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風待月に君に  作者: ノベラー
第2章
33/39

第32話 犠牲となることと放棄することの違い

「なあ玲香ちゃん、何か話したらどうだい。さあ、俺に君の可愛い声を聞かせておくれ」

にやけた顔で、かつて「鷲尾」さんだった男が話しかけてくる。

声色も笑顔も口調もみんな彼にそっくりだ。


あえて無視をする。

手足を縛ったロープが食い込んで少しでも動かすと激痛が走る。

痛みと悔しさで泣きそうになる。


「痛いんでしょ? ロープが食い込んでなんか泣いちゃいそうなんじゃないの、玲香。なんかほんとお前って可愛い顔してるもんね。うへー、おれっち、興奮しまくり。ちんちん乙立」


「……そんな事を鷲尾さんは言わないわ。気持ち悪いからやめて」


「うほーい。気持ち悪いですってぇ! 言ってるだろう、俺は鷲尾って男のパーソナリティを全て受け継いでるんだよう。こいつはいつもこんなしゃべりでみんなを笑わせてただろ? わざと馬鹿になってたんだ。こいつなりの気配りなんす。特に玲香、お前に対しては優しかっただろうし、ふざけたように面白い事ばっかりしてただろぃ」

確かに鷲尾さんは出会った時からふざけてばかりで面白い人だった。そしてそれはみんなを楽しませようとしてわざとやってるんだって分かった。いまの彼とは違い、邪悪さなんてひとかけらもなかった……と思う。だって彼の本当の姿なんて知るわけもないから。


「でもさ、こんなに君に好かれようとしてがんばってる俺に、玲香ちゃんは何の興味を示さなかったんだよねー。……ったく、ひどいよね。こいつはさあ、表だっては見せなかったけど結構傷ついてたんだよ。結構イケメンで女にももててたから、プライドも高かったんだぜ。なんでそこまですんのって仲間にも言われてこいつなりに悩んでたみたいよ。もうこいつのプライドはズタボロの糞まみれだったんだ。

 こりゃ、ひでー女だよ。なんせ興味ありそうなそぶりでいながら、心は全然そこには無かったからな。綺麗事並び立てようとも玲香ちゃんにとって、こいつや他の何人かの男もただのキープでしかなかったんだよねえ。ただ弄んでいただけなんですよね、本当にさいてー最悪の女だお前はよぉ」


「そんなこと無い」

否定はしてみるけど、本当はそのとおりだ。

やさしくしてくれる鷲尾さんに惹かれていたのは事実。

ずっと、ずっとずっと好きだった人が迎えに来てくれるのを待ち続けてたけど、待ち続けるだけは辛かった。来てくれるとは限らない人を待つのは辛いもん。

だから、すぐ側の優しさに引き寄せられて行ったのかもしれない。

でもそれは虚構でしかないんだよね。単なる気の迷いでしかない。

それだけはハッキリしていた。


だって、あたしは鷲尾さんの事を愛してなんかいなかった。

ううん、それどころか世界中の誰も愛してはいなかった。


「まあどうせくたばっちまった奴の弔いをしても意味ねーし。ほんとは鷲尾ってイケメン君のことなんてどうでもいいの。こいつも糞野郎だからね。ほんと、ヤク手に入れて隙を見て玲香ちゃんに飲ませてものにしようなんて企んでたんだよ、こいつ、怖いね。糞ゴミ屑ウジ虫野郎でしょ? 死んだって何の意味も無い奴だってのは分かってるよ。

 でもね、それもでもこいつの気持ちも晴らしてやらないとなんか肛門の周りを蟯虫が這いまわってるみたいで、とっても気持ち悪りーんだよ。

 だーかーらぁー、新城君には地獄を見てもらうつもりなんだけどね。帰ってきたらめっちゃめっちゃのグッチャングッチャンにしてやるもん。でもさあ、あいつトンズラこいてるかも知れねーんだよねえ。お前もそう思うだろ、玲香よう」


