第349話 大きなヒント
「ベジタリウス王妃殿下、よくお越し下さいました。バッサーシ辺境伯夫人、シーナ・バッサーシでございます」
バッサーシ辺境伯邸に到着すると、辺境伯夫人の出迎えを受ける。
「ベジタリウス王国王妃、トゥメリア・ベジタリウスです。歓迎ご苦労ですね」
シーナと言葉を交わす王妃。かなり親しげな様子である。
それというのも、ベジタリウス王家とバッサーシ辺境伯との間では、馬の生産や取引による交流が存在しているからだ。
その親しげに話す王妃とシーナの後ろで、メチルは少し気分が悪そうにしている。一体どうしたというのだろうか。
(なんなの、この感覚……。やけに強く感じるこれは……、みかんの香り?)
鼻と口を押さえながら、強烈に感じ取っているものの正体を考察している。
自分の後ろで妙な行動を取るメチルが気になるのか、王妃が心配になって声を掛ける。
「どうしたのですか、メチル」
「あ、申し訳ございません。ちょっと屋敷に入ってから香りが気になってしまいまして……」
「香り? 何もにおいませんが?」
メチルの言い訳を聞いた王妃が首を傾げている。実際王妃の鼻には何のにおいも届いていなかったのだ。
王妃の言葉に驚くメチル。しかし、今の状況を鑑みて、すぐに体裁を取り繕っていた。
「あら、ずいぶんと面白い子を連れていらっしゃいますね、王妃殿下」
王妃とメチルのやり取りを見ていたシーナがくすくすと笑っている。本来王族に対して笑おうものなら極刑すらあり得る話だが、この二人の仲なので別にそういう事はなかった。
「ええ、なかなかに面白い子ですよ。さ、挨拶なさい」
王妃に押し出されるようにして、メチルはシーナの前に出てくる。急に押し出されたのでメチルは慌てているが、王妃のメンツを潰さないようにと落ち着いてシーナに向かう。
「初めてお目にかかります、バッサーシ辺境伯夫人。私はベジタリウス王妃の専属侍女を務めますメチルと申します。本日はお世話になります」
緊張しながらもどうにか挨拶を終えるメチルである。
「まあまあ、可愛らしいメイドさんね。今日ゆっくりくつろいでいってちょうだいね」
「は、はい。お世話になります」
シーナの言葉に、背筋をピンと伸ばして返事をするメチルだった。
「あの……、つかぬ事をお伺い致します」
返事をしたついでにシーナに問い掛けるメチル。
「はい、何でしょうか」
「みかんのような香りがするのですが、柑橘系のものとかあったりするのでしょうか」
メチルの質問に、思わず目を点にするシーナ。そして、くすくすと笑い始めていた。
「ええ、ありますよ。娘が友人と一緒に心が落ち着くからと持ってきてくれたのですよ。ご覧になりますか?」
「は、はい。お願いします」
シーナの申し出に、メチルは大げさに頭を下げていた。
「ベジタリウス王妃殿下、ちょっとこの子をお借りしますね」
「ええ、どうぞ」
王妃はにこやかにメチルをシーナに託したのだった。
王妃と別れて、シーナについていくメチル。それと同時にどんどんと鼻を突く柑橘の香りが強くなっていく。
(うう、吐きそう……。どういう事なのよ、一体)
転生前は大好きだった柑橘の香りが、どういうわけか自分の体に変調をきたそうとしている。じりじりと歩く足取りが重くなっていくし、気分も悪くなっていく。
「アルー、ちょっとお願い」
「ご主人様ー、顔が真っ青ですよ?!」
突然聞こえてきた声にシーナが慌てて振り向く。シーナが振り向いた先には、今にも倒れそうにふらつくメチルと、そのそばに浮かぶ小さな存在の姿が目に入った。
「まあ、メチルさん、大丈夫かしら?」
近付くシーナを、なんとか手を上げて制止するメチル。次の瞬間、アルーが小さく光ると、メチルはすっと顔を上げていた。さっきまでの状態が嘘のように、すっかり調子がよくなったようだった。
「ふぅ、この世界の魔族って、柑橘の香りが弱点なのね……」
防御魔法を使って、どうにか調子を取り戻したメチル。さすが防御特化の魔族である。
「一体何があったのですか?」
「いえ、どうやら私、柑橘の香りと相性がよくないみたいでして……。今は防御魔法を使っているので平気ですよ」
「まあ、そうなのですね。そこの食堂にその香りの元があるんですけれど、そういう事でしたら今夜は同席はやめておきますか?」
「いいえ、同席します。もう大丈夫ですので」
改めて平気な様子を見せるメチル。心配になっていたシーナだが、メチルがそこまで言うのでそれ以上は止める事はしなかった。
その後、無事に食事も終えられたメチルは、用意された客室で休む。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「ええ、もう平気ですよ。ふふっ、私はアルーが居ないとだめみたいですね」
「私だって、ご主人様が居ないと魔法の一つも使えないんです。お互い様ですよー」
お互いに言い合いながら笑うメチルとアルー。
「でも、いい情報が手に入ったわ。魔族は柑橘の香りが苦手っぽいっていうね」
ベッドの中で天井を見上げながら話すメチル。
「確かに意外でしたね。私はなんともないですのに」
「アルーは精霊だからね。私たち魔族とは違うのよ」
ごろんと寝返りを打つメチル。
「とにかく、早くサーロイン王国の王都に着いて、アンマリアたちにこの情報を共有しなくてはね」
「そうですね」
メチルはアルーと顔をしっかりと見合わせている。
「絶対に、生きて王都にたどり着きますよ」
「はい、ご主人様」
バッサーシ辺境伯邸で大事なヒントを掴んだメチルたち。しっかりとした決意をもって眠りについたのだった。




