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月子の場合  作者: ヒスイ
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柳春の場合⑤

人気のない深夜の公園。

ベンチには既に白鳥が座っている。

私は背中合わせになるよう反対側のベンチに腰を下ろす。


「彼女の作品はお気に召してもらえたかしら、刑事さん。」


「至高の芸術ですよ、正にね。今まで様々な猟奇事件の現場に立ち会ったり証拠写真を見たりしましたが彼女の作品にはブレがない。人体というキャンバスに復讐という絵具とキャンバスに合わせた凶器という画材で描いていく。思い出しただけでもよだれが出そうですね。」


やっぱり筋金入りの変わり者と話しているのは楽しい。

常識なんてあいまいな尺度がこんなにも簡単に崩壊するのだから。


「満足していただけているようなら何より。それで、そちら側の動きは?」


「山田の事件については全く進展がないですね。恨みを買うような人間でもなかったらしいので捜査も手詰まり。岡の方は東風会絡み且つ遺体も発見されていないので実質迷宮入りでしょうね。」


「そう、それなら結構。私の座っているベンチに封筒があるからそれが謝礼ということで。夜分遅くにごめんなさいね、刑事さん。ではまた今度。」


札束が入った封筒をベンチに置き車に戻る。

定期的に飼い犬の様子は見ておかなければならない。それが飼い主の責務なのだから。



翌日、私は月子に日帰りの出張と嘘をついて新幹線に乗り込み、彼女の第二の故郷の小さな町まで来ていた。

駅からはタクシーを使い、到着したのは町にある一番大きな市立病院。

玄関の自動ドアをくぐると平日で混雑している外来受付をスルーして病棟に繋がるエレベーターに乗り、3階のボタンを押す。

すぐに目的のフロアに到着し、私はナースステーションの前を通りがかった看護師に


「こんにちは。宮川明さんのお見舞いに来ました。」


とドライフラワーで出来た花束を見せつけるように告げた。

すぐに事情を理解してくれ、部屋の番号と来訪者リストに名前を書くことを伝えて業務に戻っていった。

来訪者リストに偽名を書いた後、教えてくれた病室まで向かう。

当初、彼女は瀕死の重傷且つ人工呼吸器や複数の点滴を装着していたためナースステーションのすぐ隣の部屋だったが最近は人工呼吸器と栄養補給の点滴のみになったので病棟の奥の部屋に転移した。

部屋のネームプレートにはしっかり彼女の名前がシールで貼ってある。


『宮川明』


何度見ても胸の奥をざわつかせるその文字を見た後、ゆっくりと扉を開く。

月子とその祖母たちが飾り付けたのだろうか、様々な花や千羽鶴で部屋は寂しくないように彩られていて、その中央で彼女は眠っていた。

ベッドサイドまで行き、私は声をかける。


「はじめまして、アキラさん。私は柳春といいます。月子とは大学時代からの仲で、今は仲良く愛し合ったり、共犯者になったり、毎日楽しく過ごしています。これ、お見舞いの花束。ドライフラワーだから美しいまま枯れないの。飾っておきますね。」 


空いている花瓶にドライフラワーを挿し、横目で宮川明を眺める。

長期療養しているのに綺麗な顔、皺のない病衣は月子や祖母たち、そして看護師の丁寧な看病を体現している。

目は瞑っているので開けた時と印象は少し違うが私とはまた違う切れ長で凛としており鼻も綺麗で高い。

月子と一緒に売春に明け暮れていたと聞いてるが、この容姿なら客は途絶えなかっただろう。

私は最後の一本を挿し終え、ベッドの横に置いてある椅子に腰掛ける。


「月子、すごいんですよ。在学中にあなたのお父さん、それから少しして初恋の男、次に売春の親玉。もう三人も処刑したんです。どれも残酷で凄惨で…きっとあなたも満足するような殺し方でした。三人とも私が見つけて、場所も道具も人も用意したんです。そんなリスクを冒してでも月子は私を満足させてくれるしなにより私は月子を愛しているから。…抜け駆けしてごめんなさい。もう月子とはベッドで何回も愛し合ってるんです。あなたも月子とそういう関係だったからわかると思うけど月子ってば最初は調子いいのに後半になるとバテちゃって。最後は私が勝っちゃうんですよね。」


一方的に私は話し続ける。

月子の祖母たちは来るとしても午後からだと聞いているので病室に入ってくる人物は看護師か医者くらいだろう。

それから大学での月子の話、最近の月子の話、彼女の好きなパン屋さんの話、お気に入りの喫茶店の話、好きな食べ物の話など私は話し続け、一呼吸置いて本題に入る。


「私、あなたが憎いんです。私がどんなに月子を愛しても瞳の奥、心の奥にはあなたがいる。それが堪らなく悔しくて憎いんです。それにあなたの復讐はもう終わりました。あなたが月子の心の奥にいることはこれからの計画において、正直邪魔なんですよ。」


