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風待月に君に  作者: ノベラー
第2章
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第11話 悪夢

気がつくとまたあの時に戻っている。

全てを見通すことのできたあの頃……。

ありとあらゆる可能性に満たされていた時代。

できないことなど何もなかったと思っていたし、むしろそれを追い求めていた……。

僕は今では考えられないくらい自信にあふれていた。


そして、あの日を迎える……。


僕はその日、6月下旬に行われるリトルリーグの全日本選手権に向けての練習を終え、バッテリーを組む谷壮一とファーストフード店のカウンター席に座っている。


「いよいよ来週だな」

興奮気味に谷が話しかけてくる。

「そうだね。けど、なんか全然緊張感が無い感じなんだよなあ……」

そういってコーラを口にする。

「おいおい、さすが強心臓のエースだな。オレなんてもう変になりそうだよ」

彼は冗談めいてふざけてみせる。

「壮一がびびってちゃあ駄目じゃないか。お前がちゃんとリードしてくれないと、めった打ちになりそうだ」

「わははは! オレはど真ん中でミットを構えてりゃいいんだ。小学生でお前の球を打てる奴なんてほとんどいないさ。前に計測してもらったとき、130キロ越えてただろ」

「少しくらい球が速いだけじゃ打たれるからな。練習じゃお前にポンポンスタンドに放り込まれてるじゃないか。全国じゃお前レベルのすごいバッターもいるだろうから、油断なんてできない。まあ、点を取られたらお前が取り返してくれるだろうけど」

僕と谷は所属するリトルリーグのチームは地区大会を勝ち上がり、全国大会に出ることになっていた。

地区大会では僕が相手チームの攻撃を封じ、四番の谷が点を取るというパターンで勝ち続けてきた。

お互い地元の新聞やテレビに取り上げられたりしてみんなに注目され、期待されていたように思う。

実際、僕が投げて負けるなんて思ったこともなかったし、0点に抑えていれば、他のチームメイトが作った僅かなチャンスを谷が得点に結びつけて勝利していた。

周りのみんなが期待しているのを感じ、それに応えようとがんばっていた。


「ま、お前が1点取ってくれたら、僕が必ず0点に抑えてみせるよ」

僕は軽く宣言した。

「たしかに、全てはオレ次第って事だな。すげープレッシャー」

そういって僕たちは笑った。


冗談めかして話しているが、二人ともそれができると思っていた。

僕たちにできないことなんて無いと思っていたし、実際、それができていた。

うぬぼれがあったといえば、その通りだと思う。


「お、いけない。そろそろ塾の時間だ。オレは行くけど、修一はこれからどうするんだ」

「僕は本屋で立ち読みでもして時間つぶして帰るよ。今日も母さんは仕事で遅いからな……」

「そうか、……お、そうだ。今日は商店街でなんかイベントやってるらしいぜ。暇だったら行ってみたら。確かお前の好きなアニメの声優が来てるはずだぜ。

 でもあんまり人混みん中をうろうろしてたら女の子に囲まれちゃうかもな」

昨日、僕たちがテレビのニュースに出たことを言っているのだろうか?

