31話 霧に潜む処刑者編Ⅵ
城を囲むように、それぞれが所定の位置へ着いていた。
崩れた石壁。
霧に覆われた森。
そして――。
その奥に見える、黒い城。
昼だというのに薄暗い。
まるで陽の光そのものを拒絶しているようだった。
総司は、城を見据えながら静かに息を吐く。
耳元のSDと繋げたイヤホンから、小さなノイズが聞こえる。
各員との通信。
準備は整っていた。
総司が、静かに口を開く。
「――始めるよ」
その声が、全員のSDへ届く。
直後。
美雪が、一歩前へ出た。
静かに目を閉じる。
そして――。
冷気が溢れ出した。
サァァァァ――……
最初は、静かな風だった。
だが。
次の瞬間。
轟音。
ドォォォォォッ――!!
吹雪が、一気に解き放たれる。
白銀の嵐。
雪が舞う。
風が唸る。
周囲の木々が激しく揺れた。
霧に覆われていた城周辺へ、凄まじい冷気が流れ込んでいく。
空気が凍る。
地面が白く染まる。
吐く息すら、一瞬で白く凍りつきそうなほどだった。
その異変は、瞬く間に広がっていく。
城を包んでいた霧へ、吹雪がぶつかる。
白と黒が混ざり合う。
押し潰すように。
侵食するように。
美雪が、ゆっくり目を開いた。
その瞳は、淡く青白く輝いている。
髪が風に舞う。
まるで冬そのものが、彼女へ呼応しているようだった。
「……行くよ」
静かな声。
その瞬間。
吹雪がさらに勢いを増した。
気温が急激に低下していく。
城周辺だけが、完全に別世界へ変わっていた。
氷点下。
霧の表面へ霜が走る。
凍り始める。
そして――。
黒い霧が、わずかに揺らいだ。
その時だった。
上空。
吹雪を生み出した雪雲――そのさらに上。
巨大な黒鴉、夜天の背に乗った茜が、SDへ向かって声を飛ばす。
「いくよ!」
眼下には、吹雪に包まれた城。
白銀の嵐が、黒い霧を呑み込み始めている。
茜は弓を構えた。
冷たい風が髪を揺らす。
そして――。
「――五月雨!!」
弦が鳴る。
放たれたのは、五本の破魔矢。
矢は一直線に空へ駆け上がる。
だが――。
次の瞬間だった。
パキンッ――!!
空中で、五本の矢が分裂する。
十。
二十。
三十――。
無数。
破魔の光を纏った矢が、空いっぱいへ広がっていく。
まるで光の雨だった。
そして――。
一斉に落下する。
ヒュオオオオッ――!!
無数の破魔矢が、吹雪に覆われた城へ降り注ぐ。
その瞬間。
美雪と茜の声が、同時に重なった。
「「――八寒地獄」」
破魔矢が吹雪の層へ突入する。
瞬間。
冷気が矢へ絡みついた。
氷を纏う。
白銀の霜が走る。
吹雪を通過した破魔矢は、氷と浄化の力を帯びながら霧の中へ突き刺さっていく。
ズァァァァァッ――!!
霧へ命中するたび、黒い靄が浄化されていく。
まるで焼かれるように。
悲鳴にも似た音を上げながら。
吹雪と浄化。
二つの力が重なり合い、城を覆う霧を削り取っていく。
そして――。
黒い霧が、少しずつ晴れ始めた。
城の輪郭が見える。
崩れた塔。
黒ずんだ城壁。
異様な気配を放つ古城が、吹雪の向こうから姿を現していく。
総司が鋭く目を細めた。
「――今だ!」
その瞬間。
総司と美雪が地を蹴る。
同時に。
雪豹へ飛び乗った千代女が駆け出した。
白銀の獣が雪を蹴散らしながら疾走する。
吹雪の中を裂くように。
城へ向かって一直線。
その反対側――。
別の城壁方向からも動きがあった。
ジャンヌとラファエル。
二人が馬へ跨る。
ジャンヌの白馬が嘶く。
ラファエルも手綱を引いた。
そして――。
「行くぞ!」
馬が駆け出す。
吹雪の中へ。
霧に覆われた死の城へ向かって。
――AX班主攻サイド
吹雪を裂きながら、雪豹が大地を駆ける。
白銀の獣は雪の上を滑るように疾走していた。
城は、もう目前。
黒ずんだ城壁が、吹雪の向こうに不気味な影を落としている。
その途中だった。
千代女が、雪豹の背から総司と美雪へ声をかける。
「私はこの辺で別行動で潜入するね!」
総司と美雪が同時に頷く。
美雪が、不安そうに千代女を見る。
「千代女さん! 気をつけて……」
千代女は、ふっと笑った。
「大丈夫よ」
そして、どこか頼もしげに言う。
「あんた達が合流するまでに、調べ尽くしとくから」
一拍。
「後でちゃんと合流よ!」
その言葉に、総司も小さく笑った。
だが、すぐ真剣な目になる。
「セレナの言った通りだよ」
静かな声。
「全員無事で帰るためにも、無理はしないで」
千代女は、一瞬だけ目を細める。
そして。
「……了解」
笑みを浮かべたまま、雪豹へ指示を出した。
次の瞬間。
白銀の獣が大きく跳ぶ。
ドォンッ!!
