強面傭兵と願いの奏者 4
夜が明け、朝日が昇った次の日・・・
「・・・そろそろか。」
朝日が昇りしばしの時間が経った頃、彼はリーヴァリィにある駅前の公園で待機していた。 今日は依頼とは別の要件で外へ出ており、普段身に着けている衣服よりも少しオシャレな雰囲気が漂う井出達だった。 髪型はいつもと変わらずオールバックにゴーグルをつけているが、それでも服装との雰囲気があっており違和感がなかった。
公園内にある噴水の音を聞きながら、彼は腕に着けていた時計を見ていた。 時刻は10時前であり、約束の時間よりも少し早い時間である事を確認し彼は園内を見ていた。 彼の住んでいるアパートの近くの公園よりも少し広く、噴水と近くにあるベンチが点々と置かれているシンプルな空間。あの時の花壇とは違いここには別の花々が植わっており、暖色の多い温かい空間だった。
「・・・ん?」
そんな園内を見ていると、彼は不意に奇妙な光景を目の当たりにした。
彼が視線を向けた先には1本の街灯があり、そこに頑張って姿を隠しながら様子を見ている存在の姿が。それは先日から気になっていた1人の虎獣人の姿であり、ギラムの様子を窺うように街灯に隠れながら顔を出していた。心なしか何かを探っている様子で、表情は明るいものの「自分を見て欲しい」と言わんばかりの眼差しを彼に向けていた。
『・・・見て、くれてるかな・・・』
「・・・」
それに気づいてしまった彼は何となく顔を横へとずらすと、虎獣人も行動するべく街灯から移動し彼の視線の先にある街路樹のそばへと移動した。 再び視界に入ってしまった虎獣人を見て、彼は少し鬱陶しそうに表情をしかめながら再び顔を別の方へと向けていた。何度となくこの行動を繰り返しており、虎獣人は飽きもせずしっかりと彼の事をウォッチングしていた。
心なしか見張られている様な感覚もある為か、彼にとってはいい迷惑である。
「ぁ、ギラムさーんっ」
「?」
そんな無駄な首の運動をしていると、彼の耳に優しい声が聞こえてきた。その声を聞いた彼は顔を動かし、声のした方角を見た。
そこには金髪のロングヘアーを靡かせながらやってくる1人の美女の姿があり、日傘を手にし軽く手を振りながら彼の元へとやってきていた。 彼女は先日ギラムが面会をしていた『アリン』であり、あの時とはまた違った雰囲気の服装に彼は笑顔を見せながら身体も彼女の方へと向けた。
「よぉ、おはようアリン。」
「お待たせしてすみません、ギラムさん。 長く待たせてしまいましたか・・・?」
彼の元へと到着すると、アリンは予定の時間前に居た彼を待たせてしまったのではないかと気にしていた。予定よりも彼女は少し早く到着していたが、それよりも早く彼が居る事は稀ではないためいつもそう言っていた。 だが相手からしたら待たせた事には変わりないと思っている様子で、心配そうにギラムの顔を見ていた。、
「いや、気にするほど待ってないから大丈夫だぜ。 今日で良かったのか、日差しが強そうだが。」
「大丈夫ですよ。 無理を言ってお時間を作らせてしまったのは、私の方ですから。 さぁ、行きましょうか。」
「ああ。」
心配そうに話す彼女を見ながらギラムはそう答え、気にするほど待っていないと話した。 現に彼が来たのは彼女の数十分前であり、待ってはいるが長時間と言うほどではないと彼は思っていた。 彼女からしたら気になるだろうが、時間を言わないところも彼の優しさである。
変わって今度は彼が質問を返し、この時間に面会して良かったのかと気にしていた。
その日の気候は良く雲1つない快晴であり、紫外線が強くなる時間と言う事もあり彼女には悪いと思っていた。現に彼女は常に日傘を常備しており、レースの付いたハート柄の日傘がお嬢様らしい雰囲気を出していた。目立つ模様ではなく薄い色合いなのも清楚な雰囲気を出しており、彼女の趣味に合っているのだろうと彼は見ていた。
互いに心配する点があるものの、両者共に大丈夫と良い2人は仲良く歩き出した。 デートと言うわけでは無いが、今日はアリンの声掛けにより彼は行動を共にしていた。そんな2人の様子を見て、虎獣人も後を追うようにゆっくりと彼の後ろをついて行った。
