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役目から外したの、テメーだろよ――断罪された公爵令嬢は令嬢口調をやめました

作者: 月白ふゆ
掲載日:2026/08/06

「ヴェゼリア。貴様との婚約を破棄する」


王太子レオグラン殿下の声が、王宮の大広間に響いた。


国王陛下の即位20年を祝う夜会である。


王族、元老院議員、国内の有力貴族、神殿の高位神官まで集まる中、殿下は子爵令嬢マリベルの腰を抱き、私へ指を突きつけていた。


玉座には伯父――国王ガルディオ陛下と、その隣に王妃が座っている。

王妃は息子が子爵令嬢を抱き寄せているというのに、止める様子を見せなかった。


レオグランがこれほど大勢の前で口にするのだから、何か理由があるのだろう。

そう信じている顔だった。


――はぁぁ。

――マジでダルっ、この男。

もちろん、顔には出さない。


広間の端には、父アルディス公爵と母もいる。

父は腕を組み、母は扇を手にしたまま、黙ってこちらを見ていた。


私は王位継承権第5位の公爵令嬢であり、王太子の従妹であり、将来の王太子妃として育てられた女である。


王太子の弟のうち、第2王子は幼い頃から神殿へ入り、末弟のナディルは王位から遠い王子として育てられていた。


だから私の第5位という順位も、名前だけで、実際に回ってくるものではないと思っていた。

どれほど目の前の男がダルかろうと、公爵令嬢らしく微笑み、王太子妃候補らしく言葉を選ぶ。


それが、これまで私へ割り振られていた役目だった。


「婚約破棄の理由を、お聞かせいただけますでしょうか」

「まだ白を切るつもりか」


殿下の腕の中で、マリベルが小さく震えた。

淡い桃色の髪に潤んだ瞳。

庇護欲を刺激するために生まれてきたような子である。


実際、殿下の庇護欲には、これ以上ないほど刺さったらしい。


私には全然刺さらない。


「ヴェゼリア様は、わたくしが殿下と親しくしていることをお怒りになって……」

「マリベル。無理をして話さなくていい」

「いいえ、殿下。わたくし、もう逃げません」


――何から?

――ウチ、あんた追いかけたことすらないけど。


殿下はマリベルの肩を抱きながら、私の罪状を読み上げた。


彼女を階段から突き落とした。

贈られたドレスを切り裂いた。

王太子へ近づけば家族ごと領地から追放すると脅した。

教室の机へ、身の程を知れと書いた紙を入れた。


ずいぶんと種類が豊富である。

よくもまあ、これだけ思いついたものだ。


「何か申し開きはあるか」

「ございます」

私は扇を閉じた。


「マリベル様が階段から落ちたとされる時刻、わたくしは陛下の御前で、南部水害への支援計画をご報告しておりました」


玉座にいた伯父が、わずかに眉を動かした。


「ドレスが切られた日は、隣国大使夫妻をお迎えする昼食会へ出席しております。外務卿をはじめ、証人は20名以上おりますわ」

「誰かに命じたのだろう」

「では、命じた証拠をお示しくださいませ」

「お前ほどの立場ならば、証拠を残さないよう命じることもできる」


――無敵じゃん。

――証拠がないことまで証拠にされたら、何でもありじゃん。

私はゆっくり息を吐いた。


「脅迫についても、いつ、どこで、誰が聞いたのでしょう」

「マリベル本人が証言している」

「マリベル様以外の証人はいらっしゃらないのですね」

「被害者の言葉を疑うのか!」

「訴えを確認することと、被害者を疑うことは同義ではございません」


何度、この男の言葉を直してきただろう。


外交使節へ送る書状。

領主からの陳情への回答。

元老院で読み上げる政策案。


彼が感情のまま書いた文章から棘を抜き、意味の通らない箇所を整え、相手に余計な敵意を抱かせない形へ直す。


表へ出るのは、いつも王太子レオグランの名だった。

私はそれで構わなかった。


好きだから支えたわけではない。

将来、王太子妃となる役目を与えられていたから、必要な仕事をしていただけだ。


「机へ入れられた紙については、筆跡の確認を?」

「そのようなもの、いくらでも偽装できる」

「使用された紙の購入経路は?」

「細かい言い逃れを重ねるな!」


――細かくねえよ。

――調査の基本だろ。


公爵家の娘である私が、好きでもない従兄を奪われた嫉妬で、子爵令嬢の机へ紙を入れる。


何、そのしょうもない話。


仮にレオグラン殿下を心から愛していたとしても、王位継承権第5位の公爵令嬢が、自分で教室まで出向いて嫌がらせするわけがない。


人を使う。

証拠を残さない。

そもそも相手を学院へ通わせない。


本気でやるなら、いくらでも方法はある。

やらないけど。

ダルいから。


「殿下」


私は最後に一度だけ、婚約者として彼へ機会を与えた。


「この場で結論を出す前に、正式な調査をお命じくださいませ」

「必要ない」


即答だった。


「マリベルの涙が、何よりの証拠だ」

「ヴェゼリア」


王妃が、たしなめるように私の名を呼んだ。


「レオグランがこれほどまでに訴えているのです。何か、確かな理由があるのでしょう」

「王妃陛下。その理由を確認するために、正式な調査をお願いしております」

「幼い頃から一緒に育ったあなたなら、あの子を信じてあげられないのですか」


――信じるかどうかを聞いてんじゃねえよ。

――王位継承権者を罪人にする証拠があるか聞いてんだよ。


母親が息子を信じたい気持ちは分かる。

けれど、ここは家庭内ではない。

国が王位継承権者を裁こうとしている場だ。

母親の信頼を、証拠の代わりに使ってよい場所ではない。


――王よ。

――いや、伯父上。

――王妃もかよ。

――何でこれを立太子させた?