城壁を飛び越え、そのまま別ルートへ消えていった。
吹雪の中へ。
総司は、その姿を一瞬だけ見送る。
だが――。
すぐに視線を前へ戻した。
「来る!」
黒い影。
前方。
吹雪の中から、二騎の黒騎士が姿を現す。
さらに――。
後方。
もう一騎。
馬へ跨った黒騎士が、速度を上げながら迫ってきていた。
挟み撃ち。
総司が即座に判断する。
「美雪ちゃん!」
振り向かず叫ぶ。
「ここで戦闘は避ける!」
「予定通り、追わせるよ!」
美雪が強く頷く。
「うん!」
次の瞬間。
前方の二騎が、一気に斬りかかってきた。
黒い剣が振るわれる。
だが――。
速い。
視覚で捉えた動きよりも先に、斬撃が来る。
ズレ。
あの異様な攻撃。
だが。
雪豹が地を蹴る。
ギリギリで回避。
白銀の獣が、二騎の間を一気にすり抜けた。
その瞬間だった。
後方。
槍を持った黒騎士が、馬上から突きを放つ。
狙いは――美雪。
鋭い一撃。
ズレた攻撃が、美雪へ届こうとしたその瞬間――。
ヒュッ!!
一本の矢が飛来した。
上空。
茜だった。
放たれた破魔矢が、槍を掠める。
その瞬間。
ジュゥゥッ――!!
黒い槍の一部が浄化される。
すると。
ズレていた攻撃が、正常な軌道へ戻った。
美雪が、そのまま身を低くする。
槍が髪を掠めて通り過ぎた。
「っ……!」
総司が即座に振り返る。
だが止まらない。
そのまま中央の城へ向かって駆ける。
後方では。
三騎の黒騎士が、なおも追ってきていた。
美雪が、上空の茜へ小さく手を振る。
そして。
総司へ声をかけた。
「予定通り、追ってきてる!」
だが、その声には不安も混じっていた。
「でも……」
吹雪の奥を見る。
「何騎いるか分からない……」
総司は前を見据えたまま答える。
「合流地点まで誘導する!」
強い声。
「そこで叩く!」
美雪が頷く。
そして。
雪豹へ、さらに速度を上げるよう指示を出した。
白銀の獣が咆哮する。
吹雪を蹴散らしながら。
二人は、死の城の中心へ向かって駆け抜けていく。
――オルレアン主攻サイド
吹雪の中を、二頭の馬が駆け抜ける。
ジャンヌとラファエル。
二人は城へ向かって一直線に進んでいた。
白い息が漏れる。
馬の蹄が、凍り始めた地面を激しく叩く。
周囲には、まだ薄く霧が残っている。
視界が悪い。
だが――止まれない。
しばらく進んだその時だった。
急に視界が開ける。
吹雪が薄くなった空間。
崩れた石像が並ぶ広場のような場所へ出た。
そして――。
気づいた時には、もう遅かった。
前。
後ろ。
左右。
黒騎士。
計四騎。
まるで最初からそこにいたかのように、音もなく二人を取り囲んでいた。
ラファエルが目を見開く。
「囲まれた!?」
周囲を見回す。
「いつの間に……!!」
ジャンヌが即座に剣を抜く。
「切り抜けるよ!」
強い声。
「合流地点へ急ごう!!」
ラファエルも剣を抜き放つ。
「ああ!」
次の瞬間。
前方の黒騎士が動いた。
剣を抜く。
そして――。
すれ違いざまに斬りかかってくる。
ラファエルが即座に反応する。
見えている。
軌道は読めた。
避けられる。
そう判断し、身体をずらした。
だが――。
ジャンヌの目にも、避けたように見えた。
なのに。
ズバッ――!!
「っ!?」
ラファエルの身体が、馬ごとのけ反った。
ジャンヌが叫ぶ。
「ラファエル!!」
黒い斬撃。
ズレた攻撃。
見えている動きよりも早く、斬撃だけが届いてくる。
ラファエルが歯を食いしばる。
だが。
鎧が衝撃を受け止めていた。
ラファエルが低く吐き捨てる。
「これが……」
息を荒げながら。
「総司たちが言ってた、“攻撃のズレ”ってやつか……!」
そう言いながら、剣を構え直そうとした――その瞬間だった。
上空から、鋭い鳴き声が響く。
ギャアアアアッ――!!
赤い影。
巨大な鳥が、吹雪を裂いて飛来した。
朱雀。
燃え盛る炎を纏った神鳥。
次の瞬間。
ドォォンッ!!
