【かの箱別ライン】03-02《一人二期生➁不同意寝落ちもちもち事件 in 2016年、秋》
個人で運営していたブログに投稿していた小説の続きです。前話はこちらから→https://psypuni7.com/(ブログに飛びます)
「びっくりした、」「びっくりしたびっくりした、」「びっくりしたぁ、、、、」
「ごめんごめんごめんごめん、」「ごめんなぁ、」
「びっくりした、もう」「死ぬかと思った、、、、、」
「ごめんごめんごめんごめん、」「そうだよなぁ、」
Discordの通話チャンネルの先にいたのは神縫だった。
同期にして同チームの一人、
人生で最も濃密な半年を共に過ごした大事な四人メンバーのうちの一人神縫沙汰泥が
何故だか勝手に繋がっていたDiscordの通話チャンネルの先にいた。
「あの、あのあのあの」「あのねぇ、、、、、」「スン。」
「うん、うんうんうんうん」「うん、」
「吾、大きな音苦手なんだ、ほんとに、、、、、」
「うんうん、」「うん」「そうだよなぁ、、、、、」
「うん、グス、、、、」「だからねぇ、」「気を付けてもらえると、ありがたい」「全体的に」
「うんうん、」「うんうんうん」
「グス、」「すー、声あの、すごい」「大っきいから、、、、、」
「うん、そうだよなァ、」「入んないもんなァ、あんまり大っきいと」
「うん、」「グス、、、、」「入んない、、、、」「?」
「小っちゃいもんなぁ、神縫…………」
「………………」「え、小っちゃい…………?」「ズビ。」
「泣き方も可愛いなァお前はほんとに、」「ハァハァ、」
「………………」「すー?」
「うん、」「うん何?神縫」
「何を」「言っておるのじゃ…………?」
「え、何…………」「何って、」「何?」
「何か変なこと」「言ったじゃろう?今…………」
「え…………」「言ってない、けど…………」
「……………」「ほんと?」
「うん。」「相槌打ってただけだよ?うんうんって」
「……………」「言ったじゃろ、なんか」「小さいとか、なんとか…………」
「?」「いや…………?」「何も言ってないけど」
「……………」「そう?」
「うん。言ってない。」
「あ、」「……………」「あそう…………」
神縫はさっきのAmongUsコラボで開幕早々に私が殺害したきり、
そう言えば会話をした記憶がなかった。
AmongUsは処されたプレイヤーの通話が生存している側に聞こえなくなるようミュートされる仕様があり、私に背後から襲われて〝ア゛ーーーーーーー!〟と声を上げたのを最後に、
神縫の声を聞いた記憶はそう言えばなかった。
「………………」「もしかして、あれ?」
「?」「うむ。」
「繋がってた?ずっと」
「え?」「うむ、」「そうじゃけど…………」
「…………………」「えぇ?」「…………………」
まさかと思いつつPC画面右下の時計の表示をちらりと確認すると〝12:35〟…………
Pノコが発狂して荒れてしまった半年記念枠を閉じてからもうかれこれ二時間半が経過していた。
「………………」「………………」
「……………え?」「え、何じゃ………?笑」
「…………いや、」「何故、ずっと黙ってたの………?」
「……………?」「え?」「え、何故って、」「別に…………」
「………………」「………………」
「………………」「えぇ…………?」
「………………」「………………」
「何じゃ…………」「嫌じゃった、」「感じ…………?」
「………………」「………………」
神縫は不思議な子だった。
年は私より、(多分)一世代分は下で若いもののどこか古びた語り口で丁寧に話す子で、
それと度々繰り返すこれみたいな不思議行動が相まって
いつもミステリアスな空気を纏っていた。
ちなみに〝吾〟とか〝○○じゃ〟みたいなのは地の喋り方じゃなくて、VTuberとしてのキャラ付けによるものだ。
私にも〝私が来た!〟とか〝アッセンブル!〟みたいな定型が当初は用意されていたけど、活動開始一週目で(面倒くさくて)早々に捨ててしまっていた。特殊な口調とか一人称とかを半年経っても守り続けているのはチーム五人のうち神縫だけで、そういう意味ではこの神縫がチーム一真面目なメンバーと言えるのかも知れなかった。
「いや、嫌とかではないけどさぁ、」
「う、」「うむ…………」
「普通言うじゃない?何かしら」「それをお前、二時間半も…………」
「うん…………?」
「寝ちゃうとこだったよ、そろそろ」「どうするつもりだったの?あたしが寝たら」
「え……………?」「え、だって」
「うん…………」
「〝寝落ちもちもち〟って、そういうものなんじゃ…………?」
「え、なに?」「寝落ち……………」
「〝寝落ちもちもち〟………………」
「あぁ、〝寝落ちもちもち〟」
