第33話 つまり、諦めたりしないこと
僕は、ほんの僅かな可能性を信じ、あちこちを見渡した。
しかし、解決の糸口になりそうなものは、発見することができなかった。
最初から分かってはいたが、分かってみてショックだった。
人間では無いものが施した封印、思考形態の違うものの考えを理解する事は、どう考えても無理なんだ。
「クソー!! 」
僕は、マグライトを握りしめ、壁を殴りつけた。
火花が起こり、マグライトの電球が破裂した。
マグライトは、熱を帯び、あまりの熱さで落としてしまう。
「どうにもなんないのか……」
あんな思いをしてここまで来て、結局何の成果もないなんて。その無力感に、ぼくはグッタリした。
壁、鉄格子を調べることは、危険すぎるようだ。
触るだけで、強烈な電気ショックのようなものを受けてしまう。
どこを調べても、何も見つからない……。
徒労感だけが僕を襲う。
このまま、何も見つけることもできず、帰らないといけないというのか?
その結論は鷲尾達にとっては朗報ではあるけど、僕たちにとっては最悪。
セシリアは処刑され、僕たちもおそらく殺されるかやつらの宿主とされてしまうんだろう。
「絶対、絶対に何か仕掛けがあるはずだよ! そうだ諦めちゃいけないんだ。玲香が待っているんだから、僕が諦める訳にはいかない」
僕は、自分にそう言い聞かせ、床を調べようとした。
諦めるなんてありえない。
「新城さん、教えてください。あなたはどうしてそこまでがんばろうとするのです? 」
鉄格子のすぐ側までセシリアが来ていた。
「このまま帰ったら、奴らは貴方を処刑しに来る。そして僕たち……女の子があいつらに捕まっているんだ、きっと用無しだから殺されるに違いない。そんなことはさせない、させたくない。彼女に約束したんだから」
「……あなただけなら逃げられるかもしれませんよ。そんなことは考えないのですか? 速水玲香さんですよね、あなたが助けたい人は。その人はあなたにとってかけがえのない人なんですか? 命を賭けてまで助けるほど」
「うーん、実は彼女とは今日会ったばかりなんだ。だから、二人にはそういった絆は存在するわけないし、僕にだって命がけで護らないといけない理由はないかも。僕の心の中を読めば分かると思うけど、彼女は人気アイドルで僕はその一ファン。ただそれだけの関係。僕は彼女の事を大好きだけど、それは究極の一方的な片思い」
「では、なぜ? 」
「僕が玲香ちゃんを大好きなのは間違いない。でも命がけで助けようと思う理由は分からない。でも好きな人を護る理由なんて必要じゃないでしょ。
……っていうのは冗談。隠したって無駄だよね。だからセシリアさんには言うよ。
僕は本当は自殺するためにこっちに来たんだ。もう生きる意味も必要も柵もなんてなかったからね。死に場所を求めて彷徨ってただけなんだ。でも、その道すがら、彼女に出会った。そして危機的状況に追い込まれてしまった。これって偶然じゃなく何か運命って言っても良いよね。……どうせ捨てる命なんだから彼女を護るために使いたいって思ったんだ。彼女はこんなところで死んじゃいけない。誰かが護ってあげないといけない。そして、ここにいるのは僕だけ。だからなんとかしてあげたい。それに、どうせ捨てようとしているこの命、最後くらい誰かのために戦って死んでいきたいもん。身勝手な理由だけどね」
「無償の愛ですか。……まったく男の人はどうして自分勝手に死に急ぐのでしょう。残された者のことも考えずに。生きていてほしいって思いをちっとも分かってくれない。あなたも仁史様と同じ。何も分かってはいないのですね」
セシリアの言葉はつぶやきに似て、ほとんど聞き取れなかった。
僕は彼女が何を言ったのか聞き取れず、ただぼんやりと見つめていた。
「最後に教えてください。あなたは速水玲香さんを本気で愛しているのですか」
「うん、もちろん。……でも、このことは彼女は知らないんだけどもね。
僕の気持ちは単なる憧れを愛だと勘違いしているんだって言われるかもしれないけど、どうしようも無く僕は彼女のことが大好き。この命に替えても護りたいって思ってるよ」
「玲香さんは、あなたの事をどう思っているのでしょうね」
意味ありげに彼女が問いかける。
