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風待月に君に  作者: ノベラー
第2章
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第25話 ナイフと血とサイレン

今日もあたしは病室の天井ばかりを見ている。

特に怪我をしたとか病気になったって訳じゃない。


あたしの住んでいる町で起こった事件。

30過ぎのおじさんが商店街でおっきなナイフを振り回してたくさんの怪我人が出た事件。

10人以上の人が、犯人にぶつ切りにされて死んじゃったみたい。

怪我をした人はそのなん倍もいるって看護師の人たちがヒソヒソ話しているのを偶然聞いた。

ここの病院にも入院している人がたくさんいるんだって。

そういえば確かに怪我してる人が多いよね。


事件のことをもっと知りたいんだけど、部屋のテレビはずっとスイッチが切られたままだし、聞いてもパパやママ、お兄ちゃんはもちろん、お見舞いに来てくれた先生や友達も教えてくれない。

話をはぐらかされたり、プンスカ怒られたりするだけ。


理由はもちろん分かってる。

あの事件の現場にあたしもいたから。

だって、そのせいで入院しているわけなんだから。


途切れ途切れでしか思い出せないけど、悲鳴と真っ赤な、でも少し黒い血が飛び散ってる光景や女の人の悲鳴が夢の中に出て来るもん。

逃げまどう人たちが次々と黒いコートを着た男に叩き斬られる。それもとっても無造作に。なんか邪魔な枝を切るみたいな感じ。

切られるといっても頭をまっぷたつにされたり、首を斬り飛ばされたりして、とっても惨い斬られ方なんだけど。

赤や白や黒のものが飛び散る光景が夢になっちゃってる。

ぐるぐるぐちゃぐちゃ。音と光と色がめちゃめちゃに混ざり合っちゃう。

それが本当なのか夢なのかは、良くわかんない。


「ぴーてぃーえすでぃー」とか先生がパパに話しているのを聞いた。

意味はわかんないけど、あの事件で怖い思いをしたためにその光景が夢にでてきて不眠症になっているんだそう。

薬やカウンセリングによって少しづつ治していこうねと言われた。


でも「殺人鬼」に人が殺されて血や肉が飛び散った光景が夢に出てくるのはちっとも怖くないんだけど。

なんかそれは遠い世界の映像を見ているようで、本当にそれがあったのかさえはっきりしないし、そもそも、あたしがそこにいたということさえ実感できないもん。

だから、事件の悪夢にうなされて眠れないなんて嘘。


どうして事件の事を思い出すとパニックになったり、眠るのを極端に怖がるようになったかっていうと、それはあたしを助けようとして「殺人鬼」に斬られた人の事を思い出すから。


あの時だけ、すべてが「リアル」になるの。


何故か分からないけど、あの時、あたしはママからはぐれてあそこにいた。

ママを探さないといけないのに、何かに誘われるように事件現場へと歩いていった。

そうだ、フラフラ歩いているときにあの人を見つけたんだっけ。


あの人を。


実は、あたしのお兄ちゃんは野球をやってて、それで結構有名なチームにいて、5年生なのにレギュラーなんだ。

頭もいいし、スポーツも万能の結構自慢のお兄ちゃんなんだよ。


で、たまたまお兄ちゃんのチームの対戦相手のピッチャーがあの人だった。

見た感じ、ごつい体でもない、どっちかっていうと、ほっそりとした感じの人だった。ただすごく自信に溢れた顔をしていて、でもそれでいて目は何か寂しげな悲しげな感じだったんですごい印象に残っていた。

