The Terminus Is・・・~O side~
BGMとして、アルバム楽曲
・海をゆく獅子
・鏡にみた夢
・白い空
を順番に流していただくと、より一層物語が伝わるかと思います。
(※あくまでも私一人の読み方です。強制はいたしません)
タッ・・・ タッ・・・ タッ・・・・・・
そんなスニーカーでも靴音が鳴り響く渡り廊下を、僕は静かに。
けれども一定のテンポを保ちながら、歩いていた・・・。
『スニーカーでも』とは一応言ったが、正確には他に音を発するものがない。
だから一際、自分の靴音が大きく響いているように感じる・・・。
ただ・・・、それだけのことである。
今日の空はいつもと比べて珍しく、朝からカラッとしたピーカン照りだった。
それも・・・、雲一つない『快晴』の青空である。
ちなみに何故『珍しく』なのかというと・・・。
僕は自称『雨男』と呼ばれ続けていた男で。
僕の周りで何かがある時は、ほぼ『毎回』と言ってしまってもいいほど、雨が降っていたから・・・。
そんな単純な理由である。
・・・・・・もっともその『雨男』説というものを、僕自身はあまり認めてはいないが。
そんな晴れ渡る陽射しが差し込む通路を歩きながら、僕はふっと、その通路の窓に視線を向けた。
本当に場違いなほどの青空だ。
普段、僕はあまり空などを観賞したりすることはないのだが。
さすがに今回ばかりは『綺麗な空だ』と思った。
こんな・・・。
“心が抜け殻のようになってしまっている”今の自分でも・・・・・・。
「・・・・・・『切り替えろ』っていう忠告か・・・?」
ふっと誰に問うとでもなく、通路で静かにそう呟いてみた。
もちろん。
それに答えてくれる者は、ここには誰もいない・・・・・・。
心の底から・・・。
言い表せないほどの“孤独”を感じた・・・。
「・・・・・・ホンマに・・・、切り替えることなんてできるんかなぁ~・・・。僕・・・・・・・・・」
そう口にした途端。
ふっと僕の脳裏に、かつての大切な仲間達の姿が。
何ともハッキリとした映像となって浮かんできた・・・。
それも・・・。
どうしようもないほどの“笑顔の姿”で・・・・・・。
(ホンマ・・・・・・。もうあれから3ヶ月も経つやなんて・・・)
今もまだ、その現実を受け止めきれない・・・・・・。
今から3ヶ月前。
僕が13年間活動していたバンドは・・・、解散した・・・・・・。
正確には、バンドとしての楽曲制作作業は6月に終わっていて。
そのさらに4ヶ月後の10月。
僕達は本格的に、それぞれの道へと、別れていったのだ。
僕達のバンドには、女性にしてはクールで力強い歌声を放ち、同時に作曲を手掛ける女性ヴォーカルと。
切なさと儚さ、そして現実を乗り越える力強さを兼ね備えた詞を綴る、女性キーボードと。
いつも周りを魅了し、時には圧巻のパフォーマンスを見せる、男性アレンジキーボードのリーダー。
・・・が、いた。
ちなみに僕の担当は、この3人の中では一番しょぼっ苦しいギター担当・・・・・・。
思いっきり自虐的な発言ではあるが、内容的には間違えてなどいない。
今さっき紹介したが、ヴォーカルは同時に作曲も担当していたし。
作詞をしていた彼女も、同時にキーボード演奏を担当。
さらにリーダーに至っては、アレンジとシンセサイザーキーボードなどで、楽曲制作やライヴなどでは大いに場を盛り上げていた・・・。
作詞、作曲、アレンジ、そしてヴォーカル・・・。
説明のとおり、この3人は楽曲の全てを手掛けている。
僕みたいな人間が評価するのもアレだが、本当に申し分のない。
見事な楽曲制作役割分担だ。
ではそれに引き換え僕は・・・?
