表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風待月に君に  作者: ノベラー
第2章
20/39

第19話 僕は何もできない

相手はナイフを持っている。油断なんかしたら殺られる可能性が高い。……赤信号点滅。

危険は適切に除去しておく必要性――高。

さすれば、即、撃つのがベスト。その発砲は一撃にて致命傷を要す。

……簡単に言えばぶっ殺せってこと。


なんだけど、……悔しいけど奴は彼女の恋人だった男、撃てば彼女が悲しむはず。

実際、彼女の態度でそれはわかるし。


僕は彼に狙いを定め、引き金に手をかけた


自分の手がぷるぷると震えるているのが分かった。


ここで鷲尾を撃たないと危険なのは分かっている。

――そんなの分かりきってる。

彼はあの生物に脳を支配され、殺人鬼と化した阪前と同じ。放っておいたら僕たちを襲ってくるだろう。


でも、彼が速水玲香の恋人と知った今、その男を撃つことに迷いが生じている。


使ったことのない拳銃。

あたりまえの一般常識だけど、これは人を傷つけるモノ、人を殺すためだけのモノだ。

それを使わなければならない状況になんて陥ったことなんてない。

人を殺すどころか意図して傷つけたことのない僕に、人を撃つなんてできるのか?


さらに、もし鷲尾を撃ったりしたら、まず間違いなく彼女は悲しむんだろうな。

そんな姿を僕は見たくなかった。

たとえ僕の命が危険にさらされるとしても……とさえ思ってしまう。


人が傷つくくらいなら自分が傷ついたほうがマシだ……。

そんな馬鹿な考えが僕の頭を支配しつつある。

またか、……何やってんだろ。


懇願するように僕をみる玲香。

その視線を感じて、狙いを定めた銃口が揺れ動く。


撃たなければ、僕も彼女も鷲尾に殺されるかもしれないんだ!

いやもっと大変な事になるかもしれない。

そんな予感があり、多分それは当たってしまうんだろうな。

それでも銃口はぶれにぶれ、誰かに両腕を押さえつけられるように腕が下がっていく。


僕は必死になって、下がりかけた腕を持ち上げようとした。

でも、なかなか腕が上がってくれない。


「やめて! 」

玲香が叫んで、僕の構えた銃口の前に立ちはだかった。

その表情は真剣だ。


終わりだこりゃ。

女の子にこんな態度に出られたら、勝負はすでに決まっているじゃないか。


「玲香ちゃん、退くんだ。お願いだから」

それでも形式的に僕は叫ぶ。

当然だけど、彼女は頑として動かなかった。

大きく両手を広げ、鷲尾という男の盾になる。


「嫌! 鷲尾さんを殺そうなんて考えないで。

 彼は私たちを殺そうなんて考えてないわ! 」


必死の形相で僕を見る。

「駄目だよ、よく見てくれ! 

 彼の耳には真新しい瘡蓋がある。阪前さんの時とまったく、まったく同じなんだよ。

 残念だけど、彼はもう、あの生き物に乗っ取られているんだ。もう手遅れなんだよ! 」


「違う、違うわ。鷲尾さんは鷲尾さんのままよ。変わるわけなんてないわ。そうでしょう? 」

彼女は鷲尾を振り返った。


「……そうだよ、玲香。……俺は何も変わっていない。

 何故、どうして彼は俺を殺そうとするんだ? 

 わからない、わからない、わからない、わからない、わからない。

 お願いだから君から彼に銃をおろすように説得してくれないか。たのむ」

テレビドラマで見たままの、通るような声で鷲尾は話した。

切なげな瞳で彼女を見つめる。


「新城さん、お願い」

僕は躊躇した。

そんなふうに演じたというほうが正解か。

だって結果はすでに出ている。

もうどうにでもなれって感じで僕は俯いた。


当然ながら、鷲尾はそれ見逃さなかった。


驚くような早さで動き、玲香を抱くと同時に、手に持ったナイフを彼女の喉元に当てた。

 

彼女が驚いた顔で鷲尾を見た。

本当に信じていたものにいきなり裏切られたように。


「鷲尾さん、どうして……」


「うふ。……形勢逆転だよ。さあ、銃を捨てるべき!! 」


僕は、しばらく呆然としていた。


やっぱり後悔がぼくの頭の中を駆けめぐる。

何故撃てなかったんだ?