思わず玉座を見たが、伯父は黙っている。


元老院の席からも、誰一人声を上げない。


父も、広間の端で腕を組んだまま口を挟まなかった。

父は私に任せている。

母も同じだ。


だから私も、最後まで自分で立つ。


「承知いたしました」


私は膝を折り、王太子妃候補として完璧な礼をした。


「殿下のお決めになったことであれば、婚約破棄を受け入れます」

「ようやく罪を認めたか」

「いいえ」


顔を上げる。


「わたくしは、婚約破棄を受け入れたのでございます。身に覚えのない罪を認めたわけではございません」

「同じことだ」


――違えよ。


殿下は勝ち誇ったように、マリベルの手を取った。


「今後、私の隣にはマリベルを置く。彼女こそ、民を慈しみ、私を心から愛する女性だ」


拍手は起きなかった。


さすがに周りも、公爵家との婚約を一方的に破棄した直後、子爵令嬢を次代の王太子妃として紹介するほど馬鹿ではないらしい。


やっている本人を除いて。


「陛下」


私は玉座へ向き直った。


「王太子殿下より、正式に婚約破棄を申し渡されました。公爵家としての手続きは、明日以降、父より提出いたします」

「あ、ああ」


伯父がようやく返事をした、その時だった。


大広間の天井近くに掲げられた神殿の聖印が、白く輝いた。


空気が震える。


光は細い柱となって降り注ぎ、私の足元へ広がった。


高位神官たちが、一斉に立ち上がる。

最前列にいた神官長が、床へ膝をついた。


「神託でございます!」


――え。

――何で今?


光の中から、声が響く。

男とも女ともつかない、遠く澄んだ声。


『次代の聖女は、王家の血を継ぐ公爵令嬢ヴェゼリアである』


大広間が静まり返った。


私は天井を見上げた。


――あのチャラい神。

――テメー、また何か盛りやがったな?


前世の私は、渋谷で死んだ。

横断歩道へ飛び出した子どもを庇い、トラックに撥ねられたのだ。


宙へ放り出された瞬間、

――あ、これがあのトラック転生?

と、かなり場違いなことを考えた。


子どもが歩道の上で泣いているのが見えたので、助かったらしいと安心した直後、視界が真っ暗になった。


次に会ったのが、妙に日に焼けた、金髪で、軽薄な笑みを浮かべた神だった。


『いやー、惜しかったね。でも次は超勝ち組だから! 顔よし、家よし、魔力よし!』


そう言って、説明もろくにせず私を転生させた。


公爵家の娘。

王の姪。

王位継承権第5位。

王太子の婚約者。

朝から晩まで続く王太子妃教育。

王太子本人の後始末。


どこが勝ち組だ。


前世のことは、誰にも話していない。


話したところで信じられないだろうし、信じられたら信じられたで面倒が増える。


それにしても聖女とは聞いていない。


――次あっち行ったら、絶対シバく。


「ヴェゼリア!」


レオグラン殿下の声で、私は現実へ引き戻された。


先ほどまで私を罪人として見ていた男が、満面の笑みを浮かべている。


「やはり君は、私の妃となるべき女性だったのだ!」


――は?


「先ほどの婚約破棄は撤回する。多少の行き違いはあったが、聖女となる君には王太子妃の座こそふさわしい」


マリベルの顔から血の気が引いた。


しかし、彼女もすぐに笑顔を作った。


「よ、よかったですわ、ヴェゼリア様! わたくしも、ヴェゼリア様が本当は悪い方ではないと信じておりました!」


――5秒前まで震えてたよね?

――ウチに家族ごと追放されるって泣いてたよね?