活動担当は主にギターで。
たまにやっているのはヴォーカルのコーラス参加程度・・・・・・。
明らかに立場的には下位だ。
これではほとんど楽曲制作に参加している、という部員には入らない・・・。
ついでにメンバーの年齢的にも、一応ヴォーカルは僕の一つ下であるが、立場的には重要な位置であるし。
他の二人は経験的にも大先輩。
僕なんかが発言できるわけがない・・・。
だから僕の立場は下位でいいのだ。
正しいのだ。
あの3人の中では・・・・・・。
しかし皮肉にも。
解散した後に一番安定した椅子に座れたのは、何故か僕だった・・・。
大きな理由は二つ。
一つは、作曲や編曲などのクリエイター作業を、何度かこれまでに行っていたこと。
そしてもう一つは、不定期活動ではあったものの、ソロとしての活動の枠を持っていたから、ということ・・・。
何枚かアルバムやCDもリリースしていたし、そこそこのファンもいるなどという単純な理由から。
僕一人だけ・・・。
その“安全地帯”に回されてしまったのだ。
そしてこの結果が・・・、僕自身にはまったく以て、納得がいかなかった・・・・・・。
じゃあ他の3人は?
僕なんかよりも遥かに実力のある3人は、この先一体どこで何を・・・・・・?
・・・『安全地帯』というのは、身の置き場としては確かに安全な場所だ。
恐れることなど何もないに等しい。
まさに『安全地帯』という名のとおりの・・・・・・。
しかし・・・。
“気持ちの置き場”としてはどうだろう・・・。
“友情の置き場”としてはどうだろう・・・。
少なくとも僕は今。
自分一人だけが安全な場所へ送られてしまったということに、酷く・・・・・・。
“罪悪感”を感じている。
僕一人だけが・・・。
こんなところを歩いてしまっていいのか・・・。
みんなは僕のことを。
妬ましく思っているのではないか・・・。
憎んでいるのではないか・・・。
恨んでいるのではないか・・・。
あまりそんなことは考えたくはない。
でも・・・・・・、誰かが心のどこかで・・・。
“そう思っているのではないか”と、まったく感じずにはいられず・・・。
そしてその度に・・・。
”13年間築き上げてきた関係が崩れてしまうのではないか”と畏れて・・・。
僕はここ数日間。
“心の底から笑う”ということを・・・、完全に忘れてしまった・・・。
毎回『もう終わったんだ・・・』と思う度に流れた涙も・・・、今は涙腺が渇ききって機能しなくなったのか。
あの時のように流れることもなくなっていた・・・。
そんな精神状態の中。
僕は忘れもしない・・・・・・・・・。
あの日“最後の出来事”をそっと・・・、この脳裏に思い巡らす・・・・・・。
それは去年の10月31日。
世間では『ハロウィン』という祭りで盛り上がっていたこの日。
僕達の最後のお別れ会は、慎ましく行われた。
これが終われば・・・。
おそらく僕達はもう・・・。
ほとんど事務所では会えなくなるだろう。
本当に最後の・・・。
『さよなら』を言うためだけの、僕達のお別れ会・・・。
そこで僕達は・・・。
会も終盤へと差し掛かってきたところで、これからの自分達の行く先について、軽く話し合った。
『古井さんはこの後・・・、どうするんっすか?』
『・・・僕かい? 僕は~・・・、とりあえずクリエイターの仕事に戻るかな? 編曲の・・・。それに、研修生達の講師の仕事も、まだ何人か掛け持ってるしね・・・』
リーダーはそう、昔と変わらぬ笑顔で答えてくれた。
自然とあの時の笑顔が、僕にはかなり嬉しかったりする・・・。
『じゃあ・・・、また何かの時に会えそうですね』
『だね』
『あっ・・・。それはウチも同じやよ? おかもっち』
『えっ・・・? AZUKIさんも?』
『うん。ウチもクリエイターに戻る。・・・作詞せなアカンから』
作詞&キーボード担当でもあった彼女も、その会話にまるで便乗するかのように、そう教えてくれた。
正直彼女がこの事務所に残ってもらえると、僕としてはかなり心強い。
僕自身の力では・・・。