リーヴァリィの街中を2人は歩いていると、時々すれ違う人々に見られている視線が時々向けられていた。 1人は上品な品格があるお嬢様なのに対し、変わって隣を歩いているのは大柄な体格に顔がイカツイ傭兵の青年。 服装の差はなるべく少なくしているつもりなのに対し、どうしても雰囲気が違うと言う事もあり異色なのだろう。 また彼女は有名人と言う事もあってか、そういう視線を送られるのはゼロではなかった。
「・・・そういえば、今日の服装も新しい服か?」
「はい、そうですよ。 もう時期企画している、夏のファッションショーの作品の1つです。 まだ初夏の時期ですが、少し早く着ても着くずれしない丈夫であり柔らかさを出したのが、こちらなんです。」
そんな周囲を気にしないようにしようと思い、ギラムは彼女に話を振ってみた。彼女は彼と会う日は常に違う衣服を身に着けており、どれも新鮮味ある優しい雰囲気に溢れた物ばかりだった。 その日の服装も『白』と言うよりは『薄い青』の入ったワンピースであり、所々に入った刺繍が上品な印象を与えていた。 日傘は常に同じ物を持っているが、それでもバランスを考えた丁度良い物だ。
「・・・でも、いつも申し訳ありません。あまり外での撮影に応じないようにしているのですが、ギラムさんと歩いていると常に視線を集めてしまいます。」
「まぁ、そればっかりは仕方ないさ。 俺の顔にも問題はあるが、アリンは有名人だ。 異色なんだろうぜ。」
「そ、そうですか・・・? ギラムさん、とても良い人なのに・・・」
「悪い意味じゃないから、別に懸念しなくても良いぜ。」
「ぁ、はいっ わかりました。」
とはいえ、周囲の視線を釘付けにしている事は事実だ。衣服のバランスを抑えに抑えてもコレであり、隣であるく傭兵の彼のカジュアルに合わせても周囲の目はごまかされない。雑誌等々の撮影に彼女はあまり応じないが、それでも世間の目は彼女を『有名人』として見ている。知る者は知る常識であり、こうした外出も噂になってしまうのだ。
アリンが申し訳なさそうに話す中、ギラムは彼女だけのせいではなく自分にも理由があると言いフォローした。 顔もだが、彼は普通に立って居ても背丈や髪型から視線を集めてしまう。 画体の良さも薄い服の上からでは解ってしまうほどであり、互いにインパクトを与えているのが視線の理由だろう。
有名人の隣に、何故異様な青年が居るのか。
どうやらそちらが、外周は気になる様だ。ギラムは有名人ではないため、なおの事視線を集めてしまうのかもしれない。 そんな話を交わしたのち、2人は苦笑しながらとある喫茶店へと向かって行った。
彼等が向かった先、それは木造のオープンテラスが印象的な喫茶店だった。 その店の看板には『MiddleGarden』と書かれており、白いタープとチョコレートカラーのテーブルがオシャレな雰囲気を創っていた。 変わってテーブルのそばに置かれている椅子は何処かアンティークな雰囲気を出しており、カフェらしくもありレストランチックな空間を演出していた。 そんな店の中へ入ると、アリンは店長であろう人物に出迎えられ予約席がある様子で店の奥へと通された。その後をギラムも着いて行き、背後から着ているであろうマスコミを退ける対応なのだろうと思うのだった。
しかしそんなマスコミさえも防げる場であっても、目視されていないであろう虎獣人は遠慮なく彼の後を付いて着ていた。 軽くギラムは奴をどうしようかと迷うものの、害があるわけでは無いためひとまず気にしない事にしたようだ。 店の裏庭へと到着した2人は、中央に設置されたパラソル付きテーブルの元へと移動し席に着いた。
2人が席に着くと、店長自身から注文を聞きいつものコースメニューが振る舞われることになるのだった。
店の裏庭と言っても立派な作りとなっており、あまり土地が設けられないであろう都市内でも立派な所有地を誇っていた。 横に広い店前のオープンテラスに店内の客席を丁度足したくらいの広さが裏庭であり、貸切であるのにも関わらず土地の無駄遣いをしていた。 しかしその分の雰囲気形成には抜かりは無く、芝生が丁寧に刈り揃えられた裏庭の踏み心地はまるで雲の様だ。所々に生えている花々も元気に咲いており、近くに置かれている小さな噴水からは水の流れる音が聞こえていた。
