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風待月に君に  作者: ノベラー
第2章
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第1話 友人の結婚式

梅雨に入っても雨が降らない日が続いている。

今年はラニーニャかエルニーニョ現象かしらないが、そんな事が原因らしいとテレビでやっていた。

各地で渇水が発生し、取水制限が行われているとも聞く。


そんな6月のある日に、ぼくは、友人の披露宴に招待された。

小学校時代からの友人だったので、無理行って仕事を休ませてもらった。

香川県の片田舎からこの名古屋市までやって来たのだった。


月末の忙しい時期だから、本当はかなりきつかった。

「こんな忙しい時期に休むんですから、自分の仕事くらいちゃんとやって下おいてさいね」と上司に言われ、少しムカッとしながらも仕事に集中した。

ありえない業務配分をなんとかしたらどうなんだと言いそうになる自分をぐっと押さえた。

そう。こんな嫌みを言われながらも我慢し、黙々と仕事をこなすのも今日が最後なのだ。

そのことを直接言わずにおくのは、僕のささやかな彼への報復だった。


なんとか仕事が片づいたのは深夜を回ったところだった。

五時過ぎに同僚はさっさと帰っていて、ひとりぽっちだ。


僕は机の中の私物を段ボール箱に詰め、ひととおりの引き継ぎ書類を上司の机の上に置いた。

段ボール箱一つ。

5年間勤めたこの会社の思い出すべてがこの箱の中に収まってしまうのか。

そう思うとなんだか寂しくなった。


鍵をかけ、階段を下りていく途中、守衛のおじさんに出会った。

「お疲れ様です。荷物をもってどうしたんですか? 」

僕の気持ちをしらない彼は気楽に話しかける。

「ちょっと終わらなかったんで家に帰って仕事することにしました」

「そうですか、大変ですねぇ。ま、お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

彼は僕がもうこの会社に来ないことをしらない。

後ろ姿に一礼して、僕は会社を出た。


部屋に帰った。

部屋は少し前まであったテレビや家電製品、家具、本など売れる物はすべて先週末に処分した。

いらない衣類や書類はこまめにゴミの日にまとめて出している。

残されたものはノートパソコンが1台、スーツが一着。そして数日分の衣類を入れたバッグが一つだけ。

部屋の家賃は来月分まで支払っている。

電気、水道、ガスは今月いっぱいで止める手続き済みだ。預金はまだあるから何かあっても誰にも迷惑はかからないと思う。


ここまででわかるだろう。

そう、僕はまもなく死ぬことにしている。

いろいろ考えた末の結果だった。

すでにそのためのアルカロイド系の毒物もネットで入手している。

痛みも苦しみもなく、他の人に迷惑をかけることもなく静かに逝けるはずだった。

そして今日、それを実行することになっていた。


そんなときに友人からの招待状が届いたのだった。

小学校の頃、リトルリーグでバッテリーを組んでいた奴だった。

唯一の親友と呼んでいい男だった。

親の仕事の都合で中学校で離ればなれになってしまったが、その後も手紙のやりとりが続いていた。


最後にあいつの幸せを祝ってやらないと、親友じゃない。

その義務感が予定を遅らせたのだった。


僕は荷物を車に積み込むと、深夜の街に車を出した。


高速道路を飛ばして来たのに、披露宴の会場に到着するのに5時間もかかった。

……やはり遠かった。


友人の披露宴は、盛大に執り行われた。

さすがに噂どおりの派手な披露宴だった。ぼくは新郎に無理矢理つれられ二次会、三次会へと行ったように思う。


久々の再会で大騒ぎし、結婚する友人夫婦を冷やかして楽しく過ごした。


こんなに笑ったのは久しぶりだった。

よく考えると最近あまり笑ったりしなくなっていたと思う。


一体、何時まで飲んでいたか記憶はない。

よくホテルまで帰り着けたものだ。



ただ、ホテルで目覚めた時、猛烈な頭痛に襲われた。

頭の中で鐘が鳴り響いて止まらない。

喉の乾きと吐き気が同時にやって来た。

年甲斐もなく飲み過ぎたかな。

そんな反省をウダウダやっているうち、チェックアウトの時間が来たので、ぼくは、荷物をまとめた。

重い足どりで着替えの入ったバッグを持ち、部屋を出る。

二日酔いでフラフラするがもう一泊するわけにもいかない。

僕はロビーのソファーに座り込んだ。


友人の笑顔が思い出される。

本当に幸せそうだったな……。


テレビでは、高速道路は事故のため全面通行止め、迂回路である国道は、大渋滞が予想されます。なお、名古屋市内は、サミットによる交通規制が引き続き行われておりますので、お出かけの際は公共機関をご利用くださいね」

と、中年のアナウンサーが脳天気に喋っていた。


国道は、普段でも混雑しているらしいのに、今はサミットとかで、名古屋市内は大混雑なのだ。そこへ事故による迂回車が入ってくるとなると、どれくらい道が混雑するか想像もできない……。

ふとそんなことを考える自分に思わず笑ってしまった。

僕はもう何も急ぐ事なんてないじゃないか。


自動販売機で購入したペットボトルの水を一気に飲み干すと僕は立ち上がった。


地下駐車場の車に乗り込んだ僕は、車のエンジンをかけた。

社外品のマフラーから野太い音が地下に響く。

冬のボーナスで購入したナビを操作し、すでに決めてある目的地への迂回路を探す。

ディスプレイに検索中の文字が表示される。

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