「さあ、わからない。自惚れかもしれないけど、少しくらいなら好意をもってくれているかもしれないかなって思ってる。でも、それはこんな状況であることが一番大きな原因かな。だって彼女には僕しか頼る人間がいないんだからね」
「では、もしここから無事脱出できたら、あなたはどうするのですか? 玲香さんに思いを伝えないのですか」
僕は首を横に振った。
「ありえないよ。僕と彼女では住んでいる世界があまりに違いすぎる。たまたま運命の悪戯で同じ場所に立ったけど、それはほんの偶然だよ。すぐに日常に戻る。そうすれば彼女は本来の世界に戻るし、すぐに僕のことを忘れるよ。それは仕方のないこと。僕だって僕の人生を行かなくちゃいけないし、……そう、今が異常なだけなんだ」
「素直じゃないんですね、みんな。それは自分勝手な思いこみだとは思わないのですか。人は自分の気持ちだけに縛られて相手の気持ちなんてわからないのでしょうか? 少し考えれば自分に向けられている想いに気づけるはずなのに」
その言葉はつぶやき。
誰に向けて話しているのかさえわからない小さな声。
僕は彼女の意図がわからず、ただ見つめていた。
視線に気づいたのか、セシリアはあきれたような表情でため息をついたけど、
「分かりました、私も手伝います」
と、答えた。
「ただし、過去に何度もスキャンしてみてるので新たな発見は無いと思います」
「構わない。今は貴方だけが頼りなんだ、お願いします」
「結界のため、私の力が弱まっているから、役に立てるかどうか分かりませんが」
そう言うと、彼女は目を閉じ、意識を集中し始めた。
彼女の体からぼんやりと青白い光の揺らめきが生じ始めた。
これてオーラって奴じゃないのか。
そして、何かに気が付いたようだ。
「階段の最後から二段目の所に、何か違和感を感じる……前には無かった感触です」
僕は、階段へと走った。
そして、床にしゃがみ込んで段を覗き込む。
確かに、階段の二段目の所に小さな出っ張りがあった。
「これは一体、何のスイッチだろう? 」
手を伸ばし、それに触れようとした。
すぐにセシリアに指摘される。
「触らないで! それは危険です」
僕、出っ張りに触れかけた指を離した。
「恐らく、それは何らかの仕掛けを動かす為のスイッチだと思います。
でも、そこからは、何か危険なものを感じる。残念ですが、ここの封印とは、無縁の物でしょう」
「じゃあ、一体どうすればいいんだ?
このスイッチが封印を解く鍵じゃないなら、何をどうすれば、封印が解ける?どうすれば、君を解放できるんだ? 」
「やはり機械的な仕掛けは無いようです。それは、遙か昔、私がここに幽閉されて以降、何度も何度も探してみたのです。やはり間違ってはなかった。
さらに残念な事を言わなければなりません。……人為的に施された封印は、その施術者でなければ、解くことは不可能です」
セシリアの言葉に、僕は絶望しか見いだせなかった。
「そんな、そんなことって。じゃあ、僕の行為は無駄だったのか?」
「新城さん、もう諦めて。
ここで無為に過ごすより、早く帰って、玲香さんを」
「でも、どうやって? 奴らは、不死身に近い生物だ……。
ぼくの拳銃では、あの数を相手にできない。だから、君の力を借りようと……」
セシリアは、少し考え、
「そうだ、仁史様の日本刀なら、効果があるかもしれません。
あの刀は、仁史様の念が込められている。あの刀を使うことができるなら、きっと仁史様が力を貸してくれるでしょう」
地下への道を閉ざしていた封印、その鍵となっていた日本刀に、そんな力があるのか。
鷲尾の仲間の侵入を排除する力を秘め続けていた日本刀。
あの刀には正木仁史という人間の強い念が込められているんだ。
確かに、それがあれば、奴らを倒せるかも。
「あの刀があれば、逆転のチャンスがあるかもしれない」
消えかかっていた希望の光が、ほんのわずかに見えてきたように感じられた。
急いで上がり、鷲尾より早く日本刀を手に入れられたなら、僅かでは、ほんの僅かではあろうと思われるけど、生存への可能性が上がるはず。
「セシリアさん、僕は行く。やってみるよ。
帰って必ず玲香を助け出すよ。そして、ここの封印も解いて見せる」
「気をつけて……」
言いかけたセシリアの顔が強ばった。






