強面傭兵と願いの奏者 9
その日の夜の事・・・
「ご馳走様でしたー」
「お粗末様。」
契約を終え行動を共にする事となった2人は、その日は自宅アパートでの夕食を取っていた。簡単な食事しか用意出来ないと言った彼の手料理は、どれも簡単でありボリュームのある物ばかりだった。菜食と肉がメインのディナーであったが、グリスンは何も文句は言わずにその料理を堪能した。ドリンクはスポーツ飲料である所が、若さを見せる食事風景であった。
「・・・お前、意外と少食だったのか。 もっと食べそうな雰囲気があったな、獣人って。」
「僕よりもたくさん食べる人は居るけど、僕はこれくらいが丁度良いんだ。 ごめんね、美味しい料理なのにたくさん食べなくて。」
「ぁ、いや。 それは別に良いんだが・・・ ・・・そっか、お前等も俺達人と同じで食事の量とか好みもあるのか。」
「意外だった?」
「まぁな。」
その後使用した食器を片づけながら、ギラムは彼の食べる量が少ない事を知った。ほぼ同等の盛り付けの皿を出した事もあり、少量の残飯がそこには存在していた。体系が彼よりも細身である事もあるが、獣人とはいえ人と同じで好みや食べる量は個々で違う。一括りで『獣』とはいえ食事の量が同じとは限らないのだ。自分よりもあまり食べない彼が、少し意外だったのだろう。
そんな彼の質問に彼はそう告げ、彼同様にお皿を手にし洗い場へと持って行った。彼の手料理が美味しかったことは事実なのだが、あまり食べなかったため彼に悪かったと思い弁解していた。それに対しギラムは怒る事は無く、素直に返事を返してくれる彼が嬉しかった様だ。
互いに気を使いながらではあるが、相性は良いと思われる食事後の一時であった。
「食い物の好みとかは、また今度聞かせてくれ。 それに合った料理、調べてみるからさ。」
「うん、ありがとうギラムっ」
皿を移動させると、スポンジを手にしギラムは洗い物を片づけだした。グリスンも手伝おうとしたが、何分1人暮らしの部屋空間の為細身でも似た体形の彼が入っては邪魔だと思い、一足先にテーブルへと戻るのだった。
そんな彼の行動を目にした彼は、グリスンの好みに沿った料理も作ってみようと軽く提案し、これからの暮らしが楽しくなるだろうと内心嬉しい様子を見せるのだった。
「そういや、風呂とかはどうする。 入るか?」
「ぁ、うん。 ギラムは何時も、お風呂はどれくらいに入るの?」
「大体飯食って、洗い物終わった後だな。 風呂って言うよりシャワーだが。」
その後手を動かしたまま、彼はグリスンに風呂等々はどうしているのかと質問した。湯浴みをするのか、それとも特にそう言う行動はいらないのか。まだまだ知らない所があるためか、彼の生活だけでも把握しておきたいと思った様だ。
問いかけに対しグリスンは頷き、相方はどうなのかと互いに質問を返しあっていた。半ば楽しそうに言う彼を見て、ギラムは淡々と答えるのだった。
「じゃあ、先に入っちゃっても良いかな。 時間配分ずらしちゃったら、悪いからね。」
「あぁ、助かるぜ。 汗、流してきな。」
「はーい。」
相方はシャワーで済ませる事が多い事を聞き、時間配分等々を確認し先に入る事を告げた。彼の配慮に感謝しギラムは軽く見送ると、グリスンは笑顔でその場を後にするのだった。
「・・・ぁ、お風呂何処?」
「あぁ、悪い。 廊下の突き当たりだ。」
「ココ?」
「そっちはトイレ。 こっちだ。」
だが、まだその空間に慣れていないのも事実。来たばかりと言う事もあってか、部屋の見取り図やどの部屋が目的の部屋なのか、彼にはわからない。彼の質問に慌ててギラムは水回りを離れ、彼に部屋を案内した。しかし先に移動していた彼を誘導する事は少々難しく、部屋を間違えながらもギラムは彼をシャワー室へと送るのだった。
苦笑しながらもグリスンは先に入る事を告げ、お礼を良いながら扉を閉めるのだった。何処となく幼さが残る彼の言い方は、可愛い物である。
『・・・なーんか調子狂うんだよな・・・ 絶対年誤魔化してるだろ、アイツ。』
