第17話 待っていませんでした、この瞬間を
そんな魔法の基礎練習を始めた矢先だった。私の部屋に父親がやって来た。
「おお、マリーよ。大変な報せが舞い込んできたぞ」
「何でしょうか、お父様。というか、いくら娘の部屋だからといって、淑女の部屋にノックも無しに入って来ないで下さい」
私はとても棘のある言い方をする。すると父親は娘に嫌われたと思って、思いっきりショックを受けていたようだ。いや、先程言いましたけれど、淑女の部屋にノックも無しに入らないで下さいませ。
落ち込む父親を見て、私はひとつ咳払いをすると用件を聞く事にした。あまり突き放してしまうと、本当に落ち込んで立ち直れなくなるものね。
「それでお父様、一体報せというのは何なんですか?」
「おおそうだったな。マリー、今度の週末に城で夜会が開かれる。そこにめでたく呼ばれたのだよ」
父親がすごく喜んでいる。いや、夜会なんて、普通なら城から招集されたら向かうものではないのだろうか。ここまで喜ぶ理由なんていうのは、思いつく限りあれしかない。
「そうですか。私とサキ・テトリバー男爵令嬢が殿下たちの婚約者候補になった事の公表ですか。お父様がそんなに喜ぶなんて、それしか理由はございませんね」
父親の喜びように私はほとほと呆れたので、あえて突き放したように興味なさげに反応する。
正直、父親がここまで喜ぶのもよく分かる。正式な婚約者でなくても、婚約者候補というだけで得られる権力というものがあるのだ。父親の立場は伯爵という爵位とあってそう恵まれた状況ではない。だから、私は釘を刺しておく。
「お父様、舞い上がるのは分かるのですが、あまり調子に乗らない事をお勧めします。私はいざとなれば魔法でどうとでもできるでしょうが、お父様たちはそうは参りません。敵を作るような事はおやめ下さいませ」
私が強く睨み付けるように言うと、父親はぐっと黙り込んだ。調子に乗る気満々だったようである。その表情を見た私は、これでもかという大きなため息を吐いた。
父親が出ていった後、私は夜会という事でとある事に気が付いてしまった。
「あっ、これはダンスの練習をしておかなければならないのでは?」
そう、こういう世界ならば定番である、夜会におけるダンスである。まともに踊れなければ貴族においては恥というもの。
「こういう相談はお母様ね!」
私は魔法の練習をやめて、スーラと一緒に母親の元を訪ねたのだった。
「まあ、アンマリア。私に何か用なの?」
母親は刺繍の真っ最中だった。驚いたように私の方を見ている。
「お母様、私にダンスの手ほどきをお願いしたいのです!」
私が強く言うと、事情を察した母親は刺繍の手を止めて私の方をしっかりと見る。
「そう、あの人から夜会の話を聞いたのですね」
「はい。おそらくはその夜会は、婚約者候補の件の正式発表の場だと考えられます。そうなると、私もダンスを披露するのは必須と思われますので、お母様に教えを請いたくて訪ねて参りました」
「……アンマリア、やけに理解がいいわね。誰かにそう教えてもらったの?」
やばい、8歳児にわりにあまりの理解が良すぎるだけに何か疑われている。私はスーラを見るが、スーラは首を横に振っている。私のせいにしないでと言っている。そこで私は、それ以外で一番考えられる理由を無理やりこじつける事にした。
「洗礼式を受けて、私の中で何かが目覚めたのだと思います。私は体に恩恵を溜め込む事ができるそうですので、おそらくそのせいかと」
全部洗礼式のせいにしておいた。私自身としてもそれが一番納得できるし、他人への説得力としても強力に働いてくれるのだ。
「そう……、そうなのね」
母親の顔が少し曇った。これは何か別の可能性でも疑っているのだろうか。母親のこの表情に、私は体を強張らせてしまった。だけど、夜会までは時間はない。無駄な時間を過ごすわけにはいかない!
「お母様、夜会は今度の週末です。今からすぐに私にダンスを叩き込んで下さい!」
「あらやだ、4日後じゃないの。それじゃ早速始めないといけないわね。スーラ、あなたがアンマリアのパートナー役をしてちょうだい」
「わ、私がですか!?」
「魔法の事はアンマリアから口止めされていたそうじゃないの。それを私たち両親にだけとはいえ話してしまったのよ? 当然ながら罰を与えなければね」
驚くスーラに、母親は間髪入れずに追撃を入れる。こうなってしまえばスーラに断る事など不可能だった。
「その件は、大変申し訳ございませんでした……」
いい年をした女性が、泣きそうになりながら私と母親に謝罪をしていた。とはいえ自業自得だから慰めはしないわ。
そして、それからは毎日、淑女教育とかすべての予定を取りやめて、突貫でダンスの練習をこなした。スーラにリード役を務めてもらいながら、母親の指導による猛特訓だ。一応ダンスの練習の際に女性同士で踊る事もあるので、貴族女子というのは男性が行うリードもある程度はこなせなければならないらしい。淑女の世界って恐ろしいわね。
そして、その週末を迎える。必死にダンスの練習をした私たちは、お城で開かれる夜会へと足を運んでいたのだった。
さあ、練習の成果を見せてあげようじゃないの。
私は人一倍鼻息を荒くして、馬車の中で意気込んでいた。