朱雀が翼を広げる。
燃え上がる炎の羽が、前方の黒騎士へ叩きつけられた。
黒騎士が吹き飛ぶ。
炎が、黒い鎧を焼いた。
そして。
上空から声が響く。
「お二方! 今です!」
晴明だった。
夜天の背から、戦場を見下ろしている。
「駆け抜けて!!」
さらに続ける。
「朱雀に援護させる!」
静かな声。
だが力強い。
「予定通りに!!」
その声を聞き。
ジャンヌが即座に頷く。
「行くよ!」
ラファエルも手綱を強く引いた。
二頭の馬が、一気に加速する。
吹雪の中へ飛び込む。
その上空では。
朱雀が旋回していた。
巨大な翼を広げながら。
まるで二人を守るように。
炎の軌跡を描きながら飛び回る。
だが。
後方では。
四騎の黒騎士が、なおも追ってきていた。
ジャンヌが、前を見据えたまま呟く。
「……援護、助かるね」
ラファエルが苦笑する。
「AX班は、チームとしての連携がいいな」
その言葉に。
ジャンヌも、小さく笑った。
「うちのオルレアンも、見習わないとね」
ラファエルが前を睨みながら答える。
「それもあるが――」
剣を握り直す。
「人材だな」
そのまま二人は、吹雪の中を駆け抜けていく。
合流地点へ向かって。
雪豹が吹雪を裂いて駆ける。
馬が、凍りついた地面を蹴り上げる。
白銀の嵐の中――。
二組は、ほぼ同時に城門前へ辿り着いた。
巨大な城門。
黒ずみ、半ば崩れかけている。
その前にある開けた空間。
そこが、合流予定地点だった。
総司と美雪。
ジャンヌとラファエル。
四人が、それぞれ視線を交わす。
だが――。
次の瞬間。
吹雪の奥から、黒い影が現れた。
追ってきた黒騎士たち。
総司たちを追っていた三騎。
ジャンヌたちを追っていた四騎。
合計七騎。
音もなく、四人を取り囲む。
黒い鎧。
不気味な沈黙。
まるで処刑執行人の群れだった。
ジャンヌが剣を構えながら言う。
「相手は七騎……」
小さく息を吐く。
「一人二騎で、お釣りが来るね」
総司が苦笑する。
「普通なら……ね」
視線は黒騎士たちへ向いている。
「でも、あの“ズレ”を見切れないと危ない」
その時だった。
ラファエルが剣を振り上げる。
「だったら――」
低い声。
「その前に、力技で押すまでだ!」
美雪が、その言葉に頷いた。
「……それ、合理的かも」
だが。
その瞬間だった。
黒騎士の一人が、ゆっくり剣を地面へ突き立てる。
ゴォォォ……
不気味な音。
そして――。
地面が割れた。
無数の白い腕が這い出る。
骸骨。
剣を持った骸骨。
槍を持った骸骨。
次々と地面から湧き上がってくる。
まるで死者の軍勢だった。
総司が目を細める。
「……一人二騎じゃなくなったね」
苦笑。
そして、ゆっくり刀を構える。
「やっぱ、力技が正解かも」
総司が、美雪を見る。
「行くよ、美雪ちゃん」
美雪も強く頷く。
「うん!」
吹雪が、彼女の周囲で渦巻く。
「やろう!」
その瞳には、強い意志が宿っていた。
「絶対、ルイくんとアルマちゃんのお父さんを助けよう!」
ジャンヌも剣を握り直す。
「私たちも行くよ、ラファエル!」
ラファエルが不敵に笑う。
「ああ」
剣へ魔力が走る。
「奴らを、ねじ伏せる!」
そして――。
総司と美雪。
二人の声が重なる。
「「――LINK!!」」
同時に。
ジャンヌとラファエルも叫ぶ。
「「――resonance!!」」
瞬間。
二つの力が、同時に解き放たれた。
ドォォォォォッ――!!
吹雪が激しく渦巻く。
まず変化したのは、総司と美雪だった。
青白い光が二人を包み込む。
冷気が溢れ出す。
総司の菊一文字へ、雪の紋様が浮かび上がった。
刀身から白い冷気が流れ落ちる。
まるで刀そのものが冬へ変わったような妖刀。
総司の足元から、霜が広がる。
空気が凍りついていく。
その隣で。
美雪の銀髪が、吹雪の中で揺れる。
冷気が彼女へ集まっていく。
いや――違う。
風が。
雪が。
吹雪そのものが、美雪へ呼応していた。
まるで自然そのものが、彼女へ力を貸しているようだった。
白い吐息。
舞い散る雪。
美雪の周囲だけ、冬がさらに深くなる。
そして。
ジャンヌとラファエルの“レゾナンス”も発動する。
白金色の光が、二人を包み込んだ。
ジャンヌの背へ、巨大な天使の翼が広がる。
神々しい輝き。
羽が舞う。
その姿は、まるで聖女そのものだった。
剣へ、濃密な光の魔力が流れ込む。
対するラファエル。
彼の剣へ、複数属性の魔力が渦巻き始める。
炎。
雷。
風。
三つの属性が絡み合い、刀身を覆っていく。
空気が震える。
魔力圧が、一気に跳ね上がった。
吹雪。
光。
冷気。
魔力。
四人の力がぶつかり合い、空間そのものが軋み始める。
それを囲む黒騎士たちが、ゆっくり武器を構えた。
そして――。
骸骨の軍勢が、一斉に動き出す。
死者の群れが、吹雪の中で四人へ襲いかかった。
迫り来る黒騎士たちを引き連れながら。
その瞬間だった。
美雪が、ふわりと両手を上げる。
まるで雪と踊るような、静かな動き。
すると――。
ゾワッ――……
地面一帯へ、凄まじい冷気が走った。
白い霜が、一瞬で広がっていく。
石畳。
雪。
骸骨たちの足元。
すべてを呑み込みながら、冷気が駆け抜けた。
そして。
無数の骸骨へ触れた瞬間――。
パキッ。
パキパキパキッ――!!