あまりまともな作詞はできそうになかったから・・・。
『じゃあ、また僕が曲作った時は、お願いしてもええっすか? 作詞・・・』
『もう、全然! 全然! いくらでも書いたるよ?! そんなん』
『『ハハハ』』
『ハハハ・・・。でもなんか・・・。まるで僕達のバンドは、一種の“列車”みたいだね』
ふっと・・・。
僕らのリーダーが、そう口にした。
『えっ?』
『列車?』
『ほら・・・。みんなが同じ列車に乗って、そこからそれぞれの場所へと旅立っていく・・・。それぞれの乗り換え駅へ・・・ってね』
リーダーが編曲の駅へ。
彼女が作詞の駅へ。
そして・・・、僕がソロの駅へ・・・・・・。
『相変わらず上手いっすね・・・。その表現・・・』
皆がそれぞれ、バラバラのTerminusへ。
今まで乗っていた列車を下車して、旅立っていく・・・。
なんと切なく・・・。
けれどもよく表された例えなのだろう・・・。
そう・・・。
その時の僕は素直にそう思った・・・。
だがまだここに一人・・・。
たった一人だけ・・・・・・。
未だ下りる駅を見つけられていない・・・ヴォーカルがいたのだ。
『ところで中村さんは? 中村さんはこの先、活動とかってどうされるんっすか?』
『・・・・・・・・・・・・・・・』
みんなが「クリエイターになる」と、言っていたから・・・。
「下りる駅はもう決まっている」と、言っていたから・・・。
だから彼女も・・・。
“もう既に決まっているんだろう”と・・・。
僕は勝手に思い込んでしまっていた。
そう思い込んで・・・。
思わず尋ねてしまった・・・。
彼女の気持ちを・・・・・・。
何一つとして・・・考えずに・・・・・・・・・。
『言わない・・・』
『えっ? ・・・まさかのここにきて秘密?』
『そう。秘密・・・・・・。でももし、今古井さんが言ったので例えるとするなら~・・・・・・』
『・・・・・・・・・』
『もう少し・・・、“列車に乗ってるよ”』
それは遠巻きの・・・。
“行く宛てがない”という・・・彼女の返答・・・・・・。
それを聞いた瞬間、僕は自分の発言を深く後悔した。
何を勝手に想像して、予想して・・・。
何も考えずに尋ねてしまったのだろうと・・・、自分自身を叱りつけた。
もちろん謝った。
謝ろうとした。
けれど・・・・・・、遅かった・・・・・・・・・。
『す、すみません・・・! 僕・・・』
『・・・・・・・・・』
『中村さんのこと何も考えずに、その・・・』
『ねぇ~? もう打ち上げお開きなんでしょ~?! ここの予約時間10時までだったよねぇ~?!』
わざと大袈裟に大きな声を出して、彼女は自分のマネージャーに解散時間を尋ねる。
まるで・・・。
僕の謝罪から逃げようとするかのようだった・・・・・・。
そして尋ねられたマネージャーから、この場所が10時までの予約であると聞かされた、その途端。
『じゃあ、私帰るね?』
『えっ・・・』
『そんな・・・・・・』
『別に延長料金くらいいいじゃないですか。最後くらいもっと』
『だってもう5時間も飲んだじゃない。それだけやればもう十分よ』
『・・・・・・ゆりっぺ・・・』
思わず作詞の彼女の口から、悲しげにヴォーカルを呼ぶ声が零れる・・・。
一番仲のよかった女性同士。
もう少し一緒にいたかったのだろう。
しかし彼女は、カバンに荷物をまとめる手を止めようとはしなかった。
『みんなが駅で下りてるのに、車内の私が喋ってたら、列車いつまで経っても発車しないでしょ?』
『『『・・・・・・・・・・・・』』』
『こんなに長い間足止めなんて・・・、私したくないから・・・』
“行く先が決まっていない人間がいると、周りがそれを引きずってしまう・・・。”
きっと彼女は、そう思ったのだろう・・・。
そして・・・。
戸惑うマネージャーと共に部屋を後にしようとした彼女は、去り際・・・。
僕達に向かって、こう言ったのだ・・・。
『じゃあ・・・。“明日またね!”』
意味が・・・、分からなかった・・・。
僕達はもう「ほとんど」と言っていいほど・・・。
出会うことなんてできなくなるというのに・・・・・・。
