第3話 目的地に到着して……
僕たちは車を降りた。
「たしか、この道を上がっていけば目的のロケ地だよ」
「栗津さん、このバスって、撮影に来ている人のですか? 」
僕は暗に運転手を呼んできて欲しいと意思表示をしてみた。
ここから先はもう僕に用事は無いだろう。僕は僕で本来のスケジュールに戻したかった。
「そうだろうね。でも、運転手もいないみたいだし、一度上に上がって、呼んで来ないといけないね」
他人事のように彼は話す。
ここまで着いたからには、もう僕に気を遣う必要はないかのようだ。
「ごめんなさい。わたしが呼んで来るわ」
当惑した僕に気を遣ったのか、健気に速水さんが言い出した。ドアを開けて降りようとする。
「そんなこと……」とぼくが言いかけたら、
栗津が遮るように捲し立てた。
「玲香ちゃんがそんなことする必要ないよ。彼にも一緒に上がって行ってもらえばいいんだよ。荷物も結構あるんだから、運ぶのを手伝ってもらったらどうだい。どうせ彼も暇だろうし。 ……なあそうだろう?」
僕の気持ちなどお構いなしに、栗津は言葉を続ける。
「そうだそうだ! それから送ってくれたお礼に、撮影風景でも見せてあげるよ。それでいいだろう、新城君。ドラマの撮影現場を、それも速水玲香のドラマを近くで見えるなんて、君は、凄い幸せ者だよ……。こんなことは一生ないぞ」
そう言って、豪快に笑う。
なんでお前に命令されなきゃならないんだ! ぼくはそう思ったが、すぐに思い直した。テレビでしか見られないアイドルと一緒にいられるなんて、彼の言うとおり考えられないことだ。おそらくこの先二度と無いことだと思う。……僕の一生はあと僅かだけれども。
できることなら、もうすこし一緒にいたい。……その気持ちが強くなってきた。どうせそんなに急ぐことも無いんだから。
「そうですね。ぼくも一緒に行きます」
僕は答えた。
ぼくは車からリュックを取り出し、ドアを閉めた。
「早く!」
腕組みした栗津がこちらを睨んでいる。 憮然とした顔の栗津に少しムッとしたが、口には出さなかった。
こんなことで怒るのも大人げない。
結局、栗津に、彼らの荷物を全部持たされても決して怒ったりしなかった。
舗装のされていない荒れた道を、ぼくたちは上っていった。 砂利混じりの細い道を300メートルほど歩くと、石造りの古ぼけた階段が現れた。階段は直線距離で100メートルくらいをかなり急な勾配で上っている。
道の回りはうっそうとした広葉樹で覆われ、無秩序に伸びた枝枝がまるで回廊を形作るようになっていた。
そのため、差し込む光は車を止めたあたりと比べるほど驚くほど少なく、少し暗く感じるほどだ。
ただ、そのおかげかだいぶ涼しく感じられる。ここに車を止めたときから感じていたが、あたりは異様なほどの静けさが僕らを包み込んでいた。
確か、速水さんたちの車が止めてあった場所は蝉が五月蠅いくらいに鳴いていたように思うんだけど。
そんな中を歩き続けると、やがて階段に到着し、僕たちは登り始める。
上を見上げると、階段付近もやはり枝枝が鬱そうと繁り、まるでトンネルの中を歩いているような錯覚さえ感じる。
さらに石造りの段差は見た目以上にあって、一歩一歩足を踏み出すのも重労働だ。なんだか階段の高さや奥行きもバラバラで非常に歩きにくい。 苔むしたそれは、滑りやすく油断すると転びそうだ。
結構な高さがある階段だから、上の方で転んだらそのまましたの道まで転がり続けるんじゃないだろうか。
のぼるだけでかなりキツイ。呼吸も荒くなってしまう。
ぼくは荷物を全部持ったことを後悔していた。
日頃の運動不足だけが原因じゃあない。。
手ぶらの栗津は、さっさと歩いていく。
速水さんは時々こちらを気遣うように振り返り、「大丈夫?」と言葉をかけてくれた。
その度に少しだけ元気が出た。
重い荷物を担いで階段を上り詰めると、突然、視界が開けた。
開けた大きな庭のずっと奥に古ぼけた洋館が現れた。
その姿に、一瞬、ぼくは息を呑んだ。
そこに現れた館は、煉瓦作りの二階建ての思ったより大きな建築物だった。
大きな玄関と、鉄格子をはめ込んだいくつもの窓が並ぶ。
そして洋館の四隅には塔のような円形の構造物が配置されている。 そこにも明かり取りの窓があるが、どうもはめ殺しのようだ。
建てられてからかなりの時間が経過しているようで、外壁は色あせていて当時どんな色だったかはわからない。さらに、いたるところから蔦が絡み、赤茶けた外壁とツタの葉の濃い緑、茎の茶色が混ざり合い、異様な雰囲気を醸し出していた。
異様というよりは、禍々しいと言った方がいいか?
なぜなら、この建物には人が住んでいるという気配が感じ取れないからだ。
かつてはきれいに手入れされていたであろう庭は荒れ果てているし、植えてある木々も、生気を失ったように感じられる。
まるで、生物の存在を拒否しているかのようだ。
こんな感覚は、今まで感じたことは無かった。何か得体のしれない恐怖感をぼくは感じた。こんな感じを受けた時、ロクな事がなかった。
「……いやな感じだな」
ぽつりとぼくが呟くと、
「なかなか雰囲気のある建物だろう? 今回のドラマの舞台にふさわしい建物だよ。いかにもって感じがする!」
栗津が話しかけて来た。
「この建物は明治初期に建てられた物で、当時は、外国の大使かなにかが住んでいたらしい。 そして、彼らが帰国した後は、どこかの大富豪が別荘に利用していたそうだ。今は誰も住んでいないが、その大富豪の子孫が管理していて、こんな風でも、電気もガスも水道も通っているんだ。 今回、ドラマの話を聞いて、是非ということで、ここを使わせてくれることになったんだ」
云々云々 ……。
栗津が延々となにやら話し続けるので、途中から意識が飛んでいた。
気味の悪い洋館の説明を聞くよりも、さっさとバスを移動させる事に関心があった。
しかし、彼の云うとおりに館が管理されているのなら、何故こんなに荒れているんだ? 大富豪というくらいなんだから、もう少しどうにかすればいいのに。
何にせよ、そういった事に興味ない。
ふと視線を感じ、そちらに目をやるとどういうわけか、彼女もぼくを見つめていた。
ぼくと目が合うと、彼女はすぐに目をそらした。