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風待月に君に  作者: ノベラー
第2章
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エピローグ

事件が一段落し、全てが平静を取り戻した。


あれだけ騒いでいたマスコミも年末の慌ただしさの中、あの事件については殆ど報道をしなくなっていた。

人の興味はいつまでも続かないみたいだ。

新たなニュースを求めて人々は彷徨う。

そして年末から年始へと、新たな夢を見る。


僕の近況はというと、実は相変わらず、今の会社に勤めているんだ。

あの時、置いてきた辞職願は結局受理されなかったみたい。


事件の後、車に置き忘れていた携帯を何気なく見ると、着歴に会社代表番号や課長の携帯からの不在着信がいっぱい入っていたのには驚いた。

留守電には「さっさと仕事に出てこい。とにかく電話しろ」と怒ったような泣きそうな上司の声が入っていた。


びくびくしながら電話してみたら、「とにかく何でもいいから仕事に出てこい。お前の席はまだ残っている。当然仕事も残っている、ごちゃごちゃ言い訳は無用! とにかく自分の責務をはたしやがれっ」とのことだった。

なんだか嬉しいやら悲しいやら……。

無いと思っていた居場所が残されていたことに驚くとともに、人間って無くすまで気づかない事がたくさんあるんだなって実感した。


まあ仕事に戻ったはいいけど、相変わらず上司に嫌みを言われ続けてはいる。

それでも最近は、こんな生活でもまあまあかなと思えるようになってきた。


あの館での体験が、僕を少しは変えたのかもしれない。

何事にも前よりはだいぶ前向きに取り組めるようになってきた。

ネガティブに考えることも少なくなったし……。


――そうはいっても、あの時の事をまだ後悔している。

何故、あの時、玲香に告白できなかったのか、と。


告白してたら彼女は応えてくれたかもしれないなあ……なんて妄想世界の住人になりそうになる。

でも、普通に考えたら一介のサラリーマンの僕とアイドルの彼女では釣り合わなすぎる。

住む世界が違いすぎるし、価値観が違いすぎる。

まじ無理っぽい。


何にせよ、もうあの時には戻れないし、僕は僕の人生を生きていくしかないのだから……。

僕と玲香の時間はあの洋館にいる間だけ交わり、脱出できたことでまたお互い別々の道へと進んでいくんだろう。……寂しいけど。


後悔しても始まらないのは分かっているけど、こんな後悔をしばらくは続けるんだろうなって思う。

後悔を繰り返す……。

なんかそれが青春って感じ。

遅まきながら僕も青春まっただ中ってことなのかな。


そんな思いに耽る週末の夜。

土曜の夜だというのに、何処に出かける出もなく、部屋でのんびりくつろいでいた。


年末の夜に一人で飲みに行くのも億劫だし、一緒に出かける彼女なんているわけない。

外は木枯らし。心はブリザード。

寒くて凍え死んでしまうね。


僕は平日に取り貯めたドラマを観ていた。

部屋はファンヒーターフル回転でほかほか。


見るドラマの作品名は「風待月に君に」。

主演:速水玲香。


本来ならテレビ放映される予定だった、あの洋館で撮影中だった作品は話題性は凄かったのだけど、さすがに犠牲者が出ていることから、倫理上マズイということで、企画自体がお蔵入りになったみたい。

テレビ局としてはドラマを放映予定だったまるまるワンクールを埋める事なんてできず、良くわかんないバラエティでお茶を濁し、結構不評だったようだ。

その間にキャストを入替えてまったくの異なるドラマを速水玲香主演で撮影をしていたようで、結構彼女も忙しかったみたい。

みたいといってもネットの芸能情報で仕入れたんだけど。


恋愛コメディで玲香ちゃんの新しい一面が見られるということで結構好評みたい。

ワンクール棒に振ったテレビ局も相当力入れてたみたいだしね。

実際、僕も毎週欠かさず観ている。録画も忘れちゃいない。

あんな事件があったんだから、暗いストーリーより底抜けに明るい話のほうがいい。


ドラマでほほえむ彼女を観ながら、今頃何してるんだろうなって思う。

あの事件からなんだかんだで、もう半年が過ぎてる。

時間の経過は早いよね。

毎日の生活に追われ、いつの間にか時間だけが経過する。

救いは前までとは違って、それなりに充実した毎日だということだけど。


でも、どんどんどんどんあの洋館での出来事が遙か遠い昔の事のように思われてしまうのは悲しかった。

いつの間にかこの手に抱きしめさえした玲香ちゃんの存在がどんどんと現実感が薄れていき、次第に薄ぼんやりとした「楽しかった思い出」というカテゴリーの中へと色あせて遠のいていくんだ。

全てが夢幻。そんな感覚。

僕ですらこんな感じだから、玲香ちゃんはすでにあの時の事なんて忘れてしまってるかもしれないよなって思う。

ショッキングな出来事が多かったから、むしろ忘れてしまった方が彼女の為ではあるんだけれども。


そんなことを考えながらぼんやりしていると、そろそろ日付が変わろうとしていた。

明日は部屋の掃除でもしようかな。

それとも車の洗車でもしようか。

どうでもいい明日の予定が頭の中をグルグル回っている。


唐突にドアのチャイムが鳴った。

こんな時間に一体誰だろう?

そう思いながら、僕は玄関へと歩いた。


そして何気なくドアを開けた。

瞬間、動けなくなった。


だって、ドアの向こうには、玲香ちゃんが立っていたんだから。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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