日野月子の場合⑯
「じゃあ、早速…。」
そう言って春はガラステーブルの上にタブレットを置き、画面を起動させた。
画面に表示されたのは人物の写真と様々な情報がまるで履歴書のように羅列されている。
顔写真と名前の欄を見て私の体中の毛穴が開き、血液が沸騰するように熱くなり全身を駆け巡る感覚に襲われる。
『宮川五郎』
痩せ型に色黒の肌、左頬にはアキラに付けられたと思われる傷の跡。
顔ははっきり覚えていないが直観で分かる。アキラの父親だ。
「月子が思ってる通り、宮川明さんの父親。娘さんからお金を奪って逃走した後、女のところを渡り歩いて潜伏してるみたい。そのくせ女遊びとギャンブルに目がなくて闇金から借金したもんだから、今は警察とヤクザの両方から追われちゃってる。かわいそうにねえ。」
春はまるで実験動物の生態を読み上げるように説明する。
さらっとヤクザの名称が出てきたが今回はそちらからの情報提供なのだろうか。
「居場所はもう特定済みなの?」
「もちろん。ずっと監視してるから連絡ひとつですぐに連れてこれるよ。あ、もちろん生きたままでね。」
それなら安心だ。逃げられる心配もないだろう。
こいつはアキラを、実の娘を殴り倒し犯したゴミだ。
まだ目覚めないアキラの無念をどうやって晴らしてやろうか。
「月子、笑ってるね。」
春に言われて気が付いた。
アキラの事件以降、表情が消えていたが自然に口角が吊り上がっている。
復讐のことを考えるだけで自然と笑みが零れるなんて、私はとうに人間をやめてしまったのかもしれない。
「そんな月子に私からささやかなプレゼントがあるの。ついてきて。」
春が手招きをして部屋を出たので私はそれについていく。
真っ赤な絨毯の上を歩きながら見回すと改めて屋敷の広さと豪華さが目に映る。
一階まで降りると春はロビーを通り抜けどんどん奥に進んでいく。
照明もない廊下を突き当り、今までの西洋風の造りとは明らかに違う金属製の扉が現れた。
一個のドアノブに対して鍵穴は二つ、そして黒光りするインターホンのような機械が一つ設置されており、春は懐から二種類の鍵を取り出し開錠した。
続いて、インターホンのような機械に顔を近づけると、ガタンッ、という重々しい音とともにドアが開いた。
扉の奥は地下に続く階段になっており、ひんやりとした空気と薬品のような匂いが漂う。
「どういう仕組みなの?」
階段を下りて、地下通路と思われる道を歩きながら私は興味本位で尋ねる。
「鍵穴に差し込む鍵は形状が別なのは見たら分かると思うんだけど、この機械は虹彩認証システムを搭載した鍵なの。後で月子の虹彩も登録させてね。指紋認証は割と簡単に開けられちゃうけど虹彩なら目玉くりぬかれでもしない限り開けられないから。」
けらけらと笑う彼女。
確かにこれなら安全か、と辺に納得する私。
傍から見れば異常者に違いない。
蛍光灯が照らす殺風景な通路を進んでいくと見るからに重厚そうな銀色の扉が出現する。
その扉の横にはまた先ほどの虹彩認証システムが。
春が顔を近づけると電子音と共に解錠され扉がゆっくりとスライドして開かれる。
私の目の前には映画やテレビドラマでよく見る手術室によく似た部屋が広がる。
真っ白なタイルで床や壁が覆われており、中央には手術台に似たような台が置かれているが手足は可変式で拘束具まで付いている。
そして薬品の匂いの正体は壁一面に陳列されているガラスケース内のボトルからだった。
様々な薬品の名称が日本語だけでなく多様な言語で記載されている。
極めつけは薬品棚の横に飾れらている鈍器や刃物、工具だ。どれも灯りに照らされ鈍く光っており、いずれここで行われる惨劇を待ちわびているように思えた。
私はそれらを子供がおもちゃ屋さんの陳列棚を見るようなわくわく感で物色する。
「どう?気に入ってもらえたかしら?」
春が優しく問いかける。
「うん。最高。地下室であれだけ重たい扉ってことはどれだけ叫び声を上げても外には聞こえないんでしょ?」
「もちろん。それにあそこ見て?」
春が指さす方向を見るとダストシューターがある。
「わざわざ運ばなくてもあそこから捨てれるの。」
「どこに捨てるの?」
「人の死骸を欲しがる物好きな個人、団体、組織なんて山ほどいるからね。そのうちの誰かに提供するか、この世界から消えるんじゃないかしら。あとこれも私からのプレゼント。」
手術台横のサイドテーブルに誰もが知っている凶器が置かれる。拳銃だ。
私も実物を見るの初めてだが想像していたものより小さい。
「これは世界中の法執行機関でも採用されてるハンドガン。見た目は小さいけど威力は折り紙付き。護身用に持ち歩いてもいいし、処刑用に使ってもいい。別の部屋で試し撃ちができるから後で撃ち方も教えてあげるね。」
春の言葉を聞きながら私は拳銃を手に取る。
比較的小さな私の手にもすっぽりと収まるのにずっしりくる重さ。
これが人の命を奪える武器の重さなのかと少し興奮した。
それから私は棚の薬品を物色したり、刃物や工具を見ながらじっくりと処刑のプランを練っていく。
決行は十二月に入ったとある寒い晴れた日にした。