「そう……………」
「寝落ちもちもちのつもりで二時間半黙ってたの?」
「う、うむ…………」「て、言うか切り時がちょっと、」「分からなくなって、あの」「ゴニョゴニョ」
「?」「何ぃ?」
「一回黙ったら、」「話し出すのもどうしていいやら」
「なんだよ」
「い、いやあの」「そうじゃ!今晩はいっちょすーと〝もちもち〟しながら寝落ちしてやろうと思って通話状態をキープして……………」
「〝寝落ちもちもち〟は、」
「?」「う、うむ……………」
「合意の上でやるもんだよ」
「え、ご」「合意…………?」
「そうだよ。」「普通はそう」「そういうもんだろ」
私は
もう本当に良くないことだと思うし、
これに関しては自分で自分の自制心の無さがほとほと嫌になることしきりだったけど、
チームで唯一、神縫のことが女として好きだった。
このチームを運営するに当たって運営はかなり厳しいルールを敷いていて、
メンバー同士は活動上以外、つまりプライベートでは友人としてすら交流することを禁止されていて
個人情報をやり取りすることも厳禁だった。
それでも私は神縫のことが明確に女として好きだったし、
個人情報も何とかその一端でもいいから手に入れたくて、
〝絶対お前身長小っさいでしょ?〟〝ねぇ?笑〟〝ねぇ?笑〟
などと言って煽ったり
〝神縫は絶対良家のお嬢様タイプだよな〟〝しかも絶対こじんまりとした日本人系美人顔〟〝絶対そうでしょ?〟〝ねぇ…………?〟
などと言って褒めそやしたりして
本人が自分から自撮り画像を送ってくる流れを作ろうとしたりもした。
それをして運営から叱られるか、悪ければ処罰を受けるのは主に神縫になる筈なのに、
それが分かっていても私は神縫に対する気持ちをどうしても抑えられずにいた。
「え、」「えでも……………」
「うん」
「それはすーと吾みたいな関係でも?」
「………………」「………………」
ほら、こういう所……………
「何がぁ、」
「え、だから」「すーと吾みたいないちゃラブカップル同士でも」「要るのかなぁって、」
「………………」「………………」
「その、」「合意って、」「いうやつ…………?笑」
「………………」「………………」
こういう所が
神縫は本当にずるい。
モーションをかけてきていることは確実だけど、
それが本気なのかこっちをおもちゃにして遊びたいが故の
冗談半分なのかがいつも読めない。
繊細で脆く、弱々しい姿を見せて気を遣わせた翌日に、
すっと懐まで入り込んできて耳に息を吹きかける。
天然なのか意図的なのかは分からないけど、
そういうギャップの連続で人を惑わせてダメにするタイプの女だった。
「………………」「………………」「ちょっと分かんないわ、何言ってるか」
「なぁんでじゃ笑」
「プライバシーを侵害されて、」「困惑しきりです、私」
「何それ、笑」「なんか………………」「笑」
「?」「何、」「何だよ」
「なんか笑」「………………笑」
神縫はツボに入ると赤ちゃんみたいな声で
〝ヒャッヒャッヒャッ、〟と言って笑う。
若い子らしくないその変な笑い声も、神縫が出すととても可愛い。
12~13個ぐらいある、
〝私が神縫を好きな理由〟のうちの一つだ。
「もう何、」「何ですか笑」
「すーって吾とサシで喋る時、」「めっちゃ変じゃよね…………笑」
顔と頭の皮がすっと後ろに引っ張られ、
頭皮から〝じわっ、〟と汗がにじみ出る感覚があった。
「……………はぁ?」「何がだよ笑」
「全然違うもん、他のメンバーと喋ってる時とか、みんなでいる時と…………笑」
「いや、」「いやそれはぁ、」
「うん………………笑」
「困惑してるんです、いっつも」「あなたが変なことばっかりするから」
「あ、」「あそうなのか……………笑」
「そうだよ、一対一だと」「あのー、、、、、、」
「………………」「うん笑」
「〝不思議ちゃん濃度〟が上がるから」「それで困ってんの」
「………………」「何?」「〝不思議ちゃん〟…………?」
「ふ、〝不思議ちゃん濃度〟!」「一体一だと上がるだろ、他で誤魔化しが利かなくて」
「お、」「おうおう…………」
「それでテンパって、ててッ、」「つ、……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」「うん?」
「……………………」「テンパんの、二人だといっつも」
「……………………」「……………………」
神縫は、二時間半の〝不同意寝落ちもちもち(未遂)〟の最後で、
〝気まず、〟と確か言った。
私が遠くの空の下にいる母を思って〝元気かなぁ、母ちゃん〟と言ったことへのコメントだったけど、
そこで初めて声を出してそれを言ったということは
じゃあそれ以前の二時間半でその言葉以上に〝気まず、〟いことを
