父親なのかもしれない。
ときどきやってきて、じっと観察する僕をどこか気味悪そうに眺め、言葉少なにどこかへ帰っていく。
◇◇◇◇◇
「子供を降ろして欲しい」
彼のその言葉に私の目はちかちかした。
そう言われることは予想できただけに、分かって居ただけに、衝撃は少ない。
それでもショックはショックだった。
本当にショックな出来事には人は感情を喪うのだと初めて知った。
私の腹の子の父親の言葉である。
たった一夜の過ちの相手が彼では無く、もっと普通の男であったなら、私は普通の家庭を持てただろうか。
ああ、私はなんて馬鹿な娘なんだろう。
彼の名前はルーフェス・ルベット。
私、ミリアの腹にいる子供の父親だ。
ヨーレンツ大陸の中央にある古き国エルヴァン。
此処から北に向かい、異国を二つ挟んで辿り着くのが、12の大都市とその衛生都市群、そして、栄華を極めたる王都ルヴエスタを持つ大国テスタンティスだ。
そして、彼はその大国テスタンティスの名門貴族である。
ルベット公爵家の嫡男にある男だ。
私と彼が出会ったのは冒険者ギルドだった。
私は親友のエレスに誘われて、公爵の冒険者パーティに参加した。
彼はエルフが物珍しいのか、単に顔の端麗なエルフの女に懸想したのか良くちょっかいを出してきた。
特にねだった事はなかったけど、彼はどんな高価なプレゼントでも私に与え、町に行けば名所に案内した。
彼は相当な入れ込み様で、私はまるで物語の中のお姫さまにでもなった様な気分だった。
だって、それまでは森の田舎娘ですもの。
貴族様の導く煌びやかな生活に浮かれるなって方が難しいかったの。
ええ、言い訳ね。
でも、さすがの私だって分かっていた。
ルーフェスにとって私は只の遊び相手。
本当はちょっとだけ、ロマンスを期待していたのだけれど、親友のエレスに口を酸っぱく言われていたから。
ただの遊びだったの。
私もちょっとした遊びのつもりでこの逢瀬を楽しんでいた。
だから、とんでもないしっぺ返しを喰らってしまったのね。
いまいち記憶にないのだけれど、夏の暑い日。
私は彼とデートして、それで気が付いたら朝になっていた。
乱れたベッドの上で私は一糸纏わぬ姿で目が覚めた。
私の内側からこぼれて、大腿を伝う滴を見て何があったのか全て分かった。
ああ、しちゃったんだ。
きっと大切なモノだったのに、こんな風に失うんだな。
何も覚えていなくて困惑する私に彼は大切にするからと優しく言葉を掛けてくれた。
その時はこれも良いのかな、ってそう思えた。
親友のエレスはきっと何か盛られたんだ、とか言ってたけれど、私の酒癖を考えるに何とも言えなかった。
その後、ルーフェスは家族の不幸で急に家に戻り、冒険者のパーティは解散した。
優しくするなんて言っておいて、もう遊びは終わりだったみたい。
その後、暫くして、私は自分がルーフェスの子供を身ごもっていることを知った。
最初は少し困惑したけれど、私は本当に嬉しかった。
私の子供。初めて授かった大切な命だ。
私はエルフの隠れ里で子供を産んで育てようと考えた。
でも、里に戻ってすぐ、私が人間の子供を身ごもっている事が知れて、里に居られなくなった。
隠れ里の長老は人間の子供を産むのはいけないことだ。
堕ろしなさい。その子供を堕ろしたならまた里に戻れる。
しかし、万が一産むならその時は森の掟に従い、罰を受けるだろうと話した。
その話を聞いて、私は決めたの。
里を追放されてでも、この子を一人でも産もうって。
でも、冒険者を初めてそんなに長い訳でも無かった私には蓄えが無かった。
すぐにルーフェスを頼るしかなくなったわ。
その頃には彼はもう公爵位を正式に引き継いで大貴族になっていた。
それでも少し私は期待もしていた。
子供のことを喜んでくれるかもしれない。
そんな甘い期待は簡単に打ち砕かれた。
彼の顔が話を聞いて陰ったと見てとれた時、私は自分がようやく愚かだと気づいたわ。
どうしょうもない愚か者。
私は泣きながらその場を離れた。
その後、申し訳程度の援助の話が来て、私はこの離れで子供を育てることを条件付きで許されたの。
1 一生、ルーフェスの子供であることを吹聴しないこと。
2 成人した後は家を出て行くこと。家を出た後は戻ってこないこと。
3 それまではこの邸宅の外に出て行かないこと。