まあ、単純に格好いいなって思ったんだけど。


試合の方はっていうと、それまでもお兄ちゃんのチームの試合は見てきてたんだけど、結構強いチームだったんだ。


でも、その日はてんでダメ。


あの人が投げていたんだけど、ほんとすごいスピードの球を投げていて、あたしにはボールが全然見えなかった。

「すとらーいく、バッターアウトぅ!! 」って審判の人の声ばかり響いていて、みんなびっくりしたような諦めたような顔で帰ってくるばかり。

当然、ベンチもダンマリ。

応援に駆けつけてた人たちさえも黙り込んじゃって、それじゃ応援になんないじゃんって感じ。


期待の4番のお兄ちゃんでさえ、まったくダメダメで、ブルンブルン空振り三振ばかり。

バットにかすりもしない。


ボールがミットに収まる「ばっしーんっ! 」って音と向こうのチームの応援の声だけがグラウンドに響いてた。


試合はお兄ちゃんのチームのエースの人が必死でがんばって押さえていたんだけど、最後には疲れちゃったのか、最終回にフォアボール連発で満塁。

そこで運が悪いのか4番に打順が回っちゃった。それまでは敬遠したりきわどい球で長打をさせていなかった。

でも勝負するしか無し。

それで勝負したらあっさりホームラン。

場外にボールは飛んで行っちゃった。

4-0のサヨナラ負け。

ノーヒットノーランとかいってた。

あんまり野球が分からないあたしでも、相手のチームのエースと4番はレベルが違うっていうのは分かった。

まあ、お兄ちゃん達もあいつら2人は本当に小学生なんか? あんなピッチングやバッティングは高校生だよ。そんなもん反則だよってぼやいていた。

確かにすごかったモンね。

で、結局優勝して全国大会に行くことになったみたい。

すごいよね。


そんなわけで、その時のピッチャーの人がいたもんだから、興味をもって見てた。

できたらサインなんかもらえたらっていう下心もあったかも。

うーん。一目惚れかも。

なんていっても、あたしのなかで誰よりも凄いって思っていたお兄ちゃんの遙か上を行くような人に出会ったってことが衝撃だったんだ。

あいでんてぃてぃ崩壊。


町は、土曜の夕方で、アーケード街は結構人がいたように思う。


買い物をする人、ただブラブラしているだけの人、仕事帰りの人、これからどこかに遊びに行く予定で待ち合わせをする人。


その中に真っ黒なコートを着た変な感じの人がいた。


6月だというのにコートを着てるだけで目立つのだけど、あてもなくノロノロ歩いている感じで遠くからでも不気味な感じ。

周りの人もチラチラ怪訝な感じで距離をおいて取り巻いてた。


あたしとの距離は結構あったはず。

100メートル以上は離れていたように思えるから、顔ははっきりと見えなかった。


――でも目が合ったのはわかった。


間違いなく目と目が合ったの。

視線がレーザービームのようにあたしを貫いたような気がした。

そして「ニタリ」と笑ったの。

短い人生で初めて、人が笑うときに「ニタリ」なんて音がするのを知った。

100メートルも離れているのにね。

はっきりと聞こえちゃったんだ。

何で聞こえたんだろ。


その瞬間、男にスイッチが入ったようになった。


コートの中に隠し持っていたのかもしれない。

鉈のようなものを取り出したと思うと、突然、側の人に斬りつけた。


そこから殺戮ショーの始まり。

ザクリ。スパッ。シュパー!

ドテドテ。ゴンッ!

そんな音ばかりがしてた。


行く手の雑草や木々を打ち払うように、鉈を振り回して殺戮を繰り返す。

それでも奴の目はあたしをとらえたままだった。


逃げなきゃ……そう思っても体が動かない。

助けて……そう思っても声さえ出ない。

蛇に睨まれた蛙……その表現が今の状況にぴったりだった。

何もできない。何も考えられない。

こんなことってあるんだ。


ただただ近づいてくる殺人鬼の虐殺を見ているしかなかった。

奴はあたしを殺そうとしている。途中で邪魔な人間をなぎ倒しているだけにしか見えなかった。

その前に「酷い現場」をわざわざ見せつけて嬲るように。


「たすけて」

声は震え呼吸しているだけにしか聞こえない。

息苦しささえ感じる。


そんなことお構いなしに殺人鬼は近づいてくる。

近づいてくる。

ニタリ、ニタリ、ニターリ。


どうして。

どうして。


どういう訳か、あいつの考えが聞こえてくる。

あいつは、あたしを殺そうとしている。

そのついでに、周りの人たちを殺して回っている。

やがてはあたしの番が回ってくるんだ……。

逃げないといけないのに逃げられない。

足がすくんで動けない。


たすけて!


