プロローグ
「えーと、バスはどこに止めればいいでしょうか? 」
Tシャツにジーンズ姿の男に尋ねられ、はっと我に返った。
年齢は二十才後半くらいか。髪を短く刈り込んで、黒縁のめがねをかけている。
「駐車場が狭くて申し訳ありません。とりあえず、道路に止めておいていただけますか」
私は極力丁寧な口調で答える。
道には2台のマイクロバスが停車し、アイドリングをしている。排気ガスが鼻につく。
窓越しに中に乗った人たちがこちらを見ている。
「え、でもバスを止めて、車が通れなくなるじゃないですか? 」
「大丈夫ですよ。この道は少し行ったところで行き止まりになっています。それにこちらに来る途中でお気づきになられたと思いますが、誰も通る者などおりません。ご安心下さい」
男は少し考えたようだが、すぐに頷き
「わかりました。今日はよろしくおねがいします。……おーいみんな降りて下さい」
と、マイクロバスに向かって叫んだ。
それを合図に中から人が降りてくる。
おのおのがカメラやらバッグやらを担いで降りてくる。
一人、他とは雰囲気の違う年配の男が降りてくると、私にペコリと頭を下げた。
「じゃあ今日はお世話になります」
「テレビドラマの撮影も大変ですね。こんな山奥にまで来なくちゃいけないなんて」
「いえいえ、いいものを撮るためならどんな苦労でもいとわないつもりです。それに、イメージにぴったりのものが見つかり、しかも撮影協力をいただけるなんと本当に感謝しています」
男は再び頭を下げた。
この男は、岸貞広というテレビドラマの世界では結構有名な監督らしい。テレビをみない私にはまったくわからないが。
「お礼には及びませんよ。なにせこんな山奥ですから、ほとんど住んでいませんので手入れも行き届いていないのでこちらが恐縮してしまいます。何かありましたら気軽におっしゃって下さい」
私は相変わらず丁寧にしゃべる。
「しばらくお騒がせ致しますが、よろしくお願いします」
岸はそう言うと屋敷へと続く階段へと向かっていった。
撮影スタッフと俳優らしき数人も私に会釈をし、それに続く。
一人残った私。
かすかに笑みがこぼれる。
「しばらくお世話になります……か」
岸の言葉を思い出し、この先、彼らを待ち受ける運命を思うと気の毒になった。
まあ仕方のないこと。
世の中はそうそううまくいかないし、良いことばかりじゃない。
むしろ悪いことが多いのが常識だ。
いきなり最悪の事があるのも、これまた運命なのだから。