第24話 地上からの救出者
……
目を開けると、そこに熱球はなかった。
死んじゃったのかな?
いや、……生きている。
あれだけ激しい攻撃を受けたはずなのに、僕の体には、何の損傷もない。
痛みも消えてる。
部屋もさっき入って来た時と同じだ。
……夢だったんだろうか?
しかし、あまりにリアルな夢だった。
何だったんだろう、あの影は?
頭の中に映し出された記憶の、「正木仁史」という男のようにも見えたが。
日本刀は、相変わらず床に刺さったままだ……。
日本刀から手を離し、辺りを見渡した。
部屋は、相変わらず何の変化も無く、4メートル四方の間があるだけ。
入ってきた扉があるだけで、この部屋から更に奥に行く扉は無い。
封印は、やっぱり解けていない。
どうしたらいいんだろう?
僕は、頭を抱えるしかなかった。
封印の解き方を教えられないまま、ここに来たが、解法は見当たらない。
「一体どうすれば、いいんだ!
誰か教えてくれ!!」
僕は叫んだ。
しかし、誰も答える者は無かった。
このまま鷲尾達の所に帰ることなんてできない。
落ち着くんだ、考えるんだ。
必ず解決策は、見つかる筈なんだ……よ。
この世に解けない謎なんて無い……。
そんなのフィクションの世界だけの常識だ。
そんな台詞を吐けるのは探偵役の「主人公」のみ。
僕はドラマの主人公でもないし、その他大勢ですらない。
経験も頭脳もない僕が解けるはずないんだ。
ただ無為に時間だけが過ぎていく。
さっきの幻は、何だったのか?
あれが鍵となりうるのか?
そもそも、先ほどの攻撃の意味は何だったのだろう?
あれは、僕を試しているのだろうか?
がちゃん――。
唐突に扉が開いた。
僕は、振り返る。
いつの間にか二人の制服警官が立っていた。
警察が一体どうして?
「君が新城修司君か? 」
警官の片方が話しかけてきた。
「はい、……そうですが」
不審気に答えるぼくに構わず、警官は、話を続ける。
「そうか、よかった。……これで全員だな」
警官は、安堵の表情を浮かべた。
「全員ってどういうことでしょうか?」
「ああ、生存者は君で最後だということだよ」
「生存者?」
僕は、変な声を出した。
「きちんと説明しないと分からないかな?
私たちは、速水玲香さんの事務所から通報を受け、この建物に彼女達を探しに来たんだ。
そうしたら、びっくりだよ。
館中を探し回って、やっと地下に来たと思ったら、あの大量の死人だ!こんなの初めてだ。 一体、何があったっていうんだい? 」
警官の問いには答えず、
「玲香は、速水玲香さんは無事なんですか? 」
僕は、彼らに聞いた。
「彼女が無事だったから、私たちは君を捜しに来たんだよ。彼女が地下に人がいるから助けてくださいって頼むからね」
「それじゃあ、彼女と一緒にいた連中も? 」
「?……。いや、彼女は一人だったよ。
一人で別の部屋でうずくまっていた。
だいぶ精神が混乱しているようで、最初は言っていることが良く分からなかった。
ただ、私たちを見たら新城さんは? 彼は何処なんだ?って言うだけさ。
それで、他に生存者がいるって思ったんだよ」
「そうなんですか……よかった」
彼女が無事ということで、取りあえず安堵した。
しかし、鷲尾達はどうなったんだろう?警官が来たので、逃げたのか?
奴らは、銃を持っているし、数の上でもこの警官達に勝っている。
それなのに、何故逃げたのか?
何故、玲香を置いていったのか?
今後も同じような事をするため、これ以上、騒ぎを大きくしないように逃げたのか?
しかし、不自然な気がする。
あれだけの死者が出ていたら、警察もこの館を徹底的に捜査するだろう。
それでも、この館の秘密が暴露しないという自信があるのだろうか?
確かに、これまでも大量の行方不明者を出していながらも、世間に知られる事無く、現在に至っている事を考えると、何らかの大きな力が、背後にあるというのだろうか?
「新城君、ここにいるのもなんだ。とにかく、速水さんの所へ行こう」
ずっと考え事をしている僕に業を煮やしたのか、警官が話しかけてきた。
しかし、僕は、答えなかった。
「どうしたんだ……? 行かないのかい?」
少し苛ついたような声で、警官が言う。
おかしい……。 何か違和感を感じるのだ。
言葉にするのは難しいけど。
疑問その1
そもそも、この警官達はどうやってこの館に入って来たのだろうか?