私は言っていないことになる。
つまり〝はぁ好きだぁ、神縫〟とか
〝さぁたんはすはすぷrrrrrrrrrrrrrrrrrrryyyyyy!!!!!!!!〟とか
〝脱げ、神縫〟〝スルぞッ、、、、、、、〟とか
そういう日常的に常態化してしまっている
私の大音量の独り言を
神縫は聞いていないことになる。
筈、なんだ
多分。
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」「なんか、あれじゃよな」
「……………………」「……………………」「はい。」
「すーって吾のこと、」「めっっっっっちゃ好きか、」
「……………………」「……………………」
「めっっっっっちゃ嫌いかの、」「どっちかじゃよな。」
「……………………」「……………………」
「もうそうとしか思えん、」「挙動が変過ぎて」
私は控え目に言ってかなりモテるタイプで、
今リアルでそういう関係のまァ。みたいなタイプはお手の物だった。
ちょっとバカと言うか、分かり易いというか、
一次感情に従順で取り繕うことが苦手なタイプというか。
私のことをどう思ってるのか顔を見ただけで分かるし、
よくないアクションにはよくない反応を、
いいアクションにはいい反応を即座に返してくれるから
分かり易くて扱い易いし、
生物としてもとても可愛い。
だからそういうタイプは私にとっていつもいいお客さんで、
側にいるだけで勝手にバタバタと落ちていく。
でも私が本当に惹かれるのは神縫みたいな
育ちが良くて身持ちが堅くて、
清楚で知的で落ち着いていて
内心が計れないタイプだった。
それなりに長い人生の中で何度か出会ったタイプではあったけど
その関係を成就させられたことは一度もなかった。
「の?」「絶対そうじゃ」
「……………………」「……………………」
「えー、でも」「どうしようか、」「〝めっっっっっちゃ嫌い〟の方じゃったら…………」
「……………………」「……………………」
「吾、ショックじゃ」「すーに内心嫌われてたら……………」
神縫を嫌いな奴なんて
いる筈もなかった。
私が神縫のことを好きだからどうこうという話ではなく、
神縫はどう足掻いても人から嫌われようのないタイプだった。
私を嫌いな人間なんか、多分いくらでもいるだろう。
男よりも男前な、異質な女だから…………
艶子なんかはスカした気怠い元ヤンだし、
Pノコははた迷惑に回りを振り回すビョーキの子だし、
くないはいい加減な口八丁の小娘で、嘘をつくことと約束を破ることが一生やめられない…………
神縫にはそういう他人からヘイトを集める要素が一切備わっていなかった。
たまにいるタイプで、そういう人間は大抵魅力や面白味にも欠けるものだったけど、
神縫は(さっきみたいに)他人を魅惑的に刺激する手練手管を心得ていたし、
何よりチーム一可愛くてアイドル性も抜群だった。
つまり、
私には為す術がなかった。
〝攻略する〟とか〝しない〟とかではなく、
〝負けない〟〝ブレない〟〝バレない〟ように、
踏ん張っておくので精一杯だった。
「のぉー、」「すうーぅぅ………………」
「………………寝ろ、もう」「訳分かんないこと言ってないで」
「えぇーん、、、、、、」
「コラボすんだろ、明日も」「艶子と」
「………………うん、」
「寝なさい、もう」「あたしも寝るから、明日に備えて」
「……………………」「……………………」「はぁーい、」
まあ私は、ベッドに横になってから
しばらく眺めた後で寝るけど。
お前とのラインのDM履歴を
「気を付けてね?今日はもういいけど」
「?」
「〝寝落ちもちもち〟とかも」「本当はダメなんだからね?」
「え?」
「〝プライベートでのメンバー同士の交流禁止〟だから。」「運営にバレたらやばいから」
「あー、」
「まあちょっとぐらいならいいけど、」「〝寝落ちもちもち〟の時は事前に言ってくれよ」
「……………うん、」
「これ以上デビューが遅れたら本当シャレんなんない……………」
「……………………」「……………………」
〝ザ、〟〝ザザッ、〟〝ガビッ、〟という
強めのノイズ音がPCスピーカーから流れた。
「……………………」「……………………神縫?」
「……………………」「すーは、」
「?」「うん、」
「ずっとやるのか?」「この、」「仕事」
「……………………」「えっ?」
「この、ライバーと言うか」「VTuberの仕事」
「うん?」
「チームで箱で本デビューして、その先も」「一生やっていく気なのか?」
「いや、そりゃあ」「そうでしょ、」「あたぼうよ」
「そうなのか…………」
「そらそうよ」
「…………………そうかぁ、」「……………………」
