強面傭兵と願いの奏者 3
公園内での変わった存在を見かけた後、電話での催促に応じ施設へと向かったギラム。 とはいえ電話主が彼の知り合いであったため左程急いではおらず、バイクを運転するも焦った運転はする事が無かった。 ゴーグルをつけ街を走り回りトンネルを抜けると、彼は再び自衛隊の施設へとやって来た。 その後近くに居た監査に声をかけ先ほどのセンスメントを提示すると、認証を済ませ再び彼は施設の中へと入って行った。
施設内は外の雰囲気とは少し違い、人工的に整えられた環境下があった。
適度に生える芝生と木々はあるものの、それ以外は建物ばかりであり『学校』に近い環境がそこにはあった。 夕暮れ時を過ぎた時間でも外で訓練をする隊員達の声が響いており、ギラムはその声を聞きながら普段バイクを止めている駐輪場へと向かって行った。 定位置へバイクを止め鍵を閉めると、彼は運んできた紙袋を手にし施設内へと入って行った。
施設へ入る際にもカードが使われており、基本この世界ではこのカード一枚があれば何処へでも入る事が可能とされていた。それだけの個人情報が入っているとも言えるが、だからこその治安維持や犯罪撲滅活動にも一役買っており、この世界での犯罪は比較的少なかった。
暴動や窃盗があっても近くを利用したカード情報でバレる事もあり、貯金を不正に下ろしてしまえばそれだけでお縄確定の世界。だからこそ平和な空間も出来上がっているともいえ、彼もそのうちの1人であり犯罪などないこの世界が好きだった。無論個人情報が漏えいされてもらっても困る為、頻繁に利用する事は無く最低限の行動だけを彼はしていた。
施設内へと入ったギラムは、その後電話主が居るであろう部屋へと向かいドアをノックした。
コンコンッ
【どなた?】
「サインナ、俺だ。 ギラムだ。」
【鍵は開いてるわ。 どうぞ。】
ドアを叩いた後に聞こえてきた凛とした声を耳にし、相手の名前を呼びつつギラムは自分の名前を名乗った。その声を聞いた向こう側の存在は鍵がかかっていない事を彼に告げ、入るよう言った。入室の許可を得ると、彼は静かにドアを開け中へと入った。
ドアの先には少し広い空間が広がっており、扉の近くには2つの大きなソファにガラス張りのローテーブルが置かれていた。 部屋の奥には黒く大きな監督机があり、机の先にはこれまた大きな背もたれの付いた1人掛け用の回転椅子があった。 椅子の上には1人の女性が座っており、入ってきたギラムを見て軽い笑みを浮かべていた。
「お帰りなさい、ギラム。 依頼の品は頂けたかしら。」
部屋へ入り机に向かう彼を見て、サインナと呼ばれた女性は机の上で手を組み彼に問いかけた。
「ああ、ちゃんと持ってきたぜ。 悪かったな、わざわざ電話させちまって。」
「良いのよ。 企業側との何らかのトラブルがあったら、貴方は被害者に過ぎないわ。 本来の依頼側は私であり、貴方はその間を引き受けた傭兵。 気にしなくて良いわ。」
「了解だ。」
彼女からの問いかけに答えつつギラムは荷物を手渡し、中身が間違っていない事を確認させた。中身を確認し終えると、サインナは荷物を机の横に置きつつ電話をした意味を告げ何事もなかった事を知れて良かったと言った。それだけ彼は大切な仕事を任されており、彼女に信頼されているのだ。
彼女の名前は『サインナ・ミット』 彼の通っている自衛隊施設の長官に位置する女性だ。普段は配属した隊の教育指導官を行っており、過去にギラムの指導も行った経歴を持つベテランだ。 今では長官に許され仮配属となっている彼の唯一の話し相手であり、彼女からの依頼を彼は引き受け今日はやって来たのだ。 薄く引かれた桃色のルージュが印象的な、濃い緑色の髪の毛を持つポニーテールガールである。
普段は軍服を着ておらず、ミニスカートとタイツに腕捲りをした状態で上着を羽織っているのが基本だ。 中身を確認し終えた後、依頼料を自衛隊長官が後で持ってくる事を彼女は告げ、彼にしばらく待ってもらうよう言った。
しかし、そんな優しげな口調の彼女ではあるが・・・
ガチャッ
「失礼いたしますっ!」
「コラ貴方!! 長官の部屋に入るときはノックする様にと、何度言ったら分かるのかしら!?」
「も、申し訳ありませんでしたっ・・・!!」
不意に部屋の中へとやって来た部下の隊員の無礼には激怒する面もあり、長官らしい一面も持っていた。 特に問題児に入る部下には徹底的に指導しており、彼女の声が張り詰める時も少なくは無い。彼よりも小さく華奢な身体の何処からその声量が出てくるのか、ある意味驚く一面である。
「・・・後ろを向きなさい。」
「!! ・・・」
「・・・ハァアッ!!」
スッパアァアンッ!!!
