月子の場合④
武蔵さんの部下の方々が猿を檻ごと運んでいく。
搬送口の扉が閉まり、入れ替わりに春が入って来て女性たちの前に立つ。
「お疲れ様。あなた達にはこちらの準備が整い次第、私が用意した家に住んで、私が用意した会社で働いてもらいます。働くと言っても一般の事務仕事や受付の業務が主だから安心してください。必要なスキルも仕事をしながら学べるように伝えています。…もうあなた達を苦しめる人は居ないから安心して。何かあったらいつでも私を頼っていいし、私の名前を出してもいい。あなた達のこれからの人生が幸せでありますように。あと、この子のことは忘れてね。それが唯一の約束。」
この子、とはもちろん私である。名乗ってもいない。
女性たちはみんな、春の言葉に涙を流し感謝を述べて部屋を出ていく。
私も春と同じく彼女たちの幸せを祈りながら後ろ姿を見送る。
マフィアを尋問した際に彼女たちの居場所を吐かせ、春に買い戻してもらい、身分証と住居と就職先、必要なら治療の提供をお願いした。
春は即座に快諾してくれた。本当に感謝だ。
最後の一人が部屋から出ていくのを見送り、私たちは手を繋いで部屋を出る。
今回の処刑室は春のではなく東風会の事務所の一つをお借りした。
そのまま車に乗り込み、春の屋敷に戻り、私はシャワーを浴びる。
身体を清めて浴室から出ると既にパジャマが用意されており、着替えて食堂に行くと春が本を読んで待っていた。
キッチンからは肉が焼ける香ばしい匂いが香り、食欲が一気にわいてくる。
「おかえり、月子。私はお肉にしたけど月子はどうする?」
本を閉じてこちらを見つめる。
本の表紙を見るが英語で書かれており私にはどんな内容の本か検討もつかない。
「私もお肉がいいな。焼き加減はレアで、ソースはこの前かかってたバルサミコ酢のやつがいい。」
「オッケー。シェフさん、よろしくね。」
キッチンからシェフがちらりと顔を覗かせ笑顔で頷く。
しばらく待って出てきたステーキを私はフォークとナイフで切り分けた後、熱々のご飯と一緒に頬張る。
柔らかい肉のうま味がバルサミコソースの酸味でキリッと締まり、ご飯が進む絶品のおかずになっている。
向かいに座る春はしっかりと焼き目のついたウェルダンでガーリックソースだ。
春はステーキとご飯を一緒に食べることは滅多にないため今日も肉と向き合っている。
私は少しいたずら心を込めて呟く。
「ニンニクなんてかけちゃって。キスしてあげないんだから。」
「別にいいもん。私から溺れるくらいしてやるんだから。」
春が豪快にステーキを頬張る。
今日の夜は寝かしてくれないかも、とうっすら期待と不安を募らせる私だった。
案の定、春に夜這いをくらい明け方まで絞りつくされた私が起きたのは十時を少し回った頃だった。
春は既に仕事部屋にこもっているようで私は朝食をいただき、食後は屋敷を出て街中をぶらつく。
今日は何曜日だったか忘れたがカフェの空き具合や人の流れから見て平日なんだろうな、と感じる。
日付はともかく曜日感覚まで失うなんてニートの鑑だ。
ニートはニートでも一応春が経営している会社に席は置いてもらっており、一生使わないであろう名刺まである。
喫茶店のウエイトレスやパン屋さんのレジ係など制服が可愛いアルバイトは人並みに憧れたこともあったが私の不器用さを見かねた春に全力で止められた。私だって傷つくんだぞ。
ぶらぶらしていると鐘の音と盛大な拍手、祝福の声が教会のような建物から聞こえてくる。
門の外から覗いてみるとタキシードを着た凛々しい青年と純白のウエディングドレスを着た女性がブーケを持って階段を降りている。
結婚式だ。名前も顔も知らない二人の人生一の晴れ舞台を私は盗み見させていただいている。
私には縁のない行事だなあ、と思いながら眺めて飽きたのでまた歩き出す。
歩きながら私はとてもとても素敵なことを考えてしまった。
もし、人生で一番幸せな時間、瞬間に死ねたらそれはどんな苦痛なのだろう。
あの純白を私の家族を奪った炎で真っ赤に染め上げたらどんな花よりも悲惨で美しい色の花になるのではないか。
燃え盛る炎に身を焼かれながら私を見て、花嫁は何を思うのだろう。
髪も皮膚も粘膜も焼かれ、息も吸えない、肌は段々炭化していきひび割れたそれからは血とも体液とも呼べない悪臭を放つ液体が滲み出る。
そんな花嫁を見ながら私は言うんだ。
「ハッピーウェディング、そしてアーメン。」
散歩を終えて屋敷に戻り、春の部屋をノックする。
「月子だけど、いま大丈夫そう?」
「うん、大丈夫。入っていいよ。」
部屋に入ると春は革張りのオフィスチェアーの上で胡坐をかいている。
休憩中のようだ。
「お疲れ様。あのさ、結婚式ってさ」
結婚式、というワードに反応して春が机の引き出しから文字が羅列された紙を即座に取り出して私に渡す。
「これ、同性婚ができる国のリスト。いつ挙げる?いつ移住する?月子はパスポートある?家はやっぱりプール付きがいいよね。市場とか近かったら一緒に買い物も行けるし…。」
だめだ、これはしばらく話しかけてもまともな返事が返ってこないパターンだ。
私は妄想の世界に浸る彼女をしばし優しい瞳で見守った。




