強面傭兵と願いの奏者 2
ベランダでの夕涼みを終えたギラムは、その後簡易な格好からの着替えを済ませ外へと出ていた。 何時しか日は傾きだし夕刻となっているが、その日は彼にとっても用事のある日。 施設へ行くためのバイクは使わず、その日は徒歩での移動を取っていた。
住まいとして使っているアパートからしばらく歩いていると、舗装された道路を歩く人達の姿が目に映った。 リーヴァリィの夕刻は普通の『帰宅時間』とは違い、制服で帰宅をする者もいれば荷物を持って企業へと帰る人達の姿もあった。 またその時間から出かける人々の姿も珍しくはなく、道路を走る様々な移動用の機械達が運転手を何処かへと連れて行っていた。
そんな夕刻のいつも通りの都市の姿を見ながら彼は歩き続け、目的地であろう近くのビルへと立ち寄った。 そのビルは周りに立ち並ぶ普通のビルとは違い、大きなロゴ入りの企業の看板が入り口上の一部に取り付けてあった。
そこには崩した英文字で『Rubinase』と書かれており、何かのお店の様な場所だった。 買い物に来た様子ではない彼ではあったものの、何のためらいもなく彼はビルの中へと入って行った。
「いらっしゃいませー!」
中へと入ると、彼を出迎えるかのような声と共に広々とした空間が広がっていた。 煌びやかな装飾が施されたホールの様な空間が広がっており、薄い橙色のタイルが敷き詰められた店内には定位置に置かれた様々な衣服が並び、簡素な物から豪華な物まで置かれていた。 所々に店内の服を着せたマネキンが立っており、男女共に仕切られた空間内にそれぞれの服を着たマネキン達が居た。 中にはガラスケースの中に居るマネキンに煌びやかな『ドレス』を着た者もおり、値段もピンからキリまでありそうな雰囲気であった。 外装の違いもさることながら、中の雰囲気も一流企業の香りが飛び交っているほどであった。
そんな店内を軽く見終えると、ギラムは近くに居た従業員に声をかけた。
スーツを身にまとった女性の従業員であり、徐々に近づく彼の姿を見て軽い愛想を見せていた。
「忙しい所済まない。 ギラムと言う者だが、頼まれていた品を取りに着た。 担当の人は居るか?」
「ぁ、ギラム様ですね。 お待ちしておりました。」
声をかけ用件を伝えると、彼女は内容を知っているかのように答え笑顔で彼に返事を返した。 その後ギラムは上着のポケットに入れていた一枚のカードを手渡し、従業員はそれを持ち「待合室で待っていて欲しい」と告げその場を離れた。 彼女の後姿を見送ると、彼はその場から移動し近くの扉の前へと向かって行った。 扉の前には小さな電子機器が備え付けられており、慣れた様子で扉に番号を入力した。 すると、扉は静かに開き現れた真紅のカーテンを抜け中へと彼は入った。
中には金素材の丸みを帯びた背当てに桃色と白色の生地で造られた一脚の椅子があり、それに彼が座ると機械音と共に入力された階層へ移動するかのような音が聞こえてきた。
『エレベータ』に近い造りの移動用空間であり、この世界ではビル等の高層へ移動する際に用いられる一般的な代物で『クラスメント』と呼ばれていた。 使用するには個人の情報を暗号化した『パスワード』を入力しなければならず、身分証明を持たない者にとっては厄介な代物でもあった。 そんなシステムの甲斐もあってか、この世界では上層に大抵存在する社長部屋に無法者が入ることはなく、下の強化だけをしているだけで十分安心な治安が出来上がっていたのだ。
無論システムがあるとはいえど警備体制に抜かりがないのが彼のやってきたこの企業であり、都市内で着られている衣服全てを作っている『ルベウス・リアングループ』と呼ばれる大企業だった。 衣服の製造を主に手がけているこの企業は、女性物を中心とした優しくも可愛らしい服を数多く生み出し生産してきた。 最近では男性用の衣服も作っており、外部からの依頼によっては『軍服』を造る事も少なくはなかった。