声にならない叫び。

でも誰も助けてなんかくれるはずがない。

こんな状況、みんな逃げるしかないもんね。他人になんて構っちゃいられない。

あたしだって逃げるよ。

でも、たすけて!


殺人鬼はどんどん近づいてきて、もう目の前にまで来ていた。

もう、……ダメだ。

そう思った。


次の瞬間、人影が動いたと思ったら、あのピッチャーの人が殺人鬼に襲いかかっていたんだ。

バットを振り下ろし、まともにあいつの後頭部直撃。

何かがつぶれるような嫌な音。


……でも、それだけだった。


バットはグニャリの曲がっただけ。

呆然とした顔で折れ曲がったバットを見ている少年。

殺人鬼はゆっくりと彼を振り返り、嗤った。


彼は恐怖し、握ったバットを落としてしまう。


殺人鬼が軽く腕を振ったと思ったら、少年の右腕がビュインって舞い上がった。

真っ赤な帯をなびかせて、くるくるくるくるって回りながら飛んで、ぼとりって地面に落ちた。


お兄ちゃん達をきりきり舞いさせた、あのすごいピッチャーの右腕が飛んじゃった。

そして地面に落っこちた。

こんどはピッチャーの人がきりきりまい。

悲鳴が聞こえる。


それは彼の悲鳴?

あたしの悲鳴?


凄いスピードの球を投げていた人の右手が転がった。

あの腕どうなるんだろ?

くっつくのかな?

でも治ってもちゃんと投げられるのかな?

ダメだったらどうするんだろ。

何故かそんなことばっかり気になっちゃう。


次は自分の番だというのに恐怖心より地面に転がっている人の事が気になった。


殺人鬼はあたしに向かってくる。


あーあ。

殺されちゃうのかな。

逃げないといけないけど、体が動かないや。

あんなのでぶった切られたら痛いんだろうな。

みんな悲鳴上げてたから、すっごい痛いんだろうなあ。

嫌だなあ。

そんなことを考えていると、どこからか声が聞こえる。


「……げろ。早く逃げろ! 」

我に返ると、右腕を吹っ飛ばされたピッチャーの人が殺人鬼にしがみついて叫んでいた。

どうやらあたしに逃げろって言ってるみたい。

殺人鬼は身動きが取れないので、邪魔をしているその人を再び鉈で滅多突き。


やめて!

声にならない声。


何度も刺されているのに、あの人は腕を放さない。たった一本になった腕で必死に掴んでいる。

もう血まみれになって、凄い痛い思いをしているはずなのに。

あたしの方を見ながら、まだ「逃げろ」と叫んでいる。


どうして?

どうして、あたしを助けようとするの?

あなたは大事な右腕を無くしてるのに。

そっちの方が心配じゃないの?

血がドボドボ出ているよ。

痛くないの?


「何やってんだ、馬鹿! お前死ん、じゃうぞ。早く逃げろ」


あたしなんてあなたにとって何の関係もない人間じゃない?

なのにどうしてそこまでするの?

何で痛い思いまでして助けようとするの?

そんなことしてたら死んじゃうよ、ううん、死んじゃうじゃない!

何を考えているの?

わからない。

全然分からない。


「人を助けるのに理由なんていらないだろ」


唐突に頭の中に言葉が聞こえたようだった。

ドキン!

体中を電流が突き抜けたようだった。


あの人は必死に何かを叫んでいる。

言葉はめちゃめちゃになって良く聞こえない。

でも逃げろと言ってるのだけはわかる。

血まみれになりながら、自分の命を省みず。


その瞬間、あたしの体を押さえつけていた何かが外れた。


涙が溢れてくる。

ごめんね。

ごめんね、ごめんね、ごめんね。

あたしのためにそんなになっちゃって。

あたしなんかのために。


ただ何も分からなくなって、あたしは駆けだしてた。

本当は他に何かしなくちゃいけない気がした。

でも何も考えられなかった。

この場から逃げないといけない、ただそれだけだった。


サイレンの音と駆け寄ってくる人たちの叫び声が聞こえたけど、そのまま暗転していくの。




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