所詮はただの囲い込みなのね。
彼は私の子供がただ自分の子供だということを周りに吹聴されて名誉が傷つくのを嫌っただけなの。
でも、良いわ。
それでもこの子を育てられるなら良いの。
ええ、もう貴方の子供でなくて良いわ。
この子は私の大切な子なの。
でも、ごめんなさい。
私はお腹の中の子供に謝った。
きっと、これから生まれてくる貴方に居場所なんてないの。
私のわがままで生まれてくる、貴方。
ハーフエルフとして生まれてくる貴方。
貴族の庶子として生まれてくる貴方。
きっと、私は貴方の為の居場所を作ってあげられない。
貴方はきっと色々な人たちに疎まれ、蔑まれて生きるのよ。
だから強く生きて。
◇◇◇◇◇
しばらく観察を続けたところ、自分がどうやら男の子らしいと分かってほっとした。
僕の、この意識はたぶん男だと思う、女性だと性同一障害になってしまう。
万が一、女の子でも良いだけれど、さすがに男に興味は持てない。
体もろくに動かない身としては調べるのも一苦労だ。
彼らの言葉は本当に分からない。
まず、会話が出来ないし、僕が観察出来る状況や聞くことが出来る言葉は今のところ、このベビーベッドの四角い枠組みの中から眺められる世界の中だけ限定だ。
こうも状況が限定的で説明無しだと聞こえてくる単語に関しても何が何に当たるのか分からず、言葉を覚えるなんて到底出来るはずもない。
すこしづつだが、いくつかの単語がなんとなく耳に残る様になってきた。
なんとなく、僕はユノウスと呼ばれている気がする。
そんな名前なのかな。
言葉はひとまず諦めよう。
そう決めた僕はまず体を動かして見ることにした。
上手く行くか分からないけど、手や足の感覚を掴み、出来れば、立ったり歩いたり出来る筋力を早々に身につけることを目標にしようと思ったのだ。
自由に動きたい一心でそう目標を立てた。
全身骨折か麻痺のリハビリテーションみたいだな。
ぼんやりとした視界で母の姿が見えないのを確認すると僕はままならない
自分の手の平を少しずつ動かしてみた。
少しずつだが自分の思うように動くようになっていく。
一本ずつ、ゆっくり動かす。
駄目だ。
動かせても、指が何本も動いて一本づつなんて動かないや。
まさか指を自由に動かす。それだけにこんなに手間取るとは。
長年連れ添ってきた体じゃないので仕方ないものなのかな。
◇◇◇◇◇
「不思議なお子さんですね」
私は我が子をそう評われて緊張した。
「そうなの?」
私に唯一当てられたメイドのリージュが頷いた。
年齢は30歳くらいで、中肉中背。
ほんわかとした雰囲気で人好きのする柔和な顔のリージュは大きく頷いた。
「ええ、こんなに規則正しいお子さんは初めてです」
「規則正しい?」
「夜泣きしませんし、乳をほしがる時間も一定です。ほんと不思議ですね」
そうなんだ。
私には子育ての経験がないので、経験豊富なリージュの存在は心強いかった。
彼女は自身も2児の母親である。
何より、エルフもハーフエルフも差別しない。
本当にありがたい。
手間がかからないと喜んで良いのだろうか。
何かの病気じゃないかと不安になる。
私はユノウスを抱き上げた。
きらきらした瞳が驚いた様子で私を見ている。
もう、凄く可愛い。
かわいい、かわいい♪
うちの子、ウルトラスーパー可愛い。
うきゅ、抱きしめて撫で撫でしちゃうよ。
かわいいなぁ。
「奥様、そろそろ、授乳の時間ですよ」
この言葉に、私は動きを止めた。
ついに来てしまったのね。
この時が。
で、でも大丈夫よ。
昨日までの私とは違うの。ママ、がんばる。
大丈夫。
大丈夫なの。
「さ、奥様」
「う、うん!」
私は乳房を出しやすい様に工夫された授乳服の前をはだけて、乳房を露出させた。
そして、乳房を愛しい我が子に向けて差し出す。
しかし、ユノウスは困った様子で私の胸をちらちらと気にしながらも一向に口に入れようとしないのだ。
ど、どうしてなのー、ユノー。
「なんだか、恥ずかしがってますね」
「恥ずかしくないよ。ママのおっぱいだよ」
私の必死な仕草に漸くユノウスが私の乳房に口を向けた。
よし。
「ん、ん」
うぅ、痛いかも、凄い痛い。
ひりひりするよ。
私の反応を見てか、ユノウスが口を動かすのを止めてしまった。
ち、違うの!!大丈夫だから続けて!