無論そんな部下には彼女の仕置きも待っており、何処からともなく取り出したハリセンでの喝が入るのであった。一撃の入った尻のその音の良い響きが、また恐ろしい。
「・・・で、要件は何かしら。」
不機嫌な顔丸出しで彼女は問いただすと、部下の1人は震えながらも痛む尻を抑えながら要件を告げた。
「お、恐れながら・・・ 長官殿の練習メニューを終えた報告に上がりました。」
「終わったのね。 ・・・でもその様子だと、まだまだ体力が余ってる様にも見えるし。 追加でもう1セットやってきなさい。」
「ぇっ! で、ですが!」
「問答無用よ! 早く行く!」
「は、はいぃっ!!」
半ば理不尽な要件ではあるものの、自らが犯した罪は隊全体で賄わなければならない。 それが彼女の教えであり、たとえ自分一人が身勝手な行動をし何かをしなければならない状況になる事を覚えておく。その意味合いも含めての指導であり、飴に鞭ならぬ『飴にハリセン』である。優しげな笑みは何処へやら、厳しく怒る彼女の形相を目にした部下はきびすを返してその場を去って行った。
「・・・」
「まったく、今季は仕えない輩ばかりで困るわ。 指導に拍車がかかるけれど、疲れるわ。」
その光景を目の当たりにしたギラムは声を失うものの、愚痴を零しつつ席に着いた彼女をただただ見る事しか出来ないでいた。 しかし彼女が再び彼を見る頃には落ち着いており、笑みは薄れているもののいつもの彼女がそこに居た。
「悪かったわね、説教風景なんて見せて。」
席に着き落ち着いた様子で彼女は話しだし、目の前で大声を出して説教した風景を見せてしまった事を詫びていた。 何も悪い事をしていないのに罵声を聞かされるのは不愉快極まりない事は彼女も分かっており、彼の前であっても部下の無礼は許さない。
とはいえ詫びる事は必要な時には詫びるため、そこが長官らしいとも言える。
「いや、それは構わないんだが・・・ ・・・また厳しくし過ぎて、反感を買うようなことをするなよ? サインナが正しい事を言ってるのは、分かってるんだけどさ。」
「貴方だけよ、そう言ってくれるのは。 心配ないわ、反感が来る事をわかっててこうしてるから。 それについてこれないくらいなら、この仕事は任せられないもの。」
「なるほどな。」
詫びられたギラムは理解しつつも、厳しくし過ぎても駄目な事を悟らせるように言った。 彼女に怒られる様な事を彼はした過去は少なく、正しい事を言っている場面を目の当たりにしているからこその意見もあった。 そんな彼の意見を聞いたサインナは軽く嬉しそうに言いつつも、自らも分かってて厳しく指導している事を彼に説明した。
長官であるが故の行動もあるが、それだけの事をしなければ生きていけない職業である事も事実。だからこその指導であり、厳しくする時はしっかりとし二度同じミスをして命を絶たれないよう配慮をしている。改めて彼女の意見を聞き、ギラムは納得する様にそう言うのだった。
「・・・あぁ、そうだ。 余談なんだが、1つ聞いても良いか?」
「あら、何かしら?」
場所をソファへと変えたギラムは、なんとなく思い浮かんだ質問を彼女に投げかけた。 コーヒーを用意していた彼女はその声を聞き意外そうに返事を返しつつ、出来たコーヒーを彼に出しつつ前のソファへと座った。
「馬鹿げた事を聞く様で悪いんだが。 サインナって、人の姿をした動物って見た事あるか?」
「人の姿をした動物? ・・・たとえば、どんな感じなのかしら?」
不意に持ち出された話題を聞き、サインナはコーヒーを飲みつつ彼の話を聞いていた。 それはつい先ほど彼が見かけた存在の事であり、あれは一体どういう生き物なのかを知りたいようだった。どんな感じの存在なのかを問われ、ギラムはどの手段で伝えたらいいかを考えるものの『画力』は無い事を考え口答で伝える事にした様だ。
「例えば、俺みたいな体格を持ってて。 首から上が虎の顔で、背後に尻尾があるんだ。」
「顔が虎で、尻尾持ちのギラム・・・ ・・・なんかイメージがわかないわね、それ。」
「だよな・・・ 悪いな、伝えるのが下手で。」
「違うわ、私の想像力が低いのが悪いのよ。」