「毎度の事ながら、やっぱりすげぇよな・・・ この裏庭。」
店の店長が去り際に置いて行った紙ナプキンで手を拭きながら、ギラムは時々足を運ぶ店の雰囲気を堪能していた。 2人で話をする際によく立ち寄るのがこの店であり、彼女自身が予約をし店の裏を貸し切って使っている。 そのため彼が支払うのは料理代くらいなものであり、仕事を互いにしているとはいえこれでいいのだろうかと彼も時々気になっていた。 時々予約が取れない日もあり、その時は別の店を予約する事が多い。
「店長ご自身で手入れをなさってるそうですよ。 私もこの空間が好きで、ギラムさんとお話をする際にいつも利用しているんです。」
「手入れも自分でやるのか・・・ すげぇな。」
笑顔で話す彼女も同様に手を拭いており、静かにナプキンを畳みながらそう説明した。 彼女からいつも彼に誘いをかけるのだが、基本は用は無いに等しい。 だが話をする事に意味がある様子で、恋等の話題は無いもののアリンはこの日を心待ちにする事が多かった。
企業財閥の娘と言う事もあり周囲の目を気にしなければならないが、彼に対してはする必要が無い。 彼は普通の女性として彼女を見てくれており、共に歩く際も左程気遣うことなく話を持ちかけてくれたりしてくれる事も多い。 時々自分が上から目線の言葉を話している事を気にする事もあるが、彼は何事もなかったかのように話を聞いて返答をし、その時を楽しんでくれる。
彼女はそれが普段の仕事を忘れられる時間だと思っており、気晴らしも込めて彼との時間を大切にしているのだ。 だからと言うわけでは無いが、企業に顔を出す際は彼女は絶対に店に居る事を決めている。 その際のスケジュール管理も行っており、場合によっては無理な時もあるが基本は融通を聞かせている様だ。
その後運ばれてきた前菜を2人は食べだし、会話をしながらその一時を楽しみだした。 彼女自身も嬉しそうに話をしており、普段企業で見る笑顔よりもより一層輝いてる様に彼は感じていた。 何故自分のためにそこまでしてくれているのかは解らないものの、それでも彼女が予定を開けて会おうとしてくれる発言に対しては彼も答えるつもりでいるようだ。基本非番と言う事もあり、食事をする事もだが彼女の誘いは彼自身も嬉しかった。
「・・・ぉ、美味いなコレ。」
「このお料理のアイス、美味しいですね。 普段の物とは違うんですか?」
会話を楽しみながらデザートへ移ると、その日出てきたスイーツに彼女は気になり声をかけた。普段はバニラを主体とした盛り付けをする事が多いこの店では、珍しく色味のあるアイスだった。 見た目は紫色と少々食物の色ではないが、甘味は強く程よい酸味が癖になりそうな味だった。
「はい、さようでございます。 本日のアイスは『ベリーミュージック』と言う、当店オリジナルのフレーバーでございます。 磨り潰したブルーベリーとラズベリーの果汁を使い、果肉を残さずふんだんに使ったデザートでございます。」
「まぁ、それでその名前を付けらしたのですね。 美味しいですわ。」
「ありがとうございます。」
お客からの質問に、店長は丁寧に応対していた。 元々企業のご令嬢と言う事もあってか喋り方も品があり、質問するにしても答える側は何かしらのプレッシャーを感じてもおかしくない。 淡々とではないが店長もしっかり説明をしているところを見ると、相手も相当な数の相手を応対してきたに違いない。ギラムは何となく2人のやり取りが自分と違う事を感じ、少々驚いていた。
その後デザートを食べ終えた2人は会計を済ませ、店を後にして行った。
時刻は何時しか夕刻となっており、相当な時間話をしていた事を彼等は悟った。 外に居たマスコミ達は長時間の店前待機で払われた様子で、今は外に誰もいなかった。
「では、ギラムさん。 今日はありがとうございました、とても楽しかったです。」
店の外へと出たアリンは、振り返りながらギラムに声をかけ今日のお礼を口にした。 時間も時間と言う事もあってか日傘は畳んでいるものの、お辞儀をするその仕草そのものも絵になる光景であった。
