第31話 食への探求には抗えませんでした
王都に戻ってからの私は、日々の運動や勉強のノルマをこなしつつ、厨房にこもりきりになった。というのも、テッテイで手に入れたお酢を使ってある物を作るためだった。お酢以外の材料は王都でも手に入るので、父親に頼んでテッテイからお酢を定期的に送ってもらえるようにする事は怠らなかった。なにせ、お酢はテッテイでしか出回ってないもので、しかもワインのなり損ねというものだったのだ。
(トメイトは王都の市場に売ってるものね。それ以外の材料はっと……)
私は前世の記憶を引っ張り出しながら、材料を加工していく。そして、
「出来上がったわ。これぞケチャップ!」
トメイトというトマトのようなものと、オニーエという玉ねぎもどき、それに塩と砂糖、お酢を加えて煮詰めて出来上がったものは、まさしくトマトケチャップだった。
この世界にはチーズもしっかり存在しており、こうなると私が作るものは想像がつくだろう。
「じゃーん! ハンバーガーとピザよ!」
非常に簡単なものだけれども、前世の食事を作ってしまった。ハンバーガーはあまり中身を詰めてしまうと、食べる時に中身が飛び出して服を汚しかねない。なのでバンズで肉を一枚挟んだだけのシンプルなものにしておいた。この肉も通常はステーキといった肉そのものではなく、肉を細かく刻んで叩いたものに小麦粉や卵などを加えて作ったハンバーグを作っておいた。これなら柔らかいので、子どもやお年寄りでも大丈夫というわけである。
「お嬢様、これを我々に食えと?」
「そうよ。とりあえず食べてみてちょうだい」
明らかに嫌そうな顔をしている我が家の料理長に、私は笑顔でにこにこと勧めている。うん、これはもう脅しね。だって、未知の料理なんだもの。最初は誰だって怖いわよ。ちなみに私はすでに試食済み。味を確認した上で勧めているのだから、有無は言わさないわ。
そうした私の圧に屈した料理長は、恐る恐る口へとまずはピザを運んだ。すると、
「うまいっ!」
目を見開いて驚いていた。
「何ですかな、このもっちりとした食感は。温めたチーズが伸びている。それにこの調味料。むむむ……、まだ私の知らない料理があったとは、このアラブミ、一生の不覚ですぞ!」
うん、もの凄く大げさだし騒がしいわね。
「お嬢様、この調味料は一体何ですかな?」
当然のように聞いてくるアラブミ料理長。普通なら秘密にするだろうけども、この人は我が家の料理長なので、そこは惜しげもなく教える。すると、その材料についてとても驚いていた。
「酸っぱくなったワインがそのようなものに……。これは大発見ですぞ。ワインは酸っぱくなると普通は捨ててしまいますからな」
(あ、やっぱりそうなんだ。もったいないなぁ)
アラブミの証言を聞いた私は、正直そう思った。まあ酸っぱいっていうのは好みが分かれるところだし、仕方ないって感じかな。
「しかし、貴族の令嬢は普通料理などしませんし、ましてやお嬢様の体形で料理ができるとは、失礼ながら思っておりました。いやはや、人は見かけによらないものですな」
「それでしたら、料理長も太ってらっしゃるではないですか。まったく、人の事は言えませんよ」
「はははっ、確かにそうですな。これは失礼致しました」
アラブミは失礼とか言いながら大口を開けて笑っている。小ばかにされているのは分かってる私は、あえて彼を怒りはしなかった。
「こっちのハンバーガーに挟んだ肉ですけれど、これは単品として出してもいいかと思います。よろしければ作り方をお教えしますよ」
「よろしいのですかな? こういうレシピは普通は秘匿にしておくものですぞ」
私が言った言葉に、アラブミは驚いている。
「あら、私は貴族ですよ。それにあなたは料理人。どちらがレシピを持っておくのがよろしいと思いかしら?」
私が小悪魔じみた笑みを浮かべると、アラブミはぺちっと自分の額を叩いていた。
「いや、参りましたな。それではお嬢様、私めにレシピをご教授頂けますでしょうか」
この世界の料理人は基本的にプライドの高い者ばかりだけど、アラブミはちょっと違っていたみたいね。
「分かりました。ですが、あくまでも考案は私ですからね?」
私はとりあえず釘は刺しておく。広まるのはいいけれど、手柄を横取りされるのは嫌なのだ。だからこそ、念を押しておいた。救いだったのは、このアラブミはまだ柔軟な考えを持つ男だったという事だろう。
というわけで、私はアラブミにケチャップ、ハンバーグ、ピザの作り方を教えておいた。これで少しは食卓に幅が出る事だろう。お酢単品を使った料理は、もっと量が増えてからかな。
前世は社畜ではなかったから、暇にかまけて料理とかもしてたもの。あっでも、ニートでもないわよ、失礼ね。それにしても、自分の死因って何だったんだろう、まったく思い出せないわ。
そうやっていろいろと考えていると、
「あら、アンマリア、こんな所に居たのね」
「お母様、どうかされたのですか?」
母親であるフトラシアが厨房に現れた。
「大変よ、ラム・マートン公爵令嬢から、またお茶会の誘いが届いたわ。文面を見る限り、この間のバッサーシ辺境伯領に行った面々だけを集めるみたいよ」
「はい?」
急な話に、私は首を傾げたのだった。まったく、今回のお茶会の目的は何なのだろうか。まったくもってラムの意図が読み取れなかった。しかしながら、断る理由などなかったので、私はその誘いを受ける事にしたのだった。




