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風待月に君に  作者: ノベラー
第2章
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第30話 夢を見ること、罪と感じること

東京に越してきてからは、ホント楽しい生活だった。

週の半分くらいはパパは仕事から早く帰ってきてくれてたもん。

香川県にいたころはあたしが寝る頃にはまだ帰ってなかったし、土日も仕事に行く日が多かった。だからあんまりパパと遊んだ記憶なんてなかったんだ。

でも、こっちに来てからは無理してでも時間を作ってくれているみたい。

凄いあたしに気を遣ってくれているのがわかっちゃったもん。


パパもママもお兄ちゃんもなんか優しくなったなあ。


学校はほんとに楽しかった。

すぐに友達もたくさんできたし、担任の先生もすっごい優しくて格好良い先生だったし。

毎日学校に行くのが楽しみだったし、家に帰っても楽しかった。

楽しいことづくめって感じ。


たまに病院にいって「カウンセリング」を受けるけど、それもただベッドに横になってリラックスした状態で先生の質問に答えるだけだったから、なんかお昼寝しているようにしか思わなかった。

お薬は必ず飲みなさいって言われて、それが不味かったんだけどね。


学校以外でも塾や習い事の数が増えたんでなんだか毎日があわただしくなってた。

でも楽しいことばっかりだから全然辛くなかったし、面白かったんだ。


そうこうしているうちに何か大事なことがあったはずなのに思い出せない自分がいることに気づいてた。

すごーくすごーく大事な事があったはずなのに、それがどういうわけか思い出せない。

違和感? ってものが時々したの。

それが何かはよく分からなかったし、あまり考えちゃいけないことのような気がしたから深くは考えないようにしてたんだ。


でも、ある時思い出しちゃったんだ。

唐突にね。


あたしには憧れていた人がいた。

その人はお兄ちゃんと同じで野球をやっていて、違うのは彼がピッチャーだったってこと。

すごく速い球を投げる人で、将来はプロになるだろうって言われてた人だった。

チームで四番を打つお兄ちゃんとも対戦していて、何でもできて妹としては自慢のお兄ちゃんをその試合で全打席三振にしちゃった人なんだ。

その時に凄い人だなって思ったし、なんか格好良いって思った。

応援している女の子もたくさんいて、試合中キャッキャキャッキャ五月蠅かったもんね。

あたしの気持ち、たぶん一目惚れってやつなんだろうな。

よくわかんないけど、好きになってた。


彼がチームのエースであること。

いつでも自信満々だけどそれ以上の実力があるところ。

チームメイトに頼られているところ。

イケメンなところ。

周りにいっぱいファンの女の子がいるのに鬱陶しげにするところ。

でも一番心に響いたのは、一人きりでいるときに見せた寂しそうな悲しそうな瞳。普段は決して見せない彼の弱さを見てしまった気がした。

まだチビのあたしでも何かあの人の側で励ましてあげたいって思ったもん。

好き。


そして……。

その人があたしを助けようとして、おっきなおっきなナイフで右腕をぶった切られたこと。

めちゃめちゃに刺されたこと。

それでもあたしを助けようとしてくれたこと。

あたしのことなんて全然知らないのにね。


全部、全部思い出しちゃった。

いろんな感情が一気に押し寄せて、パパやママの前でみんながびっくりするような奇声を上げて喚きながら吐いてた。

吐いても吐いても止まらなかった。

もう何も出すモノがないっていうのに。

ゲボゲボ喉を鳴らしてた。

喉がヒリヒリして気持ち悪かった。

涙が止まらないし、胃液も止まらない。呼吸困難になりそうになりながら泣いたし吐いたし喚いていたの。


で、もう、すぐ再入院。

すぐ治療。

安定剤やらなにやらを処方されて心は落ち着いたんだ。


パパもママもお兄ちゃんもすっごい青ざめた顔してた。

みんな泣いてた。

驚きと恐怖と悲しみのごちゃ混ぜになった顔であたしを見てたんだ。

で、このとき思ったんだ。

ああ、この人達を心配させちゃいけない。