凍結。
骸骨たちの身体が、一瞬で氷に包まれていく。
剣を振り上げたまま。
槍を構えたまま。
そのまま氷像へ変わっていった。
吹雪の中。
無数の氷漬けの骸骨が並ぶ。
異様な光景。
そして、美雪はそれを静かに見つめた。
確認するように。
ゆっくりと。
胸の前で、指を鳴らす。
――パチン。
次の瞬間。
バキィィィンッ――!!
氷が砕け散った。
凍りついた骸骨たちが、一斉に粉砕される。
砕けた氷と共に。
骸骨たちの身体が、霧のように消滅していった。
吹雪の中へ溶けるように。
ジャンヌが、思わず声を上げる。
「美雪さん、すごい!!」
その声には、本気の驚きが混じっていた。
ラファエルも、目の前の光景に言葉を失っている。
凍結。
粉砕。
しかも一瞬。
これほど広範囲を、ここまで一気に制圧するとは思っていなかった。
総司は、その様子を見て苦笑する。
「……相変わらずすごいね、美雪ちゃん」
美雪は、小さく笑った。
「これで綺麗になった」
だが――。
その直後だった。
ゴゴゴゴ……
再び地面が揺れる。
白い腕。
また骸骨が這い出してくる。
一体や二体ではない。
無数。
まるで終わりがない。
それを見た美雪が、静かに息を吐く。
そして三人を見る。
「骸骨たちは、みんなを援護しながら私がなんとかする」
吹雪が、さらに強く渦巻く。
その瞳が青白く光る。
「だから――」
一拍。
「三人は、騎士たちをお願い!」
そして、小さく笑う。
「これで、一人二騎+一騎になったでしょ?」
総司が、ふっと笑った。
菊一文字を肩へ乗せる。
「頼もしいなぁ、美雪ちゃん」
その目が鋭くなる。
「じゃあ、遠慮なく暴れさせてもらうよ」
ジャンヌも、力強く頷いた。
光の翼が広がる。
「分かりました!」
剣を構える。
「必ず突破します!」
ラファエルが、不敵に笑う。
剣へ雷光が走った。
「あの骸骨相手は任せた!」
そして前を睨む。
「こっちは、騎士を叩き潰す!」
その瞬間――。
黒騎士たちが、一斉に動いた。
同時に。
総司たち四人も地を蹴る。
吹雪。
冷気。
光。
魔力。
死の軍勢と四人の戦士たちが、城門前で激突した。
黒騎士たちが、一斉に踏み込む。
吹雪の中。
七騎の処刑騎士が、それぞれ四人へ襲いかかった。
総司が最初に動く。
地を滑るように加速。
黒騎士の懐へ一気に潜り込む。
敵の剣が振るわれる。
ズレた斬撃。
だが総司は、その違和感ごと身体で読み始めていた。
ギィンッ!!
菊一文字で受け流す。
その瞬間。
総司が低く刀を振るった。
ヒュォッ!!
氷の斬撃が飛ぶ。
黒騎士が避ける。
だが、その着地点――。
バキィィッ!!
地面から氷柱が突き上がった。
体勢が崩れる。
そこへ。
ジャンヌが飛び込む。
「はぁぁっ!!」
光を纏った剣が振り下ろされる。
ドォンッ!!
黒騎士が吹き飛ぶ。
総司が笑う。
「ナイス!」
ジャンヌも翼を広げながら笑みを返す。
「そっちこそ!」
その横では。
ラファエルが二騎の黒騎士と激突していた。
雷を纏った剣が唸る。
ガギィィンッ!!
重い衝突音。
そこへ横から、もう一騎が突きを放つ。
ズレた攻撃。
だが――。
ヒュッ!!
破魔矢が飛来した。
茜だった。
夜天の背から放たれた矢が、黒騎士の槍を掠める。
ジュゥゥッ――!!
黒い瘴気が削れる。
ズレが一瞬弱まる。
「今だよ!!」
上空から茜の声。
ラファエルが踏み込む。
「助かる!」
炎と雷を纏った斬撃。
ドォォンッ!!