ましてや「明日」なんて・・・。
僕達にはまた会う予定など、一切として立っていない。
下手をすれば・・・、このままもう二度と会うことはないかもしれないのだ。
それなのに彼女は・・・・・・。
わざといつもと変わらぬ笑顔で・・・。
いつもと変わらぬ声で・・・。
あえて・・・。
本当の『さよなら』を言わずに・・・、部屋を去っていったのだ・・・。
そういえば前に。
自分達の作った楽曲で、これとよく似た情景の歌詞があったような気がする・・・。
確かあれも、僕達の楽曲の定番でもある、別れの歌で・・・。
その歌詞の中の主人公も言うのだ。
明日また会うかのように『さよなら』を言って・・・。
そんな自分を『誇らしいと思ってくれますか?』と・・・・・・。
だが・・・。
あの時の僕には到底・・・、そんな彼女の最後の行動を。
言動を・・・。
『誇らしい』と思うことは、できなかった・・・。
むしろ・・・。
『最後の最後にあれはないんじゃないか?』と、少しばかりだが憤りも感じた。
『さよなら』ぐらい、素直に言ってもいいのではないか・・・。
『行く先がない』にしても、変わらずに接してくれればいいんじゃないか・・・。
最後くらい・・・、もう少しみんなと一緒に・・・。
この夜を明かしてしまっても、よかったんじゃないか・・・・・・。
あの瞬間の僕は強く・・・、そう思っていた・・・。
けれど・・・。
彼女がこの部屋を去った後。
その通路からは確かに・・・。
ヒールの高い靴特有の『カッ カッ カッ カッ カッ』という・・・全力疾走時に鳴り響く靴音が・・・。
彼女が通路を走り去る足音が・・・。
ハッキリとこの耳に聞こえてきたのだ・・・。
きっとあれは・・・・・・。
既に自分の居場所がないことを悟って逃げた、足音で・・・。
僕達と同じ場にいることが耐え切れなくなったことからの、逃走で・・・・・・。
そんな彼女の走る音を聞いていたら・・・。
いつの間にか僕自身の中にあったあの感情は、一気に何処かへと吹き飛んでしまっていた・・・。
あまりにも単純すぎることだけれど・・・・・・。
そしてやはり僕が予想したとおり。
僕達はあの日以来、彼女と顔を合わせることはなかった・・・。
一応他のメンバーとは数回、作曲の場であったり、編曲の場であったり・・・。
時には偶然すれ違うなどして顔を合わせることはあったものの、ヴォーカルの彼女とはそれっきり・・・。
この間少し気になって、かつての作詞担当だった彼女にその後のことを尋ねてみた。
しかし・・・。
向こうからの返事は『分からない・・・』の一言のみ・・・。
僕の予想では、おそらく彼女は『音楽』という路線から乗り換え。
まったく違う路線を走る列車に乗ってしまったのではないかと思う・・・。
とすれば、考えられるのは過去に何度も言っていた『喫茶店』という名の路線か・・・。
もしくは“スイーツ好き”であったということも考え『和菓子・洋菓子』の列車へ乗り込んだか・・・。
いっそ思い切って、まったくそれとは違う列車に乗ったとも考えられる・・・・・・。
なんて色々と想像をしている僕であるが、一応彼女の電話番号は知っている。
だからいざとなれば、携帯を鳴らして直接尋ねてしまえばいいのだ・・・・・・。
もっともそれは・・・。
あの日あんなことを口走ってしまった己に、それだけの勇気があればの・・・話であるが・・・・・・・・・。
「・・・そんなこと考えてる場合やないやろ。俺は・・・」
そうだ。
今は過去のことよりも、たった今も目の前にあることについて、考えを向けなければならない・・・。
実は僕がここへやってくることになったのは、ほんの5日ほど前・・・。
突然自宅に掛かってきた、事務所からの1本の電話がキッカケだった。
その前まで、僕はとりあえず精神状態が落ち着くのを見計らいながら、ソロの楽曲作りに没頭していた。
あまりいい出来のものは作れなかったが・・・・・・。
そんな毎日だったある日。
既に外が夕焼け空と化していた時間帯。
突然事務所側が、こんなことを言ってきたのだ。