ぼくたちが、外へ出ようとした時、玄関は、ロックされていた。
何らかの器具で固定されていたと思われる。
さらに疑問その2
仮に、鍵が掛かっていなかったとして、令状も持っていないはずの彼らがどのようにして入ってきたのか?
無人だからといって、勝手に入るのは、違法行為だろう。所有者の許可を取ったとでもいうのか?
所有者にどうやって連絡を取ったというのだ。持ち主は簡単に特定できたのか。
疑問3
彼らがこの部屋に入って来るまで、何の物音もしなかった。
捜索に来たのなら、声をかけながら来るはずだ。
しかし、そんな声など無かった。
むしろ、彼らは唐突に現れた気がする。
考えれば矛盾だらけだ。
そして、精神に異常を来しているという女の子を一人置いたままで、他の生存者を捜すというのは絶対におかしい。
ありえない。
「ところでお巡りさん、捜索に来たということですが、一緒に来た人は、いないんですか?」僕は疑問を感じながら、彼らに聞いた。
「いや、私たちだけだよ。深夜の急な連絡だったし、事件かどうかも分からないということだったしね。
それで私達だけで来たんだ」
それがどうした?という調子で、警官が答えた。
「それより、早く行かないのかい? 速水玲香さんが一人で待っているんだ」
警官が急かすように言う。
かれこれ時間が経っているのだ。彼らも急いでいるのだろう。
「すみません。あなた達と行くつもりは無いです」
僕は、警官達に言った。
一瞬、僕が何を言ったのか理解できなかったようだ。
ポカンとした顔で黙ったまま、こちらを見ている。
「何だって?今、何て言ったんだ。よく分からなかったんだが。ちょっと正気とは思えないんだが、行くつもりは無いって聞こえたんだが」
警官の一人が何とか言った。
「だから、あなた達と行くつもりは無いです。
僕は、ここに残ってらなきゃならない事があるんです」
「へ?君は何を言っているんだ? ここは、危険なんだよ。
さっさと我々の保護下に入らないと何が起こるか分からないんだぞ!!」
「危険な場所?……。確かに危険な場所ですね。
だったら、あなた達はそんな場所速水玲香さんを一人で残してきたって
言うんですか?」
「お、……お、おう。
彼女は、だ、大丈夫だ。あうあう、安全な場所にいりゅー」
動揺を隠せず、警官は何とか言葉を発した。
「それに、……あなた達は変だよ」
「何が変なんだ! 」
「捜査令状も無く、勝手に人の家に上がり込んでいる。
生存者を探していたわりに、その最中には声もかけず、音もさせない。
さらに、この地下に降りて来るには、ロープか梯子が必要なはずだけど、この館には無いますが。
……自分で館をいろいろと調べたから間違いないです」
僕は、一度深呼吸をした。
「そして、あなた達は、梯子を持って来たと言うんですか? 突然電話で捜索依頼を受けてやって来たはずのこの館に、こんな地下室があると最初から分かって? 何で分かったんです?どうして、どうやって、誰から? 」
僕の問いかけに、彼らは、答えられずにいた。
「ごちゃごちゃ五月蠅い奴だなあ。めんどくさい奴だな、ええい、馬鹿みたいに屁理屈をならべたてて騒いだって意味がないぞ。そんな与太どうでもいいんだ。さっさとこの部屋から出るんだ! 」
ついに警官は、怒り出したようだ。おもむろにホルスターから拳銃を取り出した。
「私たちの指示に従わないと、公務執行妨害で放り込むぞ!! 」
銃を構え、僕を威嚇する。
「断る。たとえ撃たれても僕には、やらなければならない事があるんだ。
今、それを放棄したら、玲香を守れない。
僕は、彼女に約束したんだ。絶対守るって!! 」
「馬鹿が!」
警官は、そう言って銃を撃とうとした。
僕が身構えた瞬間、どこからか現れた光が二人の警官を包み込んだ。
「うごうごうえあ」
奇妙な声を発しながら、警官達は崩れ始めた。
ゆっくり、ゆっくりと崩れていく……。
体中の力が抜け、ぼくは、床に跪いてしまった。
何だったんだ?
警官達が崩れ去った場所には、何の痕跡も残っていない……。
この部屋には何の変化も無い。
無機質な石を積んだだけの壁・床・天井。
さっきから、非現実的な事ばかり起こる。
僕は、力が入らず、まだ立ち上がれずにいた。
立ち上がるんだ!
僕は、言うことを聞かない体を必死で動かそうとした。