こんなにあたしの事を心配してくれてる人たちを吃驚させたり悲しませたりしちゃいけないんだ。

とくにあの事件のことはタブーなんだって。


だから退院した後は、前と変わらず生活するように細心の注意を払うようになってた。

時々、夢に現れることはあったけど、そのことは決して誰にも言わないようにした。

パニくりそうになることもあったけど、なんとかやり過ごす方法も先生に聞いて分かったから。

薬だって内緒でくれた。

また大暴れするって言ったら、何でもくれるし。


少しおとなしめの女の子で居続けることはそれほど苦痛でもなかった。

何かしたいことがあれば何でもさせてくれたし、少しくらいの我が儘は許してくれた。

だから、あたしが街でスカウトされて、芸能事務所に入ると言っても少し驚いたくらいでそれほど反対はされなかった。


アイドルなんて本当は興味なんかなかった。

人前で歌ったり踊ったり、演技をしたりするなんて赤面しちゃうくらい恥ずかしかった。

歌も踊りも演技もとても人様に見せられるモノじゃないって思ってたからね。

まあ歌は嫌いじゃなかったけど、特にほめられた事もなかった。


じゃあ何でそんな事を始めたのかっていうと、それはあの時に会うチャンスを失ってしまった彼に再会したかったから。

昔テレビで見たことがあったんだ。人気アイドルが初恋の人と再会するって番組。

それ観て、あ、これだ! って閃いたんだ。

これなら凄く自然にあの人に出会えるって思ったんだ。

テレビ局の人が調べて探し出してくれからかなりの確率で見つけてくれるって思った。

まあ、問題点といえば、あたしがそれに相応しいくらい売れてるかだけだった。


でもその企画は実現しそうになかった。

予想以上に人気が出てしまったことが一番の問題だった。事務所的にそんな企画は×って最初に企画の話をマネージャーにしたときそう言われた。

アイドルに余計なスキャンダルは不要なんだって。

「でもみんな男の子とこっそりつきあったりしてるよ」

「君と他の連中では格が違いすぎる。あんな下っ端と同列には語れない」

「ちっちゃいときの初恋の話だから問題無いじゃない。微笑ましい昔話だってみんな思うよ。せめて調べるだけでもいいじゃない」

「でもなあ」

「じゃあ、もうあたし芸能界やめる」

「え、まじかよ。そりゃわがままだろ」

「まじ。我が儘聞いてくれないんなら本気でやめる。せめて調べて」

「うーうー。俺じゃあ判断できねーよぅ」

「じゃあ社長に直談判する! 」

そうやって無理矢理ねじ込んで話を進めさせようとしたの。初恋の人の住んでた場所と、相手の名前を伝えた。

翌日には社長に呼ばれた。

そして伝えられた。

「絶対に駄目。この話は無かった事にすること」

「なんで」

「昔会った大量殺人事件の被害者が初恋の相手で、君もその被害者の一人だったってことがマズイことくらい、お前も分かるだろ? こんなスキャンダルなんてとんでも無い話じゃん」

「そんなのどうでもいい」

「どうでもよくない。お前の要望は。絶対に認めない。君のご両親との約束を破ることになるからね。最初の契約で、君が過去の事件の話に関することを頼んできた場合、すべて拒否する契約になってるんだ。事件の話は聞いてるよ。ご両親は君が事件に関してなんらかの行動を取ろうとした場合、それを必ず阻止することを希望された。もし企画を進めるなら君を引退させるだろう。君の意志・ご両親の意志のどちらを尊重しても答えが一緒なら我々はご両親の意向を尊重する。私も人の親だからね。ご両親の気持ちを考えなさい。だから企画は×」

結局、説得されちゃった。


でもあたしは諦めないよ。

時々話の中で昔、香川県に住んでいたことを話してみたり、お兄ちゃんが野球をやっていたせいで、野球が大好きだったことも時々番組とかの中で話したりした。

誰にも分からないように、ただあの人には分かるようなことを伝えていた。

きっと伝わると思って。

きっとあたしの想いが彼に伝わると信じて。


彼はあたしを迎えに来てくれるはず。

そう信じることで、あたしは明日を夢見ることができたの。


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