「私とあの人にどんな関係があるっていうの。あの人とはこの館で初めてあった人。だから関係なんて無いじゃない。確かにもうここから逃げ出してるかもしれないわね」

うん、そうしてくれていたらどんなにいいか。

お願い、逃げて。あたしになんて構わないで逃げて。


「ぷぷぷ、ぷぷぷんぷん。面白いことをいうね、相変わらずお前は! ケッ、俺は知ってるんだよ。なんでお前が俺ほどの男に、まあ俺だった男にだけど、なびかなかったかを。その他大勢の連中にもだけんども。……胸くそ悪いし吐きそうなくらいムカムカすんだけどな。

 ……お前、昔、ある少年に命を助けてもらってるだろ? そんでその男の為にずっと待ち続けてたんだろ? どんなにいい男がお前の前に現れてお前を口説いても、決して興味を抱かなかったはず。いったい何人の男が玉砕したっての。……気持ち悪いことにねえ」


何で昔の事を知っているの。


「かつて命がけでお前を救ってくれた白馬の王子様を、ずっとずーっと待ち続ける頭のおかしい美少女が玲香、お前の正体じゃん。くそっくそ気持ち悪いーんだよ、めっちゃ可愛い顔しておまけに無意味に良い体してやがるくせに、頭の中はお花畑かチビのまんまでやんの、オメー。そのせいで鷲尾くんは凄い辛い辛い辛い思いをしてたんだなあ。悶々として股間膨らませて電柱に擦りつけるような寂しい想いさせてたんだよう」


「そんなの貴方には関係ないでしょう。そもそも新城さんとどういう関係があるっていうの」


「ぷぷっぷぷぴらった~何言ってんの? 隠そうとしても全然無駄なの。新城君はお前の命の恩人なんでしょ? 王子様なんでしょ。手ぶった切られグッサグッサナイフで刺しまくられても君を必死で護ってくれた格好いい王子様なんしょ? 知ってるんだよう、ぼくたち。……ぐふふん」

気持ち悪い笑みを見せた。

唇の両端が見事なまでにつり上がってる。

「けっけっけ。だから、アイツは逃げたりしない。お前の為にまた馬鹿みたいに命がけでなんとかしようとしてるはずだよ。格好いいぜ! 」


「彼にそこまでする理由なんてないわ、残念ね。赤の他人のためにそこまでする義理なんてないじゃない。馬鹿じゃないの」


「そう? じゃあ賭けてみようか。もしアイツが封印を解くために命がけでがんばっていたら。……ふふん。そうだ、良いこと思いついたよ! やっぱ彼の前でお前をメチャメチャにしてやるほうが盛り上がるわ。みんなでまわしてから綺麗なお前の顔をグチャグチャにしてやるよ。髪の毛全部引き抜いて顔の皮剥がしてやんの、へへへ。大好きな男の前でお前は二度と見られないような顔と体になっちまうんすよ。ぎょー。気持ち悪い~~」


