第22話 リアルな世界にもどっても
急に意識が戻ってきた……。
何だったのだろうか? 今の記憶は何なのか?
床に突き刺さった日本刀を掴んだ瞬間、僕の意識が飛んだ。
あの記憶は、この刀から伝わって来たとでもいうんだろうか?
彼の残留思念が残っているということなのか?
これが結界を張っている源ということなんだろうか。
僕は大きくため息をついた。
っていうか、そもそもセシリアとか正木っていう人は何者? という疑問。
正木って人はどうやら軍人のようだったけど、あれは旧日本軍なのかな。結局、最後はその軍に反旗を翻してたし。
それより彼の剣術は何なの。あんな風な斬撃を人間ができるの?
シュパーン、バリバリだよ。しかも光の速さ並だ。
とても人間業とは思えない。
さらに謎はセシリアって女の人だ。
なんであんなに綺麗なんだ。
いろんな女性を見てるけど、あそこまでの美しさ? 普通女性に対して美しいなんて表現をするのはテレビや小説くらいだよね、を持つ人なんてそうそういないと思う。ただ美しいというのではなく、なんだかやたらと高貴さを感じる。
僕たち平民とは違う高貴な血筋の人、……いやそんなレベルじゃない。
明らかにステージが違うという、種が違うくらいの差違だと思う。
当然人間を超越している存在のはず。僕たち人間を構成するもので作られたとは思えない感じなんだから。
人間じゃ、あの感じは出せないと思う。
そして、何で彼女は拉致されていたんだろう。
どうやら軍に捕らえられていたようだけど、さっき鷲尾が言ってた彼らが捕らえた神の敵っていうのがセシリアということなのか。軍人達も「彼ら」がおでましとかいってたからやはり軍と鷲尾たちはつながっていたということになるわけだ。
そして裏切り者によって逆結界が張られて近づけなくなった……裏切り者が正木という人物なんだ。
鷲尾達は「すっごく強くて、めちゃめちゃ残虐で冷酷で無慈悲で、でもって不気味で淫猥卑猥汚穢汚濁排泄で性欲満点で力持ちの。 ……ぼくたちの神に敵対する邪悪な生物」と呼んでいた。敵であり恐るべき力を持つものがセシリアということだ。彼らがよってたかっていろんな手段を用いてやっとこさ捕らえたというレヴェルの敵だったということ。
ふむふむ。
鷲尾たちというかミミズみたいな生き物はそのときからずっと封印を解けずにここから離れられずにいたんだろうな。
奴らも封印を施すことでセシリアは脱出できないはずなんだけど、それだけじゃあ不安で抹殺しようとしていたんだろうな。でもそれが叶わなくなり、じゃあ放っておこうというわけにもいかない存在だから動くに動けなかったんだろう。
おそらく大丈夫だろうけど、ひょんなことから彼ら側の封印に綻びが生じてセシリアが外に出ることになったら、とってもまずい事態になるんだろう。
それをおそれて百年も張りつけか……。
なんか残念。
いろいろ封印を解くためにやっただろうけど、全て失敗に終わっているということか。
それじゃあ僕がいくらがんばったってどうにもならないんじゃないのか。奴らが百年の月日をかけていろいろ試行錯誤したであろう封印の解除の手段。
どれだけの事をしたんだろう?
そんだけ時間があったら、いろんな文献を調べられるし準備もできるはず。なのに連中はいまだ何もできずにいるんだ。
そう思うと、僕のやってる事って単なる徒労?
……いや、僕一人ならそんでもいいけど、徒労に終わらすわけにはいかない。人の命がかかっているんだから、何としてもこの課題をクリアしてやる。
そうでないと僕もこの館でさまよう悪霊になってしまうような気がして寒気がした。
鷲尾の言っていた事を思い返す。
確か、奴の仲間が部屋に入ろうとして黒焦げになったとか言ってたように思う。
つまり、黒こげになった奴はここで結界に触れたということだ。
ここにあるものといえば、日本刀とその持ち主らしい白骨。
ここにある白骨化した遺体は先ほどの正木という男。
そして彼が死力を尽くして施術した結界が日本刀ということなんだろうか。
つまり、この刀を抜くことができれば、結界は解けるということになるんじゃないかな?
