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風待月に君に  作者: ノベラー
第2章
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第26話 どうしたらいいの

あたしを命がけで助けてくれた人がどうなったのか知りたかった。

その人の名前は新聞に載っていたから、すぐに分かった。


――新城修司さん。小学六年生。母親と二人暮らし。

友人に誘われて始めた野球で瞬く間に頭角を現し、エースピッチャーとなりチームを引っ張る存在。

小学六年生にして時速130キロのストレートを投げ、さらには大きく縦に割れるカーブも使いこなし、県大会10試合での防御率はなんと0.00!!

将来を嘱望される選手の一人であり、やがては日本球界を背負って立つような存在になるかもしれないと言われていた。

そして、チームは出場する来月の全国大会で、彼の活躍が期待されていた。

しかし、そんな彼をあの事件が襲った。

大量殺人事件だ。

彼は大怪我(右腕切断、二十数カ所を刺され重体。当然、大会には出られなくなった。

それどころか選手生命さえ危うい状態とのことである。

我々は少年の夢を奪った殺人鬼に怒りを感じる。


そんな記事を見た。


新城さんの家庭環境や、学校での生活態度まで事細かく書かれていたけど、肝心の入院先が分からない。

あたしはどうしても彼に会いたかった。


パパやママに、彼がどこに入院しているか聞いてみた。


「そんなこと聞いてどうするの? 」


「あたしを助けようとして大けがをしたのよ。だから、せめてお見舞いに行きたい」


「ダメダメ。お前はまず自分のことを考えないとダメだろ」


「あたし、全然平気だよ。どこも怪我なんかしてないのに」


「……事件の事は忘れなさい。新城くんのお見舞いはパパ達が行っておくから。お前はお医者さんのいうことを聞いて治療に専念しなさい」


新城さんに会うことで事件のことを思い出すこのを怖がっているみたいだった。

それは先生も言ってたけど、ある時先生とパパとママが話しているのを盗み聞きしちゃった。


「先生はどう考えますか」


「私としてはわざわざ事件の関係者と接触を持って、再び事件のことを思い出したりするのはお勧めできません。お子さんはあの凄惨な現場をモロに見てしまっているのです。脳のメカニズムの神秘かもしれませんが、彼女はそのことを今は完全に忘れているように思われます。ただ、そのスイッチが何時はいるか分からない。そうなったらどんなことになるか、お父様なら分かりますよね」


「むろん会わせる気なんてありません。新城君でしたっけ。彼が娘を命がけで護ってくれた事には誠意を持って対応したいと思っています。経済的に援助できることならなんでもね」


医師は頷く。


「でも……」


「お前は会うべきだっていうのか? 」

ママが反論しようと思ったのか、パパが聞き返した。


「いいえそうじゃないの。経済的な援助っていうのもほどほどにしたほうがいいって思うのよ。知り合いの奥さんから聞いたんだけど、新城って人の家の家庭環境は複雑みたいで、あんまりこちらから世話を焼いたりしたらドンドンつけ込んでこられるからほどほどにねって言われたのよ」


「それはどういうことなんだ」


「母子家庭が珍しい訳じゃないけど、あの家は結構生活はカツカツで生活もかなり苦しいらしいわ。でも息子さんが野球が凄い上手でしょ? それでもうお母さんは息子に全てをつぎ込んでいたみたいなの。そのお陰か息子さんはどんどん有名になって将来を約束されるまでになった。いくつかの私立中学からも推薦の話も来ていて、将来は安泰だって近所の人にも自慢げに話していたみたい。でも、今度の事件であの怪我でしょう。……もう野球は無理なんじゃないの。当然推薦の話もダメになるだろうし、治療費も馬鹿にならないと思うわ。せっかくの夢がすべて台無しになったってことになったらもう残るのは貧乏だけよ。うちがもそこまで裕福な訳じゃあないから……わかるでしょ」


「我々にできる限りたかってやろうって考えられるってわけか」


「ううん、そこまでは無いと思うけど、人間だからね。どうなるか分からない。でも極力関わらないほうが良いって事だってみんなは言うのよ。あなたはどう思う? 」


「確かにな。それは一理ある。……まあそんなこともあるんならこちらからお見舞いに行くことも控えておいた方がいいな。別に娘のせいで彼が大けがをした訳じゃないんだからな。そこまでする必要は今のところはないということだ。うん。彼が怪我をしたのは運が悪かっただけなんだからな」


あたし、ショックだった。

パパもママもあたしのこと心配してるんじゃ無かったんだ。

お金の事も気にしていたんだ……。


助けてもらったのにお礼もできないの?

急に寂しく悲しく、何もかも虚しくなってきちゃった。


あたしは気づかれないようにその場を離れてベッドに潜り込むと、しばらく泣きっぱなしだった。

あたしは何にもできない。

命がけで助けてくれた人にお見舞いに行くことすらできないのだ。

パパやママの協力が得られないなら、もう会うことすらできないのかな……。


翌る日。

思い切ってパパに言った。

「あたしどうしても助けてくれた人のお見舞いに行きたい! 」


「だめだ」

あっさり。


「どうして駄目なの? 」


「先生がお前の事を考えると、事件のことを思い出すような人と会っちゃいけないっていってるんだ。パパとママがお見舞いに行ってくるから。お前はもうしばらくして元気になってから会いに行けばいいんだ」


……嘘ばっかり。行く気なんて無いくせに。


「それに彼もまだ集中治療室にいるらしい。まだ意識も戻っていないそうだ。だから今は言っても会えないんだよ。ちゃんと病院に電話して聞いたんだ。何もしてない訳じゃないんだよ」


……本当なの?



「大丈夫だよ。命に別状は無いと聞いている。彼よりも心配なのは、彼のお母さんがかなり取り乱しているようで、今は会いに行ける状態じゃないらしい」


……じゃあ、どうするの?


「とりあえずはお見舞いの手紙でも書いたらどうだ? そして彼と彼のお母さんが回復したらすぐにでも病院に連れて行ってあげるよ」


……ホントに? じゃああたし、手紙一生懸命書くよ。お礼を書くよ。

手紙なんてほとんど書いたことないし、どんな文章を書いたらいいかよく分からないけど、がんばってみる。

新城さん、きっと怪我をして大変だと思う。

元気出してほしいし、元気になってほしいもん。


「うんうん、そうすればいい」


でもそれは叶わなかった。

しばらくして、パパの東京への転勤が決まったんだ。




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