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目撃者2  作者: 爽夏=sayaka=
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大晦日の風景☆王子稲荷

 やはりというか、毎年の事というべきか、そこは真夜中だと言うのに大賑わいだった。篝火の焚かれた境内は、縁日の様な提灯で照らされ、非日常の空気を醸し出していた。

 参道の両側には屋台が立ち並び、美味しそうな香ばしい匂いが立ち込めていた。近所に住む氏子たちが、町内会のテントの下で甘酒や樽酒を配ったり、赤ら顔で楽しげに話したりしていた。

 忙しそうな巫女装束のアルバイトの女の子やスタッフジャンバーを着た青年達が商品の補充や記帳案内、会場整理などを行っていた。

 大晦日の晩となれば吐く息は白く、凍えるような寒さだ。境内に来る人々は、コートやマフラーなどの防寒具に身を包み、新しい年の始まりを今か今かと待っている。

 遠くの方から除夜の鐘が聞こえる。

「寒いねぇ」

 理子は携帯カイロを頬に当てながら呟くと、隣に立つ頭一つ以上背の高い幼馴染を見上げた。

「……なら、わざわざ夜に来なくても、明日の昼間にくりゃ良かったじゃん」

 スマートフォンを見ながら素っ気なく答えた青年に、理子はムッとした表情を浮かべた。

「じゃぁ、健史、なんで付いて来たのよ!」

「小母さんに頼まれたから」

 理子の文句に即答した健史は、ついでとばかりに「忘れてるみたいだけど、俺ら受験生なんだぜ」と言った。

「言われなくても分かってるわよ」

「神頼みも良いけど、まずは実力がなかったら、頼まれた神様だって困っちまうだろう?」

「だから分かってるってばっ!」

 理子は呆れたように告げた健史の足を蹴ると、プイッと横を向いた。

「痛っ」

 ワザとらしい健史の声が聞こえたが無視を決め込んだ理子は、社務所に目を向け首を傾げた。

 社務所の窓に人だかりが出来ているのだ。お守りを売っている授与所は別の場所にあるはずだと思ったが、臨時に作ったのだろうと推測した理子はポツリと呟く。

「こんなに早くからお守り買う人居るんだ……」

 新年一年間の願いを込めてお守りを買うんだから、気持ち的には明けてから買った方が御利益があるだろうと思ってのことだったが、隣の幼馴染は軽く鼻で笑う。

「どうせ、どっかの誰かが内職で一つ数円で作った物だろう? いつ買っても同じなら、人が少ない時に買った方が時間の節約になるんじゃないの」

「罰あたりな事言わないでよ」

 合格祈願にお守りを買おうと思っていた理子は、身も蓋もない健史の言葉に口を尖らせたが「本当の事だろ」と冷静な彼の言葉にグッと押し黙った。

「気休めにお守りを買うくらいなら、参考書を買って解いた方が合格の近道だ……」

 急に途切れた声に不思議に思った理子が健史を見上げれば、彼の視線が一点を見つめ動かない事に気付いた。

「どうしたの?」

「……夢みたいだ」

 何処か夢見るようにウットリと見つめる健史。その平素の幼馴染の様子とは異なる雰囲気に、理子は慌てて彼の腕を掴み「健史っ!」と揺さぶった。

「……女神が居る」

「はぁ?」

 ボソリと呟かれた言葉に気の抜けた返事をした理子は、彼の視線を辿って社務所に目を向けるが、悲しいかな、理子の平均よりやや低い身長では、人の頭が邪魔で何を見ているか分からなかった。

「んもぉ……何も見えないわよ。何があるの?」

 理子は背伸びをしたり、左右に頭を動かしたりと人垣の向こうを見ようと目を凝らす。運よく前の人が移動し、肩と肩の間から社務所を見る事が出来た。

 社務所の窓には、巫女姿の女性がいた。ある程度の距離があり、尚且つ人混みの向こうに見えるために顔の造作までは分からなかったが、その人がとても美しい人なのだと、何故か理解した。まるで後光が差してるかのように神々しい女性の姿に、辺りにいる人たちは魅入られ立ちつくす。

 時折、夢から覚めたようにハッとして移動して行く人もいるが、それよりも立ち止まる人の数が多く、中には「ありがたや」と拝む者さえ出る始末だ。

「何、アレ……人じゃないみたい」

 余りの美しさに思わず呟いた理子。遠目なのに分かる美貌に本能的な恐怖を感じて一歩下がった。

 幼馴染を見てみれば、心奪われたように彼女を見つめるばかりで、そのことに理子は心を凍らせる。

「ねぇ、健史ってばっ!」

「あんな綺麗な人、初めてみたよ」

 夢見心地で発せられた言葉に、理子の背中にゾクリとした悪寒が走り抜けた。まるで、冷たい水を浴びたかのような感覚を覚える。

「ヤ、ダ……」

 ユックリと足を動かす。一歩一歩と健史から離れるが、彼は気付くことなく一点を見つめている。まるで自分を忘れられてしまったような気がして、理子は涙を零した。

 慌てて頬を拭うと、バッと駆け出した。人のいない方に向かって走る。

 自分の胸が何故こんなに痛いのか、理子は分かりたくなかった。

「危ないわよ」

 突然声が聞こえ、腕を引っ張られる。

「えっ?」

 困惑する理子だったが、気が付けば、誰かの腕の中に抱き上げられており、落とされる恐怖に身体が固まった。

「そこ、そのまま走っていくと、泥濘(ぬかるみ)にハマるけど……離してもイイかしら?」

 理子を抱きあげた人物は、かなり背が高い。いつもの理子の目線よりも高い位置から見下ろす景色。

 耳元で囁かれる蠱惑的な声質に腰のあたりがムズムズとする。

「あ、えっと……」

「離しちゃおうかしら?」

 戸惑う理子を楽しげに観察していた人物は腕の力を抜く。するとその腕に支えられた理子は重力に従って落ちることになり、理子は恐怖に叫び声をあげ、思わず目の前にある首にしがみついた。

