終わらない世界
街に戻ってから、俺はラビットに『オールマイティ』を手渡した。暇つぶしに鍛え上げた強奪スキルで、あの二人組を切り裂く前に奪い返しておいたのだ。
「一週間のレンタルはやっぱりいいよ」
もともと、本当にレンタルするつもりもなかった。形だけ条件を出しておいただけだし、そもそも俺はいまさらステータスポイントに固執する必要がない。
そしてお目当てのものが無事に帰ってきたラビットは―戦闘直後は完全に放心状態だったものの、大分回復してきているように見える。
なにせ、またぎゃんぎゃんとうるさいからな。
「強いどころじゃないじゃないですか、あなた! それならそうと言ってくれればよかったのに!」
「言って何が変わるんだよ。本当なら俺はおまえの補助に徹するつもりだったんだ」
ラビット自身もかなり強かったし、それで大丈夫だと思ってたんだ。
ただ、直前のラビットとのやり取りのせいで熱くなりすぎただけだ……。
「俺はなんとなくでこの世界に残って、腐るほどの時間だけを消費して強くなったんだ。誇れることじゃない」
この世界の行き着く場所を見届けるなんてたいそうな目的を持ったおまえとは、そもそも違うんだよ。
でも、
「まあ、おまえのおかげで少しだけ、救いがあった気がする」
現実は退屈だ。
非現実も変わらないけど。
だけど、そういうのは変えられるらしい。
少なくとも、このままじゃ誰にも知られないまま終わっていく俺の世界を、ラビットは覚えていてくれると言ってくれたから。
「俺はこれからもこの世界にやってくる。行きつく先なんてものに興味はないけど、現実でも非現実でも、何か変えられそうな気がするから」
「……そうですか」
にへら、とラビットの表情が緩く崩れた。
「わたしも、この世界がどこかに行きつくまで、ここにいますよ。またいつか会えたらパーティを組みましょう」
「サービス停止、なんていう悲惨な結末に辿り着かなかったらな」
嫌みったらしい笑みを浮かべながら、俺はそう言ってやる。ラビットはぷくっと頬を膨らませて抗議した。
「あなたは夢がなすぎますよー」
「そういうのは、これから探すことにしたからな」
一通り二人で言い合って、笑いあって、そしてお別れの時が来た。
「俺はいったん、現実に戻るよ」
「そうですか」
ラビットはにこにこと俺の言葉にうなずいている。
「ログアウトは、メニューの一番下にありますよ!」
「知ってるよ、ばーか」
最後まで俺はラビットと軽口を投げ合っていた。
ばかげた話だと思う。
ネット世界で少し一緒にいただけの誰かの言葉で、こんなにも気持ちが軽くなるなんて。
それでも、この出会いは悪くなかったと、俺は胸を張って言えるようになりたいと思った。
ノートパソコンの画面を閉じて、狭いアパートの一室の中、伸びをする。自分の体感以上に時間は進んでいたようで、我に返ると背中が痛かった。
ああ、久しぶりだ。
こんなにも何かをしたい気持ちになったのは。
「俺って単純だなあ……」
誰もいない部屋の中で一人呟き、苦笑い。このままこの何もない世界に寝そべってラビットに笑われたくはない。
俺は立ち上がり、窓を開けた。
ゲームの中の俺は最強と言っても過言ではないくらいの、いっそチートとでも呼ばれるべき無敵キャラだ。それなのに現実の俺はこうも平凡で、吹けば飛ぶような貧弱さしか持ち合わせていない。
つまらない、退屈だと思っていたこの現実世界ですら、もし俺が何かを求めて行動するのなら、ラビットみたいなやつに出会えるかもしれない。
そしていつか俺が変われた時、またあいつと再会できればいい。
その時まで、俺はこの世界を生きていこうと決めた。
現実は退屈だ。
非現実はそうでもなかったけど。
現実は変えられるらしい。
非現実はそうだった。
俺のこれからの現実は―