『女性の繊細な肌に優しく、美しさを』というのがこの企業のモットーであり、その細部にまでこだわったデザインと造りの丁寧さが都市内では有名になっている。 その中心に位置する取締役が常時居るのがこのビルであり、彼はその場所に普段使用している施設の軍服を代わりに取りに着ていたのだった。
クラスメントによって上層階へと移動すると、到着音を耳にしたギラムは再びカーテンを潜り外へと出た。 目の前には下の階とはまた違った空間が広がっており、白と水色を貴重とした上品な雰囲気が広がっていた。『待合室』と言われやってきた場所であったが、その造りは細かく何処かの城の寝室とも思われる光景であった。 部屋の中央には芸術的な器に乗る彫刻があり、その彫刻の持つ水瓶から水が流れ噴水のような仕事を行っていた。 そのためビルの中だというのにも関わらず水の音が聞こえており、彫刻の近くにあるテーブルとソファ周辺には潤った空気が流れ込んでいた。
そんな彫刻を軽く見ながら移動した彼は、静かにソファへと腰掛け頼まれた品がやってくるのを待っていた。
しばらく待つ事、数分・・・
ガチャッ
「?」
「ギラムさん。 お待たせしました。」
彼の座っていたソファの左側から扉の開く音が聞こえ、それと共に彼を呼ぶ声が聞こえてきた。 やってきた人物を見ようと顔を動かすと、彼の目の前にやってきたのは少し大きめの紙袋を持った金髪の女性だった。
彼女の名前は『アリン・カーネ』 衣服を専門に取り扱う『ルベウス・リアングループ』のご令嬢だ。 今は彼女も経営の仕事を手がけており、衣服のデザインから支店店舗の管理を主に行っていた。今日はギラムが店にやって来る事を聞いており、依頼された服を手にし彼の元へとやってきたのだ。
令嬢らしい品のある笑顔を見せながら移動し、彼女は静かに彼のそばへと移動した。
そんな彼女の姿を見て、ギラムは同様にソファから立ち上がり彼女を待つ体制に入った。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。 ご依頼の品をお持ちしました。」
「ああ、ありがとうなアリン。」
軽く詫びながら頭を下げると、彼女は持ってきた紙袋を静かに差出した。それを見た彼は紙袋を受け取ると、中身を確認し依頼した品物である事をチェックした。
「毎回忙しいのに、顔を出させてすまないな。 良いのか、依頼の品を渡す仕事を自身で引き受けて。」
中身を確認し終えると、ギラムは彼女に対しいつも依頼した品を持って顔を出すことが大変じゃないかと問いかけた。 重役であり経営に手を出し仕事をしている彼女にとって、こういった些細な時間も削り普通であれば仕事に没頭することが当たり前だ。 だが彼女の場合は違い、彼が依頼した品を取りにくる時はいつも彼女自身が品を持ち手渡しをしていた。
「大丈夫ですよ。 ギラムさんがわざわざ出向いてくださってるのに、引き受けた側である私が顔を出さないのは失礼ですので。 本日も当社を利用してくださり、ありがとうございます。」
「こちらこそ、いつもありがとうな。 アリン。」
そんな彼の優しさを知り彼女は静かに顔を振ると、彼の行動に対し見合う対価で返したいと笑顔で話していた。 依頼した側が手荷物を出向いて取りに来る事はあっても、依頼された側が顔を出すことは滅多にない。重役同士のやり取りでない限り顔は見ないのが普通であるのにも関わらず、仮所属状態の彼にだけは彼女は絶対に顔を出すのだ。
そんな彼女の配慮と言葉を聞き、ギラムは笑顔でお礼を言ったのだった。
ウィーンッ・・・
「ありがとうございましたー」
その後アリンとのしばしの談話を終え、店の外へと出てきたギラム。
