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盗まれた女  作者: 寄賀あける


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2/11

1 逃げた女

 桜の木に囲まれた広場は大勢が詰めかけて、賑やかに笑い声が響いていた。出店も多く、客を呼ぶ声も騒がしい。食べ物・飲み物、これからの季節に使う装飾品、春らしく切り花を入れた籠を天秤で担いで売り歩く姿も見えた。


 桜は八分咲き、()によっては満開で、ちらほら舞う花弁(はなびら)もある。それがお祭り気分を盛り上げる。


(人の出は予測以上。出店の数は思ったより多い程度。でも、売られているものは安価な物ばかり――(ふところ)具合は大したことがない)


 宿に着いた時、祭と聞いて好都合だと思ったが期待外れだったようだ。〝お客〟には富裕層しか選ばない。街を一通(ひととお)り見て周ったが、贅沢な装いの者はいなかった。かと言って、取り立てて身窄(みすぼ)らしい(なり)をした者も見ない。


「この街は裕福なのかい?」

串に刺したソーセージを焼き売りしている屋台で訊いてみる。


「そうさねぇ。領主さまが無体な税の取り立てをなさらない。食べるに困る者には何かしらの施しさえしてくださる――裕福とは言えないけど、いい街だと思うよ」

ソーセージを寄こしながら売り子が答える。


「おニイさん、旅の人かい?」

「あぁ、祭だなんて知らずに来た――随分な人出でびっくりしてる」


 代金を渡し、返す手でソーセージを受け取った男が答える。すると売り子が笑いながら、

「祭に合わせたんだか知らないが、曲芸の一座も来ている。そっちの客も集まったんだろう。最近、ここら一帯で人気の一座だそうだよ」

と教えてくれた。俺も見に行きたいがソーセージ売りに忙しいからなぁ、売り子の愚痴を後ろに聞いて、男はその場を離れた。


(なるほど。確かに裕福とは言えないらしい。()()()がたっぷり入ってら)

ソーセージを(かじ)りながらそぞろ歩く。広場を抜けて土手を上れば、宿屋が建ち並ぶ広い通りだった。のんびりと歩きながら、それとなく宿の様子を探る。


(金持ちが泊まるような宿じゃない――でも、今日は()()

宿を見上げると他とは違う、上等な布が掛けられた窓がちらほら見える。外から見られるのを嫌がってか、宿の粗末なカーテンでは不満なのか、客が自分でかけた布だろう。


(つまり、その窓の部屋にいるのは〝上客〟)

狙うなら、客が曲芸を見に行って留守の時だ。でもなぜだろう、あまり気が進まない。こんな田舎の宿、忍び込むのは他愛もないのに――


 いやな予感がする。いやな予感はたいてい当たる……この街では(おと)()しくして、次の街に移ったほうがいいかもしれない。路銀はまだ足りている――男がそんなことを考えているとき、突然、上のほうから『ガシャン!』と大きな物音がした。ちょっと物を落としたような音じゃない。大きな鏡か何かを叩きつけたような音だ。


 なんだろう? と見あげるとすぐそこの窓が乱暴に開けられた。

「危ないよっ! どいて!」

えっ? と思う間もなく、窓から飛び降りてくる……女?


 ふわり、と何かが広がった。『待て!』窓の中から男の怒鳴り声が追いかけてくる。ふわりと広がった先に見えるのは薄青い春の空、いくつか桜の(はな)(びら)がゆらゆらと舞い……