……そういうことになるんだろう。たぶん。
だいたい、ファンタジー映画とかでは突き立てられた聖剣を抜くことになってる。
選ばれた者にとってはいともたやすくそれができる。
選ばれし者だからだ。
――僕は選ばれた者の資格があるのだろうか。……ないな。
ヤレヤレ、解けるのかな。
普通に弱気になってしまう。
さて仮に解けたとしても、結界を解いた後はどうすればいいのか?
鷲尾達の所に帰り、「結界は解けました」、と言えばいいのか?
思ったんだけど、鷲尾の話だと百年の月日が経過しているとのことだ。
セシリアはすでにこの世にいないんじゃないの?
年齢的にも軽く百歳を突破しているし、なによりもあの牢獄の中にはなんの食い物も飲み物もなかった。まあ仮にあっても百年分の食料を置くなんてありえないよね。
つまり普通なら餓死してて当然。
そして月日の流れからすでに白骨化してそう。
じゃあ、仮に結界をといても鷲尾達はなにも獲るものがないはず。
するとなんで??
どうして奴らは結界をはずすことに拘ってるんだろう。
その結界の向こうには奴らがどうしても必要な何かがある、もしくは想定されるということなんだろうなあ。
それが何かはわからない。
あるかさえ分からない。
でも、何も得られずに帰ったら、玲香を無事に返してくれるんだろうか?
それどころか僕自身の無事さえ定かではない。
当たり前だけど楽観視は、……できない。
というか、なんか手だてを考えておいた方がいいな。
奴らは目的のためなら、何人死のうが関係ないような行動をしている。
過去に奴らの為に何人の人間が死んでいるというんだ。
僕が失敗しても奴らには何のダメージもない。まかり間違って結界が解ければもうけものとくらいにしか考えていないんじゃないだろうか。
……そもそも奴らは人間じゃない。
何人人間が死んだって痛くもかゆくもないはず。
僕に期待などしてないのかもしれない。ただの暇つぶしで僕はここに送り込まれただけかもしれない。
真っ黒焦げにはなってないからまだチャンスはあるのかもしれないけど。
しかし何もせず、考えているだけではどうにもならないし。
今やれることを、今やらなければならないことをクリアしないかぎり、次のステップには進めない。
立ち止まってばかりいるのは、もうこれまでに嫌というほどやってきている。
…進んでやる。
ここだけは負けるわけにいかないから。
勝負から逃げ何もせずに閉じこもってはゼロのままだ。
ゼロからは何も生じない。
こんな気持ち、ずっと忘れていた……。
忘れていた?
いや、いつもこのハートは、僕のすぐそばにいたんだよ。
「おーいおーい」って大きく両手をグルグルグルグル振り回し、飛び上がって大声で僕に向かってアピールしてきてたんだ。
ずっとずっとね。
おーい、こっち見ろよ、ねえ顔を上げろよ。とにかく前を見ろよ。
……なあ、一回でいいから、昔みたいに心の底から笑ってみろよ。
でも目をそらしてきた。
無視してきた。
見たくなかった。
考えたくもなかった。
知りたくもなかった。
嫌なモンは嫌。
怖いから。
怖い。
本当に、ほんっとほんっとに怖かったから。
――前に踏み出すことが。
あの時からずっと、失うことの恐ろしさが消えることがなかったんだ。
あの恐怖はマジ洒落になんない。
そんな気持ちになるくらいなら、自分が心のずっとずっと奥の奥の奥に作った、小さな穴蔵の中に閉じこもり、小さくなって毛布を頭から被って、目を閉じているままのほうがシアワセだった。
何にも聞こえない何にも見えない何にも何も感じないセカイ。
だから傷つく事なんてあり得ないもん。
うん……。
でも、それじゃいけないんだよね。
僕は日本刀に手をかけた。