“編曲・ギター担当として、新たにバンドを結成してほしい。”
『アホか』と思った。
いや、むしろ・・・。
関西人には禁句の言葉ではあるが『馬鹿だろう』とさえも思った・・・。
前のバンドだって、ある意味『解散』の話が出たのは突然だったというのに・・・。
そして13年間支え合い、助け合ってきたメンバーと別れたのも、ほんの3ヶ月前だというのに・・・・・・。
そんなにすぐに、次のバンドへ意識を向けることなんて、できるわけがない・・・。
いや、その前に・・・。
新たに組むであろうアーティストの人間を、まだ心が受け入れられない・・・・・・。
普段は弄られキャラで。
おまけに精神的にはまだまだペーペーの人間ではあったから。
今まで特に反発しようなどと思うことはなかった・・・。
が・・・。
さすがに今回ばかりは、この突然の要望に怒りが込み上げてきた。
『ちょっと・・・、待ってください・・・。そんな急に言われても、僕はまだ心の準備が・・・』
〔それは分かってます。ですけど・・・・・・、他に事務所に候補者がいなくて・・・。今後のこともありますし、岡本さんにはその選択をと〕
『全然分かってなんていないじゃないですか!! 全部そっち側の・・・、一方的な都合ばっかりで・・・!』
確かに実際の話・・・。
この先の自分の生活は、どんどん苦しくなっていくかもしれない・・・・・・。
他のメンバーのような印税が入ってくるというわけではないし。
一応請け負っているクリエイターの仕事も、あの事務所でどれほどの人間が求めてくるか・・・・・・。
ソロの活動だって、未だ一寸先は闇の世界だ。
いつこちらが握っているロウソクの炎が、唐突な風で消されてしまうのかも分からない・・・。
でも・・・。
でもそれでも・・・・・・。
『こっちが今までやっていたことは、個人的な売り上げとか収入とか・・・。そんな金銭目的のものなんかじゃない・・・・・・。多くの人達に・・・、僕達4人の楽曲を聴いてもらいたかった・・・! 知ってもらいたかった・・・! そのために、僕らは4人でここまで頑張ってきたんです! 13年間、ずっと・・・!!』
いつだったか・・・、ヴォーカルの彼女に言われた。
ギターもやり、歌も歌い、グッズも作り。
そしてそれだけでなく、ラジオのパーソナリティーやソロもやる・・・。
そんな自分は・・・、“本当に大物だね!!”と・・・・・・。
言われたその直後は毎回。
自分でその言葉を素直に受け止めてしまっていいのか分からなくて・・・。
いつも苦笑い半分。
照れ笑い半分だった。
けれど・・・。
けれど今はハッキリと、あなたに言う・・・・・・。
僕は決して・・・・・・。
あなたの言っていた・・・“大物”なんかじゃない・・・。
きっと“大物”と呼ばれる人というのは・・・。
こんな時でも全てを受け入れ、常に前を見ている人間だと思う。
伏せておきたい想いは、しっかりと心に閉まったまま・・・。
今に気持ちを切り替えようとする、人間であると思う。
過去を振り返らず、突き進む人間であると思う・・・・・・。
けれど・・・。
けれども今の僕には・・・、まだそんな誇れるような強さはない・・・。
堪え切れぬ想いは堪えられないし。
耐え切れぬ悲しみは耐え切れない。
僕はそんな・・・。
そんな一人の、ギタリストだ・・・・・・。
ただの名もなき・・・。
“一スタジオミュージシャン”の、ギタリストなのだ。
『そちら側が考えているほどの、形だけの安っぽい友情とか、信頼関係とか・・・。そういう単純なものなんかじゃないんですよ! 僕達の13年間は・・・っ!! ・・・・・・正直に言います。僕はまだ、あの日のことから立ち直り切れてなんていないんです・・・・・・。新しいメンバーを受け入れる気にもなれませんし、今の気持ち的には受け入れたくもありません・・・。とにかく今は・・・、今は候補者リストの欄から外してください・・・』
これだけの発言をすれば、おそらく売り上げのある事務所であれば、即座に『解雇』という言葉が飛び出していたことだろう。