後ろからくる経営責任者と部下達の送り言葉を耳にしながら、彼はその店を後にして行った。軽く振り返り彼女の姿を見ると、アリンは優しく微笑み左手を肩の高さまで上げ静かに手を振っていた。 そんな彼女の見送りを受け、ギラムは笑顔で荷物を肩に背負い元来た道を戻って行くのだった。
「ぅ、うーん・・・ ・・・さてと、コレ届けちまわないとな。」
施設からの依頼を完了し、帰宅路を1人歩いて行くギラム。 右手で背負う形で肩にかけていた荷物の中身を見つつ、まだ出かけ先がある様子で歩道を歩いていた。 まだ日は空の上におり傾いて大分時間が立ったものの、夜になるまではまだ少し時間があると思われる頃。これから彼は再び施設へと戻り、代行で受け取った品を届け依頼料と引き換えてこなければならない。
どうやら明日までに支度を済ませておかなければならない用が施設側にあるらしく、詳しくは聞いていないものの彼は再びそこへ行かなければならないのだ。 とはいえ施設を利用するわけでは無いため、今の普段着のまま直行する予定の様だった。 荷物を何度か背負い直し紙袋を掴んでいる手の位置を直しつつ、彼は道を歩いていた。
すると、
「・・・ あれ。」
不意に彼は何かを目撃したと同時に歩くスピードを緩め、とある方向を見ながら呟き混じりに言った。彼の見ている方向には小さな公園があり、園内の一角にある花壇に目が向けられていた。
そこには1人花壇の淵に座り前を向いている奇妙な存在の姿があり、服を着ているものの顔付が人間ではなかったのだ。 公園に居る人々は皆普通の人であり、子連れの大人や無邪気に遊ぶ人は髪色や肌の色は違うものの普通の人であった。しかしそこに居たのは、一般的な人とは違い顔が『虎』に近い顔付だったのだ。
身体つきは人間であるものの、顔の左右にあるべき耳は頭上に近い位置にあり、肌の色は黄色で所々に入っているラインが黒という異文化過ぎる風貌だった。 身に着けている衣服はシンプルではあるものの、袖無しの服を着ており春先にしては少し寒そうにも見えた。
そんな花壇の淵に座っている存在の姿にも彼は驚いたが、さらに観察をすると妙な違和感を彼は覚えた。 座っている虎らしき存在は先ほどから前を見ているものの、時々顔を左右に向け何かを探している様子で人々を見ていた。 しかしそんな彼を周りは『認識』していない様子でその場に目を向ける事が無く、むしろ花壇に寄って花を見る人は居ても彼を見続ける存在が1人もいなかった。 まるでそこには『存在していない』かのような雰囲気が出ており、近くにボールが転がりあからさまに視界に映ったであろう子供でも、何事もなかったかのように親の元へと戻っていた。
「・・・」
目視で来た人であれば、なるべく意識しないようにしようと目をそらすも気になり目を向けてしまうのが普通だ。 しかしそれが、今の彼の前では誰一人行っていなかったのだ。 皆が皆同じ性格で同じ行動が出来る人と言うのは考えにくいため、ギラムは気になり意識しないよう目を逸らしつつちょっとだけ虎の近くへと寄ってみた。
そんな行動を見てか、虎は彼を見つけたかのように顔を向けるも、ただ単に後ろの花を見に来たのだろうと思い静かに席を立ち少しだけ横へとずれていた。 彼の行動を見てギラムは少し驚きつつも、彼の配慮が違わない事を想わせるべく花壇の花を見た。
そこには白い花弁に少しだけ水色が足された花々が植わっており、彼の住む場では一般的な花だった。 『星屑草』と呼ばれているその花は、花弁が5つあり星の様に見える事からそう呼ばれ、小さくも綺麗な花を咲かせていた。 しかし小さい花々と言う事もあってか花屋に並ぶことは少なく、どちらかと言うと『鉢植え』となって並ぶことがある代物であった。
