第90話 波乱注意報
「えっ、何これ……」
突然光り出したポケットに困惑する私。とりあえずポケットに手を突っ込んでみる。
「あっ……」
そこから出てきたのは、エスカから送られてきたスマホもどきだった。私が画面を確認すると、どうやらこの光は着信を知らせているようである。ひと息落ち着くと、私は通話をトンとタップした。
『あーやっと出たわね』
ものすごく砕けた言い方の声が聞こえてきた。でも、この声は間違いなくエスカだった。
しかし、不思議である。魔力登録していないとこれらの機能は動作しないはずではなかったのだろうか。私は訝しんだ。
『アンマリアの魔力なら魔石ペンを解析して登録したわよ。私はこれでも魔法技師なんだから』
エスカはものすごく自慢げに話している。それにしても、ものすごく言葉が砕けている。多分、向こうも自室から通話をしているのだろう。だから、元々がこんな口調なのだと思う。
「魔法技師なんてすごいではないですか。そちらの国では相当に重宝されるのではないですか?」
私はとにかく王族相手の口調でエスカの相手をする。すると、エスカの方からは何とも盛大なため息が聞こえてきた。
『アンマリア……、それって嫌味なの?』
思いっきり不機嫌そうな声でエスカが喋っている。えっ、私、何か気に障る事でも言ったかしらね。
『はあ、アンマリアの作った魔石ペンだけでも繊細過ぎて、私には再現不可能なのよ』
「えっ?!」
私はエスカの言葉に耳を疑った。こんなスマホを再現して作ってしまうというのに、魔石ペンが作れない? それは一体どういう事なのかしらね。
『魔石に魔力を流して変形させるのは私もできるのよ。でも、問題は筒。アンマリアの魔石ペンを調べてみたら、魔力で加工した形跡があるの。私も魔物の骨とかで試してみたんだけど、いくらやってもできなかったのよ』
エスカは経緯を話してくれた。どうやら、魔石ペンの筒の部分の再現ができず、ノック式の魔石ペンを作る事ができなかったのだという。
確かに、魔力の反発を使ってバネ代わりにしているのは事実だけれど、私の母親にも再現できているのだ。転生者であるエスカにもできなくはないはずである。スマホを持ったまま、私は首を傾げていた。
『とにかく、アンマリアの作るものを再現できないものだから、私はどうしても魔法技師という称号に馴染めないのよね。ねえ、今度会った時にでも教えてもらえないかしら』
「ええ、それは構わないけれど、よろしいのです?」
教えるのは別に構わないけれど、私はちょっとした懸念を抱いた。
『何が?』
「いえ、他国の貴族に教えを乞うなど、王族としてどうかなと思った次第でしてね」
『あー、そういう事ね』
私が懸念を伝えると、エスカは何かと納得してしまったようだ。
『それは大丈夫よ。学べるものは何からでも学ぶわ。魔法技師という称号を貰ってしまったからには、努力はしないとね』
エスカは前向きだった。その言葉に私はものすごく感心してしまった。
「分かりました。それでしたら、こちらにお越し頂いた時にでもお教え致します」
私はエスカと約束を交わす。それに対して、エスカはとても嬉しそうな声を上げていた。
『ああ、そうだわ。忘れないうちにこの話もしておかなきゃ』
エスカは何かを思い出したようだ。
『1か月後にフィレン殿下の誕生日を迎えるわよね。お兄様に会うというおまけの用事はあるけれど、その誕生日パーティーに参加させてもらう事になったから。既に参加する旨の手紙は出させてもらったわよ』
「あらあら、結構気が早いですのね」
『当たり前じゃないの。メインの攻略対象を見られるんですもの。3年前の殿下は可愛かったけれど、今はさぞかしかっこよくなってられるんでしょうね』
エスカは食い気味に話してくる。この分だと、だいぶ熱を上げているような感じである。まあ、王女となれば他国に嫁ぐ事だって珍しくない話なのだから、嫁ぎ先候補としてうちの国が選ばれる可能性だってある。ただ、すでに王子の婚約者の席は埋まっているんだけれどね。まったく、エスカにはこっちの情報はどれくらい回っているのかしらね。それにしても、ちょっと嫌な予感がするわね。杞憂ならいいんだけど。
私がちょっと思いを巡らせていると、エスカが突然変な声を上げた。
『っと、いけない。侍女が凄い剣幕でこっちを見てるわ。それじゃ、1か月後に会えるのを楽しみにしているわ。おやすみなさい』
「ええ、それは私も楽しみにしていますわ。おやすみなさいね」
そう言ったところで、ぷっつりと通話が切れた。
それにしてもすごいわね、このスマホもどき。馬車で7日も離れているような場所同士で会話ができるなんて。こんな物が作れているのに、魔石ペンが再現できてないだけで私に負けるなんて、プライドがずいぶんと高いわね。3年前に会った時はそんな気はしなかったのに。うーん、やっぱり3年って長いのね……。
「さて、剣作りを再開しますか」
エスカとの会話の余韻に浸ってはいたいけれど、こっちだってやる事があるからにはそれを消化しないとね。私は再び机に向かった。