ホント、馬鹿だなあ。

しかし、後悔しようがどうしようが結果は変わらないんだけど。


「ヲイヲイ、何もたもたやってんの。

 さっさと捨てないと、玲香ちゃんの綺麗な首をかっ切っちゃうよ!!

 まじまじまじなんだよ。きゃっきゃ」

鷲尾がナイフを左右に動かす真似をする。


それにしても、こいつなんかしゃべり方がおかしい。

これが本性?


「いやああ! 」

悲鳴を上げる玲香。


「クソが……。まったくもってクソッタレだよ。……分かったよ。だから、彼女に乱暴はしないでくれ」

拳銃を鷲尾の方へと投げた。

 

鷲尾は玲香を抱きかかえたまま歩き、僕の投げ捨てた拳銃を拾った。


玲香を突き離すと、僕の方へ歩み寄り、顔を思いっきり近づけ、ニターっと笑った。

いきなり手にした銃底で殴りつける。


「グッ! 」

側頭部が鈍い音を立てる。

何かジャリっていう音が頭に響いた。

僕は頭を押さえて跪いた。殴られたところを押さえる手にネットリと生暖かい血の感触。


さらに腹部への加減のない蹴り。

僕の体は、くの字になり、激痛のためうめき声を上げる。

胃液が喉元まで上がってくるのを感じた。

容赦なく同様の蹴りが何度も何度も続けられた。

その度に体がくの字に勝手に曲がる。

……かろうじて嘔吐せずにすんだ。


「おーい! もう大丈夫だ」

鷲尾は開いたロッカーに向かって合図した。


開かれたロッカーの向こうには、通路があるのが見えた。

秘密の通路があったということだ。


音がすると、ロッカーの中から黒い影が現れた。


一人ではなく、複数だ。


倒れていた玲香が、僕の側に駆け寄って来た。


「新城さん、大丈夫? ごめんなさい、酷い目に遭わせて……」

そう言って僕を抱きしめた。


「……大丈夫だよ」

そう言うのが精一杯。本当は全然ダメなんだけど。

今にも吐きそうだし、殴られたり蹴られたところがジンジン痛んでいて話すことすらしんどい。


ぞろぞろと現れた連中を見て玲香が声を上げた。

「下柳さん、簑田さん、三田さん、林さん。

 みんなどうして……」


その名前は覚えている。


行方不明となっていた撮影スタッフの名前だ。

見ると全員の耳に真新しい瘡蓋がある。やはり、全員が寄生されているのか。


スタッフ達は、こちらにやって来て、玲香の両腕を掴むと、強引に僕から引き離した。

「乱暴をするな! 」

叫ぶだけで頭がガンガンする。


僕は彼女を取り返そうと必死で立ち上がった。


「あー、待て待てって。

 勝手な真似はしちゃダメじゃん」

鷲尾が銃を向ける。

先ほどまでの切迫した演技はやめたようで、高圧的な雰囲気を全面に出している。

形勢逆転ってやつ。


「玲香ちゃんを返せ。

 お前ら、一体何をやろうとしてるんだ」


「そんなに熱くならない、ならない。

 これは、まじ交渉なんだよ。

 えーっと……そうだ、その前に君の名前を聞いておこうか? 」

薄ら笑いを浮かべる鷲尾。

僕は怒りを必死に押さえた。


「僕は、新城だ」


「そう、新城君か……了解了解。

 よく考えたらさっきから玲香が喚いてた名前だな、すまん。

 ま、それはさておき実は君にお願いがあるんだ。……なーに、どうって事ない話なんだけどね」


「何をしろっていうんだ! 」


「めちゃめちゃ簡単なお願いなのよ。

 君たちも見たと思うけど、廊下の突き当たりの右側に鍵の掛かった扉があったっしょ? 覚えてる? 」

「それは知っている。それがどうした? 」

確かに鍵の掛かった鉄の扉があった。しかし、鍵があるんだったら、開くんじゃないのか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