黒騎士が吹き飛ばされた。
だが、その背後から骸骨の群れが迫る。
剣。
槍。
無数。
その瞬間。
吹雪が渦を巻いた。
美雪だった。
「邪魔……!」
冷気が走る。
骸骨たちの足元が一気に凍る。
動きが止まる。
そこへ。
総司が飛び込む。
「まとめて斬る!!」
氷を纏った斬撃が走る。
バキィィンッ!!
凍った骸骨たちがまとめて砕け散った。
さらに。
ジャンヌが翼を広げる。
空中へ跳ぶ。
上から黒騎士へ急降下。
だが。
別方向からズレた斬撃。
避けきれない――。
その瞬間。
ゴォォォッ!!
巨大な炎が割って入った。
朱雀。
晴明が地上へ降り立っていた。
長い髪を吹雪が揺らす。
晴明が札を放つ。
「朱雀!!」
炎の神鳥が翼を広げる。
黒騎士を焼き払う。
さらに。
晴明が地面へ手をかざした。
「玄武」
低い声。
次の瞬間。
巨大な亀と蛇の霊体が出現する。
重い霊力。
玄武が前へ出る。
ズレた斬撃を受け止める。
ドゴォッ!!
衝撃。
だが、玄武は崩れない。
その隙に。
ラファエルが横から突っ込む。
雷撃を纏った斬撃。
黒騎士の鎧へ叩き込む。
総司が、その横を駆け抜けた。
「美雪ちゃん!」
「うん!」
美雪が両手を振るう。
吹雪が収束する。
無数の氷槍が形成された。
「行って!!」
ヒュガガガガッ!!
氷槍が一斉に放たれる。
黒騎士たちが防御する。
その瞬間。
ジャンヌが踏み込む。
「そこ!!」
光の剣が閃く。
黒騎士の一騎が、大きく吹き飛んだ。
さらに上空。
茜が再び弓を引く。
「逃がさない!」
放たれた破魔矢が分裂する。
雨のように降り注ぐ。
骸骨たちを浄化しながら砕いていく。
吹雪。
炎。
氷。
雷。
光。
四神。
それぞれの力が戦場を埋め尽くしていた。
そして――。
少しずつ。
確実に。
黒騎士たちは押され始めていた。
吹雪と激突音が荒れ狂う戦場の中――。
晴明が、上空の茜へ視線を向けた。
「茜さん!」
夜天の背に乗る茜が振り向く。
晴明が素早く数カ所を指差した。
「さっき言った五本の矢を、指定位置へ!」
茜は即座に頷く。
「分かった!」
梓弓を引く。
放たれた五本の破魔矢が、吹雪を裂いて飛んでいく。
一本目。
崩れた塔の側面。
二本目。
城門脇の瓦礫。
三本目。
広場中央。
四本目。
黒ずんだ石柱の上。
五本目。
戦場外縁の地面へ。
正確無比。
寸分違わず、晴明の指示した位置へ突き刺さる。
茜が叫ぶ。
「晴明さん! 出来たよ!」
晴明が静かに頷いた。
「いい感じです」
そして。
右手で印を結ぶ。
指先を口元へ当て、静かに詠唱を始めた。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン………」
低く響く声。
その瞬間だった。
突き刺さった五本の矢から、光が立ち上る。
ゴォォォッ――!!
五つの光柱。
それが上空で一点ずつ輝き始める。
そして――。
それぞれを結ぶように光が伸びた。
線が繋がる。
巨大な五芒星。
さらに、その外周へ円環が形成される。
神聖な光。
吹雪の中に、巨大な術式が浮かび上がった。
晴明の目が鋭くなる。
そして――。
「急急如律令!!」
瞬間。
五芒星が激しく輝いた。
ドォォォォォッ――!!
外周の円から、真っ直ぐ地上へ光が落ちる。
戦場全体を囲むように、巨大な光の壁が形成された。
結界。
その瞬間。
黒い霧が焼かれるように浄化され始める。
ジュゥゥゥッ――!!
瘴気が消えていく。
晴明が静かに言った。
「これで――」
視線を黒騎士へ向ける。
「再生も、“攻撃と防御のズレ”も起こらないでしょう」
ジャンヌが驚いたように周囲を見る。
「この光……暖かい」
ラファエルは、しばらく言葉を失っていた。
美雪。
そして晴明。
あまりにも規模が違う。
ラファエルが呆然と呟く。
「……なんなんだ、この連中は」
だが――。
次の瞬間だった。
黒騎士が、晴明へ迫る。
剣が振り下ろされる。
晴明は狩衣を翻し、地面を滑るように回避する。
だが。
そこへ、別方向から新たな斬撃。
「危ない!!」
総司。
美雪。
茜。
三人の声が重なる。
そして――。
ドッ――!!