「うん…………?」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」「えっ?」
まさか
「神縫は違うの?」
「……………………」「えっ?」
「神縫は一生やる気ないの?この仕事」
「……………………」「……………………」
返事の代わりに〝フゥー…………ン、〟という
苦笑いを含んだ溜息が聞こえた。
「えぇ?」「おいおい……………」
「いや、いやいや、違う」「あの…………」
神縫が寝落ちしかけているのでなければ大変な事態だった。
通話チャンネルの向こうから寄越される緩慢にして鈍い反応は
今にもチームを抜けそうな人間のそれだった。
「なんだよ!」「怖いな!」
私の声はもうほとんど泣き声だった。
「いや、違うんじゃよ、ほんとに」
「うん!?」
「やるよ?もうしばらくは、ほんとうに」
「しばっ、、、、、、、」
らく、、、、、、、、
「おいおいおいおい」
「いやいやいや、だからぁ、」
「なんだよ、いつだよ」「いつ辞めんだよ」
「違う違う、すー…………」
「しばらくっていつまでだよ」
「違うんじゃ、ほんとに」
前述した通り、
私の中の優先順位は〝VTuberとしての活動<五人でずっと一緒にいること〟で固まっていた。
本デビューも本格的な箱付きVライバーとしての活動ももちろん待ち遠しかったけど、
どちらもこの五人で一緒にいることと比べれば遥かに大事じゃなかった。
極端な話、五人で一緒にいられるならVTuberの仕事でなくても良かった。
飲食でもアパレルでも、流行に乗った何か適当なショップを五人で始めるでも、何でも……………
本デビューした後にチームを辞められるならまだその望みもあった。
〝プライベートでの交流禁止〟のルールが本デビュー後も続くとは考えにくく、
実際に会ってオフでの連絡先も交換した後ならチームを辞められてもいくらでも繋がっていられるから。
でも今辞められると私が神縫と再度繋がる方法はない。
〝個人情報のやり取り厳禁〟のルールにより、私は神縫のオフでの連絡先はおろか、
神縫が今日本のどの辺りに住んでいるのかすら知らなかった。
「いやマジ何?」「何なの、本当に」
「違うんじゃ、」「聞いとくれ」
「うん………………」
「辞める気じゃった、本当は」
「えぇ、、、、、、、、、」
「ちゃんとした仕事じゃないし、軌道に乗るかも分からんし、」「第一吾、」
「うん………………」
「成績」「悪いし、」「の……………」
「……………………」「……………………」
確かに、神縫は艶子に続いてチームでワースト2位の配信成績だった。
声と喋り方が可愛いのでチャンネル登録者数はチームで3位に留まっていたけど、
配信の視聴回数は毎回1000回のラインをギリギリ守れている程度だった。
「どうでもええが、そんなこと」
「よ、よくない!」「気にしておるんじゃ、意外と…………」
この半年で何となく分かってきたことだけど、VTuberの配信の視聴回数の回りは〝可愛さ〟とか〝能力〟によってはあまり伸びない。声もモデルも可愛いに越したことはないし、喋って稼ぐ仕事なのだからトークスキルもあった方がいいに決まってるけど、それ以上に配信の視聴回数に直接的に関与する大事な要素がいくつもあることに私は気が付いていた。
逆に〝伸びを阻害する要素〟というのもあって、神縫みたいに〝安定していて波がない〟性格をしていて〝知的で育ちの良さを感じさせる〟タイプだとこの界隈の視聴者は気後れしてしまうのか、目で見てはっきりと分かるぐらいに数字が伸びない。それはリスナーから〝嫌われてる〟とかこの仕事が〝向いてない〟とかいうのとはまた別の話なのだけれど………………
まあ〝日に1.8回〟ぐらいの頻度で配信していてその度〝チームでワースト2位〟の数字を突きつけられていれば自己否定してしまうのも無理はないのかも知れない。
「いや、大丈夫よ、それは」
「……………………」「……………………」
「な、」「なんぼでも」「うちがなんぼでもフォローしたるがなァ!」「なんぼでもフォローしたるし」
「……………………」「……………………」
「うちらはチームでひとつやがなァ、」「チームで勝ちにいったらええんよォ、」「…………とて、」
「……………………」「……………………」
「あッ、」「水臭いでぇ?ほんま」「言うてくれたらよかったのにィ、」
「艶子もじゃよ」
「……………………」「えっ?」
「艶子もそんな長いこと続ける気でおらんぞ」「多分、この仕事」
「えっ!」
「おチビ二人も…………」
「えぇっ!!!」
「……………………」「…………メンバー全員、」「誰も…………」
「……………………」「……………………」
それには正直、気が付いていた。
