第4話 洋館にたどり着いて
どうしたのだろうか?
気のせいか、彼女は僕に感心があるようで、さっきからやたらと視線を感じていたのだ。
自意識過剰かな……?
栗津は、ぼくが話を聞いていない事に気付いたのか、話すのを止め、辺りをきょろきょろと見回していた。
腕時計に何度も目をやったりして、かなり苛ついているようだ。
「しかし、あいつら迎えにも出てこないな。どうなっているんだ!! まったく」
栗津が大声を上げた。
主役が来たというのに、スタッフが誰も待っていない事を不審に思ったのだろうか
自分のポカで遅れてきたんだから、真っ先に謝らないといけないんじゃないだろうか? と思う。
しかしそれは一般社会での常識。彼らの世界ではまた違った常識があるのかもしれない。
「仕方がない……な。玲香ちゃん、さっさと行こうか」
と、栗津は、僕たちをせき立てると、さっさと洋館へと歩き出した。
仕方なく、僕たちも栗津についていくことにした。
古ぼけたやたらと頑丈そうなすこし錆び付いた鋼鉄の扉の取っ手に手をかけ、栗津は力任せに扉を開いた。
扉はギシギシと嫌な音を立てる。
「おーい、誰もいないのか? 」
栗津が大声で叫ぶが、何の応答もない。
撮影機材やクーラーボックスなどが玄関に無造作に置かれてあった。
しかし、撮影スタッフたちの姿は、どこにも無かった。
主役がいないことには、撮影もできないはずなのだが。
恐らく、撮影の準備をしているのだろうが、主役の速水玲香が来たらすぐに分かるように外で誰かが待っていてもいいようなものだが。
「おーい、岸! どこにいるんだ!! 」
大声を上げながら、栗津が騒ぎだした。
大声を上げながら走り回る。
落ち着きのない奴だ。
岸とは、どうやらこのドラマの監督らしい。監督と言えば、それなりの力を持っているはずなのに、速水玲香のマネージャーは、その人物を呼び捨てで怒鳴り散らしている。
ひょっとして彼は大物なのか?
そんなことは……ありえないな。速水玲香という人気アイドルの虎の威を借る狐ってところだろう。
それにしても、こんなに騒いでいるのに一向に撮影スタッフは現れない。どこかで準備でもしているのだろうか? しかし、それにしては、そういった喧噪は聞こえないが。
取り立てて騒ぐ理由もないので、玄関を離れて、外に出ることにした。
栗津が開きっぱなしにした扉から表に出ようとする。
ふと鋼鉄製の扉を見ると、錆が浮き出た扉には無数の引っ掻いたような跡があった。その部分は錆が取れ、本来の鉄の地肌が出ている。
誰かが悪戯で引っ掻いたのだろうか? ……よくはわからない。
僕は気にはなりながらも外へ出ると、ポケットからタバコを取り出し、オイルライター火を付けた。
本日初めての煙草なので、全身にニコチンが行き渡るのが体感できた。
少しくらっとする。
「新城さんごめんなさい、あなたに迷惑かけちゃって」
いつの間にか彼女がぼくのすぐ側にやって来ていた。
「あ、とんでもないよ……全然気にしてないから。そ、……それに"さん"づけで呼ばなくても名前を呼んでくれたらいいよ」
さりげなく言葉にしようとするが。緊張からどもってしまう。
憧れの存在と話しているから当然緊張する。落ち着かねば。格好悪いじゃないか!まあ、そうはいっても難しいけれども。
確か僕と彼女は6つ違うはず。そんな子に緊張しちゃうなんて……ね。
「ところで、新城さんは、どこへ行く途中だったの? 」
「昨日は、学生時代の友達の結婚式に来てたんだ。
それで、今日帰るつもりだったんだけど、高速道路は事故のせいで渋滞だそうだし、一般道は、今やってるサミットの影響で、交通規制で相当混むそうなんだ。
どうせ遅くなるんだったら、渋滞する道なんか行かず、ついでだから観光も兼ねて、違った道でも行こうって思ったんだ」
僕はよけいな事は言わなかった。
さすがに死に場所を求めてこちらに来たなんて本当の事を言ったら、彼女は驚いてしまうだろう。
「そうだったんだ、へえ……。ところで、新城さんは何処まで帰るの? 」
それも、彼女から話しかけてくれるなんて!
「香川県なんだけど、知らないよね。 ここからだとかなりの距離があるんだけどね」
香川に帰るなら方角が違うじゃないか気づかれるかと一瞬思ったが、関東の人には香川県がどこにあるかなんてわからないから大丈夫だと思って、正直に話した。
彼女は首を振った。
「ううん、香川だったら知ってるわ。小さい頃、高松市に住んでいた事があるもの」
知らなかった!!
彼女が同じ町に住んでいたとは。 もしかしたら、出会ったこともあるかもしれない。これは運命というものなのだろうか?
そう呼ぶには遅すぎる運命の出会いだけれど。
しかし、彼女がかつて香川県に住んでいたとなると、今僕が言った事を変に感じたんじゃないだろうか?
廊下をドタドタと歩く音がして、栗津が戻って来た。
「あいつら何処行ったんだ? 何処にもいやしない。まったくどうなっているんだ!」
かなり頭に来ているようで、口調が荒い。室内だというのにいきなりタバコに火をつける。
「館内には、誰もいないんですか」
「見てみりゃわかるさ!! 」
憮然とした口調。
確かに、ここに来てから、一切の物音は、しなかった。
マネージャーの栗津が歩き回っていた音だけが響いていたように思う。
「もしかしたら、 みんな怒って隠れているのじゃないかしら? 」
「そんなくだらない事するなら、このドラマは降板だ!」
速水さnの意見に、栗津は激高した。
「それじゃあ、ドラマのメーキング編を作るため、ドッキリとかを企画しているのかもしれないわ。 ドラマの内容もホラーじみているから丁度いいし。見る側にとっては、おもしろいのかも……」