この男なら本気でやりそうだ。

そう考えると恐怖が襲ってきた。

嫌だ嫌だ嫌だ。

こんなところで殺されるなんて嫌だ。

それ以上に、彼の前でそんなことをされることが耐えられない。彼にそんな姿を見られたくない。

新城さんお願い、逃げて。


……でも分かってる。彼は逃げない。

きっと地下の封印を解いて帰ってくる。

その後に待ちかまえる運命などお構いなしに。


彼の命が助かるのなら、あたしが殺されたって構わない。

ボロボロになって醜くされても耐えられる。

痛いのは嫌だけど我慢できると思う。……多分。

醜いあたしをみて新城さんがあたしを嫌いになるのは耐えられないけど、彼の命が助かるのなら我慢してみる。きっとできると思う。


せっかく再会できたのに、あたしの想いを彼に伝えられなかったのは残念だけどね。

ずっと夢見てた。

彼と再会し、助けてくれたお礼を言うこと。

彼に許してもらうこと。

許してもらったら、言わなきゃならないことがある。

ずっとずっと思っていたこと。


あなたの彼女にしてください。


と。


おかしいかもしれない。

小さいときに一度あっただけの人でしかないのに。

たとえ命を助けてくれたという事実があったとしても。


でも、あたしは「新城修司」さんが大好き。

ずっとずっと好きだった。


なのに、それを言えずに死んじゃうんだよね。

それどころか、あたしの命の恩人であることさえ告げられずに。


これって、振り返ると生まれてから一番の後悔事かもしれない。

……時間はあったのに。

最初に出会ったときに予感はあった。

彼の名前を聞いて直感した。

背中の傷痕を見て確信した。

なのに、あたしは言えなかった。

ううん、言わなかったんだ。


きっと怖かったんだろうな。

事実を彼に話すことが……。

あの事件で彼の人生がメチャメチャになったのは知っている。

それがあたしを助けようとしたことの結果だとしたら、怖くて名乗れないよ。


ゆっくりと流れる時間の中で少しずつあたしの事を知ってもらい、やがて時が来ればその事を話せばいいって思ってた。

でも、これって綺麗事だよね。

あたしは、たぶん、狡い。ううん、きっと狡い。

そう、間違いなく狡賢い女。

あたしの事をまずは好きにさせておいて、……いやらしいことにあたしは、新城さんがあたしのことを好きになるだろうって確信していた。そして付き合いだして、頃合いをみてその事を話せばいいやって思っていたんだ。そして彼はきっと許してくれるだろうってばっちり計算もしてた。

本当に最低だと思う。卑怯だとも思う。


そんな最低な女には、きちんと神様は竹篦返しを準備していたんだね。

あたしは一番大好きな人を手に入れられず、それどころか告白さえできず、切り刻まれて醜い姿をさらして死んでいくんだ。

本当の気持ちを彼に伝えられず……。


痛いだろうな。悲しいだろうな。

でもいい気味だ。

ざまーみろってさえ思う。

意地汚くて卑怯もののあたしにはピッタリの結末だ。


「新城君、早く帰ってこないかなあ。楽しみだなあ」


「封印は解けないわ。そんな簡単に解けるんならとっくにあなたたちが解いているはず」


「お、鋭いね玲香ちゃん。確かに普通なら人間ごとき低脳猿が解けるようなものならとっくに俺たちが解除しちゃってまーす。だから今回も失敗に終わるって思うのが普通だよね。でも今回はうまくいく確率35パーセントって出てるんだよ、なんと。確率でいうと決して高くないかもしんないけど、野球でいう打率なら三割五分だぜ。首位打者だね。だからうまいこといくの。たぶん、うふふ」


意味がわからない。


「ほんとのこと言うとね、新城君だから確率が高くなるんだよ~。さすが君の憧れの王子様だから~。この言い方気持ち悪いよね。でも確率だけは本当っす。下のバケモノと彼は相性がいいんだよ。だからきっとアイツを呼び出せるはず。あとは君の王子様の玲香ちゃんへの想いの強さだけだぜ」


「何言ってるか、分からないわ」


「分からなくて当然。ヘイ、でも分かった時、君は騒然、おれち猛然。純然たる地獄が君に到来。俺オーライ。オーライオーライ。結果オーライ。ま、もちっと待ってね」

そう言って鷲尾はニタリと笑った。

その唇は不気味に紅く、とってもよからぬものの暗示に思えた。


お願い、新城さん。逃げてください。

あたしはもう駄目みたい。

あたしはどうなっても構わない。

でも、あなただけは逃げ延びてください。


……しかし、彼は帰ってきてしまうんだろう。

あたしが知っている彼ならきっとそうする。そうしてしまう。


だから、もし新城さんが帰ってきたら、あたしの命に代えても彼をここから脱出させるんだ。

心の中で誓った。

今度はあたしが護る番。



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