ちょっと他人とは違った事はしてみたいものの大きく出るのはダルい艶子が打算的にこのプログラムに参加していることも、子供二人が毎日暇潰しの遊び半分で配信しているだけなことも、私はとっくに気が付いていた。
だからこそ神縫が最後の頼みだった。
真面目でまともで身持ちの堅い神縫なら、こんな変な仕事でも始めた以上先々までやり通してくれるんじゃないか、と………………
「……………………」「…………………すー?」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「………………嫌か、吾が、」「いなくなったら…………」
「……………………」「………………嫌に決まってんだろ、」「ヴァカが…………」
「……………………」「………………そうか。」
「……………………」「……………………」
「……………………」「じゃあー、」
〝バリバリ、〟〝ガビッ、〟と
またPCスピーカーが大きめのノイズを吐いた。
支給されてからたった半年のPCが酷使によりダメになってきているのか
モニター裏に隠して置いたごつくてご立派に見えるスピーカーが
実は安物なせいなのか
こういう機器に疎い私には全く分からなかった。
「辞めないよ、」「吾」
「……………………」「……………………」
「すーが言うなら、」「すーが納得するまで付いて行く。」
「……………………」「……………………」
「泣かんで?だから」
「……………………」「……………………」
「……………………」「それに、まだ本音で話してもろうておらんからのぅ、」「すーには」
「……………………」「……………………」
「嘘ばっかりじゃから、すーは」「吾相手じゃと笑」
「……………………」「……………………」
「いつか本音で話してもらえるように、」「泣き方以外も可愛いって言ってもらえるように、」「吾頑張る笑」
「……………………」「……………………」
「の?」
確かに神縫は鼻で小さくスンスン言う泣き方が可愛くて、
それが12~13個ぐらいある〝私が神縫を好きな理由〟のうちの一つでもあるけど、
それを神縫本人に言ったのは誰なんだろう。
「……………………」「……………………」「寝るわ、あたしは」「もう」
「……………………」「すー…………、」
「あたしも明日コラボあっから、ガキ二人と」
「……………………」「……………………」
「長時間通話してるのも、運営に知られたら良くないし」「切ろう、もう」
「……………………」「う、うん……………」
私達五人が活動用に使っているDiscordサーバーには、他には誰も参加していなかった。
本社の人間で関わりがあるのも水町さんだけで、やり取りする時はメンバー各々がラインかDiscordの別サーバーで個通する形だった。
だから〝プライベートでのメンバー同士の交流禁止〟のルールを度々破ってこうして裏で絡んでいることが運営に知られることはない筈だったけど、
それでも(こういう機器の類に疎いせいか)私は裏でのやり取りを運営に悟られている気がしてならなかった。
特に〝支給されてきた高級PC〟と〝同じく支給されてきた高級スマホ〟が怪しく思えて仕方がなかった。
なんかこう、盗聴器
は言い過ぎだとしても
何か裏での使用履歴をログして本社に送るようなシステムでも搭載されているんじゃないか、とか
何とか…………
「……………………」「……………………」「神縫さぁ、」
「………………え?」「うん、」
「私、神縫のこと、」「めちゃくちゃ好きだよ」
「……………………」「……………………」「えっ?」
「嘘ついてるとか二人でいると変とか色々言ってたけど、」「めちゃめちゃ好きだから」
「……………………」「……………………」「……………………」
「毎日神縫のこと、」「今何してんのかなーとか、」「窓から見えるどっちの方向に今神縫はいるのかなーとか、」
「……………………」「……………………」「……………………」
「考えてない時の方が少ないくらい、」「そのくらい神縫のことが好きだよ」
「……………………」「……………………」「……………………」
「神縫がこのチームにいてくれて本当に良かったって毎日思ってるし、」「いなかったらって思うとぞっとする」
「……………………」「……………………」「……………………」
「だから、」「なんだろう、」「……………………」
「……………………」「……………………」「……………………」
「……………………」「ありがとうな?同期として」「出会ってくれて」
「……………………」「……………………」「……………………」
「一緒に、いてくれて……………」
「……………………」「……………………」「……………………」
寝落ちしたのかな?