もちろん『そんなにいい場所ではないから、いくらこちらが言ってしまっても大丈夫』などと思っていたわけではない。
この時は心の底から・・・。
本気で腹が立ったのだ。
しかし・・・。
電話の相手でもある事務所スタッフは、こちらがどれだけ怒りを表そうが。
怒鳴り散らそうが。
向こうのからの要望と反応は、まったく変わらなかった・・・。
〔組むか組まないかは、当日その方に会ってから決定してください。5日後の朝10時。いつもの楽屋部屋待ち合わせですので・・・〕
『「会ってください」って・・・。だから僕は』
〔相手の方には既に、その日岡本さんが尋ねられることを伝えてあります。お一人様ですから、少し団体様よりは顔を合わせやすいでしょう?〕
またそうやって話を・・・・・・。
『・・・・・・分かりました・・・。5日後、午前10時に楽屋で、ですね? ・・・でも・・・、あんまりいい結果は期待しないでくださいよ?』
〔はい! ありがとうございます。よかった~・・・。では、あとの詳しいことは追々お話しますので。では・・・〕
一体何が『よかった~』なのか。
その辺のところはまったく分からなかったが、電話はそれだけで終了・・・。
そしてその電話の要件の元。
僕は今・・・ここにいる。
「・・・・・・行くか・・・」
再び通路を歩き出し、曲がり角を左へ曲がる。
するとその待ち合わせ場所の部屋の前に、5日前に電話を掛けてきた、あの女性スタッフが立っていた。
いや。
正確には『待ち伏せ』ていたのだろう。
あの電話の態度を考えれば、本当に僕が当日ここにやってくるのか。
半信半疑であったに違いない。
一応こちらのポリシーとしては、このまま無断ですっぽかすつもりなどなかった。
顔を合わせた後、帰るかどうかは別として・・・・・・。
「おはようございます。岡本さん」
「・・・おはようございます・・・」
まだあの時の怒りは消えきっているわけではないので、とりあえず精一杯の無表情・・・。
もしかしたら睨んでいたかもしれないが、そんな表情を相手に対して向けてみた。
この際、対象者が女性であろうが関係なく・・・。
「あら・・・・・・。すごい表情・・・」
「何を今更・・・」
「はいはい。・・・相手の方は、もうこの部屋の中にいますので」
そう告げられて、ふっと僕は自分の携帯の画面を見てみる。
ちなみにただ今の時刻は、ざっと9時50分ほど・・・。
何気に“約束には10分前にやってくる”という、定番ルールは守っている。
いや、むしろ。
こちらが少し遅刻気味だったと見るべきか・・・。
どうやらその相手は、かなりのしっかり者であるらしい。
「では・・・。あとはよろしくお願いします」
「・・・えっ?」
「結成の相談等はすべて、中に入ってその方と直接行ってください。私は邪魔になるといけないんで抜けてますから・・・。それでは・・・」
たったそれだけを言い残して、そのスタッフはドアの前からスタスタと去っていってしまった・・・。
一体この中に入って・・・。
僕に何の話をしろと言うのだろう・・・。
少なくとも『新たなバンド結成』なんていう話に関しては、何度も言うが論外だ。
そんな気持ちになど・・・。
とてもじゃないがなれそうにない・・・・・・。
「何を考えてんねん・・・」
最後にそれだけ呟いて、軽く2回ノックをしながら、部屋へと入った。
ノックをした時点では、返事はない。
しっかりしている人間ではなかったのだろうか・・・。
そんなことを頭の片隅で思いながら、中へと入ってみる。
室内は窓からの日差しで、何とも暖かい感じの色に照らされていた。
無菌室の白い室内。
外を望める大きな窓。
そして4人掛けの、椅子とテーブル・・・。
そのテーブルの上に、白い女性ものの肩掛けタイプのバッグが置かれている。
ということは、待ち合わせの相手は女性か・・・。
ふっとよくよくあの電話のことを思い返してみれば・・・。
その相手は『編曲とギターをやってくれる人間を探している』と言っていた。
(・・・ってことは、相手は主にヴォーカル志望か・・・?)