覚えている範囲で先ほどの『虎』の事を伝え、体格は少し違うが自分と似た身体つきをしていた虎であった事を彼女に伝えた。 しかし彼女の頭の中で構成された姿と彼の説明する虎の姿は一致しない様子で、ギラムの顔が虎であると考えた彼女。 だがそれは異色な組み合わせに過ぎず、訳が分からなそうに彼女は眉間に皺を寄せるのであった。
イメージがわかない事もだが、仕事柄そういう事を考えた事が無い彼女にとってイメージするのも一苦労である。 戦場での知識はあるが、空想の知識は皆無に等しい。自分が伝えきれていない事もあるとギラムは詫びるも、彼女もイメージ出来ない事に対し詫びつつ互いにコーヒーを口にするのだった。
すると、
コンコンッ
「? はい。」
不意に2人の居た扉がノックされ、音が聞こえてきた。 音に対し返事を返すと、ギラムよりも少し低い声で発言が返ってきた。
【私だ、サインナ長官。】
「あら、マチイ長官様ね。 お待ちしてましたわ。」
声の主が自衛隊長官である事を知り、彼女は席を外し扉を開けに向かって行った。その後ドアノブを引き扉を開けると、この自衛隊施設を管理する長官が姿を現した。 初老の若くも年老いたイメージのある男性であり、彼が施設全体の行動と治安維持のために活動する長官であった。今日はギラムの依頼に対する報酬を支払いに来た事もあり、ギラムに軽くお辞儀をしつつ中へと入ってきた。
彼の名前は『マチイ・ルイーネ』
彼等の務める自衛隊の上官達を束ねる上長官であり、補佐に位置する初老の紳士だった。身に纏う衣服は自衛隊と言うよりも『総裁』に近い衣服であり、ローブを纏うその姿は威厳がある。
そんな長官の姿を目にし、ギラムもその場に立ち上がり長官にお辞儀を返した。
「今回もありがとう、君に頼んで運んでもらうのが一番安心できるよ。」
ギラムの前へと移動した長官はそう言い、軽く笑顔を見せながら彼に言った。
「そう言っていただけて光栄です。 依頼を用意してくれる上長官が居るからこそ、俺は自由に行動出来るようなものです。」
「お世辞が上手になったな、君も。 じゃあ、これが今回の依頼料だ。 後で換金してくれたまえ。」
「はい、ありがとうございます。」
長官からの言葉を受けた彼はそう言い、毎回依頼を回してくれる長官に礼を言った。
お世辞が上手になったと軽く苦笑する長官であったが、要件を告げ渡すべき代物を渡しつつ後でお金に換えるよう言った。 受け取る物を受け取ったギラムはお礼を言った後、再びお辞儀をした。
「・・・ぁ、上長官。」
「ん、なんだね。」
その後要件を済ませ部屋を後にしようとした長官を、ギラムは呼び止めた。その声を聞いた長官は足を止め、彼の居る方へと向き直った。
「忙しい中こんな余談を持ちかけてすみませんが、1つだけ伺っていいですか。」
「許可しよう。」
「ありがとうございます。」
呼び止めた事と時間を割いてもらう許可を貰うと、再度彼は頭を下げ要件を述べた。それはサインナにも話した『獣の頭を持つ人』の事であり、つい先ほど見た存在の正体が知りたい様子で話をした。 彼の話す情報を聞きながら頷いていた長官は、一通りの話を聞きこう結論を出した。
「・・・それはもしや『獣人』じゃないかな?」
「獣人・・・ですか?」
それは伝説上の生き物として知られる『獣人』と言う存在の事で、どうやら彼の話を聞いた限りではそれが一番しっくりくる答えではないかと言った。 人の様な身体つきをしているが容姿は獣に近く、人と獣の中間層に居ると言う意味合いでそう命名されたとも彼は話していた。しかし事実が書かれた書物は存在しない事を話し、あくまで空想上の生き物だと言った。
「獣でありながら人の姿を持ち、固有の特性を持つ優良種だという話を聞いたことがある。 しかし実在は存在せず、空想の世界でのみ生きると聞いたことがあるがね。 私もその存在を知ったのは、最近読むことが増えた書籍の影響だ。」
「そうだったんですか・・・ 貴重な話を、ありがとうございます。」
聞きたい事柄に対する話を聞き終えると、ギラムは礼を良いつつ再度頭を下げた。