私は鞄からペンケース型の箱を取り出して開ける。

そこには無色透明の薬剤が充填された注射器が収まっており私はそれを取り出す。


「月子が愛しているあなたへのせめてもの情けです。この薬剤は安楽死用に作られたものを私の会社で秘密裏に再調合したもので、あなたがいま繋がれている点滴に混ぜると明日の朝には穏やかに死ねます。月子の思い出の中で生きてください。実物がいるより私はそっちのほうがまだ納得できますから。私がドライフラワーを持ってきた意味が分かりました?美しいまま死ねるあなたを象徴してみたんです。…さようなら、宮川明さん。月子のことは私に任せてゆっくり死んでください。」


立ち上がり、ぶら下がっている点滴のもとへ向かおうとした時、病室の扉が開く音がして私は咄嗟に注射器を隠す。

扉の方に目をやるとそこに立っているのは月子だった。

怒りなのか悲しみなのか、それとも入り混じったものなのか、初めて見る表情で私を睨みつけながら病室の扉は閉められる。


「春、アキラから離れて。」


懐から銃を取り出した月子が私に告げる。


「月子、あなたの腕前じゃ当たらない。寧ろ人工呼吸器やアキラさんに当たったら危ないからそんな危ない物しまってほしいな。」


私が優しく、幼子に言い聞かせるように話すと月子は予想外の行動を取る。


「アキラが死ぬなら私も死ぬ。私の未来にアキラは必要な人たから。」


彼女は自分のこめかみに銃口を押し当て、引き金に指をかける。

私は思ってもみなかったその行動に思考が止まってしまう。


「春、お願いだからアキラを殺さないで。」


すがるような月子の言葉に止まっていた思考に嫉妬の炎が宿る。


「だって月子は私といても、私と愛し合ってても、ずっと心の中にアキラさんがいるじゃない!私はそんなの嫌!私はアキラさんの代わりじゃない!私はあなたに心から愛されないと嫌なの!」


私の吐露に月子は表情を曇らせる。


「春をアキラの代わりだなんて思ったことない。たしかに私の心の中にはアキラがいる。でもあなたと向かい合う時、私はあなたしか見ていない。春を見て、愛して、向き合ってる。アキラの代わりがいないように春の代わりもいないんだよ?それくらいあなたは私にとってかけがえのない大切な人なんだよ?」


一言一言が私の炎を弱らせる。

月子はこんなにも思ってくれているのにまだ心のどこかで彼女を独占したいと思っている自分がいる。

ああ、私はなんて傲慢な女なのだろう。


「誰にも言っていない私の夢、春にだけ言うね。私は全てを終えたらどこか遠いところ、この国じゃなくてもいい。そこで孤児院を開きたいの。私やアキラのように困っている子どもたちを守ってあげれる居場所を作りたい。」


こめかみに銃口を当て、夢を語りながら月子は私に近づいてくる。

独特な圧に私は体が動かせない。


「それでね、私が子供たちの朝ごはんとお弁当を作ってる横で春が洗濯物を干してて、アキラは大声で子供たちを起こして回っているの。子供たちを送り出したらゆっくり三人で朝ごはんを食べて、お掃除と晩御飯の準備をして、終わったら三人で映画でも観ながらまったりして、そういう雰囲気になったら大きなベッドで三人で愛し合いたい。これが私の夢。三人でたくさんの子供たちを幸せにしてあげよう?そして私たちも幸せになろう?」


目の前まで来た月子は注射器を握る私の手を優しく掴み、銃口が食い込む頭を上げて私を見つめる。

ブラックホールじゃない、未来を見つめる希望の瞳。

傲慢なのは私じゃなかった。真に傲慢なのは月子だった。

それが分かった私は脱力してしまい、床にへたり込む。

脱力感の次に襲ってきたのは罪悪感。彼女は私をしっかり見ていてくてた。それなのに私は独りよがりで自分本位でどうしようもなくて、考えていると涙が止まらなくなる。

床に転がる注射器と拳銃。そして私を抱きしめる優しい月子の腕と優しい香り。

泣き続ける私を月子は泣き止むまで頭を撫でてくれた。


病院からの帰路、車の中で夕陽を眺めながら話す。


「私が病院に居るってなんでわかったの?」


「春にやったのと同じ方法で春の部下の人たちに聞いたらすぐ答えてくれたよ。」


私は呆れてため息よりも笑いが漏れる。

ほんと、この子には勝てない。

私は月子の手を握り、わがままを言うことした。


「ねえ、月子。今夜は抵抗も反撃もしないから私のこと精一杯愛し尽くしてほしい。」


ぎゅっと握り返される手。


「わかった。私の体力が続くまで春を愛してあげる。泣いてもやめないんだから。」


私の心には温かい炎が灯った。

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