鈍い音。
全員が息を呑む。
だが。
次の瞬間、目の前にあったのは想像と違う光景だった。
赤黒い槍。
そして。
白い神槍。
二本の槍が、黒騎士を貫いていた。
騎士の身体が震える。
そして崩れ落ちる。
槍が引き抜かれる。
そして――。
吹雪の中に立っていたのは、セレナだった。
金色の髪が、白銀の吹雪の中で揺れる。
その姿は、まるで戦場へ舞い降りた戦乙女のようだった。
片手にはゲイ・ボルグ。
もう片方には天之逆鉾。
二本の槍を構え、鋭い眼差しで黒騎士たちを睨んでいる。
セレナが、少し不機嫌そうに笑った。
「言ったわよね……」
静かな声。
「全員、無事で帰還しなさいって」
晴明が唖然とする。
だが、すぐに表情を戻した。
「……絶対安静って言われてたはずだけど?」
セレナが肩をすくめる。
「なーんか……来ちゃった」
晴明が深いため息を吐く。
「そうだろうと思ったよ」
そう言いながら、札を二枚取り出す。
「ほら」
セレナを見る。
「傷のところ見せて」
セレナが少しだけ恥ずかしそうな顔をする。
だが、素直に応じた。
晴明が傷口へ札を貼る。
瞬間。
淡い光が走った。
セレナが目を見開く。
「痛みが消えた!?」
そして晴明を睨む。
「あんたねぇ! こんなのあるなら最初から使いなさいよ!」
晴明が呆れた顔をする。
「傷を治したんじゃない」
指を立てる。
「痛みを消しただけだ」
さらに続ける。
「無理すれば普通に傷は開く」
「あと、その札は防御結界も兼ねてる」
セレナがニヤッと笑う。
その時だった。
上空。
夜天の背にいる茜へ向かって、黒騎士が槍を投げ放つ。
速い。
気づくのが遅れた。
避けられない。
槍が夜天へ届く――その瞬間。
パンッ!!
パンッ!!
二発の銃声。
弾丸が槍へ命中する。
軌道が逸れる。
槍が吹雪の中へ消えていった。
下から声が飛ぶ。
「大丈夫か? 茜」
晋作だった。
茜が目を見開く。
「晋作さん!? 絶対安静!!」
「しかも肋骨ヒビ入ってるかもって――!」
晋作が笑う。
「お前、この前言ったろ?」
銃を回す。
「一人にはさせないって」
そして。
ニヤリと笑った。
「俺も同じことしただけだ」
茜が困った顔になる。
「それとこれとは状況が――」
だが晋作が遮る。
「違わねぇよ」
真っ直ぐな声。
「同じだ」
茜が少し黙る。
そして――。
「……もう、バカ」
そう言いながらも。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
晴明が叫ぶ。
「晋作! あなたもこれ貼って!」
札を投げる。
「完治したわけじゃないからな!」
「後でどうなっても知らんぞ!!」
晋作が札を貼る。
そして目を見開いた。
「こりゃすげぇ」
肩を回す。
「痛みが全くねぇ!」
ニヤッと笑う。
「じゃあ――暴れるとするか」
晴明が頭を抱えた。
「全く、人の話を聞いてない……」
その様子に、セレナがクスッと笑う。
そして。
二本の槍を構えた。
「私たちも行くわよ!」
その瞬間。
四人の声が重なる。
「「――LINK!!」」
ドォォォォォッ――!!
光が爆発する。
晋作へ、茜の破魔の力が流れ込む。
銃と刀へ、神聖な光が宿る。
セレナへは、晴明の五行と四神の力が重なる。
炎。
水。
風。
雷。
そして四神の霊力。
二本の槍へ、膨大な力が宿っていく。
茜の梓弓が、強い光を帯びる。
さらに。
晴明の周囲へ、異様な力が漂い始める。
因果。
運命の流れそのものへ干渉するような、静かで恐ろしい力。
戦場の空気が変わった。
AX班。
その全員が、今ここで揃ったのだった。
「行くわよ!!」
セレナが地を蹴った。
金色の髪が吹雪の中で大きく翻る。
その瞬間――。
晴明から流れ込んだ五行と四神の力が、一気に二本の槍へ宿る。
炎。
水。
雷。
風。
土。
五色の霊光が、ゲイ・ボルグと天之逆鉾へ絡みついた。
セレナの周囲で空気が震える。
「はぁぁっ!!」
最初に放たれたのは、ゲイ・ボルグによる刺突。
だが、ただの突きではない。
火行。
爆発的な炎の霊力が槍へ圧縮されていた。
ドォォォォンッ!!
突きが黒騎士へ直撃した瞬間、内部から炎が炸裂する。
黒騎士が吹き飛ぶ。
だが。
別方向から、もう一騎が斬りかかってくる。
セレナが即座に天之逆鉾を振るった。
今度は水行。
白い神槍から濁流のような霊力が解き放たれる。
ゴォォォッ!!
巨大な水の奔流が黒騎士を呑み込み、そのまま地面へ叩き潰した。
そこへ。
晋作が笑いながら踏み込む。
「派手に行こうじゃねぇか!!」
銃を構える。
その瞬間。
茜の破魔の力が銃へ流れ込んだ。
さらに。
晋作自身の霊力が弾丸へ集中する。
「ぶち抜けぇ!!」
パンッ――!!