彼が見た存在が本当にその人物かはわからないが、それでも呼び方としてはそれがベストだと彼も感じていた。軽い悩みを抱えていた気持ちはスッと消え、彼は少し笑顔で長官を見ていた。
「・・・ちなみに君は、そんな存在を何処かで見たのかね?」
するとそんな彼を見た長官は不意に疑問を抱き、彼に質問を投げかけた。急に振られた話を聞く理由も気になるが、大体の解釈で告げた答えで満足した彼を見て少し気になったのだろう。 軽く首を傾げながら、長官は彼を見ていた。
「ぁ、いえ・・・ これと言った経緯は無いんですが、ちょっと小耳にはさんで。 どんな奴なのかって気になったんです。 すみません。」
「いやいや、謝る事は無い。 君は優秀で、昔から私は気に入っていた。 今後とも、この施設を好きに使い依頼に励んでくれ。」
「はい。 ありがとうございます、上長官。」
そんな長官に問いかけられたギラムは、返答に困りつつも噂で耳にしたという口実で返事をした。 実際にそんな存在を見たとは言えず、ましてや見たと言ったところで信用してもらえるとは思わない。彼自身も意外な光景に驚いていたため、長官の思考に妙な種を植え付けるのは控えたかったようだ。
軽く詫びられた長官は笑顔でそう言い、これからも施設を好きな時に利用すると良いと告げるのだった。 自衛隊でないのにも関わらず施設を利用できるのは長官の命令があるためであり、他の部下達が何を言おうとも彼の一言で全てが収まってしまう。そんな長官にはギラムも感謝している所があり、依頼を回された時も基本それに答える行動を取っていたのだった。
ガチャコン・・・
その後長官との面談を終えサインナとも別れたギラムは、施設内に止めたバイクを取りに駐輪場へと向かって行った。 本日の彼の仕事はこれで終了であり、後は彼の自由な時間が待っている。帰宅してから何をしようかと考えつつ、ギラムは施設と外を仕切る扉が開くのを待っていた。
『獣人か・・・ ・・・さっきの奴って、もしかしてその種族の一員か・・・? でもなんで、あんな所に座ってたんだろう・・・』
「?」
不意に先ほどの長官とのやり取りを思い出した彼は、バイクに跨ったまま公園で何をしていたのだろうと考えていた。 目視されていない存在が何も理由なしにそんな場所に居るとは思えない様子で、伝説上と言われた存在が何しに来たのか。
そんな事を考えながらギラムが前を見ると、そこには意外な光景が広がっていた。扉の開いた前の道路際に1人たたずむ存在の姿が見え、その場にいた存在に彼は見覚えがあった。 それはつい先ほどまで公園に居たと思われていた『虎』であり、長官の話が正しければ彼は『虎獣人』であろう存在だった。 何故こんな所に居るのかと不思議に思い、ギラムはただその獣人の姿を見ていた。すると、虎獣人は彼の姿を見て顔色を明るくし近寄りながら声をかけようとしていた。
「ぁ、ぁのー・・・ ・・・えっと。」
「どうしました、ギラムさん。」
そんな彼の発言を聞こうとしていると、不意に彼の左側から声が聞こえてきた。 それは扉の開閉作業を任されている隊員であり、完全に扉が開いたのにも関わらず外へと出ない彼に声をかけたのだ。
「ぇ? ・・・あぁ、すまない。 ちょっとボーっとしてな。 またな。」
「お気をつけて!」
恐らくぼんやりとしていたのだろうと思われていると思い、ギラムはそう言いながらバイクのスロットルを回した。 すると聞いた隊員はそれ以上は何も言わず、敬礼をして彼を見送っていた。 そんな隊員に見送られている事もあり、ギラムは虎獣人の隣を走り抜けて行った。 軽く一瞥するように顔を動かすも、それ以上はせず彼は帰宅路へと向かって行くのであった。
「ぁっ・・・ ・・・行っちゃった・・・ ・・・でも、僕が見えてた。 諦めちゃ、駄目・・・だよね。 うん。」
声をかけるも他の存在に見送られ走り去ってしまったギラムを見ながら、虎獣人は少し残念そうにバイクの姿を見送っていた。 しかし、声をかけちゃんとした反応を返してくれた事に加え目視されていた事を確認できた様子で彼は内心嬉しそうにそう言うのだった。
その後彼の走り去って行った方角へと向き直り、彼の後を駆け足で着いて行くのであった。