とはいえ、笑う彼に対しギラムは見た目と精神年齢が比例しない事に違和感を覚えていた。出会い当初もそうであったが、実年齢は一体幾つなのだろうか。獣人の年は自分達人間とは、また違った物なのか。などと無駄な事を考えつつも、対応を少し考えないといけないのかと思うのであった。
『・・・ま、とりあえず無茶だけはさせないようにするか。 下手したら、アイツの力量に見合わない事とかを無理してやりそうだしな。』
だが、そんな彼が一生懸命に行動している事だけは彼も解っているため文句は言わない。対応を少し考えなければならないかと思うも、なるべく無茶だけはさせないようにしようと思うのだった。
どんな暮らしをしてきて、どんな環境下に育ち、自分との契約を求めてきたのか。
それを意識するだけで、自分と彼との間にはまだまだ知らない事が多く契約の裏側が何処かにあるのだろうと思うのだった。
「ぁ、そうだ。 洗い物しねぇと。」
彼の事を考えていたギラムは、不意に洗い物が途中であった事を思い出し再びキッチンへと戻り作業に戻るのであった。
その後、湯浴みを済ませ交代でシャワーを浴びたギラム。着替えを済ませ、そろそろ床に就こうとしていた時。
「・・・ぁー そういや寝る所作ってなかったな・・・」
急に浮上した問題に、ギラムは頭を悩ませていた。元々1人暮らしの彼の部屋には、もう1人を泊まらせるための用意が整っていない。時期的に見ても毛布は不要ではあるが、床に寝かせるわけには行かないのだろう。彼なりの優しさである。
「ソファでも良いよ? 何処でも寝れるから。」
「体系にあってないから無理すんなって。 細身だからって寝かせても、お前足出るだろ、そのソファじゃ。」
「そうかなぁ・・・ 丸まれば寝れるのに。」
「寝る時は、なるべく身体を伸ばして寝な。 背中、痛めるぞ。」
「う、うん・・・」
とはいえ、グリスンからしたら彼に迷惑をかけたくない気持ちがある。床で寝させない配慮の検討で睡眠時間を削るくらいならば、リビングに置かれている窓辺のソファでも良いと言った。しかしその場に置いてあるソファはお世辞にも大きい物ではなく、2人が軽く座れる程度の大きさでしかない。時々昼寝でそこに寝る事のあるギラムでも、手足が出てしまい座る面積上寝返りは一切打てないのだ。
無理して寝られて背中を痛めてもらっても困ると告げ、ギラムはソファに寝かせる事はさせたくない。彼の理由を聞き、グリスンは返事を返しそこで寝る事を諦めた。
「じゃあ・・・どうするの? ベット大きいし、2人で寝る?」
「悪いが、却下。 キャンプじゃねぇんだからな。」
「・・・」
提案を却下されたためか、グリスンに残された手段は添い寝に至った様だ。だがそれは相方が望む事ではないらしく、自室のベットは他人に占領されたくないのだろう。寝相が悪いわけでは無いのだが、セミダブルのベットに2人は少々狭い。再び提案を落とされてしまい、グリスンはしょんぼりしながら残念そうな表情を見せていた。
「・・・ま、さすがに即席にはなるが寝床を作ってやるよ。 何処が良い。」
「ギラムの・・・近く・・・」
「はいはい。」
そんな彼の様子を見てか、ギラムは自分で作ってやると良いリビングに置かれていた座布団とクッションを回収し出した。これ以上寂しそうな表情をされるのも嫌な様子で、せめて彼が好む場所に作ってやろうと思い質問をした。するとグリスンは、遠慮がちにではあるが却下されない事を祈りつつ彼の近くで寝たいと言うのだった。
大体予想はついていた様子で、ギラムは返事を返しつつベットと窓の間に位置する床にそれらを置き寝床を作ってあげるのだった。彼の行動を見て、グリスンは少しだけ嬉しそうに表情を明るくするのだった。
しばらくして出来上がった彼の寝床は、寝心地は良いとは正直言えるものではない。適当に作った昼寝用とも言える場所に等しく、タオルケットを掛けて寝る形になっている。下地を座布団で作り、ギラムが時期で使用している毛布を上に敷きなるべく弾力を出した造りとなっていた。枕は、ソファに置かれていたシンプルなクッションである。
「うわぁ、ギラムってこういう事も出来るんだねっ」
