第31話 Divine Providence
僕はしばらく俯いたままだったけど、やがてぼんやりとしながらも顔を上げた。
そして、変化に気付いた。
牢屋の奥の方に、うっすらとした光が現れ、そこには何かが浮かび上がり、人の形を作り始めてたんだ。
やがて影は、はっきりとした輪郭を持ち、その形から女性なんだと分かる形状をしてきた。
髪の長い女性?
セシリアなのか!
驚きと期待で僕は鉄格子に駆け寄った。
そして、錆び付いた鉄格子を掴もうとした。
「いけません! 危険です」
発せられた女性の強い口調で、僕は動きを止めた。
「どうして? 」
よく分からないままだった。
そして、もう一つ不思議な事に気付いた。
彼女の話す言葉は、聞いたこともない異国の言葉だった。なのに、話す内容が何故だか分かる。頭に直接伝わってくるという感じだった。
これが、テレパシーとかいうものなの?
「ここには、封印が施されているのです。不用意にその領域に触れる事は、あなたにとってはあまりに危険なのです」
鷲尾達、いや、鷲尾の内部に巣くっている生命体がセシリアを封じ込める為に封印をしたと言っていたのを思い出した。
正木という男が、命懸けで奴らの侵入を封じる為に結界を張ったのと同じように。
つまり、彼らの意志に反する者が接近すると、排除しようとする仕掛けが為されているのか?
僕は立ち上がり、牢屋の奥にいる女性を見つめる。
間違いなく、僕が幻覚の中で見た、セシリアだった。
黄金色に光を放つ長い髪、透き通るような白い肌。あらゆる形容詞をもってしても、表現できない程の美しさってこういうのを言うんだろうな。
幻覚で見た時のままだ。
あの幻覚は、正木という男が見た光景をトレースしていたと考えると、かれこれ百年近く経過しているというのに、彼女の美貌には全く変化がない。
不思議な事なんだけど、何もない牢屋に唐突に現れるくらいだからそんなのたいした問題じゃないんだろう。
セシリアは、人間ではない存在、そう鷲尾が言っていた。
彼女は、不老不死の存在なのか? そもそも人間と同じジャンルでくくっていいものなんだろうか。
彼女は、静かに僕を見つめている。
「教えてください。あなたは、何者なのですか? ここに何の為に来たのですか?」
「セシリアさん、僕はあなたに助けを求めに来たんだ。助けてほしいんだ」
僕は、今まで起こったこと、玲香が危険な状況に置かれていること、そして、彼女を救うためには、彼女の助けが必要だということを話した。
セシリアは、僕の話を聞きながら、涙を流した。
「仁史様が、私を守っていてくれたのですね。それで今まで、誰一人として私を処刑しにやって来なかったのですか……。
仁史様は死んでもなお、私のために……。私などのために」
「封印を解くことで、あなたを危険にさらすことになってしまって、済まないと思っている。でも、そうするしか無かった。 あなたに責められるのは、覚悟している。
でも、僕は何もかも、たとえ世界の全てを裏切ってでも彼女を守りたいんです」
僕は、自分たちが助かるために、セシリアを危険な状況に置いた事を謝った。
そして、そんなことをしておきながら、彼女に助けを求めるという、身勝手さも分かっていた。
「新城さん、気にしないで。 むしろ、感謝しています。仁史様の魂を解放してくれて、ありがとう」
セシリアは、僕を責めなかった。
しかし僕は彼女に名乗っていないのに、名前が分かるなんて。
心を読むことができるんだろうか。
「あなたの心を読むことは、できます。 ただ、ここに施された封印による雑音に邪魔をされ、はっきりとは、読み取れないのですが」
セシリアは、僕の疑問に答えた。
「そうか、それでぼくの言葉を理解できるし、話していない事も分かるのか……。
だったら、だったらお願いだ! 僕たちを助けて欲しい。いや、玲香を助けてください」
僕は、必死に懇願した。
「僕のことはどうでもいいんだ。あなたは僕の心を読めるんでしょう。だったら僕はどうなっても構わない。僕の命を差し出せというのなら喜んで差し出すよ。だから、彼女をここから救い出すのに手を貸してください」
セシリアは、僕を見つめ、そして、首を振った。
「ごめんなさい……。私は、あなたに力を貸すことはできないのです」
「どうして、どうしてなんだ? 」
情けない声が出る。
「私は、見ての通り、囚われの身……。この部屋から外に出ることはできず、ただ、ここに存在するだけなのです。
かつて持っていた全ての力は、封印されあなたの側に行くことさえできません」
「だったら、ぼくがその封印を解いてみせる!」
そう叫んで、ぼくは鉄格子に手をかけた。
掴んだ両手に激痛が走った。火花が散る。
「うわ!」
僕は、声を上げて飛び上がった。
鉄格子に触れた途端、強烈な電気ショックに似たものが全身を駆け巡ったのだ。
何か焼けるような臭いさえした。
僕は、床に倒れて喘いだ。
全身に痛みが走る。鉄格子に触れた両手は、火傷を負ったようにヒリヒリと痛む。 咄嗟に鉄格子から手を離さなかったら、マジで危なかった……。
「無茶をしないでください……。
人の力では、この封印を解くことは無理です。彼らでなければ、この封印を解除することなど不可能でしょう」
僕は、焦りを感じた。
ここでモタモタしていられない。
あまり時間を費やせば、玲香の命さえ危うい。
しかし、封印を解かなければ、セシリアの力を借りることができない。でも、僕は彼女に触れることさえできないんだ。
くそっ!くそっ!くそくそくそ!!
忌ま忌ましさ苛立ち腹立ち。
さらに僕を焦らせる原因。
僕の帰りがあまりに遅いと、痺れを切らせて、鷲尾がここにやって来るかもしれないんだ。
そうなったら、もうどうにもならない。
僕たちは終わりなんだ。
なんとかしなければ!
こんなところで終わるなんてやってらんない。
「無理です、どうにもならないのです」
「何とかなるはずだよ、何か覚えてないんですか?」
僕は、どうにかならないか頭を捻った。
「封印は、物理的な仕掛けによって、為されているのでは無いのです。それを超越した力が働いているのです。わたしの側からそれを破ることは不可能。
しかし、あなたの側からも、解除は難しい。あなたたち人間の知識、力では、不可能です」
「なんとかなるはずなんだ。できなくたってどうにかしないといけないんだ。
鍵をかけたのなら、開けられるように、封印ができるのなら、それを解くことだってできるはずだ。不可能なんて信じたくないし、……絶対に、僕は信じない」
僕は、鉄格子に触れないよう、周辺を見渡しながら歩いた。