私は2人を見比べた。


「婚約破棄の撤回には、応じられません」

「遠慮する必要はない」

「遠慮ではございません」

「聖女として国を支えるには、私の隣が最も――」

「その前に」


私は神官長を見た。


「次代の聖女というのは分かりましたけれど」


言葉を一度切る。


「聖女って、何をするんです?」


神官長が瞬きをした。


まるで、聖女に選ばれた者が仕事内容を確認するとは思っていなかったような顔である。


「毎年、王都を覆う守護結界を更新していただきます」

「年に何日?」

「儀式そのものは1日。前後の潔斎を含め、3日でございます」

「ほかは?」

「新たな神託が下った際、その真偽をご確認いただきます」

「頻度は?」

「多くて数年に1度かと」

「ほか」

「疫病、魔物の大量発生、大規模な天災など、国家存亡の危機に際して祈祷を。また、次代の王の戴冠時には祝福を授けていただきます」


私は頷いた。


「通常勤務は?」

「……通常勤務?」

「毎日、神殿に通うとか、朝から晩まで怪我人を治すとか」

「神託によって定められた職責には、含まれておりません」

「じゃあ、それだけやります」


神官長が明らかに困った顔をした。


「しかし歴代の聖女様は、慈善院の慰問や、貧しい者への施し、王家への助言なども自主的に――」

「自主的なんですよね?」

「はい」

「じゃあウチは、自主的にやらない」


大広間の空気が止まった。

広間の端で、母の扇がぴたりと止まる。


「ヴェゼリア」

「何、母様」

「外ではその口調を使わないようにと教えたはずです」

「分かってるよ」


母は、わずかに眉を上げた。


私は扇を閉じたまま続ける。


「家の中でどう話すかは好きにしなさい。でも外では、公爵令嬢として立場に合った言葉を選びなさい。ずっとそう言われてきた」

「ええ」

「だから、必要な間は守ってた」


王太子妃候補として。

公爵令嬢として。

レオグラン殿下の隣で、足りないものを補う人間として。


「でも、丁寧に説明しても、調査を求めても、通じなかったじゃん」


母はレオグラン殿下と王妃を見た。


それから、もう一度私へ視線を戻す。


「言葉を崩しても、論理まで崩してはいけませんよ」

「そこは大丈夫」

「ならば、最後までご自分でお話しなさい」

「はいはい」


母の目元が、扇の向こうでわずかに緩んだ。


私のこの口調を知らないのは、王宮の人間くらいだ。


父も母も、昔から知っている。

母はこの話し方を否定したのではない。

使う場所を選べと教えただけだ。


そして今、私は自分で選んだ。


王太子妃候補ではなくなったから、無条件に令嬢口調を提供し続ける理由はない。


「必要な役目はやる。結界を放置して民が死ぬとか、そういうのは寝覚め悪いし」


私は神官長へ指を向けた。


「でも、歴代の人が善意でやってた仕事を、当然みたいに次へ積むのは違うでしょ。必要なら正式な職務にして、人員と予算つけなよ」

「それは……今後、神殿内で検討いたします」

「そうして」


「ヴェゼリア」

レオグラン殿下が苛立った声を出した。


「聖女がそのような乱れた言葉を使うものではない」

「聖女の職務規定に、言葉遣いも入ってんの?」

「入っておらずとも、品位というものがある!」

「さっきまで悪女だの罪人だの言ってた女に、急に品位求めんなよ」


殿下が目を見開く。


「私は君の誤りを許すと言っているのだ」

「ウチ、許してくれなんて頼んでないけど」

「意地を張るな。これまでどおり、私の隣で役目を果たせばよい」


その一言で、何かが切れた。


私はこの男を愛していなかった。

けれど、婚約者としての役目は果たしてきた。


王太子妃になるために学び、働き、彼の足りないところを補い、公爵家の人材も信用も使って支えた。


それを、この男が自分で捨てた。

子爵令嬢の涙だけを信じて。

調査もせず。

証拠もなく。

公爵家へ相談もせず。


それなのに、聖女だと分かった途端、これまでどおり役目を果たせと言う。


「役目から外したの、テメーだろよ」


レオグラン殿下の口が開いたまま止まった。


私は玉座を振り返った。


「伯父上」

「……私か」

「ほかに誰がいんの」

「ヴェゼリア、言葉を慎みなさい」

「王太子妃候補として慎む役目は、あんたの息子が外したじゃん」


伯父は黙った。


「ウチは王位継承権第5位。国王の姪で、公爵家の娘。テメーの息子に捨てられたからって、この立場まで消えたわけじゃない」

「それは、もちろんだ」

「だったら継承権者として聞くけどさ」


私はレオグラン殿下を指した。


「何でこれを立太子させた?」


広間の奥で、父が吹き出した。

笑っている場合か。


「ヴェゼリア!」


元婚約者が顔を赤くした。


「私を、これ呼ばわりするな!」

「おやめなさい、ヴェゼリア」


王妃が玉座から立ち上がった。


「あの子は少し思い込みが強いところがありますけれど、根は優しい子なのです」

「王に求められてんの、根の優しさだけじゃないんだけど」

「レオグランは、まだ若いのです。足りないところがあったとしても、あなたが隣で支えてあげれば――」


「だからさ」


私は王妃を見た。


「その隣で支える役目からウチを外したの、あんたの息子じゃん」