と思った。
神縫は睡眠時間を一日10時間とかとるタイプで
一回寝たらなかなか起きないとも以前本人が言っていた。
「じゃあおやすみ………………」
「ちょちょちょちょちょ、」
「わァ、」「起きてた」
「それ!そういうの」
「………………?」「うん」
「たまに言うじゃろう、すーは」
「…………………?」「ど、どれ………?」
「今の!今言ったやつ!」
神縫の裏返った声に被せるようにまたPCスピーカーが
〝ヴィーン…………〟〝バリバリ、〟〝ヴヴ…………〟とノイズを吐いた。
「え……………」「う、運営の」
「うん……………」
「盗聴器の、」「話……………?」
「とう…………………」「……………………」「っはぁ!?」
「な、」「なんだよ」
「は!?」「盗聴器……………」「何!?」
「お、お前大きな声を出すんじゃないよ」「夜中に…………」
神縫は普段、例えるなら〝おばあちゃん子〟みたいな話し方をする子(=ちびまる子ちゃんみたいな話し方、でも可)で、もちょもちょとした古臭い語り口が垢抜けなくてとても可愛い。
でも(今みたいに)驚いたり興奮したりして大きな声を張り上げると、急に正統派の若手有名アイドル声優みたいな声になる。澄んでいて伸びのあるアニメ声を思い切り張り上げられると否応なしに色気を感じてしまうのが人の性というもので、言うまでもなくこれも(12~13個ぐらいある)〝私が神縫を好きな理由〟のうちの一つだ。
「それ、意図的にやってるなら大罪人じゃからね!?」
「分かんない、何怒るのこの子、」「急に…………」
「はァーもう、」「身が持たない!すーは」「すーの相手をしていると!」
「……………………」「しかし、あれだね」
「はっ!?」「何じゃよ」
「神縫は怒っても可愛いねぇ、」
「っあ!」「また!」
「どうやってるの?それ」「教えて欲しいぐらい。」「泣いても可愛い怒っても可愛い、」「笑い方ももちろん可愛い……………」
「やーめろ!」「やめるのじゃ!」
「……………………」「…………………え、やめる?」
「そーじゃ、やめろ!」「調子に乗るでない」
「なん、」「何なに…………」「何を」「やめるの……………?」
「その!」「ペラペラペラペラ矢継ぎ早に!」「性感帯をまさぐるような言を吐くやつ!」
「え、な」「何ですか…………?」「せーかんたい…………?」
「そーじゃ!やめなさい」「イヤらしい」「そーいう関係にも、まだなって」「ない、クセに………」
「いや、そっちじゃん…………」「急に性感帯とか変な言葉言い出したの」
「……………………」「えっ?」
「夜中のテンションですか…………?」「怖ぁい、」「ショックです、神縫チヤンが急にそんなグロい言葉……………」
「え、」「……………………」「記憶ないのか?」
「え、き」「記憶……………?」「なんかあったんだっけ?」「シタんだっけ?うちらって、何か………………」
「……………………」「さっき、」
「?」「うん」
「何て言った?〝性感帯〟の前」
「え、だから」「通話切ろうとしたら急にキレだしたから」「〝何怒るのこの子〟って、困惑してた」「だけ、」「ですけど……………」
「……………………」「……………………」
「………………え、」「なんだよ………………」
「……………………」「だ、ダイコン……………」「かましてる………………?」
「え、何」「だ、」「大根、カマス……………」「何?」「何それ」
神縫の〝フ、んぅー、、、、、〟〝フ、んぅー、、、、、〟という
震え気味の鼻息がスピーカーから聞こえた。
「……………………」「………………あー!」
「…………………?」
「あーもういい!」「嫌じゃ!」「嫌いじゃ!」「すーのことなんて」
「え、何だよ急に」
「もうあれじゃ!」「しばらく」「連絡してくるでない!」
「!?」「え、それは困る」
「もう聞きたくない!その」「暴力声」
「ぼ、ぼーりょく、」「声……………」
「そうじゃ!」「小学生男児にシバかれたぐらいの」「軽い暴力じゃ、」「すーの声の」「圧力は!」
「ひ、酷いそんな……………」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「……………………」
「……………………」「ごめん、どういう意味?」
「あー!」
「ちょっとよく分かんない表現独特過ぎて……………」
「もー!」
「不思議ちゃん極まり過ぎてない?」「今日……………」
「もーいい!」「サイナラ!!!」
と怒鳴る声に被せるようにぷつり、と音がして
神縫との通話は切れた。
「(……………………)」「(何だったんだ?最後、)」「(あんなに)」「(興奮して…………)」
窓の外の遥か下、右方向の少し遠い所で〝キー、〟〝ガシャン、〟という