「寝心地はどうだ? グリスン。」
「うん、柔らかくて気持ちいいよ! ありがとう!」
「どういたしまして。」
出来上がった即席ベットを見て歓喜の声を上げる中、グリスンは早速寝床へと横になった。羽毛の毛布は柔らかく、彼の身体を優しく包み込んでいた。寝心地の感想を聞きギラムも嬉しそうな表情を浮かべ、彼をその場に残し自身は元から存在するベットへと移動し、横になった。横になるとどうしても彼の姿は見えないが、窓辺で揺れている彼の尻尾だけは、居る事を主張するかのように揺れるのだった。
「・・・ねぇ、ギラム。」
「ん?」
「ギラムって、何時からここに住んでるの? 子供の頃から?」
「いいや、ココに来たのは数年前だ。 父親を早くに亡くして、母親が俺の事を育ててくれた。 リーヴァリィの街に来たのは、母親にずっと迷惑を掛けたくない、その一心だな。」
「そうだったんだ・・・」
横になり寝ようとした時、ギラムの耳に自分を呼ぶ声が聞こえてきた。その声を聞いてギラムは身体を動かし、ベット下で寝ているグリスンの顔を見た。枕であるクッションに顔を埋めながらギラムを見ているグリスンがおり、愛くるしい目を向けたまま彼に質問をした。それは彼が何時からここに住んでいるのか、どうしてこの仕事をしているのか。簡単な調査であり、相方の事を知りたい一心の質問であった。
問いかけに対しギラムは静かに答え、彼が知りたい情報を軽く提供するのだった。
「でも、良いなぁ。 辛い思い出ではあるけど、記憶があるっていうの。」
「そうなのか・・・?」
「うん。 僕達にはね、そういう記憶とか思い出に値する事って何もないんだ。 生まれた時からこの姿に近かったし、年とかも飾に近いんだ。 契約する事、創憎士を倒す事。・・・それを倒せるのは、真憧士だけなんだって事。」
「・・・」
「記憶を埋め込まれてるって言われたら、そうなのかもしれないんだけどね。 でも僕には、そういう記憶になる出来事とか無くて。 この制度を目の当たりにして、僕もリアナスに行くって事になった時。 僕ね、本当は嫌だったんだ。」
彼の軽い思い出話を聞いて、不意にグリスンは羨ましそうに言葉を呟いた。謎めいた発言を聞いたギラムは質問を返すと、彼には『思い出』と呼べるものは無く記憶になって居る事は自分達が行動する理由と魔法だけなのだと、静かに語り出すのだった。
契約し魔法と呼べる現象を扱い、敵を倒す憧れの存在『真憧士』
現実世界を好きに操作し、死さえもコントロール出来る悪しき存在『創憎士』
その制度を知った時、グリスンはこの行動を行う事を拒んでいた事を話した。
「僕達の敵の総称が『創憎士』って呼ばれるのは、憎しみを創り出す魔法を周囲に発生する事が出来る様になっちゃったから・・・ 心の闇がその人の優しさ、憧れ、幸せをも消してしまった。 だからこそ、その人が求める救済策が自分達の思い描く世界を創り出す事。」
「つまり、そいつ等は不幸な連中が生み出した考えが。 そうなるに至ったって事なのか?」
「うん。 その人は悪くないのに、周りの環境がその人を苦しめた。 だから心が傷だらけになって、苦しんで、病んで行った・・・ 時々居ないかな、会社とかに『元々元気だった人が、いつの間にか元気じゃなくなっちゃった』って思う瞬間。」
「・・・目の当たりにはした事が無いが、居るのか。 そういう奴が。」
制度の前に出来上がった敵の呼ばれる由縁を話しながら、グリスンは寂しそうに話し出した。人として生きるためには、現実と空想を別にし生き方を分けなければならない。それが出来るための歯止めを失い、自分がこれ以上苦しまないための打開策として確立された魔法、それを扱うのが『創憎士』なのだと。
戦う敵がどんな相手なのかを知り、ギラムは意外な敵の正体に驚き元は普通の人なのだろうかと思った。何処にでも居そうな普通の人が、周りからの環境に耐え切れず病んでしまい、魔法を生み出した。彼の話す簡単な事例を聞き、見た事は無いがおそらく居るのだろうと思うのだった。
