第385話 苦渋の決断
「ああ、家が燃えちゃう……」
雷が落ちて炎上するコール子爵邸を見て、アルーが崩れ落ちている。曲がりなりにも、自分が生まれ育ってきた家なのだ。そのショックは計り知れないものだった。
「私に任せなさい」
エスカがすぐさま雨を降らせて火を消そうとする。
ところが、水魔法に長けたエスカの魔法でも火が消えようとはしなかった。
「はあ? なんでよ」
さすがに不可解すぎて意固地になるエスカ。
その時だった。辺りに不気味な声が響き渡る。
「無駄だ。その炎は我が魔力によって生み出されておる。お前らごときの魔法でどうにかできるものではないわ」
頭が痛い……。
耳にもはっきり聞こえるというのに、まるで頭蓋骨を揺さぶるような音が響き渡っている。これには私たちは耐えきれずに、思わず膝をついてしまう。
「うう……、この魔力は同じ魔族……。声の主は、魔王というわけですか」
メチルだけはどうにか持ちこたえているけれど、かなり厳しそうだ。
しかし、声の主を特定しているあたりはさすが魔族といったところだろう。
「その通りだ。我は魔王ヴァーラスである」
メチルの声に反応した魔王が名乗る。
「よくもこの地に封印してくれたな。だが、お前たちはまだ運がよい。意識しか起きておらぬゆえ、我の力がこの辺り一帯だけなのだ。離れれば助かるぞ?」
どうやら本人が言うには、まだ完全復活のようではないらしい。わざわざ警告してくれるあたり、意外と優しいようだった。
「魔王様、頼みますから家を燃やさないで下さい」
「それはできぬな。ここには我の封じ方からあらゆるものが集められておる。そんなものを残しておくようでは、ただのうつけものぞ。一度封印を食らった身からすれば、真っ先に消すに決まっておろう」
「そ、そんな……」
アルーの頼みはあっさりと却下される。
でも、魔王の言う事はもっともだ。危険なものはできる限り排除するというのは、理解できる話だわ。
「魔王ヴァーラスと申しましたわね。あとどのくらいあれば完全復活できるのですか」
緊張感が漂う中、とんでも発言をする一人空気を読まない人物がいた。
「エスカ、本気なの?」
そう、ミール王国の王女であるエスカである。
さすがにこの空気の中でこの発言は、全員から正気を疑われる話だった。
「この渋い声なのに、その姿が見られないというのは残念だもの。それに、話ができそうな感じだから……ね?」
(このミーハーがっ!)
思わず声に出して殴るかかるところだったわ。
ところが、このエスカの言葉が、思わぬ反応を生んだ。
「ふははははっ、我の復活を望むか。そうだな、完全とは言わぬとも、通常の一人分くらいの魔力があれば足りるだろう」
「どうすればいいのですか?」
エスカってば本気だわ……。
「簡単だ。そこの男女に魔力を流せばいい。我が復活すればそやつらも正気に戻って解放される。どうだ、悪い話ではなかろう?」
「えっ、お父様とお母様が正気に戻るのですか?!」
魔王の告げた方法に、思わず驚きを隠せないアルー。魔王を復活させるのは反対ではあるものの、両親が元に戻るとなると心が揺らいだのだ。
しかし、魔王を復活させたとなると、どうなるのか分からない。安易に賛成に回れないアルーは、周りの様子を窺っている。
兵士たちは剣を構えて警戒しているから、余計に判断に戸惑っているようだ。
私はその様子に見かねて、ある決断を下した。
「……分かりました。私たちがどうにかしますから、魔王を復活させましょう」
「アンマリア様?!」
私の決断に、サキとサクラの二人が驚いている。まあ無理もないでしょうね。ここまで魔王の復活を阻止すべく動いていたんだから。
でも、アルー……じゃなかったメチルの両親を助けたいという気持ちもある。どちらを優先させるかといったらね……。
本当に苦渋の決断だった。
「……本当によろしいのですか?」
アルーも私に確認を取ってくる。それに対して私は黙って小さく頷いた。
「後悔はせぬのだな? 世界を滅ぼすとして封印された我を復活させる事が、どれだけ人間たちの中では愚かな行為なのか分かっておるのだろう?」
「再び封印すれば被害はなくて済みます。こちらには聖女が二人いますし」
魔王の言い分に、私はきっぱりと言い返してやった。
「ふっ、面白い。お前のような奴がいるのであれば、退屈せずに済みそうだ」
魔王は本当に楽しそうに笑い声を響かせている。
「寝起きの運動にはちょうどいいだろうな。さあ、楽しもうではないか」
本当にノリノリだわね、この魔王。呆れてものも言えないわ。
そんなわけで、話がまとまったところでエスカがメチルの両親へと近付いていく。
「この二人に魔力を流し込めばいいのね」
「ああ、その通りだ。極上の魔力を頼むぞ」
エスカの言葉に、ほくそ笑むような声で答える魔王。
メチルの両親に対して手を伸ばすエスカ。そして、二人に向けて魔力を流していく。
魔王が復活するとあって、全員が警戒しながらその光景をじっと見守るのだった。