王妃の顔が強張った。


「婚約を戻せば済むことでしょう」

「済まないよ」

「なぜです?」


「王太子が自分で捨てた人間を、必要になったから戻せばいいって話にしたら、これから先も何度でも同じことするじゃん」


私はレオグラン殿下を指した。


「それに、足りないところはウチが埋めればいいって、ずっと思ってた?」


王妃は答えなかった。

答えないことが、答えだった。


「王妃陛下」


広間の端から、母の静かな声が響いた。


母は扇を閉じ、王妃へ一礼する。


「娘は、殿下の不足を埋めるために育てたのではございません」

「ですが、王家へ嫁ぐ以上、夫を支えるのは当然でしょう」

「支えることと、本人に代わって歩き続けることは違います」


母は声を荒らげなかった。


ただ、はっきりと言った。


「足りないところを他家の娘が黙って埋め続けることを、教育とは申しません」


王妃は言葉を失った。


そこで、父が前へ出た。


アルディス公爵。


現国王の実弟であり、現在王位継承権第4位の男である。


父はまず、臣下として玉座へ一礼した。


「陛下」

「……何だ、アルディス」

「これより先は、公爵としてではなく、弟として申し上げます」


伯父が嫌そうな顔をした。


「許可していない」

「知るか」


父は顔を上げた。


「王よ……いや、兄者よ。何でこれを立太子させた?」

「父様、ウチと同じこと言ってんじゃん」

「お前が先に言うからだろう」

「親子で私をこれと呼ぶな!」


レオグランが叫ぶ。


父は、幼い頃から見てきた甥へ、少しだけ悲しい目を向けた。


「俺はな、お前が多少愚かでも、ヴェゼリアが横にいれば何とかなると思っていた」

「父様もじゃん」


父が私を見る。


「何がだ」

「ウチを補助輪にする前提だったってこと。王妃と同じで、レオグランが足りなくてもウチが埋めればいいと思ってたんでしょ」


父は口を閉じた。


隣で母が、冷たい目を向けている。


「あなた」

「……分かっている」

「帰りましたら、お話があります」

「分かっていると言っているだろう」


父は大きく息を吐いた。


「ヴェゼリアの言うとおりだ。俺も、娘ができるからと甘えていた」

「認めんの早いね」

「間違っていると分かったあとまで意地を張るほど、愚かではない」


父はレオグランへ視線を戻した。


「俺たちがヴェゼリアへ甘えていたことと、お前がそのヴェゼリアを切ったことは、別の問題だ」

「ならば、婚約を戻せば――」


「今の話を聞いていたか?」


父の声が低くなった。


「有能な者を使うのも、王の資質ではある。だが、有能な者が誰かも分からず、その人間を自分から切る男に、王は務まらん」

「私はヴェゼリアへ命じていた! 私が使っていたのだ!」

「使っていた人材の仕事内容を説明してみろ」


レオグラン殿下は口を閉じた。


父は元老院席へ顔を向けた。


「元老院よ、どうだ?」


元老院議長が、ゆっくり立ち上がる。


「何を、でございましょう」

「この男を王太子として承認したのは、兄者だけではあるまい」


父は席に並ぶ議員たちを見渡した。


「お前たちは、何を見てこいつを次代の王にふさわしいと判断した?」

「外交、財政、領地間調整、慈善政策において、十分な実績があると――」

「外交使節の資料を作ったのはヴェゼリアだ」


父が遮った。


「財政報告の誤りを直したのも、領主間の利害を整理したのも、慈善政策の予算を組み直したのも娘だ」


元老院議長が私を見た。


私は肩をすくめた。


「正確には、全部をウチがやったわけじゃないよ。担当官が作ったものを確認して、問題があれば戻して、王太子が理解できるよう要点をまとめてた」

「それを全部やるのを、世間では実務を担っていたと言うんだ」


父が言った。


「だって提出者は殿下だったし」

「兄者よ」


父は伯父へ向き直った。


「ヴェゼリアが整えた成果を、息子の能力だと思っていなかったか?」


伯父は何も答えない。

思っていたらしい。


「元老院もさ」


私も議員たちを見た。


「レオグラン殿下が自分で考えた部分と、周りが整えた部分、分けて審査した?」


誰も答えない。


「してないんだ」

「公爵令嬢」


元老院議長が険しい顔をする。


「言葉をお改めください」

「嫌だよ」

「ここは国政を担う元老院の――」

「その元老院が仕事してなかったって話してんだけど?」


議長の眉間に皺が寄る。


「ウチの口調と、王太子の資質。今どっちが大事?」

「……王太子殿下の資質でございます」


「じゃあ、そっちやって」


しばらくの沈黙のあと、議長は深く頭を下げた。


「元老院は、王太子殿下の立太子について、再審査を要求いたします」


「待て!」


レオグラン殿下が叫んだ。


「ヴェゼリアとの婚約を戻せば済むことだろう!」


元老院議長が、心底呆れた顔をした。


「殿下」

「何だ!」

「いま問われているのは、ヴェゼリア公爵令嬢を隣へ戻せば、殿下が再び有能に見えるかではございません」


議長は冷たく言った。


「公爵令嬢がいなくとも、殿下が国を誤らずに統治できるかでございます」


レオグラン殿下の顔から、ようやく血の気が引いた。



再審査には、2か月かかった。