「幸せと不幸は、同じだけその人に来る。僕達は元々、リアナスの心を護るために存在するんだよ。僕達の存在を知れたら、人によっては『僕達みたいな人達と、一緒に居るんだ』って思えるから。そう思えるだけで、誰かが戦ってるって思えないかな。」
「そうだな。 ・・・自分だけが辛いって思っても、グリスンが俺のために戦ってるって思ったら。それは大きな励みになるぜ。」
「真憧士の素質を持ってる人って、そういう見方を出来る人がほとんどなんだ。僕達エリナスの存在に気付くきっかけを、何処かに絶対に持っている。だからって言っても、戦う理由にはならないから・・・ 契約は、その時その時で出来るかが分かれる。」
どちらかなんてありえない、幸せと不幸は同じだけやってくる。大きな幸せを得ていた分、辛い代償だからこそ自分達は払わなければならない。グリスンは静かにそう告げ、不幸な時に辛さを緩和させてあげられるのが自分達なのだと言った。あるかどうかさえ分からない『心の世界』が存在し、その世界で自分の事を護ってくれている存在が居たとしたら。
その人の行為の為にも、自分は生きなければならない。
とても些細な理由であっても、その人をその時だけでも生きさせる希望を生み出せる。彼等はそんな考えを持っている人達を探し、苦しんでいる人達の心を解き放ってあげる事が目的だと告げた。殺すのではなく、心の闇を溶かしてあげる。
しかしそれと契約とは別の話であり、リアナスが望まない限りそのような存在は産めないのだ。
「だからね、ギラムと契約で来た時。僕はすっごい嬉しかったんだよ。普通の人とは違う、ギラムだけが持つ考えがある。そんな気がしたんだ。」
「俺だけが持つ考え・・・?」
「うん。なんとなくなんだけど、ギラムはそう言うのを持ってるんだって思うんだ。ギラムはとっても優しいし、一緒に居てなんだか僕も落ち着けるんだ。顔が怖いなんて、怒ってる時以外は僕は思わなかったよ。ギラムの横顔、全然怖くないもん。」
そんな破断もある中、グリスンは彼と契約を交わせた事が何より嬉しい事なのだと伝えた。出会い当初の事も、彼が自ら契約を望み自分を探してくれた事も。それら全てが彼の心に響いており、一緒に居て落ち着けると言った。
だがしかし、ギラムにとって嬉しい一言が彼の口から言われた瞬間、ギラムは顔をベットに向け黙ってしまった。台詞に対し返答が返ってこない時間を目の当たりにし、グリスンは不思議に思い彼の姿を見ようと寝床から身体を起こした。
「ギラム・・・?」
「・・・」
「ぁ・・・ご、ごめんねっ! また気を悪くさせちゃった!? 悪気は無いんだよ、ただ僕は・・・!」
「解ってるよ・・・ グリスン。」
「ぇっ・・・?」
不穏な空気を感じ、グリスンは慌てて励まそうと必死に言葉を口にしていた。契約が破棄出来ない事もあるが、また彼の気を悪くさせてしまってはグリスンにとってもショックな出来事。それが続く事は、絶対に避けたかったようだ。
そんな彼の言葉を聞いて、俯いていた彼から言葉が発せられた。
「お前が言う言葉に、悪気は無い事ぐらいさ。 ・・・ただ言ってくれた言葉が、俺の心に響いてただけだよ。」
「響・・・く?」
「俺の顔を『怖くない』って言ってくれたのは、お前が初めてでさ・・・ 自分ですら気にしてる事を、お前はあっさりした言葉で俺に言ってくれたんだ。 嬉しく思わない訳、ないだろ。」
落ち着いた声から慌てた声になったグリスンを感じ、ギラムは顔をゆっくりと上げながら静かに言った。ずっと抱いていた事を、目の前の相手に最初から怖くないと思われていた事。それが何より彼にとって嬉しい一言だったのだ。
子供から女性まで、あらゆる相手を顔の傷だけで恐れさせてきた。何も自分はしていないのにも拘らず、与えてしまう恐怖。幼いと思われていた彼に言われたからこそ、効果があったのだ。
「安心しな、お前が頼りがいが無いなんて俺は思ってないからさ。 お前はそのまま、俺の前で笑顔を見せててくれ。」
「うんっ」
軽く笑顔を見せながら言うギラムを見て、グリスンはそう言い軽く彼の額にでこを合わせた。そして互いに笑った後、床に就くのだった。