お願い。
私の祈りが届いたのか、またユノウスが乳を吸い始めた。
我慢。我慢。
暫くして、この様子を眺めていたメイドのリージュさんが呟いた。
「やっぱり、上手く出てないみたいですね・・・」
「うぅ、そんなあ」
今日も駄目だったか・・・・・・。
私は落ち込みながら、自分の胸を服の中にしまった。
入れ替わりでリージュさんが乳房を出した。
たゆん、ときました。
たゆんですよ。たゆん。
ずるいよ。そんなの反則だよ・・・。
ユノウスも漸くご飯にありつけると言う様子で勢い良く飲み始めた。
そ、そんなにがっついちゃって。ユノウスー。
私は自分の無力さに打ちひしがれた。
「あのー、リージュさんは痛くならないんですか?」
「あら?うちの子に比べるとものすごく上手よ?」
「そ、そうなんだぁ」
ごめんなさい。ユノウスは何にも悪く無いものね。
おかあさん、欠陥品みたい。
うぅ・・・。
リージュ、いいな。羨ましいな。
私もあんなに大きな乳房が欲しいな。
胸が無いことがこんなに悲しいことだったなんて。
せめて、母乳が出てくれれば良いのに。
そんな私の様子にリージュが気遣ってか、明るく声をかけてきた。
「がんばりましょう。大丈夫ですよ。乳の出る、出ないに胸の大きさは関係ないですから」
そ、そうなんだ。
うう、ますます落ち込む。
つまり、小さい上に正常に動いてない私の胸は何なの?
どうしたら良いのかな?
私はそれ以上は考えないように思考を脇に置いて、日課と成っている魔法のサーチを唱えた。
このサーチの魔法は知りたい対象の情報を教えてくれる魔法だ。
うん、特に異常はないみたい。
ただ、一つだけおかしい項目があった。
知力。知識の量を示す数字が異様に高いのだ。
数値だけなら私に匹敵する。
こんなに幼い我が子が私に匹敵する知力を示している。
どういうことなのだろう?
「もしかして、天才なのかしら?」
うちの子もしかして凄い天才児なのかしら。
ちょっとどきどきしてきた。
私はサーチの魔法をやめると食事を終えたユノウスを抱き上げた。
ふふ、こんなに可愛くて天才なんて凄いんだ。
私はユノウスを抱きしめて笑みをこぼした。
◇◇◇◇◇
すでに3ヶ月が過ぎた。
すこしずつだが、前の記憶も思い出せるようになってきた。
脳の成長に合わせて、知識が蘇ってくるようだ。
夜、僕は周囲に誰も居ないことを確認すると声を出す練習を始めた。
ひとまず、あいうえお かな。
ドレミファ でもいい。
以前、慣れ親しんだ言葉をトレーニングしてみる。
あー、うー。
駄目だな。
上手く声に出せないようだ。
声帯の成長が足りないのかな。
暫く練習する。
1日、2日、・・・。
少しずつ声が出るようになってきた。
その感覚としてはまるで新しい楽器の扱いを覚えてきたみたいなイメージだ。
自分の体を楽器だなんて。以前は想像もしなかったけど。
ある程度、自分の知っている基礎の発声が出来るようになると今度はこの世界の発音を意識してマネしてみる。
これも難しい。
あれから一つ大きな発見があった。
僕の母親である少女が僕の目の前でとある言葉を口にするのを聞いたのだ。
※※※
その瞬間。まるでゲームの世界のシステムウィンドウのようなモノが浮かび上がったのだ。
ゲームだ。この世界はゲームなんだ。
少女の言葉を僕は何度も反芻した。
使ってみたい。
母が寝室に帰ると僕は毎晩その単語を口にした。
※※※
・・・発音が上手く行かない。
今の僕には無理なのかな?