レオグラン殿下が立太子後に挙げたとされる実績は、細かく分解された。


彼自身の発案。

官僚の発案。

私が修正したもの。

私が全面的に作り直したもの。

殿下が理解しないまま署名したもの。


結果、元老院はレオグラン殿下の立太子を撤回した。


マリベルは、私への虚偽告発と王太子への欺罔について調査を受け、子爵家へ戻された。


彼女の父親が計画に関与していた証拠はなく、子爵家そのものは取り潰されなかった。


ただし、マリベルを王太子妃に据えれば家格が上がると期待し、娘の行動を見て見ぬふりしていたことは厳しく咎められた。


元王太子は離宮へ移された。

それで終わると思っていた。

終わらなかった。


王位継承順位そのものが、再検討されることになったのだ。


第1位だったレオグランは失格。

第2位の第2王子は、既に神殿で終身誓願を立てており、正式に継承権を放棄した。

第3位の第3王子は、まだ14歳。


王太子教育を受けておらず、現時点では継承順位を保留。


第4位だった父は、


「今さら兄者の後を継いで王になるくらいなら、領地で馬の世話をする」

と辞退した。


そして第5位だった私が、暫定継承権第1位になった。


「いや、待って」


元老院で決定を告げられた私は、椅子から立ち上がった。


「第5位だから受け入れてたんだけど」


元老院議長が咳払いした。


「継承権とは、そのような理由で保持するものではございません」

「ほぼ回ってこない番号だったじゃん」

「現に回ってまいりました」

「回すなよ」


次代の聖女。

暫定王位継承権第1位。


年1回の結界更新に、非常時の祈祷。

元王太子の実績監査まで手伝わされた。


――あのチャラい神。

――チートって、仕事量のことだったの?

次に会ったらシバく。

絶対にシバく。


「ヴェゼリアが即位するのが、最も安定する」


伯父が言った。


「嫌だよ」

「お前ならば務まる」

「できるかどうかと、やりたいかどうかは別でしょ」

「国王は、やりたい者がなる役目ではない」

「じゃあ、やりたくない伯父上が続ければいいじゃん」

「私にも寿命がある」

「健康に気をつけて」

「そういう問題ではない」


私は室内を見回した。


国王。

元老院議員。

父。


そして部屋の端に、第3王子ナディルが座っていた。

14歳。


私より5歳年下の従弟である。


まだ少年らしい細い身体に、癖のない黒髪。

大人たちの話を黙って聞きながら、誰より真剣な顔で資料へ目を通している。


「ナディル」

「はい、姉上」

「今の話、分かった?」

「分からないところが3つあります」


「どこ?」


ナディルは資料を開き、自分の理解できなかった箇所を示した。


知ったかぶりをしない。

分からないことを、分からないと言える。

それだけで、元王太子より何倍も見込みがある。


そういえば幼い頃、レオグラン殿下のために私が報告書を直していた時も、この子だけは尋ねた。


『兄上のお仕事なのに、どうしてヴェゼリア姉上が直しているのですか』


周りの大人が見ないふりをしていたことを、7歳の子どもが普通に疑問視した。


私は伯父を見た。


「伯父上」

「何だ」


「三男をウチに預けろや」


ナディルが顔を上げる。


「何をするつもりだ」

「王になる教育」


室内が静まり返った。


「ナディルは現時点で継承順位を保留されてる。王太子教育を受けてないからでしょ」

「それだけではございません」

元老院議長が言った。


「まだ若く、資質を判断するだけの実績がございません」

「なら、実績を作らせる」


私はナディルを指した。


「5年。ウチのところで学ばせる。王宮の外も見せる。領地経営、財政、外交、司法、軍、福祉。全部やらせる」

「姉上が、僕を王にしてくださるのですか」

「ウチが王にならなくて済むところまでは育てる」


「承知しました」

返事が早い。


「ちょっとは悩みなよ。王だよ?」

「姉上は、僕なら育つと思われたのでしょう?」

「今のところはね」

「では、育ちます」


ナディルは椅子から立ち、私の前へ来た。


昔は私の腰ほどしかなかったのに、今では肩に届きそうな背丈になっている。


それでも、まだ顔には幼さが残っていた。


「僕が王になれば、姉上は王にならずに済むのですね」

「そう」

「分かりました」


ナディルは、うれしそうに笑った。


「では、僕が王になったら、姉上と結婚しますからね」


「……は?」


「ずっと、兄上にはもったいないと思っていました」

「待て待て待て」

「兄上の婚約者でしたから、申し上げませんでした」

「今も言わなくていいんだけど」

「もう婚約者ではありませんよね?」


「そうだけど!」


「なら、僕が望んでも問題ありません」

「問題しかねえよ。あんた14歳。ウチ19歳」

「5年後には、僕も19歳です」


「計算の話してない」


ナディルは真っすぐ私を見た。

冗談ではないらしい。


「王になるための勉強をいたします」

「うん」

「姉上にふさわしい男になるための勉強もいたします」

「それはいらない」


「僕には必要です」

「聞けよ」

「聞いたうえで、譲りません」


――昔から年下にウケはよかったけどさ。

――従弟まで、こんな育ち方する?