地方のテレビに出たくらいで女の子にモテモテになるなんてありえない。

高校野球じゃないんだから……。


「なあ、修一」

「なんだ? 」

「絶対、優勝しような! 」

去り際に谷が叫んだ。

僕は大きく頷いた。


走り去る彼を見送ると、僕は商店街のアーケードを通り、最近できた本屋へと歩く。

最近、この町もいろんな店ができてきて、人通りも前より多くなった。

土曜日の夕方だからもちろん人通りは多いのだが、今日はいつもにまして多いように思う。

……そういやイベントがあるとか言ってたな。

アーケード街の広場でやっているようで、人だかりが見える。


少し興味があったが、人混みに入るのもおっくうだったので、僕は通り過ぎていくことにした。

今日は週間漫画の発売日だから、お気に入りの漫画だけ読んでさっさと帰ろう。

明日も朝から練習だし。

ベンチ近くに置かれたゴミ箱のそばでは清掃ボランティアの人が箒をもって話し込んでいる。

いつもの町の風景だった。

今日の晩ご飯は何だろうな。


ふと、スポーツ用品店に飾られたメジャーで活躍している日本人選手モデルのバットが目についた。

何気なく近づき、手にとってみる。

少し細身のバットで、重さは結構ある。

どれくらい小遣い貯めたら、これが買おうかなとか思案してみた。

母さんにねだれば買ってくれるだろうけど、勿体ないか……。

アルバイトができれば苦労しないんだけど。小学生じゃあな。

僕は大きくため息をついてしまった。


その時、背後から悲鳴が聞こえた。

振り返るとさっきすれ違った女の人の体から頭が切り離されて舞い上がり、血しぶきが吹き上がっているところだった。


彼女の向こう側に一人の男が立っていた。

6月というのに真っ黒なコートを着ている。

帽子を深く被っている。

右手には黒色をした刀身が厚く刃先が剣鉈形状になっているナイフを持っていた。

ナイフというには刀身が長い。40センチはあるように見える。

黒い刃から真っ赤な血が垂れ落ちていく。

男は女の首から迸る血をシャワーのように浴びて、嫌らしい笑みを浮かべた。


男はのったりと動いたと思うと、すぐそばで腰を抜かしたように座り込んでいる高校生に対して再びナイフを振り上げた。

少年は動くことができない。

かつて聞いたことのないような奇声が響いた。

振り下ろされたナイフは高校生の脳天を切り裂き、頭の中央くらいで止まっていた。

血しぶきと白っぽい気味の悪い肉片が飛び散る。


あちこちで悲鳴が上がり、通行人たちは蜘蛛の子を散らすかのように、一斉に逃走を始めた。あまりの出来事で恐慌状態になり人々は逃げ場を求めて将棋倒しになる。その人間に躓いてさらに転ぶ者。

怒声、悲鳴、うめき声……。


殺人鬼は高校生の顔面を蹴ると、頭を唐竹割にしたナイフを引き抜いた。

転倒した人々のほうに歩いていくと、かすかに笑うとナイフを振り回した。


まるで雑木を切り払うように道に倒れ込んだ人々を切り裂いていく。

悲鳴と血しぶきがあたりに満ちていく。


逃げようとする少女を見つけた殺人鬼は先ほどまでの緩慢な動きをやめ、あり得ない速度で跳躍すると、彼女の前に立ちふさがる。

少女の顔が恐怖に凍り付く。

ニヤリと笑うと、次の刹那、彼女の足をその巨大なナイフで切断した。


スパリ。

肉を斬る音が響き、黒のロングソックスを履いた左足が、彼女の意志と関係ない方向へと歩いたように見えた。


悲鳴が上がる。

片足では支えることができず、くるくる回りながら転倒した。

それでも少女は痛みをこらえ、残された腕と足を使って、這ってその場から逃げようとする。

殺人鬼はゆっくりと近づくと、下から順番に少女の体を、そのナイフで突き刺していく。

絶望的な状況で必死に助けを求めるがみんな逃げることしか考えられず、彼女の運命に干渉することなどできない。

貴重な犠牲のおかげで、大きな怪我をしていない人々は安全圏へと逃げ去ることができたようだ。

しかし、この数瞬で何人の人が殺されたのだろうか。


そんな中僕はスプラッター映画のシーンを見ているかのよう思っていた。

非現実的な光景に白昼夢の中に放り込まれたように思っていた。


一体、何が起こっているんだ?