まぁ、する事もないしもう少し試してみよう。
少女は毎日の様にそれを使う。
僕は数日間練習すると漸く、綺麗に発音できるようになった。
それでもあれは出てこない。
※※※
駄目か。
ただ話すだけでは出ないものらしい。
僕はウィンドウを開いた時の事を思い出してみた。
確か、こんなふうに。
※※※
イメージしながら、言葉を口にする。
すると僕の目の前にシステムウィンドウのような物が浮かび上がる。
上手く行った。イメージが大事なのか?
其処には僕にも分かる言葉で単語が羅列されている。
日本語にアラビア数字!
これは僕にも分かる言葉で書かれているようだ。良かった。
この状況になって、初めて意味の分かる情報に触れることが出来た。
それにもの凄く、ほっとする。
そして、これはこの世界を知る上で大きな手がかりになるはずだ。
そこにかかれている内容を読む。
名前 ユノウス・ルベット
性別 男
種族 ハーフエルフ
レベル 1
経験値 0
生命力 10/10
精神力 4/5
筋力 2
速力 2
知力 978
魔力 5
スキル
情報魔法・・・サーチ1
加護
幼き者への加護
これは凄い情報の宝庫だ。
どうやら僕の名前はユノウスと言うらしい。
そして、レベルという項目。RPGではお約束の項目だな。
やっぱり、ゲームなのかな?
この世界は。
僕が目を凝らして項目に注目すると突然、別のウィンドウが開いた。
なんだ?
筋力。身体能力をパワーから評価し数値化したもの。数値化は術者の認識に拠る
これはヘルプ?
なんて便利なんだ。
とりあえず、僕は出現した項目を片っ端から調べる事にした。
速力。身体能力を移動力から評価し数値化したもの
知力。思考能力・知識量を数値化したもの
魔力。魔法を扱う力の大きさを数値化したもの
生命力。生命の強さと現在値を数値化したのもの
精神力。魂の強さと現在値を数値化したもの
ハーフエルフ。エルフ種族と人間種族のハーフ
ここまでは、なんか想像通りの答えが続くな。
続けよう。
レベル。生命と魂の強化度を数値化したもの。
全ての存在が持つ能力。他の存在の倒すことでその魂や生命力の一部を経験値として蓄積することが出来る。
レベルは存在の強度を示し、1000を超えるものは神とも呼ばれる。
幼き者への加護。成熟を司る女神フリューネの加護。
未熟な存在の学習能力に補助の加護を与える。
あと9年間有効。
サーチ。情報魔法。情報を司る神レベウスの白魔法。
魔法を使用した者の持つ認識力の大きさに比例して情報を生み出す認識力の補助魔法。補助効果の大きさは知力の大きさと魔法の練度に寄る。又、サーチ情報の認識は主観に拠る。認識効果は魔法の素養の有るものであれば、共有する事も可能であり、また秘匿する事も可能である。生み出される情報とはコレクティブ・アンコンシャスに蓄積された共有情報に拠るものである為、全くの未知物質に対しては情報を獲得できない。
一転、こっちは凄い情報量だ。
僕は困惑しながら情報を理解していく。
情報の認識は主観に拠る?
どういう事だろう?
つまり、僕がこの世界をゲームのようだとイメージしているからこの魔法はゲームのような仕様に見えているということなのか。
しかもこれシステムコールではなくて、サーチという歴とした魔法らしい。
魔法。神。
そんな物が実在していて、しかもこんなに簡単に使えるなんて。
驚きだ。
しかし、このサーチという魔法がシステムウインドウで無いのなら。
僕は試しに別の対象をサーチして見る事にした。
「サーチ」
ユリス木のベビーベッド 耐久値5 ユリスの木で作られた子供用のベッド。ユリスの木は比較的堅く、建材などに向く。
さすが情報参照魔法だ。
この世界はこんな便利なものがあるのか。
情報を感心して見ていると、段々と疲れてきた。
何だろう。
肉体的な疲れとは違う感じの疲労感がある。
これが魔法なら、さっき見た精神力とやらを消耗しているのかもしれない。
僕はもう一度自分に向けてサーチを使う。
そして、数値を見直す。
「あっ」
精神力 2/5
前の数値の部分が小さくなっている。
魔法は精神力を使用するのだろう。
まずいな。0になったらどうなってしまうか分からない。
僕はすぐにサーチをやめた。
これがゲームならば、休憩すれば回復する。
実際はどうなのだろう。
時間をおいて、精神力が回復するか試してみよう。
続きは明日で良い。
僕はそう決めて目を閉じた。
正直、とても眠いのだ。
お休みなさい。