「王になってから言え」


私は追い払うつもりで手を振った。

ナディルは満面の笑みを浮かべた。


「約束ですね」

「してねえよ」



その年の秋、ナディルは公爵家へ移った。


教育は容赦なく行った。

朝は領地から届いた報告書を読む。

午前は法と財政。

午後は現場視察。

夜は他国語と歴史。


王宮で王子として暮らしていた頃のように、彼の間違いを使用人が黙って直すことは許さない。


「ここの計算が違う」

「申し訳ありません」

「ウチに謝るんじゃなくて、何で間違えたか確認して」

「急いでいたため、前年度の数字をそのまま使用しました」


「急いだのは理由。確認しなかったのが原因」

「はい」

「次からどうする?」

「過去資料を使用した箇所には印をつけ、提出前に当年度の数字と照合します」

「よし」


間違えれば認める。

指摘されても不機嫌にならない。

分からなければ聞く。

できるようになれば、次は他人へ説明する。


順調だった。

順調すぎて困った。


「姉上、本日の課題は終わりました」

「お疲れ」

「褒めてください」

「偉い偉い」

「子ども扱いしないでください」

「子どもじゃん」


「では、いつから男として扱ってくださいます?」

「王になってから言え」

「また約束してくださいましたね」

「してないっつってんの」


ナディルはよく年下の侍従や領地の子どもたちと話した。

私が現場で、子どもの言葉も最後まで聞けと教えたからだ。


ある村で、農業用水が足りないと訴えが出た時も、彼は村長だけでなく、川辺で遊んでいた子どもへ尋ねた。


「水が減り始めたのは、いつ頃?」

「上の村に、新しい水車ができてから」


その一言で、上流に無許可の取水設備が作られていたことが分かった。


「子どもの話が、必ず正しいとは限らない」

帰りの馬車で、私は言った。


「でも、大人が見落としてるものを見てることはある。最初から聞く価値がないって切るなよ」

「はい」

「あと、自分で見つけたみたいな顔すんな。あの子が教えた」

「報告書にも記載します」

「よし」


ナディルは素直に育った。


私の言ったことを、そのまま覚えるだけではない。

自分で考え、必要なら私へも反論した。



3年目の冬、神殿から依頼が来た。


北部で流行した熱病への対応に、聖女である私が赴き、患者全員へ祝福を授けてほしいという。


「行かない」

私は依頼書を机へ置いた。


「聖女様がお越しになれば、民は安心いたします」

神殿の使者は食い下がった。


「ウチの祝福に治療効果はない。病気を治すのは医師と薬。必要なのは薬草と人員の輸送でしょ」

「しかし、聖女様のお姿を拝するだけでも、苦しむ民の希望となります」

「希望で熱は下がらない」


「姉上」

横で依頼書を読んでいたナディルが口を開いた。


いつの間にか、その声は少年のものではなくなっていた。

身長も、とっくに抜かれている。


「姉上が赴けば、民の不安を抑えられるのではありませんか」


私はナディルを見上げた。


「それで?」

「治療そのものにはならなくとも、国が見捨てていないと示す効果はあると思います」

「だから、ウチを行かせる?」

「……はい」


神殿の使者が、我が意を得たりという顔で頷いた。


「さすがナディル殿下。民の心をよく――」

「黙ってて」


私は使者を止め、ナディルへ向き直った。


「ウチを北部へ行かせたら、何が止まる?」

「何が、とは」

「今、ウチが担当してる仕事。結界更新の準備、公爵領の冬季予算、東部との関税協議。移動を含めて何日空けるつもり?」


ナディルが依頼書へ目を落とした。


「……少なくとも、10日は必要です」

「感染対策は?」

「現地の神官が行います」

「その神官は医療の専門家?」

「違います」

「ウチが感染した場合、次の結界更新は誰がやる?」


ナディルは答えなかった。


「民から見た効果だけ考えたんでしょ」

「はい」

「聖女が来たって一瞬安心させるために、治療に関係ない人間と護衛と侍女を疫病地へ送る。現地の医師には、その対応までさせる。ウチが倒れれば別の仕事も止まる」


私は依頼書を指で叩いた。


「行く側の負担と、行ったことで増える仕事と、代わりに止まるものも見ろ」


ナディルは唇を引き結んだ。

指摘されて不機嫌になったわけではない。


自分の考えの足りなかった場所を探している顔だった。


「……申し訳ありません」

「ウチに謝る話じゃない。考え直して」

「はい」


ナディルは依頼書を持ったまま、しばらく黙った。


やがて机の上にあった北部の地図を広げる。


「現在、薬草が不足しているのは北部全域ではなく、街道から外れた3つの地域です」

「そうだね」

「王都から聖女一行を送るための馬車を、薬草と医師の輸送へ回します」


ナディルは地図の道を指でなぞった。


「領軍の伝令網を使えば、各地域へ国の対応状況を毎日掲示できます。聖女が訪問せずとも、見捨てられていないと示せます」


私は黙って続きを待った。


「姉上には、王都から短い声明を出していただきます。ですが、治療効果があるような誤解を招く表現は使いません」

「内容は?」