僕の頭は思考を停止している。

眼前で発生している事件を認識できないかのように。


殺人鬼は辺りを見回す。

そして、ニタリ。

まさにその言葉が相応しい笑みを浮かべた。


その視線の先には、一人の小さな女の子が立っていた。

あまりの惨劇に動けないのか、怯えた瞳で殺人鬼を見つめていた。


再び生け贄を見つけた殺人鬼は捕食者のようにゆっくりと獲物に近づいていく。


悲鳴が響く。

少女が恐怖のあまり発したものだった。

その声が僕の止まった時間を動かした。


僕は、手にしたバットを握ると一気に駆け出す。

今、目の前で展開された殺戮に全く恐怖を感じなかった。

僕なら誰が相手だろうと勝てる。そんな自信があった。

仮に苦戦することがあっても、奴に殺されることなんて想像もできない。


殺人鬼が振り返るより早く、両手で掴んだバットで殺人鬼の後頭部を渾身の力を込めて打ち据えた。

バコンという妙な音を立てて、バットは殺人鬼の後頭部にめり込む。

明確な手応えを僕は感じていた。

もしかしたら男は死ぬかもしれない。いや死ぬだろうと思うほど全力相手の後頭部をで殴りつけたのだ。

相手の頭蓋骨が陥没したのかもしれない。


……しかし。


奴は、ゆっくりとこちらを振り向く。振り向いたんだ。

全身に恐怖が走った。


殺人鬼はニタリと笑った。

何事も無かったかのように、……ニタリと。


僕は恐怖から握ったバットを落としてしまう。

今まであったはずの自信が、奴の笑い顔を見た瞬間吹き飛ばされた。

残されたのはただ恐怖のみ。

自分が明らかに間違った行動をしてしまったという後悔の念。


やばい!

逃げなきゃやられる!!

そうは思ったが、体が動かない。


次の刹那、何かが僕の視界を薙いでいったように感じた。


チクリとした感覚がしたと思うと、何かが宙に舞った。


5つの突起のある1メートルもない少し太めのモノ。

真ん中より少し手前で折れ曲がっている。

突起とは反対側からは真っ赤な液体が飛び散っている。


それはくるくると宙を舞うと、地面に落ちた。


ドスン。


肉塊が地面に落ちたような音がした。


そして、見るとそれは人間の腕だった。

それが僕の右腕だと認識するのに、数秒を要した。


刹那、激痛が襲った。

悲鳴がアーケード街に響く。

しばらく、それが僕の悲鳴だと気づかなかった。


僕は呻き、痛みで涙がこぼれてくるのを感じた。

立っていることさえできず、地面にうずくまる。そして、路面に投げ出された僕の右腕を掴もうと這うようにして動いた。

ドロドロと血が流れ出る。

意識してないのにアウアウと惨めな声がこぼれ出てくる。


僕は死ぬんだ。死んでしまうんだ。

こんなところで、こんな状態で。


僕は全国大会に行くんだ。

そして壮一やチームメイトと一緒に優勝するんだ。

脚光を浴びて凱旋。

スカウトされて早く母さんを楽にしてやりたいんだ!


それがこんなところで殺されてしまうのか!!

いやだいやだいやだ。

何で僕なんです?

……いやです。死にたくないです。助けて下さい!!

すべてを失う恐怖が駆け抜けていく。

真っ暗になっていってしまう。


僕は遠のいていく意識の中で、ゆったりとした歩調で先ほどの少女に近づこうとしている殺人鬼を見た。

少女はまだその場に立ちつくしたままだったのだ。

恐怖からか怯えたような目で近づこうとする男を見ているだけだ。


僕の心に何か変化が生じるのがわかった。

恐怖に取り込まれていた心に何かの炎が生じたのだ。


「くそったれ!! 」

咄嗟に僕は飛び、殺人鬼の両足を残された左腕で掴んだ! 

ふりほどかれないように自分のあごを奴の膝に押し当てる。

「早く、早く逃げろ! 」

動かずにいる少女に必死に叫ぶ。


少女は僕を見るが動けずにいる。


殺人鬼は僕を無視して近づこうとするが、両足に絡みついた僕が邪魔で動けないことに気づくと、おもむろにナイフを振り上げ、そのまま僕の体にたたき付ける。

ザクリ、という嫌な音と激痛。

僕はそれでも奴から離れようとはしなかった。

「さっさと、さっさと逃げろ」

呻くように叫ぶ。


殺人鬼は業を煮やしたのか、奇声を上げると再びナイフを振り上げる。

今度は振り下ろすのではなく、ブッシュナイフの先端を僕の体めがけて突き出した。

刀身が、僕の背中や、腕に突き刺さる。

激痛で離れそうになるが、必死に食らいつく。

死んでも離すもんか。


「はやく、にげて、くれ」

少女は泣きそうな顔になったが、やっと我に返ったのか、蹌踉めきながら走り出した。


「よし、それでいいんだ……」

意識が遠のいていく。

朦朧とした意識の中、周りが騒々しくなるのを感じた。

サイレンの音が近づき、制服警官が駆け寄ってくる。


「ったく、……あんたら、いつも遅いんだよ……」

呻くと視界が暗転していった。

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