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目撃者2  作者: 爽夏=sayaka=
3/3

大晦日と新年☆王子稲荷

 白い狐のお面を付けたり、狐の顔の化粧を施したりした人々が行列になって町内を練り歩いている。駕籠に乗せられた晴れ着姿の子供が楽しげにキャッキャと笑い、提灯を持った町娘が沿道に手を振る。渋い色合いの和服に身を包んだ若旦那や留め袖姿の女将さん、(かみしも)姿が凛々しい男性など、江戸時代にタイムスリップしたような姿の人々の姿に、行列目当てに集まった観光客はカメラを向け、近所の住人は彼らをはやし立てた。

 カメラのフラッシュが瞬き、明るい沿道を賑やかに彩る。

「昔から関東一円の狐が王子稲荷に集まると言う伝承があるんです」

 保存会の会長がテレビの取材に緊張した表情で答えた。

「その言い伝えを現在に残していこうと企画し、毎年こうして実施されているんですね」

 ヒンヤリとした声が会長の言葉に寄り添った。

「なるほどぉ、江戸っ子の粋な風情を現在に伝えるってヤツですねぇ」

「今回で開催20回を迎えると言う事ですが、何か御苦労した点などありましたか?」

 間延びした光希の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか? アイスドールに相応しいピクリともしない表情で、保存会会長に尋ねる千住。

 カメラ用に大げさに落ち込んだ美青年の姿に周囲に集まった見物人からクスッとした笑いが零れた。

 潤んだ瞳にジッと見つめられた保存会会長の中年の男性は、ドキマギとしながら「実はですね」とたどたどしく答える。

 光希がボケた事を言い流され、千住が真面目にレポートをするというスタイルの中継がスタジオに送られると、スタジオにいるタレントたちは、やんややんやと賑やかに冷やかした。

 四角い画面にその様子が映し出されると、年越し蕎麦を啜っていた菊理(ククリ)が、もごもごと口を動かしながら、箸をテレビ画面に向けた。

「ん~? どうしたっすかぁ?」

 ウェントスは、けんちん汁を入れた椀を渡しながら菊理に尋ねる。ウェントスが屈むと、大きく開いた胸元から見える見事な谷間。スケベそうにそれを覗きこむ勾玉の九十九神を、八つ当たり気味にテーブルから叩き落とした菊理は、テレビ画面を示し続けた。

 ウェントスはテレビ画面に目を向ける。

「あら、光希君が出てるのねぇ」

 テレビ画面を見て華やいだ声をあげる恵理に、ウェントスは首を傾げながら尋ねた。

「ばぁちゃん、知ってるっすか?」

「年末のドラマに出て来たのよ。お兄さんの婚約者に思いを寄せる高校生役で出ててね、かっこよかったのよね」

 恵理の言葉に何処かで聞いた事のある話だと思いながら相槌を打つウェントス。そんなウェントスに菊理は「そんなことより」と画面の中の美少女を示した。

「お、親父のソックリさんだ」

 驚く菊理にウェントスは「あぁ、ガレーネっすよ」と事もなげに応えた。

「千住のおっさんの影武者をしてるっすよ。今日はテレビのお仕事みたいっすねぇ……ってことは、ばぁちゃん、蕎麦もう少し用意しとくとイイかもしれねぇっすよ」

「あら? 足りなかったかしら?」

 厨房の恵理の言葉にウェントスは軽く首を振った。

「腹をすかせたガキが顔を出す可能性が高いっす」

 ウェントスの言葉にクエッションマークを盛大に頭に飾った菊理は「誰か来るのか?」とグルリと店内を見回す。

 恵理の店『ベルティナ』には、ウェントスや菊理の他にネットワークに所属する器物妖怪が集まっている。その中には、徳利妖怪から美酒をたっぷりと貰った狐姿の千住と、その世話を焼く萩の姿もあった。

