日野月子の場合⑰
私の目の間に麻袋が置いてある。
それはまるで巨大な芋虫のような形で時折うめき声を出しながらもぞもぞ動く。
不愉快に思った私は渾身の蹴りを放つ。表面は麻袋なのでどこに当たったかは分からないが動かなくなった。
虫なら踏みつぶせば殺せるのに、と思ったがそんな楽には殺さない。苦痛に塗れ、生まれてきたこと、自分がアキラに行なった仕打ちを後悔しながら殺すのだ。
私は後ろで控えてくれている春の部下の方にお願いして、麻袋の中の人物を白いタイルの床から処刑台に引き上げてもらった。
春から連絡が来たのは予定通り、十二月の初旬のとある日、早朝。
スマホのバイブ音で目を覚まし、すぐに電話を取る。
「おはよう、月子。計画通り捕獲して今は地下の処刑室で眠ってもらってる。もうすぐそっちに車が着くから乗ってこっちまで来れる?」
春の声色はまるで友人とこれから遊ぶ少女のように上ずっていた。
私は寝起きのがさついた声で
「わかった。準備が終わったらすぐに出る。ありがとう。」
と伝える。
春は、じゃあまたあとで、と返事をして電話を切った。
洗面所に行き寝癖を整え、顔を洗う。
冷水の刺激で一気に目が覚め、顔を拭き、冷凍庫から冷凍保存のご飯を取り出しレンジにかける。
解凍している間に納豆のパックと生卵を冷蔵庫から取り出し、納豆が糸を粘り気で糸を引くまで一心不乱にかき混ぜる。
軽快なメロディーが鳴り、レンジの中の熱々ご飯をお茶碗に移し納豆と生卵を乗せ、お米の一粒一粒に納豆と生卵が絡み合うまで混ぜ、しょうゆと最後にごま油をほんの少し垂らして完成だ。
口いっぱいに頬張ると納豆のうまみとしょうゆの塩味、ごま油の風味がガツンと味覚を刺激する。それを卵のまろやかさが中和させ最高の美味しさに変わる。このグラデーションをたった一杯のお茶碗で楽しめるのだから和食は偉大で最高である。
口の中が粘ついてきたら緑茶で流し込む。日本人に生まれてよかった、悦に浸りながら窓の外の空を見る。
冬らしい雲一つない晴天。室内の空気も冷えて凛としており心なしか背筋が伸びる。
暖房は嫌いなのでよほどのことがない限りは使用しない。着こめば十分なのだ。
私は朝食を食べ終え、食器洗いと歯磨きを済ませ、お決まりの黒のワンピース(長袖バージョン)を着て、その上から黒のコートを羽織る。
快晴、満腹、いつもの黒のコーデ、寝癖も無し。
さて、殺しに行こう。
アパートを出るとすぐ前に見覚えのある黒のセダンが停まっている。
私に気づくと運転手さんがドアを開けてくれて乗り込む。
車が発進すると自然と鼻歌が漏れる。
こんないい日に私に殺されるなんてアキラの父親は恵まれているものだ。
春の家に到着すると早速彼女が玄関で出迎えてくれる。
「おはよう、月子。服はそのままで行くの?」
「うん。いつも通りの私で殺したいからね。」
「わかった。でもコートは預かるね。汚れてクリーニング出すのも大変だろうし。」
「そうだね、そうするよ。」
春の傍に居たメイドさんが私のコートを預かってくれる。
そして私たちは地下の処刑室に降りた。
扉が開くとスーツを着た男性が三人と大きな芋虫のような形をした麻袋が一つ。
「この人たちが運んできてくれたんだよ。私は自分の部屋に戻ってゆっくり眺めておくからあとは月子の好きにしてね。そこの三人もお手伝い頼めるかしら?」
スーツの三人組はゆっくり頷く。
そして冒頭へ。
麻袋から出された彼はスーツの男たちに強引に服を剥がされ全裸で処刑台に乗せられ手足を拘束される。
状況が把握できていないのだろう、ガムテープで塞がれた口の中で何やら叫んでいる。
私は三人に離れてもらい、一気にガムテープを剥がす。
どれだけの時間貼られていたのか分からないが剥がした後は真っ赤に腫れあがっていた。
「お、おい!ここはどこだ!なんで動けないんだ!お前は誰なんだ!」
初めて声を聞いたが私の勘に酷く障る。
心の中で猛り狂う獣の衝動に身を任せて八つ裂きにしたいが必死に抑え、私は満面の笑みで話しかけた。
「初めまして。私は日野月子と申します。中学校時代からのアキラの親友で彼女にはとても仲良くしてもらいました。」
彼は一瞬きょとんとしたがすぐに怒鳴りだす。
「それがどうしたっていうんだよ!早くここから出せ!俺はまだまだやりたいことが」
「ねえ、アキラのことどう思います?」
「はあ!?おっさんに体売って暮らしてた汚い子どもなんかどうでもいいんだよ!もう死んでるんだしな!どうでもいいから早く解放しろって言ってんだよ!」
私はとても安心した。
今の質問は私の最後の良心であり、善意。少しでもアキラを心配してくれたのなら殺しはしなかったのに。それに彼の中ではアキラは死んだことになっている。実際は今も病院のベッドの上で懸命に生きているのだ。
良心と善意を捨てることが出来た私は刃物が並ぶ棚から立派な出刃包丁を引き抜く。
ギャーギャーと喚く声が静まる。
「これは報い。あなたがアキラを傷つけた罪の報い。あの夜、あなたがアキラを殴り、犯し、刺した罪のほんの僅かな報い。」
私は両手で握りしめた包丁を頭の上まで掲げ、彼の腹部めがけて一気に振り下ろした。
包丁の刃が一気に肉を貫き、深々と彼の腹部に突き刺さった。
一瞬の沈黙の後、聞こえてきたのは
「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
というみっともない彼の表情と絶叫だった。
だらしない腹部から滲み出る赤黒い血。
私はこれが見たかった。でももっと見たい。もっと苦しめたい。もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと。
物品棚に反射して映る私の表情は自分でも見たことのない邪悪な笑顔だった。