二連の遠慮気味な音が鳴った。
新聞配達だか牛乳配達だかの自転車がブレーキをかけてスタンドを起こした音だけど、これも〝時報〟の一つで、深夜遅くまで起きていると決まった時間に必ず聞く音だった。
PC画面右下の時計の表示を見ると〝3:17〟……………
(この仕事なだけに)別に朝早く起きなければならないわけではなかったけど、明日のコラボ配信に備えて(神縫とのDM履歴を読みつつ)眠りにつくことにした。
「(……………………)」「(…………………それにしても、)」
チーム崩壊の危機は、私が思っていたよりずっと差し迫った問題なのかも知れなかった。
神縫が言っていたように、この仕事は今のところ〝安定して稼げる職業〟とは言えない。
会社が毎月振り込んでくれる額は大体同世代の会社員と同じような額だったけど、私達の今の活動から毎月安定してその額が、五人分捻出できているとはちょっと思えなかった。
食品や飲料、マイナーなゲームアプリを紹介するような〝案件〟というやつも数回やらせてもらったけどその宣伝効果もどれ程あったことやら……………
稼げなくて先行きも怪しいなら神縫の言う通り、誰も先々まで続けようとは思わない。
例えば先刻みたいに重めの話を私がしてしまってそれを相手メンバーが負担に感じ、水町さんに個通で〝すみません、今日までで、、、、〟と言ってしまうとそのメンバーと私はそれきり一生会えなくなる。
一人欠けてしまうと〝じゃあ私も、〟という感じで一人また一人と引っ張られるように辞めていく流れを、私は地下アイドル時代に何度となく見ていた。
「(……………………)」「(……………………)」
〝最初の一人が辞めるまでが勝負だな、〟と強く肝に銘じた。
明日からはそこを意識して、水町さんにももっと圧をかけて……………
と思いながら神縫が初めて自分からハートの絵文字入りのDMを送ってくれた箇所の一連のラリーを読んでいる時に、
〝ブーッ、〟〝ブブッ、〟という特有のバイブが鳴って、画面下部に〝↓ 一件の新しいメッセージ〟と表示された。
「うわやば……………」
神縫からメッセージが、今この時に寄越されたという意味だった。私が神縫とのDM画面を開いている今この時にリアルタイムで……………
つまり神縫が今送ったメッセージの横には即座に〝既読〟の文字が付き、神縫がそれを送る前から私がこの画面を開いていたことが既にバレてしまっていることになる。
「……………………」「……………………」
画面を下に向けて長々とスクロールしながら、言い訳は何にしよう、と考えた。
私は暇な時神縫とのやり取りの痕跡を愛でるこの〝さぁ吸い(=神縫沙汰泥吸い)〟を本当によくやっていたので、その瞬間に本人からDMが飛んで来て画面を開いていたのがバレて、というミスを度々犯していた。
今日のようにひと悶着あった直後なら〝いやフォローに何か一言送ろうと思ってさァ、〟で通せるのだけど、特に何の前フリもない時にやらかしてしまう時もあって、そういう時は〝いや、近々コラボでもどうかと思ってさ、〟〝今オファーしようとしてた〟で押し通していた。
でもその理屈だと、私はこの半年で神縫が向こうからDMをくれた時に8割5分くらいの確率で同時にコラボをオファーしようとしていた、ということになる。
神縫は学はないけど地頭はいい子なので、もうそろそろその言い訳も通用しなくなる頃だったし、いい加減気持ち悪いと思われても仕方がなくなる頃でもあった。
「……………………」「……………………」「えっ……………!?」
一番下までスクロールした結果出てきたのは
メッセージではなく、画像だった。
抜けるように晴れ渡った青空の下、嘘のように広がった広大なひまわり畑の前に
真っ白なワンピースを着た女の子が立ち、特大の〝ひまわりの花束〟を両腕で抱きしめるように抱えて
こちらに向かって満面の笑みを浮かべている写真。
引きで撮られたそれは大サイズの横長の写真で、
絵の具で塗ったような夏の青空と、ひまわり畑の目に障るような黄色のコントラストをバックに
その真ん中に立つ女の子の全身を精彩に写し出していた。
「…………………嘘、」「嘘うそ、」「これは、まさか……………」
普通に考えて、
神縫の中の人の画像だった。
神縫本人が無言で送ってきた見た感じ二十代半ばぐらいの女の子の画像なんだから、
普通に考えればそう……………
〝何の流れで?〟とか〝個人情報のやり取り厳禁のルールどうした?〟とかではなく、
考えたのは
「ちょ、、、、、っと、」「可愛過ぎんかァ、」「コレぇ、、、、、、、」
ということだった。
女の子は、神縫の声や喋り方からイメージするよりかなり大人っぽいすらりとした体形をした子で、