轟音。
放たれた弾丸が、ただの銃撃とは思えない速度で飛ぶ。
一直線。
黒騎士の胸部へ命中。
ドゴォォォッ!!
衝撃と同時に、破魔の霊力が内部で炸裂した。
黒騎士の鎧が大きく抉れる。
一発。
たった一発で、致命的な損傷。
晋作がニヤリと笑う。
「効いてんじゃねぇか」
その瞬間。
別の黒騎士が槍を突き出す。
晋作が刀を抜いた。
だが、その刀身には白い霊光が宿っていた。
茜の破魔。
晋作自身の霊力。
それが混ざり合っている。
「斬れろぉっ!!」
振り抜く。
瞬間。
斬撃が飛んだ。
白い霊力の刃。
ドォォッ!!
黒騎士ごと背後の骸骨をまとめて斬り裂く。
吹雪の中へ、黒い霧が爆散した。
その横で。
セレナがさらに踏み込む。
「まだよ!!」
今度は風行。
天之逆鉾を振るう。
暴風が巻き起こる。
黒騎士たちの体勢が崩れる。
そこへ。
ゲイ・ボルグへ雷が走った。
雷行。
赤黒い槍へ紫電が絡みつく。
セレナが加速。
「貫けぇぇぇっ!!」
突き。
バギィィィンッ!!
雷撃が爆発する。
黒騎士の鎧が砕け散る。
その瞬間。
晋作が横から飛び込む。
「セレナ!!」
「合わせるわよ!!」
二人の動きが噛み合う。
晋作が銃を連射する。
パンッ!!
パンッ!!
破魔弾が黒騎士の動きを止める。
そこへ。
セレナが両槍を交差させた。
今度は土行。
重力のような圧力が発生する。
黒騎士たちの動きが鈍る。
「逃がさない!!」
そして――。
五行すべてが、二本の槍へ収束した。
炎。
雷。
風。
水。
土。
巨大な五色の奔流。
「消し飛びなさい!!」
ドォォォォォォォンッ!!!!
十字の破壊光が戦場を薙ぎ払う。
黒騎士二騎がまとめて吹き飛ばされた。
その直後。
晋作が刀を構える。
霊力が収束する。
白い光が刀身へ走る。
「これで終わりだ!!」
踏み込み。
一閃。
巨大な霊力斬撃が放たれた。
ドォォォッ!!
吹雪を裂きながら飛ぶ白い斬撃。
黒騎士を真っ二つに断ち切る。
浄化。
黒い霧が爆散する。
セレナが肩で息をしながら笑った。
「はぁ……っ」
「これだから前線はやめられないのよね」
晋作も刀を肩へ担ぎ、ニヤリと笑う。
「だろ?」
吹雪の中――。
最後の一騎だけが、まだ立っていた。
黒い鎧。
傷だらけになりながらも、その騎士はなお剣を握っている。
周囲には、消えゆく黒霧。
砕けた骸骨。
そして、激戦の痕跡。
総司が静かに息を吐く。
「……しぶといね」
その横で、ジャンヌも剣を構え直した。
光の翼が揺れる。
「ええ」
静かな声。
「でも――終わらせます」
黒騎士が動く。
ドォンッ!!
地を砕きながら突進。
重い。
速い。
大剣が振り上げられる。
総司が踏み込む。
迎え撃つ。
ガギィィンッ!!
激突。
凄まじい衝撃。
だが。
黒騎士がさらに押し込んでくる。
その瞬間。
横からジャンヌが飛び込んだ。
「はぁっ!!」
白金の斬撃。
黒騎士が咄嗟に受ける。
だが。
総司が笑った。
「そっち向いた」
ジャンヌが目を見開く。
次の瞬間。
総司の姿が消える。
速い。
吹雪の中を滑るように回り込む。
黒騎士が振り向こうとする。
だが、その足元。
バキィィッ!!
巨大な氷柱が突き上がった。
体勢が崩れる。
そこへ。
ジャンヌが翼を広げる。
「総司くん!!」
「合わせて!!」
総司が踏み込む。
菊一文字へ冷気が収束する。
ジャンヌの剣へ、白金の光が集まる。
そして――。
二人が同時に叫んだ。
「「――はぁぁぁぁっ!!」」
斬撃。
氷の刃。
光の斬撃。
二つが交差する。
ドォォォォォォンッ!!!!