そんな花壇に植わっている花々を見終えると、ギラムは静かに花壇の淵へと腰かけ虎同様に園内を見た。 するとそんな彼の姿を見た子供達は、次々と持っていた道具を持って親もとへと駆けて行ってしまった。 その様子を見た母親達は子供達をなだめるも、近くに居た近所のママ友達であろう人達に断りを入れてその場を後にして行った。 周りに居た人々が帰って行く姿を見た虎は少し意外そうに見るも、隣に座った彼の顔を見てその理由をなんとなく把握していた。
彼の顔の左目付近には赤い痣の様な傷があり、まるで悪魔の翼の様な形をしていた。 顔の形も少しゴツゴツとしており、年相応の形に加え金髪のオールバックヘアーであれば、普通の子供であれば避けて当然である。 何処にでも居そうな『年上のヤンキー』の風格に、ある意味当てはまっている。
「・・・やっぱり、子供には避けられるか。 当然だよな。」
「?」
いつもの事ではあるものの、ギラムは隣に居る虎に聞こえるかどうかの声量で呟いた。 その声を聞いた虎は少し意外そうに彼の事を見ており、自分が見えているのかどうか気になり行動しようかどうか迷っていた。
座り際に見た彼の背後には太く長い尻尾も生えており、彼は普通の人ではなく確かに『虎』なのだとギラムは思っていた。 その証拠に迷っている彼の尻尾は左右に振られており、耳もピコピコと動いていた。背丈は自分よりも低く細身の身体つきで、腕は少し太いものの上半身には目立った筋肉は見て取れなかった。
そんな虎はしばし迷った後、一回目を瞑り気合を入れた様子で彼の方へと向き、声をかけた。
「ぁ、あのっ・・・!!」
「ん?」
リリリッリリリッ・・・!
「?」
そんな会話が始まりそうな雰囲気になった瞬間、不意に何処からともなく電子音が聞こえてきた。 その音を耳にした2人であったが、ギラムは何の音か推測が立ったかのように上着の右ポケットに手を入れた。 彼が中から取り出したのは一枚のカードであり、どうやらその物体から音が鳴った様だ。 とはいえ普通のカードではない様子で彼はカードに指紋認証をするかのように軽く触れた後、電話の様にカードを扱いだした。
リーヴァリィに住む者なら大抵持っているそのカードは『セントミンス』と呼ばれ、一般的な携帯電話と呼ばれる代物として使われている物だった。見た目は普通のICカードであり、指紋認証をする事によって本人を確認したのち電話として使える代物だ。 電子メールを使う際にはカードを別機でスキャンし使うため、基本はこれ一枚でなんでも出来る。 また会計時のクレジットカードとしても使えるため、これ一枚を持ち歩いて外へ出る人も少なくは無かった。 カードの柄は個人によって変わり、彼のは黄色と青で描かれた『龍』のシルエットの様な模様であった。
「はい、もしもし。 ・・・あぁ、すまない。 ちょっと長話しちまってな、今からそっちへ向かうところだったんだ。」
「・・・」
「あぁ。 ・・・分かった、なるべく早く着くようにするぜ。 了解。」
電話の着信音であった事を虎は知ると、目の前で電話をする彼をしばし見つめていた。その視線が気になりつつもギラムは電話をし、かけてきた相手に返答をするように答えつつその場を立った。
その後電話を終えると、彼はカードを再びポケットへとしまい一度置いていた依頼品の入った紙袋を手にした。
「・・・」
荷物を手にし忘れ物がない事を確認すると、彼は虎の顔を一度見た後その場を後にして行った。 あからさまに花を見ていなった目を向けられ、虎は驚くもその後の行動が出来ず去ってゆく彼の後姿を見る事しか出来なかったのだった。
『・・・あの人、僕が見えてるんだ・・・ 僕の声にも、返事をしてくれた。』
視界から彼の姿が見えなくなると、虎はハッと気が付いたかのように目をさましギラムの事を気にしていた。 彼は普通の人間には黙視できない存在の様子で、自分を認識してくれた相手を見つけ嬉しい笑みを浮かべていた。
その後花壇を離れ、再び彼に会おうと行動するのだった。