「……なんてね、冗談よ」

 クスクスと愉快そうに笑ったその人は、理子を支え直した。

「やぁねぇ。あたしが、こんな可愛い子を落とすはずがないじゃない」

「い、今……お、落とし、ました、よね?」

 また落とされるかもしれないとギュッとしがみついた理子に、その人は「積極的ね」と嬉しそうな声をあげる。

「あたし、積極的な()って好きよ」

 理子の頬に落ちる涙をペロリと舐め囁く。

「せっきょ……」

 言われた言葉に絶句した理子だったが、今の現状を思い返し、慌てて足をばたつかせた。

「お、降ろして下さいっ!」

「落としていいの?」

「ちがっ……じ、自分で歩けますからっ」

「涙の訳を話してくれたら、降ろしてあげてもいいわよ」

 フフッと笑いながら囁かれる言葉。何を言い出すのかと、ギョッとする理子を気にした風もなく、その人は続けた。

「おそらく彼氏が別の女に目を奪われた、とかじゃなぁ~い?」

「なっ! 彼氏なんかじゃ……」

「あら、図星? 当たったからキスしてもいいわよね」

「ヤダっ! 離してってば」

「はぁい」

 支える腕の力が抜け、落下する感覚に思わず首にしがみ付く。

「そうじゃなくてっ」

「我儘ねぇ。手がかかる子猫ちゃんだわぁ」

 その人はクスクス笑いながら抱き直し、ゆっくりと腰を落とした。

「ねーえ、自分に自信が持てないなら、自信を付けさせてあげるわよ」

「え?」

 耳元で囁かれる声は、何故か理子の頭にこびりついて離れない。

「貴女の悩みを解決してあげるわ」

 まるでクモの巣に捕らわれるかのような感覚を抱きつつも、理子は囁かれる言葉を胸の奥に刻み込む。

「連絡、待ってるわ」

 カサリとポケットの中に何かが忍びこむ。理子は恐る恐るボケッとの上からソレを確認した。

 理子が自分の足で立つのを確認すると、その人は理子の唇に自分の唇を重ねる。温かなモノが唇をなぞり、困惑して無防備な理子の口内に侵入していった。

「んっ……」

 初めてのキス。それもディープなモノに理子は混乱する。

 歯列を舐めあげられ、舌を絡められ、息苦しさに首を振って逃げようとするが、後頭部に這わされた手が逃げる事を許さなかった。

「んんっ」

 呼吸が苦しくなり、相手の胸を叩く。

 すると、一瞬唇が離れ、理子は深く息を吸い込んだが、次の瞬間、また唇を重なられた。

 翻弄され、何も考えられなくなったところで、唐突に唇を離される。

 荒い呼吸を繰り返す理子の耳元で「絶対、連絡してきてね」と告げたその人は、耳朶をペロリと舐めあげる。

「またね」

 ビクッと身体を震わせた理子に囁くと、ヒラヒラと後ろ手を振り立ち去って行った。

「な、なんだったの……」

 呟いたその時、ポケットに入っていた携帯が鳴りだし、思わずギャッと叫び声をあげる。

 慌てて携帯をポケットから出して見れば、携帯アラームが新年の始まりを身を震わせて知らせていた。

「あけましておめでとう……最初に言いたかったのに」

 煌々とした灯りの下では新年の挨拶を交わす人々。本来なら自分もあの灯りの下で、隣にいる幼馴染と憎まれ口を叩きながら、挨拶を交わしていたはずだった。

「健史の……馬鹿」

「新年最初の言葉がソレかよ」

「えっ?!」

 理子が振り返ると、参道の方からくる幼馴染の姿が見えた。

「こんな暗いとこに一人で来るなよな」

 理子に近付くと、彼女の頭に手を乗せた健史は溜息交じりに呟いた。

「お前に何かあったら小母さんに申し訳ないし、俺の親にドヤされる」

「探してくれたの?」

 思わずコートの袖で唇を擦りながら尋ねる理子に、「まぁな」と照れくさそうに告げた健史は手を差し出す。

「人が多くなってきたから、はぐれるなよ」

「う、うん……」

 少し俯いて、差し出された手を握る。すたすたと歩き出した健史の後ろを小走りで追いかけながら、理子は「健史」と声をかけた。

「ん?」

「あけおめ……今年も、ヨロシクね」

「あぁ……ヨロシク」

 ぶっきらぼうに返されたセリフに、理子はそっと微笑みを浮かべた。

 一陣の冷たい風が駆け抜ける。風に翻った理子のコートのポケットの中で、カサリと小さな音がした。

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