十字の衝撃が炸裂した。
黒騎士の鎧が砕ける。
さらに。
内部へ氷が侵食する。
そこへ光が叩き込まれる。
浄化。
破壊。
二つの力が同時に爆発した。
黒騎士の身体が、大きく裂ける。
そして――。
ドサッ。
大剣が地面へ落ちた。
黒騎士の身体が崩れる。
吹雪の中。
その身体は、ゆっくり黒い霧となって消えていった。
沈黙。
戦場から、敵の気配が消える。
総司が、ふぅっと息を吐いた。
「……終わった?」
ジャンヌも、静かに周囲を見渡す。
そして、小さく頷いた。
「ええ」
翼がゆっくり消えていく。
「どうやら……」
その時だった。
背後から、晋作の声が飛ぶ。
「おーい」
ニヤニヤしながら手を上げている。
「二人とも、最後ちょっとカッコつけすぎじゃねぇか?」
セレナが苦笑する。
「確かに」
美雪も、小さく笑った。
「でも、すごかった」
ジャンヌが少し照れたように笑う。
総司も苦笑した。
だが、その直後。
晴明が静かに城を見上げる。
吹雪の向こう。
巨大な城。
まだ終わっていない。
晴明が低く呟いた。
「……本番はここからだな」
全員の視線が、城へ向けられる。
黒い気配は、まだ奥に残っていた。
――城内部。
冷たい石造りの通路。
外で吹き荒れる戦闘の振動が、微かに壁を震わせている。
その暗闇の中を――。
望月千代女は、雪豹と共に静かに進んでいた。
足音は、ない。
呼吸すら溶けるような静けさ。
千代女が立ち止まる。
細く息を吐き――印を結ぶ。
指先が滑るように動く。
そして。
低く、呪のように囁いた。
「――来な」
その瞬間だった。
床が、ぬるりと波打つ。
石の隙間。
闇の奥。
そこから、黒い鱗が覗く。
次々に。
無数の蛇が、音もなく這い現れた。
赤い瞳。
細い舌。
冷たい殺気。
千代女が静かに命じる。
「探りな」
「人質」
「資料」
「幹部の部屋」
「全部よ」
蛇たちは散っていく。
音もなく。
城の奥深くへ。
千代女は、細く目を細めた。
外から、激しい衝撃音が響く。
爆音。
剣戟。
何かが崩れる音。
戦いが始まったのだ。
千代女が、小さく呟く。
「……始まったわね」
その声は静かだった。
だが。
瞳は鋭い。
雪豹が低く唸る。
千代女は、その頭を軽く撫でた。
「行くわよ」
再び歩き出す。
一人と、一匹。
影のように。
城の内部を進んでいく。
その時だった。
ふいに。
千代女の表情が変わる。
――一匹。
放っていた蛇の感覚に変化が走った。
千代女は目を閉じる。
意識を繋ぐ。
蛇の視界。
暗い大広間。
床いっぱいに広がる巨大な魔法陣。
黒い光。
脈打つような禍々しい紋様。
そして――。
人。
何人もの人間が倒れていた。
観光客。
捜索隊。
動かない。
まるで供物のように並べられている。
千代女の目が細くなる。
(黒魔術……)
その瞬間だった。
視界が――潰れた。
真っ黒に染まる。
途切れる感覚。
千代女が即座に目を開く。
(消えた……?)
一瞬。
だがすぐ理解する。
(いや――消された!)
侵入がバレた。
その瞬間。
別の蛇との感覚も、次々に途切れていく。
一匹。
また一匹。
潰されるように。
消えていく。
千代女の目が鋭くなる。
だが。
その中で、一匹だけ。
まだ生きていた。
その蛇が見ていたのは――執務室。
机。
大量の資料。
書類の山。
千代女が即座に動く。
「こっちね」
雪豹を従え、通路を滑るように進む。
そして――。
執務室の前へ辿り着く。
千代女は壁に背を預け、気配を探る。
静か。
罠の気配。
魔術反応。
……ない。
物理罠も。
確認完了。
千代女は細い工具を取り出す。
鍵穴へ差し込む。
カチ。
カチリ。
数秒。
――解錠。
音もなく扉を開け、中へ滑り込む。
室内。
古い机。
積み上がった資料。
地図。
報告書。
千代女は即座に目を走らせる。
(報告書……配置……警備……)
頭の中で整理する。
そして紙を取り出した。
さらさらと線を描く。
城内部の構造。
大広間。
地下牢。
人質位置。
魔法陣。
把握した情報を、一気に書き込んでいく。
書き終えると、それを小さく折る。
雪豹の首輪へ括りつけた。
「もしもの時は、これを持って逃げな」
雪豹が静かに目を細める。
千代女は次に書棚へ向かった。
探すのは――。
“夜の帝国”。
その情報。
起源。
構成員。
思想。
何でもいい。
痕跡が欲しい。
その時だった。
机の奥。
鍵付きの引き出しが目に入る。
千代女が細く目を細める。
再び工具。
数秒。
開く。
中にあったのは――。
古びた歴史書だった。
革張り。
異様な紋章。
千代女がページを開く。
そして――。
その目が、わずかに見開かれた。
(これは……)
その瞬間。
――気配。
ドアの向こう。
人間。
近い。
千代女の目が鋭くなる。
即座に歴史書を閉じる。
雪豹へ放る。
「隠しな」
雪豹がそれを咥え、影の奥へ滑り込む。
千代女自身も、音もなく物陰へ沈む。
直後。
――扉が開く。
黒いローブ。
ゆっくりと入ってくる男。
空気が変わる。
冷たい。
粘つくような魔力。
男が、静かに口を開いた。
「……ネズミが嗅ぎ回っているようだ」
31話 完