「聖女が祈っている、ではなく、必要な薬と人員を届ける責任を国が負う、と」


「それならいい」


ナディルは神殿の使者を見た。


「聖女の慰問ではなく、医師、薬草、食料を送ります。神殿からも運搬に人員を出してください」


使者が戸惑った。


「ですが、民は聖女様を求めております」

「求められたものを、そのまま渡せばよいとは限りません」


ナディルは静かに答えた。


「聖女の姿では病は治らない。国が行うべきなのは、民が本当に必要としているものを届けることです」

「しかし、聖女様ならば訪問することも可能で――」

「可能であることと、命じてよいことは別です」


私はナディルを見た。

以前、私が教えた言葉だった。


有能な者へ仕事を集めれば、短期的には回る。

けれど、その者が倒れた瞬間、全部止まる。

できる者がいることを、やらせ続けてよい理由にしてはいけない。


「必要な役目ならば、制度へ組み込んでください」


ナディルは使者へ続けた。


「聖女個人の善意を前提に、毎回依頼するのは運用とは呼びません」

「……承知いたしました」


使者が帰ったあと、私はナディルを見上げた。


「最初、ウチを行かせようとしたけどね」

「はい。民から見た効果だけを考えておりました」

「でも、自分で組み直した」

「姉上に足りないところを教えていただきましたから」

「ウチの答えをそのまま言ったわけじゃないじゃん」


ナディルは少し笑った。


「では、褒めていただけますか」

「偉い偉い」

「子ども扱いしないでください」

「まだ子どもじゃん」

「もう17歳です」

「ウチから見たら同じ」


「では、いつから男として見てくださいます?」

「今その話すんの?」

「好機かと思いまして」

「台無しだよ」


ナディルは笑ったあと、改めて私を見た。


「ですが、姉上がご自身で断らなくても済むようにするのが、僕の役目です」


その言葉に、胸の奥が妙にざわついた。


自分で断ることはできる。


国王にも、元老院にも、神殿にも、必要なら何度でも言い返せる。

けれど、できるからといって、毎回私一人が拒絶する側へ置かれていいわけではない。


ナディルは私の代わりに意思を決めたのではない。

一度は私と意見を違えたうえで、私の負担も含めて考え直し、制度の側へ責任を返した。


――いやいや。

――年下。

――従弟。

――ウチが育てた。


――なしなし。


「何、顔見てんの」

「お美しいと思いまして」

「そういうのいいから、明日の資料読んで」

「はい。明日もお美しい姉上」

「ダルっ」

「光栄です」


こいつへの「ダルい」は、いつからか、本気の拒絶ではなくなっていた。


認めたくはなかったけれど。



5年後。


ナディルは、元老院による最終審査を受けた。


領地経営。

外交交渉。

政策立案。

軍への指揮権行使。

災害時の判断。


彼はすべてにおいて、十分な成績を収めた。


完璧ではない。

それでいい。

完璧な王などいない。


自分の間違いを認め、分からないことを聞き、必要な人材の言葉を拾える。


その方が、ずっと大切だった。


元老院は、ナディルを正式な王位継承権第1位とし、立太子を承認した。

私はようやく暫定継承権第1位から降り、ナディルに次ぐ第2位となった。


「自由だぁ……」


決定書を受け取った私は、思わず机へ突っ伏した。


「まだ聖女の役目は残ってるぞ」

父が言った。


「年3日と非常時だけだから、前よりマシ」

「公爵家の後継者でもある」

「それは元から」

「王太子の教育顧問も――」

「今日で辞める」


「姉上」


ナディルが、すぐ隣から呼んだ。


「何」

「結婚の約束を果たしていただけますか」

「してねえって、5年間ずっと言ってるよね?」

「ですが、王になってから言えと」

「まだ王になってないじゃんか」

「では、即位した日に改めて申し上げます」

「待て。今の話、終わらせようとすんな」


「立太子まで5年待ちました。即位まで待つくらい、どうということはありません」

「そういう意味じゃねえんだわ」


元老院議長が咳払いした。


「実際、お2人の婚姻は、王家と公爵家の支持をまとめるうえでも――」

「政治の話はしておりません」


ナディルが遮った。


議長が目を瞬く。


「それに、姉上」


ナディルは私へ向き直った。


「王になってから言えというお言葉を、本当に婚姻の約束として扱うつもりもありません」

「……そうなの?」

「はい。あれは、僕をあしらうために仰ったのでしょう?」

「分かってたんじゃん」

「分かっていて、都合よく約束と呼んでおりました」


ナディルは少しだけ笑った。


「ですが、それを理由に姉上へ承諾を求めれば、兄上と変わりません」


私の胸が、小さく鳴った。


ナディルは私の前へ立った。


19歳になった彼は、もう私が見上げなければ顔を見られない。


「僕が望んでいるのは、継承権第2位の公爵令嬢でも、次代の聖女でもありません。王妃として姉上を働かせるためでもありません」


ナディルは続けた。


「王妃の職務は整理しました。公的補佐官を置き、慈善事業は専門部署へ移します。王妃個人の善意と能力を前提にした運用はいたしません」

「準備よすぎない?」