 考えもなしに男の腕が伸ばされて、落ちてくる女を受け止め――受け止めきれずに

「ぅおう! って、ててて……」

思い切り尻もちを()き、勢い余ってひっくり返る。


「どいてって言ったのに! ちょっとあんた、頭、大丈夫? あ、そうじゃない、ぶつけてない?」

言いながら、さっさと女が立ち上がる。ふわりと広がったのは、どうやら女の髪のようだ。薄い色のブロンドが光を透かして、柔らかな光を放っている。


 頭は大丈夫かと聞かれた男がつい吹き出した。すると、

「ちょっと! 笑ってないで早く起きて――逃げるよ!」

女が手を引いてくる。


「逃げる?」

訳も判らず立ち上がると、

「こっち!」

掴んだ手を離さずに走り出す女、えっ? と引きずられるまま男が振り返れば、女が逃げ出してきた宿の出入り口から飛び出してきた追手が見える。


「早く! 早く!」

どうして俺も? と思いながら、

「おまえの足じゃ逃げ切れないぞ?」

面白いことになりそうだ、男が女の手を引いて走り出した。

「俺に任せろ。追手を()いてやる」


 通りを走り抜け、追手との距離が変わらないまま、不意に男が角を曲がる。

「な! 行き止まりじゃないの!」

「おぅ! 屋根に上るぞ!」

「えぇ?」

「急げ、ヤツがそこから顔を出す前に上り切って屋根に隠れるぞ」

「上るって、ここを?」

建物の際に押しやられながら女が上を見る。三階建ての窓には手すりがあるが、あとは(ひさし)があるだけだ。


「めんどくせぇ! 捉まれ!」

戸惑う女の腰より下を男が担ぎ上げる。慌てて女が男の頭に抱き着くと、男はスルスルと窓の手すりや庇を辿って上っていく。あっと言う間に屋根に着くと、『伏せてろ!』と女を転がし、自分も(うつぶ)せになって路地を(うかが)った。


「な、なんでいない!?」

路地ではやっと姿を現した追手が、獲物を探してきょろきょろと見渡している。


「チッ! 一つ先の路地か?」

舌打ちをすると追手は路地を出て行った。


 しばらく待って男が屋根に座る。

「もう大丈夫だ、戻ってきそうもない」

男に(なら)って女も屋根に座った。


「アンタ、何者(なにもの)? コソ泥かなんか?」

「うん、そんなとこだな。でも、女を盗んだのは初めてだ」

クスリと笑う。


「アンタだったら、盗まなくったって不自由しそうにないけど? それにしても、なんで袋小路なんかに逃げ込むのよ?」

チラリと男が女を見る。


「建物は三階建て、その高さより袋小路の奥行きは距離が短い。そんな場合、慌ててるヤツは袋小路を〝閉鎖された〟空間と受け止める。ここにはいないと思い込むのさ。道が続いていれば、道の上にある空間に目を向ける確率が高くなる。だからわざわざここに逃げ込んだ。って、おぃ!」

「うん?」


 男の理屈っぽい話にはさっさと飽きた女、

「訊くから説明したのに、聞いちゃいないし」

男の苦笑にクスリと笑い、

「だって、ほら、桜が綺麗だよ」

と、屋根の下に広がる風景に気を取られている。


 つられて通りの向こうを見れば、一段低くなった広場は桜の花で満たされ、薄紅色の海のようだ。

「わたし、キュア。旅の一座の踊り子で歌姫。あんたは?」

「俺はコソ泥なんだろう?」


「名前もコソ泥なの? 親に文句言ってやりなさいよ」

花弁(はなびら)の海から目を離さずに、クスクスと女が笑う。


「名前か……名前はフィル」

「うん?」

男の答えにキュアが急に男に視線を戻す。


「それ、嘘でしょう? 一瞬迷ったよね。わたしに名前を知られるとまずい? お尋ね者とか?」

「へぇ、割と鋭いんだな。二階から飛び降りるなんて考えなしかと思ったら――自分の名前が嫌いなんだよ。フィルって言うのも嘘ってわけじゃない」


「そんなに変な名前なの?」

「ン……本当はフィリア。でもさ、フィルってみんな呼ぶから、な? 嘘ってわけじゃないだろう?」

フィルの顔を見詰めてキュアが目をパチパチさせた。


「って、フィリア? 女の名前じゃないの。アンタ、女だった? ううん、騙されない、わたしを持ち上げた身体は男だった」

「だからイヤなんだ。たいていみんなそんな反応だ。だからフィルでいいんだ」

「なるほどね、判った。フィル、よろしくね」


 何がよろしくなんだろう? そう思ったが、フィルは何も訊かなかった。キュアの視線は桜の広場に戻り、嬉しそうに眺めている。とっくにフィルから興味が離れてしまったようだ――

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