第260話 不安は急に襲い来る
前期末試験の結果が貼り出されたその日、夏休みの合宿について新たな情報が出てきた。それによると、夏休みの合宿は3学年合同で行われるという風になったらしい。去年は魔物の大量発生が起きたので、人員を集約する方針にしたようだった。
できる限りの戦力を集めて対処しようという事なのだそうだ。
だけど、今回の合宿が行われる場所はバッサーシ辺境伯領ではなかった。
実は、ヒーゴ・バッサーシから魔物の大量発生の兆しが見られるという報告があったからだ。そんな場所に学生を送り込めるわけがなく、やむなく今回は場所を変更する事になったのである。ちなみにその場所は南のミール王国との国境付近となる。つまり、ミール王国に向かった際に立ち寄った事のあるサングリエ辺境伯で行われるという事だった。
知らない場所ではないのだけれども、サングリエ辺境伯の領地は東西に広い。領都タボンこそミール王国との間の街道上にあるとはいえ、それ以外の情報はさすがに少なすぎた。
モモの誕生日のプレゼントの準備もあるけれど、私は父親にサングリエ辺境伯の領地について尋ねてみる事にした。
「お父様、ちょっとよろしいでしょうか」
「なんだい、マリー」
書斎でゆっくりとくつろぐ父親。おもむろに私の声に反応していた。
「今年の合宿の行き先がサングリエ辺境伯の領地になっていまして、ちょっとどういったところかお聞きしたいと思った次第です」
「ああ、サングリエ辺境伯か。いいだろう、話をしようじゃないか」
読みかけの本を閉じた父親は、立ち上がって本棚から1冊の本を持ってきた。
「国の大臣として、すべての領地の情報は集めているからね。これはまだただの役人だった頃に集めたサングリエ辺境伯に関する情報だよ。これを踏まえながら話をしようじゃないか」
なんとまあ、あれだけ肥え太っていた父親がかつては国中の情報を集めていたらしい。そのバイタリティがあって、なぜあんなに太ってしまったのか。ある意味七不思議的な話だわ。
とはいえ、せっかく話をしてくれるので、私は父親の部屋の中にあった椅子に腰を掛けた。
「マリー、もっと近付いてもいいんだよ?」
「話を聞くだけでしたら、この距離でも問題ないと思いますわ、お父様」
ちょっと離れていたために、父親が複雑そうな顔をしながら私に呼び掛けてくる。だけど、私はそれをつっけんどんに突っぱねた。
父親はどこか残念そうな顔をしていたものの、渋々とサングリエ辺境伯領について話を始めた。
サングリエ辺境伯領。それはサーロイン王国の南側に位置する広大な領地である。下手をしなくてもおそらく王国位置広い土地を有する貴族である。
南側すべてでミール王国と国境を接しており、過去の侵略を踏まえて国を守護すべく、国境に巨大な塀を築いたという経緯を持つ。その結果、現在のミール王国からの攻撃は抑えられ、和平を実現したという過去があるのだ。
北西のヒャッハーな一族とはまた違ったタイプの辺境伯らしい。
現在の辺境伯の名前はイノシス・サングリエというらしく、父親とは同い年らしい。そして、子どもに関しては上が女性で私より1つ年上、下は男性で私より1つ下になるそうだ。1つ下といえば、確かいとこのタミールもそうだったはず。
話を聞いている最中、いとこのタミールの事を突然思い出す私。
そうだ、1年下なら学園に通っている。そして、学園に通うのならば私の家で過ごすはずだ。だけど、タミールの姿は新学期以降まったく見ていない。なぜ今の今まで失念していたのだろうか。
……なんだろう。思い出した途端、私は急に嫌な予感に襲われてしまった。
「お父様、そういえばおじさまのところの息子、タミールってどうしていますの?」
私の急な質問に、父親が驚いている。
「ああ、タミールか? 兄上が言うには領地で勉強しているという話だが……」
「嘘です。去年お会いした時には、学園に通うというような話をしていましたから、急に心変わりだなんて妙だと思いますわ」
父親の話を真っ向から否定する私。
そして、居ても立ってもいられなくなり、私は瞬間移動魔法で父親の書斎から姿を消したのだった。
父親は私が消えた場所を、呆然と見つめていた。
次の瞬間、私はファッティ伯爵領の領主邸の中に立っていた。
どういうわけか、ものすごく嫌な予感がするのだ。
(どういう事なのかしら。こんなに心が落ち着かないだなんて……)
私の不安を掻き立てるように、屋敷の中がもの凄く静かだった。使用人たちは動いているみたいだが、その口数はとても少なかった。
私はひとまず、伯父の部屋を目指す。
「おじ様!」
私はノックもしないで伯父の部屋へと乱入する。そこで私が見たのは、すっかり意気消沈している伯父の姿だった。
「おじ様、一体どうなされましたの!」
私は伯父に駆け寄る。すると、伯父はゆっくりと私の方へと振り向いた。
「おお、アンマリアか? 一体どうしたのかな?」
声を絞り出すような感じだった。伯父はすっかり元気をなくしていた。
「それはこっちのセリフです。お恥ずかしながら、年明けからごたごたしていてタミールの事を失念していましたわ。姿を見ていない事を思い出して、確認に来ましたの」
私は正直に伯父にぶちまけた。私の言葉を聞いた伯父は、いきなり泣き始めてしまい、更なる混乱が私を襲う。
一体何があったというのだろうか。私の不安はさらに大きくなっていったのである。