身長も多分あまり低くはなかった。
後ろに写っているひまわりと比べても160cm以上は優にある筈で、そこに柔らかな丸みを帯びたすらりと長い手脚がついた、とても女性らしい体形をした綺麗な子だった。
「……………………」「…………………ぐッ、」「くきゅぅう゛………………」
そして、
髪がめちゃくちゃ長かった。
膝下ぐらいまである黒のストレートの美髪を二つに分け、
どちら共を腿のあたりで結いざっくりとしたツインテを作っていて
これがまた上品な顔立ちの、
美形の日本人顔によく似合っていた。
「はぁっ、……………」「やァばい、」「やァばいよ、」「これぁ……………」
〝じゃじゃァーーーん!〟〝違う人の画像でしたぁ!〟〝吾かと思ったぁ?〟〝びっくりしたぁ?wwww〟
なんて、下品なノリを神縫がやるなんて端から思っていないけど、
(〝ひまわりの花束〟が重いのか)少しだけ体を前に屈ませて目を細め、
小ぶりな口をお上品に開けて屈託なく笑うその仕草は、
間違いなく神縫のものだった。
間違いなく、あのくるくるとしてころころとした籠った笑い声は
この仕草でこの表情をした、この顔からしか出てこない。
そう確信できた。
初めて見た女の子の画像だったけど、
見れば見る程、
考えれば考える程、
この画像のこの女の子は間違いなく
私が愛して止まない神縫沙汰泥その人だった。
「……………………」「……………………」「……………………」
タップして単体で表示した画像をどれだけ拡大して見ても、
画面にどれだけ目を近付けて食い入るように見つめてみても、
どこまでも果てしなく、
可愛い子だった。
「……………………」「……………………」「……………………」
目も、口も、鼻も、
すらりと伸びた清楚な体つきも
飾らない表情も、
女性らしい仕草も
果てしなく全部が好きで、
私はスマホ画面に沈み込んでいくように
それを見つめた。
「……………………」「……………………」「……………………」
ここがどこで今がいつで、
今何の仕事をしていて
明日から何を頑張っていくのか
全てがどうでもよかった。
多分、
あとの三人のメンバーのことでさえ
この瞬間に限っては………………
「……………………」「………………はァーいかん、」「いかんいかん、」「こりゃいかん、わ、、、、、、」「持ってかれる、、、、、、」
息継ぎをするように顔をスマホから離したことで、
PCスピーカーから〝ヴーン……………〟という
一定のノイズが流れていることに気が付いた。
「やってくれたわ、神縫、、、、、、」「まさか、」「これ程とは、、、、、、」
〝ブツッ、〟という音がしてスピーカーから出ていたノイズが止まると共に、
また〝ブーッ、〟〝ブブッ、〟という例のバイブが鳴って
(多分業を煮やした)神縫から追加のメッセージが届いた。
即座に開くと
〝けつがでかくてごめんね〟
とあった。
画像の美少女の腰回りを見直してみると、〝けつ〟は別にでかくはなかった。
前から撮った画像なので後ろに激しくせり出している可能性も無くはなかったけど…………
緩く開いて桃のような傾斜を描いた骨盤はただ愛らしいばかりだった。
突然送られてきた画像に驚いてベッドの上で膝立ちになっていた私は、
その姿勢のまま神縫(の中の人)が写った画像を表示させたままのスマホを
重ねた両手で胸の真ん中に押し付け
天井を見上げて〝ふーーーーっ、〟と大きく息を吐いた。
「(………………絶対に会う、この子に)」「(絶対に手放さない、何を引き換えにしても)」「(そのためだけに生きる、明日からは)」「(そのためだけに、)」「(それだけを、考えて………………)」
心臓がドク……ドク……と波打っていて、部屋着の表面が弾いた弦のように振動していた。
あまりにも息苦しくて天井を向いたままもう一度大きく息を吐いたら、
同時に左目の目尻から涙が溢れ、頬を伝い落ちていった。
「(………………いかん、)」「(何か良くないことをしでかしそうだ……………)」「(問答無用で寝よう、今日は、もう………………)」
もそもそとベッドに横になって布団を被り、リモコンで部屋の明かりを消すと
同時に枕元に置いていたスマホがまた〝ブーッ、〟〝ブブッ、〟と鳴り、
確認すると一言だけ〝おい〟と送られてきていた。
多分そっちはそっちで(焦れて)大変なことになっている神縫には一言
〝やんじゃん〟とだけ送って
スマホの電源は落としておいた。
またPCのスピーカーが〝バリバリ、〟とノイズを吐いた気がしたので、
嫌な予感がして(スリープ状態にしていた)PCを点けてDiscord画面を確認すると、
今度は誰とも通話は繋がっていなかった。




