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月子の場合  作者: ヒスイ
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月子の場合③

今日は雨。

アパートの自分の部屋、自分のベッドの上。

窓の外を見つめながら雨音に耳を澄ます。コンクリートに落ちたり、ガラスに弾かれたり、土に沈んだり、葉っぱを伝ったり、傘に弾かれたり、服に沁みこんだり…。

雨の音一つでこんなに音色があるなんて本当に美しい世界。

こんなに美しい世界なのに私の家族は祖母を除いてみんないない。なんて残酷な世界。


どこかの山奥で若い男性のバラバラ死体が発見されたそうだ。遺体の損傷は激しく酷い火傷の跡もあったそうな。

学校や会社でも目立たない存在の彼がまさかこんなことに、というありふれた街角インタビューが滑稽で見てて堪らなかった。

彼は自分のしたことの後ろめたさから目立たないように生きてきたのだ。正体を偽った怪物がたまたまその正体を知るハンターに出会い、駆逐されただけのことだ。

一部の低俗な週刊誌は彼の卑劣な過去を記事として掲載したがなんの影響力も持たず情報の海の藻屑になった。

そしてそのバラバラ事件もくだらない芸能ゴシップや政治家の汚職事件、どこかの国の戦争のニュースに掻き消され覚えている人もいなくなった。風化した。私は彼を解体し、風化させ、風とともに葬った。風葬とでも呼ぼうか。


ベッドで寝ているのも飽きたので台所に行き、電気ケトルで湯を沸かす。

ドリップコーヒーの個包装のビニールを開けるだけで香ばしい匂いが漂い、パックを開いてコーヒーカップに乗せるとさらに香りが立つ。

沸いた湯を少量パックの中に垂らして二十秒、香りが広がるの待ってからゆっくりと数回に分けて湯を注ぐ。

透明なガラス製のコーヒーカップに真っ黒で香ばしいコーヒーが半分ほど溜まり、私はパックを引き上げる。小皿にそれを乗せ、寝室に運ぶ。寝室をコーヒーの匂いで満たしたいのだ。

台所に戻ると充満したコーヒーの香りと本体が私を迎える。

カップを持って目の高さまで上げる。


透明な容器に満たされる黒い液体が私の心を現しているようだ。

二人を殺してもなお私の心の中の獣はどす黒く、もっと刑死を、残虐な過程を経た刑死を欲している。

理性なんてとうに捨て去った。

彼らを痛めつけている時も私の中には罪悪感がない。あるのは復讐心と嗜虐心から構成される快楽。

もっと苦しんでほしい、もっと痛がってほしい、この世に生まれてきたことをたとえ短時間であっても後悔してほしいという純粋な黒い欲望。

次は誰にしようかな、どんな方法で苦しんで後悔してもらおうかな、どんな物を使っておもてなししてあげようかな、どんな死に方してくれるのかな、そんな思いを胸に抱きながら少し冷めたコーヒーを飲む。

何倍も芳醇で苦くそしてコクがあり美味しく感じられた。


コーヒーを飲んだ後はソファーに寝転ぶ。静かな室内と私を雨音と街の雑踏が満たす。

チャイムが鳴り、よたよたした足取りでモニターフォンまで歩き、通話ボタンを押すとカジュアルな恰好をした春が映っていた。


「もしもし月子ー?上がってもいいかしら?」


「どうぞー。」


私はオートロックを解錠する。

今日は休日なのだろうか。スーツを着こなしている彼女も様になっていて惚れ惚れするが今日のようなカジュアルなスタイルも好きだ。というか身長が百七十もあるのだから大抵の服は着こなしてしまう。

本当に羨ましい限り。

そうだ、彼女の為にコーヒーを淹れよう。市販のドリップパックで悪いが喜んでくれるだろう。外はさむいだろうし。

私が電気ケトルに水を貯めていると玄関の鍵が解錠される音がした。彼女にはもし私に何かあった時用に合鍵を渡してある、がそのほとんどは夜這い目的で使われている。


「お邪魔しまーす。」


ご機嫌な様子で靴を脱ぐ音が聞こえ、すぐにリビングにやってくる。

LDKの間取りなのでキッチンでコーヒーの準備をしている私を見つけ、春が手に持っていた鞄と紙袋を落とした。

そして私も気づいた。いつもの癖でパンツしか履いていない。

春が理性を放棄した野獣の目で私に近づく。


「月子、これは誘ってるって解釈してもいいんだよね?」


「ち、ちが、いつもの癖で、知ってるでしょ!私が家の中ではあんまり服着ないことは、んっ!」


強引に抱きしめられ唇を奪われる。唇の隙間から春の舌が割って入り、まるで生き物のように私の口内を蹂躙し、引き抜くとお互いの唾液が混じり合った糸が引く。


「話はお楽しみの後で…ね。」


自業自得とは言え、私の喘ぎ声は外の雨音を掻き消すように響き渡った。



情事を終えた後、私はいつものように黒のワンピースを纏う。これ以上春を刺激しては私がもたない。

バリバリの女経営者の体力とニートの私の体力差は歴然。女性同士の情事はテクニックもだが最後は体力勝負になるので私はいつも泣かされる方なのだ。

コーヒーを淹れてテーブルに置くと彼女も持ってきた紙袋からパンを数種類出してくれる。私の好きなパン屋さんのものだ。ここのあんぱんとメロンパンの美味しさは群を抜いている。

一緒に手を合わせていただきますを言い、パンを齧りながら春が話し出す。


「お猿さんをね、捕まえたって武蔵さんから連絡があったの。」


甘すぎない上品な餡子とそれを包む香ばしい生地を味わいながら脳裏に武蔵さんを思い浮かべる。

彼はこの数年で出世し、若頭から東風会直系の組の組長になった。


「お猿さん?」


「うん。武蔵さんの組の島で勝手に女の子を引き抜いて何人も働かせてるんだって。中国マフィアとつるんでるらしくてね。マフィアの方は武蔵さんたちがお仕置きするから、そのお猿さんの処理を月子に任せたいって。」


「えー、知らない発情期の猿の殺処分なんて嫌だなあ。」


「お猿さんの名前は岡慶太。」


メロンパンを千切ろうとしていた私の手が止まる。

当時の売春グループのリーダーだ。


「やる気、出してくれた?」


春が満面の笑みで私の顔を覗き込む。

私は千切ったメロンパンを口に入れ、数回咀嚼した後コーヒーで流し込む。やはりここのメロンパンは別格だ。

当然私も笑顔で返す。


「もちろん。たっぷり可愛がってあげる。」


私の中の黒い獣が雄たけびを上げ、脳がフル回転する。

猿には猿らしく、ふさわしい舞台を用意してもらわなきゃ。

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