コツッ・・・
「ん・・・?」
ふっとヒールのような靴音がして、僕はその音のした方へと視線を向けてみた。
人の気配を感じたのは、部屋の中では一番左前の角。
もっと言えば、例の窓側の辺り・・・・・・。
「・・・ぁ・・・・・・」
ふっとそこで視界に映った人影に、僕はそっと、息を飲んだ・・・。
茶色いロングヒールブーツに、春らしい白いロングワンピース。
そしてその上には、どこかで見た覚えのある、白いレースタイプの七分袖ブラウス。
髪の毛は後ろでポニーテールにまとめており、そのまとめているところには淡いピンクのシュシュ。
さらにその両耳元からは、あえてまとめていない髪の毛が数本、束になる形で横に流していた。
そんな後ろ姿をした人物を・・・、僕は13年前から・・・。
ずっと・・・・・・知っている・・・。
・・・・・・『まさか・・・』と思った。
辺りが一気に、静寂に包まれたかのように無音になる・・・。
だが・・・。
これは“現実”だ・・・。
あの日以来、姿も行方もくらましていたヴォーカルが・・・・・・。
“今・・・ここにいる・・・。”
「・・・おはよう」
ゆっくりとこちらに首を向けた彼女の開口一番は、まさかのそんな挨拶だった。
『もっと他に言うべき言葉があるだろう』と、思わず頭の中だけで呟く。
目の前の彼女は、それこそ『立ち姿はユリのよう』の言葉の如く。
白百合のように冷静で、静かだった。
「・・・なんか少し痩せたんじゃない? もっち・・・」
まだ何にも言えていないというのに、早くも彼女の口から二言目が飛び出してきた。
「な~んだ・・・。再会したらまた弄ろうと思ってたのに、おかもっち痩せてるし・・・。これじゃあメタボネタ使えないじゃない。おまけに今日は期待に反して、空晴れてるし・・・」
いつもの僕だったら『だから雨男違いますって!』と、反論するところではあるのだが・・・。
そんなことを口にするよりも・・・、今は・・・。
目の前の人間に対して込み上げてくる気持ちを、唇を噛みしめながら堪えるのに精一杯だった。
「・・・なんか言わないの?」
「・・・・・・どう・・・して・・・?」
やっと出てきた自分の声は、どうしようもないほどか細く・・・。
そして・・・震えていた・・・。
“この声のことを突っつかれたら・・・。”
思わずそんなことが脳裏を過ったが、そこは向こうも十分理解しているのか。
そこまで酷なことは聞いてはこなかった。
「あぁー・・・。実はあの後、一応別の路線に乗り換えたりしたんだけど・・・」
どうやら3ヶ月前のあの例えは、まだ彼女の中で続いていたらしい。
いや・・・。
きっとそういう風にでもしなければ、思うような説明もできないのだろう。
心なしか。
彼女の瞬きの回数が、しだいに多くなってきたように感じた・・・。
「結局どの駅も気に入らなくて・・・。列車折り返しちゃった」
「折り返して・・・、何処にしたんですか・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
“あなたのTerminusは?”
「またそうやって・・・・・・。・・・それ、聞くの・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
「停車駅は・・・、ここなのに?」
「・・・・・・ぇ・・・」
「私・・・、またおかもっちとタック組んでも、いいかな・・・? また弾き語りとアコギコンビ・・・、やってもいいかなぁ・・・?」
「・・・・・・・・・っ・・・」
「作曲とか歌は、私とおかもっちで・・・。作詞と編曲は・・・、おかもっちが行き詰ったら、AZUKIさんと古井さんに任せる感じで・・・さ・・・。・・・なんかほとんど前と変わんないけど・・・」
本当にあまり変わっていない・・・。
ただほんの少し・・・。
個人個人での役割分担が細かくなった・・・。
ただ・・・それだけ・・・。
「またソロが合間合間かもしれないけど・・・・・・。いい・・・、かなぁ・・・? おかもっち・・・」
その瞬間。
静かに僕の両目から・・・、涙が零れ落ちた・・・。
“流れた”のではなく、“零れた”のだ。
いつかの歌の歌詞のように『はらはら』と・・・。
止めどなく・・・・・・。
でもその涙は、決して“悲しい意味”の涙なんかじゃなく・・・。
数日ぶりに零した・・・。
“嬉涙・・・・・・。”
「ぉ・・・、お降りのStationは・・・・・・、間違いないっ・・・すよね?」
零れ落ちる涙を拭わずに聞き返してみれば、彼女は笑顔でハッキリと・・・・・・。
「うん!」
と、言った・・・。
晴れ渡る空の元。
僕達はまた新たなるTerminusを目指し。
始発列車に・・・、飛び乗った・・・・・・。
ヴォーカルとギターは二人で・・・。
キーボードとリーダーはクリエイターへ・・・。
それぞれバラバラになっても、私はファンであり続けます。
永遠に・・・・・・。