「5年前から、姉上と結婚したいと思っておりましたから」

「思うのは勝手だけど、ウチは受けるって言ってない」

「分かっています」


ナディルは、はっきりと頷いた。


「ですから、過去のお言葉ではなく、いまの姉上へ改めて伺います」


ナディルは膝をつかなかった。


私を見上げる形にして、断りにくくするのが嫌だったらしい。


立ったまま、まっすぐ私を見る。


「ヴェゼリア」


姉上ではなく、名前で呼ばれた。


「僕と結婚してください」


王妃になれ、ではない。


国のために必要だ、でもない。


僕と結婚してほしい。


それだけだった。


「僕は、姉上を役目へ戻すために求めているのではありません」


それは、私がずっと欲しかった言葉だったのかもしれない。


王太子妃だから。

公爵令嬢だから。

継承権者だから。

聖女だから。


誰もが役目を理由に、私へ何かを求めた。


ナディルだけは、私がどの役目に就いていても、ずっと同じだった。


幼い頃から私を見ていた。

兄の婚約者だった時も。

断罪された時も。

聖女になった時も。

継承権第1位になった時も。


全部終わって、ただのヴェゼリアへ戻ろうとしている今も。


「僕は、姉上のお好みに育ちましたか?」

「自分で言うな。ダルい」

「では、まだ待ちます」

「何年?」

「姉上が選んでくださるまで」

「王太子が独身のままだと、周りがうるさいよ」

「姉上以外と結婚しろと言われても、断ります」

「王になろうって奴が、簡単に政治を止めんな」

「では、姉上が止めないでください」


「……マジで可愛くなくなったな」

「姉上が育てました」

「そうだった」


私は、深く息を吐いた。


ここまで育てた。


知らないことを誤魔化さず、弱い者へ責任を押しつけず、有能な者を使い潰さず、人の話を最後まで聞く男へ。


間違えない男ではない。


間違いを指摘された時、相手を黙らせず、自分で考え直せる男へ。


完全に、私好みに。


――年下。

――従弟。

――ウチが育てた。


なしなし、と何度も思った。


でも、もう無理だった。


「仕方ねえな」


ナディルの目が見開かれる。


「何がでしょう」


「結婚」


私はそっぽを向いた。


「するから」


「もう一度、お願いします」

「2回言わせんな。マジでダルい」

「はい」


ナディルは、心からうれしそうに笑った。


「ずっとお待ちしておりました」


その笑顔を見て、私は思う。


昔から年下にウケはよかったけどさ。


まさか、自分で育てた男に落とされるとは思わんじゃん。


なお、王太子との婚約を破棄されてから、私が令嬢口調へ戻ることはほとんどなかった。


外交の場では、今も必要に応じて使う。

使えることと、使いたいことは別だからだ。


結婚後、ナディルが一度だけ尋ねた。


「僕には、丁寧な言葉を使ってくださらないのですか」

「使ってほしい?」

「いいえ」


彼は笑った。


「僕の前では、ずっとそのままでいてください」

「そういうこと言うの、マジでダルい」

「愛しております、ヴェゼリア」

「はいはい」


私は答えながら、心の中で付け加えた。


――まあ。

――嫌いじゃないけど。


そして年に1度の結界更新で神殿を訪れるたび、聖印を見上げる。


――あのチャラい神。

――人生、最終的には悪くなかったけどさ。

――それと、テメーをシバくのは別問題だからな。

今回は、かなり素直な恋愛ものを書いたつもりです。


素直と言いつつ、転生した理由も、チャラい神が何者なのかも、ほとんど掘っていません。そこまで始めると別の話になりそうなので、今回はヴェゼリアの口調と最後の悪態を支える役目だけ果たしてもらいました。


恋愛だけを書けば、たぶん今の1/3くらいの長さにできたのかもしれません。


けれど、婚約破棄をしたあとの王太子はどうなるのか。彼を有能に見せていた仕事は誰がしていたのか。できる人へ役目を集め続けてよいのか。そして、次に隣へ立つ人は同じことを繰り返さないのか。


どうしても、そのあたりまで書かずにはいられませんでした。


ただの恋愛話も、恋愛だけでは書けない私が、今回もよく出てしまったと思います。


それでも、ヴェゼリアの「ダルい」が最初と最後で少し違って聞こえていたら嬉しいです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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>『「そういうこと言うの、マジでダルい」ー(中略)ー ――まあ。――嫌いじゃないけど。』 ↑↑↑やった~♪( ノ^ω^)ノツンデレ~♪ 最高に可愛い♡♡♡ >『――あのチャラい神。 ――人生、最終…
ちょっとヤサぐれている親戚の年上姉ちゃんを嫁にするために努力を重ねる弟分の純情ボーヤとか、良きかな良きかな。そして身長差が5年で大逆転して逞しく育った弟分に姫抱きされるヤサぐれ姉ちゃんとか、堪らんねェ…
「ダルい」ってのは 未来少年コナンのモンスリーの「バカね」ですね
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