「もう一匹ばかり賑やかなのが乱入する可能性があるっすよ……」

 肩をすくめたウェントスは、食べ終わった食器を片づけたり、おせちの準備をする恵理の手伝いをしたりと雑用をこなしていた。

 ウェントスの予感が当たるのは年が明けようとする11時50分ごろ。

「らっぴ、にゅぅいやぁ~なのぉ☆」

 店内に青い髪の愛らしい少女が乱入してきた。

「今年はへび年なのぉ☆ つまりは、らっぴが主役なのぉ☆ 敬いやがれなのぉ☆」

「ラピス、まだ年は明けてねぇっすよ」

 表情豊かに満面の笑みで告げるラピスにウェントスがツッコミを入れる。その後ろでは、乱入者の姿を見た恵理が引き攣った笑みを浮かべていた。

「あり? んぢゃ、年越し蕎麦よこしやがれなのぉ☆」

 にぱりんとずうずうしい申し出を上から目線でのたまわったラピスは、空いてる席に座る。

「そぉ来ると思ってたっすよ」

 呆れた表情のウェントスはラピスの前に、冷え切ったのけんちん蕎麦の入った丼を置いた。

「いっただきますなのぉ☆」

 ラピスは出されたけんちん蕎麦を飲み干すと「おかわりなのぉ☆」と空の丼をウェントスに差し出した。

「そろそろ、年明けっすよ」

「んじゃ、おせちとお雑煮とお汁粉を持って来やがれなのぉ☆」

「全部食べるつもりっすかぁ?」

 ウェントスがラピスの相手をしている間に、時計の針は12時を回り、恵理はテーブルに見事なおせち料理を用意して、新年のあいさつを済ませていた。

 恵理の店が忘年会から新年会へと移行しきった頃、収録の終わったガレーネは打ち上げの誘いを断り、ナンパをしていたフランを捕まえていた。

「フラン様、神社のお仕事の方は?」

「自主終業よ……やだわぁ、ひいおじいさまの美少女っぷりに美奈ちゃんが逃げちゃったじゃない」

 突然現れた美少女がフランを捕まえたので文句を言おうとしたナンパされた女だったが、美少女すぎる千住の姿に恐れを出して逃げてしまったのだ。

 残念そうなフランにガレーネは呆れた目線を向ける。

「フラン様、帯が乱れているようですが?」

「あら? ちゃんと直してあるはずよ?」

「ご否定はなさらないのですね」

「無粋な真似はしないで欲しいわぁ。それとも、相手して欲しいのかしら?」

「そのような事っ! ただ私は……」

 フランの言葉にガレーネは反射的に声をあげた。チラリと流し目を送るフランにガレーネは仄かに赤らめた顔を下に向けた。

「……私は、お、お約束を……と……」

 フランはそう言えばと、ガレーネが千住の影武者を果たし、フランの暇つぶしに貢献した暁には口付けを与える約束を思い出した。

 ガレーネは自分から言い出せないのか、潤んだ瞳をチラリとフランに向けては逸らしと繰り返している。

 平素の取りすました姿とは違う、愛らしいとも受け取れるガレーネの仕草にフランは笑みを浮かべる。潤んだ瞳に見つめられれば、ささやかな願いなどいくらでも聞いてあげようという気分になってしまうから不思議なものだ。

「良いわよ。顔をあげて」

 フランはガレーネの(おとがい)を軽く掴むと、上に向ける。ガレーネの煌めく瞳とフランの視線が交わった。

「ガレーネ、最初に教えてあげる……キスするときは目を閉じるモノよ」

 そっと囁き、唇と唇を重ねたフラン。ガレーネが言われた通り目を閉じていると、数回軽く啄ばむようなキスを繰り返す。

 フランの優しい口付けに、まるで自分が大切な宝物にでもなったかのような印象を受けたガレーネはウットリとフランに身を任せた。

 ガレーネの固さが取れた所で、唇を割り深いディープな物に変える。舌と舌を絡ませ、口腔内を好き勝手に蠢く様子に、驚きに一瞬目を開くガレーネだったが、フランの言い付けを思い出し目を閉じる。薄眼を開け確認したフランはクスッと嗤った。

 千住の後を追ってきた光希は、長い黒髪の大柄な美女と口付けを交わす小柄な千住の姿を見て、とっさに木の陰に隠れた。

 激しいキスに千住の息が乱れる。その艶めかしい様子を木の陰から見続けた光希。その視線は釘づけになり、離せなくなる。

 そんな光希の視線を感じ取ったのか、千住を翻弄している大女がチラリと光希が隠れている木の方に目線を向けた。

 光希とフランの視線が交わり、フランは得意げに目を細めた。唇を離し、遠目に分かるように着物の合わせを肌蹴け、胸元に音を立ててキスをする。

「さぁ、御褒美の時間は終わりよ」

 手早く服の乱れを直しながら囁いたフランは、襟元から見えるか見えないかの絶妙な位置に赤い花を咲かせた。夢の時間の終わりを告げられたガレーネは、それでも余韻に浸るように目を閉じていた。

 ふと、フランの目に、ガレーネのウットリとした表情と、楽しげに頬を歪める性悪狐の姿が重なる。自分がキスをした相手がガレーネだと分かっていても、狐のニヤニヤ笑いが頭にこびりついて離れないフランは、顔をしかめた。

 軽く頭を振って気持ちを切り替える。なんせ、お遊びの種が傍にいるのだ。それを楽しまない手は無いと、光希の隠れた木に向かって歩を進めた。

 目を閉じ、恍惚の表情を浮かべるガレーネよりも、新しい玩具に興味が移ったフランは、光希とすれ違いざまに言葉を落とした。

「坊や、うちの子をヨロシクね」

 光希は夢見心地にウットリとする千住と立去る女とを交互に眺め、どうすべきか戸惑う。年下の綺麗な子だと思っていた美少女が見せた奇妙な色気に当てられゴクリと唾を飲み込んだ。

「せ、千住ちゃん……」

 小さく呼びかけると、少女を覆っていた色気がスッと霧散する。平常通りの冷たさを纏った千住の姿に、今見た姿は幻だったのかと光希は目を瞬いた。

「如何いたしましたか?」

「あ、いや……スタジオの方に一度戻って欲しいって……」

「畏まりました」

 光希と千住がすれ違う。いつも千住の纏う爽やかな香りの中に、エキゾチックな香りが混じっており、直前の抱き合う二人のラブシーンが脳裏によぎり、途端に赤くなる光希の顔。

 頭一つ違う千住を見下ろせば、襟元から見えるところに赤い花が咲いていた。

「千住ちゃん!」

 思わず呼びとめた光希に千住は濡れた瞳を返す。魅惑的な瞳に見つめ返され、言葉に詰まった光希だったが、何とか声を絞り出す。

「さっき、一緒にいた人は……」

「貴方には関係のない御方です」

 光希の言葉は最後まで形にならず、バッサリと切り捨てられた。

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