第133話 懐かしのクッケン湖
到着初日というのは、合宿の始まりの挨拶と宿舎における部屋割りが発表されただけで、残りは自由時間だった。馬車の長旅の後ですものね、疲れている状態で何かあっちゃいけないもの。貴族ならではの扱いってやつね。
ちなみにだけど、男子と女子とでは合宿所の階が分かれているようで、お互いの階層を行き来するのは禁止されているようだった。まあ、年頃の男女ですものね。何かあっちゃいけないもの、仕方がないわ。浮気はいけませんわ。
「お姉様と同室で嬉しいです」
「ええ、私もよ、モモ」
直行組である私たちは同室に割り当てられた。大体どの部屋も2~3人が同室という形で割り振られている。武術型、魔法型でも分けられているので、残念ながらサクラは一人離れてしまったようだった。
さて、始まりの挨拶も終わった事だし、私はモモと一緒に部屋へと移動していく。目の前にはまだ人が群れているものの、私の体躯の大きさと魔法の恐ろしさと王子の婚約者という3連コンボのせいで人がどんどんと避けて道を空けていっていた。地味に爽快な気分ね。
ところが、それを呼び止める声があった。
「やあ、アンマリア。君も直行組だったんだってね」
フィレン王子である。相変わらずの爽やかイケメンである。
「フィレン殿下。その仰り方だと、殿下も直行組でございますか?」
「まあね。弟のリブロの誕生日に向けていろいろ準備があったからね」
フィレン王子の返答に、私は納得いってしまった。
あの魔力循環不全の一件以来、フィレン王子はリブロ王子に対して少々過保護になっている。元から兄弟仲はいい方だったけれども、あの一件で余計加速したような気がするのだ。
「まあ、優しいお兄様でいらっしゃいますのね」
「大事な弟だからね。アンマリア、本当にありがとう。あそこまでリブロがよくなったのは、君のおかげだ」
予想外な事に、こんな所でフィレン王子が頭を下げてきた。周りにあんなに学生たちが居るというのに、不意打ちは困りますわよ、王子。ほら、みんながこっちを見てしまっているじゃないのよ。
「ほほほ、人助けをするのは当然ですわ。ささっ、モモ。部屋に行きますわよ」
「えっあっはい、お姉様」
私の突然に呼び掛けに、モモがもの凄く混乱している。それでもどうにか、私の差し出した手を取っていた。
「それでは殿下、合宿を頑張りましょう」
私はカーテシーをして王子に挨拶すると、宿舎へと逃げるように駆け込んでいった。
部屋に逃げ込んだ私は、すぐさま気持ちを切り替えてこの後どうするか考えた。
「モモ、この後クッケン湖を見に行きません?」
「はい、それは素晴らしいですわ、お姉様」
とりあえず、気分を紛らわせるために散歩をする事にした私は、モモを連れてまずは他のライバル令嬢たちに声を掛ける事にした。ラム、サキ、サクラ。三人とも気持ちよく応じてくれたので、私たちは五人揃ってクッケン湖へと向かった。
宿舎はクッケン湖から近いとは言ってもかなり歩く。私の体型はまるまるしているとはいっても、鍛えているし魔法だってあるし、この程度の距離はなんて事はなかった。庭いじり万歳。
歩くこと30分。私たちは無事にクッケン湖にたどり着いた。相変わらず大きな湖だけれども、塩分濃度の高い塩湖である。その気になれば体が浮くのである。本人に言わせれば、筋肉だるまであるサクラも浮くそうだ。塩湖、恐るべし。
「ここは久しぶりですわね。相変わらず変わっていないようで何よりですわ」
そう話すのは8歳の時に一度この場所にやって来ているラムである。あの時はまだ太っていたわね、ラム様……。すらりとした美しい令嬢を目の前にして、私はつい自分とラムの姿を見比べてしまっていた。うう、悲しくなってくる。
「きれい……」
モモやサキもその光景に感動しているようだ。
「うふふ、そうでしょう? ここは景色だけなら最高にいい場所なのですよ。だが、油断しないで頂きたいわ。兵士の宿舎が近いこの辺りは平和なのですが、少し遠くに行こうものなら魔物がうろついている可能性があります。下手に分け入らない事をお勧め致します」
サクラが険しい顔で注意してくる。魔物と聞いてモモとサキの表情はすっかり強張ってしまった。まあ、普通なら令嬢は魔物と戦いませんからね。
「うふふふ。私が居ますのに、みなさんを危険な目になんか遭わせませんわ」
私はにっこりと笑っているのだけれど、どういうわけかみんなその笑顔を見て引いていた。あらやだ失礼だわ。
「お、お姉様。なんか悪い顔をしていらっしますよ……?」
「えっ?!」
私は慌てて湖を覗き込む。あらあら、ものすごく口角が上がって悪役みたいな顔になってましたわ。これはいけないわね。
「これは失礼致しましたわ。まだ夕方には少し時間がございますし、もう少し散策していきません?」
「それだったら、バッサーシ辺境伯の娘として、私がご案内を務めましょう」
私の申し出にサクラが応じてくれたので、私たちは危険のない場所を中心として、この合宿の地を散策したのだった。うん、ここの空気はおいしいわ。




