第15話 日記
6月1日
地下室清掃のため、俺達はこの洋館にやって来た。
大学の掲示板に募集が載っていたのを見た俺はその場で申し込んでいた。
破格のバイト料。高原のリゾートで泊まり込み。周囲には湖もあり、近くにはテニスコートやプールもあるらしいことが書かれてあった。
ただの洋館の清掃のアルバイトにしてはちょっと変な気がしたが、それ以上に魅力的なバイトだった。
彼女と一緒に夏休みの海外旅行の費用を稼ぐ為にはこのバイトは外せない。
速攻で彼女を誘ってやってきた……。
しかし、破格の日当に惹かれてやって来たが、早くも後悔している。
こんなカビ臭い地下室の清掃とは思っていなかったからだ。
話しが全然違うじゃないか!!
外界とは閉ざされた薄汚い洋館。
バスで連れてこられたため、足がないからどこにも出かけられない。
途中の景色を見て、本気で思った。こんな山の中で道に迷ったら本当に死ぬんじゃないか!と。
しかも掃除する場所はこの洋館の地下室。
俺たちは来た瞬間、地下室に押し込められたんだから。
どこにも出かけられやしない!!
まるで幽閉されたかのようだった。
彼女も俺に愚痴を言い出している。
なだめるのが大変だ。
しかし、洋館の広さの割にアルバイトの人間が多すぎやしないか?
どう考えても、この広さに10人は多すぎだろう。
不思議なことに、全員が女連れだ。
確かに条件には男女のペアであることと書いてあったんだが。
まあいいや。
これも2,3日我慢すれば、金が貰える。
こんなおいしいバイトなんて無いぜ、彼女にそう言い聞かせて納得させる。
たぶん、あいつの性格からすると納得はしてないな。
ブランド品をまた、ねだられそうだ。
……トホホ。
それにしても雇い主の奇妙な外人と、その使用人達は気味が悪い。
どう考えたって、あいつらは気持ち悪い。
普通じゃない。
6月2日
閂で閉ざされた部屋以外の清掃は、あらかた終わった。
それにしても、どうして雇い主のあの気持ち悪い外人は、あそこを清掃させないのだろうか?
死んだ魚ような濁った瞳をした、あの使用人達がやるのだろうか?
それとも、何か見られては困る物でもあるというのだろうか?
閂には南京錠がかけられ、中を見ることはできない地下の一室。
財宝でも入っているのだろうか?
あそこから何やら得体の知れない異臭が漏れてきているに思う。
外のみんなもそんなことを言っている。
それにしても、こんなところで寝泊まりしなければならないとは。
みんな不満を感じている。
臭気は日に日に強くなっているように感じられる。
慣れやしない。
臭くて寝られねえ。
クソ!
6月3日
嵌められた!!
清掃は終わったというのに、俺達は外へ出してもらえない。
あのトイレからの出入り口への梯子が、いつの間にか取り外されていたのだ。
一体、何時の間に?
どういうことなんだ。
俺達を閉じこめてどうするというのだ。
俺達は、雇い主を呼ぼうと大声で叫んだり、壁や床を叩いたりして騒いだが、誰も出てこない。
人の気配は、あるというのに。
脱出路を探そうと、みんなあちこちを探し回った。
鍵がかけられている部屋が二つ。どれも頑丈で叩き壊すことはできそうもない。
バイトの1人が南京錠で施錠された、あの異臭の洩れてくる部屋が開くことを発見した。
俺達は、活路を求めて中へと入った。
そして、絶望と恐怖に襲われた。
そこには、無数の人骨が転がっていたのだ。
一体、どうなっていやがる?
俺達は、ここで殺されるのか?
あの部屋に転がっている人骨のように。
そんなのは嫌だ!!
6月4日
飢えと乾きで、みんなの動きが鈍くなっている。
俺自身も衰弱してきているのを感じる。
しかし、一向にあの外人は現れない。
こんな冗談やめてくれ。
俺が何をしたっていうんだ。
脱出できたら絶対あいつらを殺してやる。
絶対にだ!!
6月5日
ついに、あの外人が俺達を呼ぶ声を聞いた。
トイレにあった入り口から覗く気味の悪い顔、顔。
俺達は、早くここから出せと叫んだ。
罵声と懇願が交錯し、騒然となった。
しかし、奴は、ニヤニヤ笑うだけだった。
そして食料を上から落として消えた。
俺達の不満を無視し、消えやがった。
みんな不満を言い合っていたが、目先の飢えには耐えられず、食い物をガツガツと貪った。
……みんな何の疑いもなく。
不満と疑念はあったのだろうが、飢えには勝てなかったようだ。
量は必要以上に多かったから、奪い合うこともなく、分け合うことができた。
しかし、俺は何か嫌な予感があって手を付けないでいた。
腹は減り、喉も渇いていたが。
彼女にも食べない方がいいって言ったが、一喝されただけだった。
「あんただけ食べなければいいじゃない!」
そして、俺の分まで盗りやがった。
俺はあいつの違う一面を見て、ショックを受けた。
やさしくてかわいげがあって、みんなに優しく、さらに俺にはもっと優しい女の子だったのに。
深くは考えないでおこう。
きっと彼女は、飢えと渇きに勝てなかっただけなんだ。
そして、すぐに変化が訪れた。
みんながバタバタと倒れたのだった。
そして、死んだように眠りだした。
俺は彼女を起こそうとしたが、全く反応がない。
間違いない!
弁当か飲み物に睡眠薬が混入されていたのだ。
あいつら何をするつもりなんだ。
くそ!
間違いなく罠だ。
俺は、どうすればいいんだ?
6月6日
上の階から物音がする。
ヤバイ。
みんな眠り込んだままだ。
相変わらず彼女は、揺すっても反応がない。
奴らは、何かを企んでいるに違いない。
あの閂の部屋の人骨と眠らされた仲間達。
俺は咄嗟にこのメモを隠すことにした。
俺は、もうダメかもしれない。
だから今度ここに連れてこられる誰かがこれを見て、危険に気付いて貰うために。
俺達は、これからどんな目に遭うかわからない。
ただ1つ言えることは、これを見たらすぐにここから逃げることだ。
もうこれ以上は書けない。
奴らが降りてくる音がする。
あの気味の悪い外人と、人形のような死んだ目をした使用人達が。
耳の穴が瘡蓋で塞がったあの連中が。
俺は、何とかここから脱出してやる。
奴らを出し抜いてやるんだ。
これを見た奴は、果たして俺と同じ境遇にあるのだろうか?
もし俺がここから脱出できたら、このメモを見る人はいないだろう。
しかし、もし俺が失敗し、このメモを見た人がいたなら、その場合は、この手帳は元に戻して置いてほしい。
そして、外へと出入りできる状態にある人がいたら、すぐに警察へ行ってくれ。
そうして、ここの異常を伝えてくれ。
信じてくれないかもしれない。
しかし、どうにかしてくれ。
助けてくれ
たのむ
林 明彦