「こちらこそ、美味しい料理をありがとな。 帰りは送ろうか?」
そんな彼女に返事を返しながら、彼は店まで送ろうかと提案した。 時間はまだ日が昇っているとはいえ歩いていたら夜になる時間であり、有名人でもありまだ自分よりも幼い美女を放置などできない。 自分の職業柄守る事も出来ると考え、そんな提案をしたのだった。
「いいえ、今日は少し顔を出さなければならない場所がありますので。 車と合流して、そちらに向かいます。」
「了解。 気を付けてな。」
「はい。」
しかし彼女はその提案を優しく断り、この後向かうべき場所があると彼に告げた。 早めではないがその場所まで行かなければならない様子で、これから車を待機させてある場所へと向かい移動すると言うのだ。 彼女からの言葉を受けギラムは納得し、気を付けて言ってくるよう告げた。
彼からの言葉を受け、アリンは笑顔で返事をしその場を後にして行った。後姿をしばらく見送るギラムであったが、彼女が振り返った時には軽く手を振り見えなくなるまで見送っていた。
「・・・さてと。 ・・・」
「・・・」
その後彼女の姿が見えなくなると、彼も家に帰ろうと思い歩を進め出した。 しかし背後からは絶え間なくついてくる気配がある事を彼は分かっており、気にしないつもりではあったもののどうしても察すると気になってしまう。 彼女とのやり取りの際も時々テーブルから顔を出し彼の視界に入ろうと努力しており、反応する事を何度も何度も確認していた。さすがにそれにはイラッとくる彼ではあったものの、彼女の前で無意味に怒ると無駄に苦労する事は目に見えていた。ましてや彼は『目視されない存在』であり、たとえ何かを言っても無駄だろうと諦めていたのだ。
そのため今は周りに気遣いがいらない事もあってか、早々に歩きだしいつの間にか彼は走って家へと戻って行った。
「ぁっ、待ってぇー!」
『・・・』
なんとしても自宅にまで就いて来てもらっては困る気がして、早々に振り払いたかったのだろう。しかしその駆け足さえもついてくるような気配がし、背後を振り返る事だけはしない様彼は意識してアパートまで目指して行った。 時々何度か路地を使い付いてこられない様配慮をしており、その辺は彼の長年の経験でもあった。
スパイなどに自分の命が狙われた際、なんとしても避けなければならないのが『寝床を知られる事』 そのためには付いてこられない様にするのが初めに行うべき事であり、迎撃はせずまずはそこからふるいにかけるのだ。虎獣人にそれが通用するかはわからないが、生身の存在であれば追跡座標などを作り追ってくる事は無いと彼は考えていた。
その後軽く乱れた息を整えながらアパートの中へと入り込み、入口のロックを開けて早々に扉を閉めた。
「ハァ・・・ハァ・・・ ・・・やったか・・・?」
そして一息付き、戦いにおそらく勝利しただろうと彼は確信した。
しかし、
「・・・大丈夫?」
「え・・・」
息を整えていた彼の耳に別の声が聞こえ、彼は耳を疑った。 入った際には周りに誰もいなかったし、扉を閉めた側から声が聞こえてくるはずはないだろうと思っていたのに、聞こえた声。 その正体を知ろうと彼はゆっくり振り返ると、そこには黄色い虎頭をした存在が心配そうにギラムを見ていた。
「急に走ったから、つい追いかけて追い越しちゃったけど・・・ 息が乱れるほどの事を、戦い以外にしない方が良いと思うよ・・・?」
息を乱していた彼に声をかけると、虎獣人は少し距離を置き至近距離からの会話を避けながら彼にアドバイスした。 戦場でなら息を乱しても無理はないが、日常でそんなにハードな動きをしていてはいざと言う時に困るだろうと言う意味なのだろう。
心配そうに見ていた虎獣人は優しく笑みを浮かべ、ギラムを静かに見ていた。
「・・・ ・・・お前、何で・・・」
「ぁ、やっぱり見えてたんだねっ 良かったぁー ずっと見てたかいがあったよー」
とうとう会話を交わしてしまい、ギラムは自分の発言に喜ぶ虎獣人を見て呆れる事しか出来なかった。 そして、何かの戦いに負けるような感覚におちいったのだった。