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月子の場合  作者: ヒスイ
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柳春の場合③

翌日、大学での講義ではグループワークが行なわれた。

私はさりげなく日野月子が所属するグループに入り込み他のメンバーと意見を交わす。

つまらない講義につまらないディスカッション。

本当にくだらないと思いながら私は日野月子に話題を振ってみた。

いつもと変わらない黒のワンピース姿で黙々とノートを取っていた彼女に


「日野さんはどう思う?」


と問いかける。

ノートから顔を上げた彼女。静まるグループメンバー。

日野月子は私の目を真っ直ぐ見つめる。あの目だ。

全てを飲み込もうとするブラックホールでもあり、何かを渇望する渇きと餓えに満ちた獣のような、まるで底が見えない暗い、黒い瞳。


「みなさんの仰る意見がごもっともなので私からは特に新しい意見はありません。」


それだけ言うとまたノートに視線を落とす。

呆れる周囲。日野月子を放置してワークは進むが彼女もまたこの講義になんの意味も見出せていない様子だった。

私はあの瞳を再び見れたことに歓喜しつつも退屈な授業を終えるのだった。


さらにその翌日の夜。

私は例の公園のベンチに座って夜空を見上げていた。

そこに白鳥がやって来て背中合わせに座る。


「東京じゃ星なんて見えませんよ。」


「星なんていらないわ。何倍も素敵なブラックホールを知ってるから。」


分かりきってる忠告に私は日野月子の目を思い出しながら答える。


「…頼まれた人物について調べました。資料はここに置いておきますよ。」


パサッと封筒が置かれる音が背後で聞こえる。


「で、どうだったの?あなたの主観でいいから教えて、彼女について。」


白鳥はしばらく黙ったあと大きめの溜め息を吐いて話し出す。


「そっちでも調べはある程度ついてるんでしょうが、よくもまぁこんなに不幸に見舞われるなぁって感心しますよ。姉はイジメからの売春漬けで複数回の堕胎の末に自殺。本人も売春漬け。家族は焼死。やっと出会えた友人も病院で今も意識不明と来たもんだ。しかも、家族の事件については警察のデータベースで何度も修正の痕跡あり。関係者は資料に記載してますが、そりゃバレたらヤバいような連中が絡んでるんだから事件も隠蔽するよな、と。お祓いでも受けさせた方がいいんじゃないんですか?」 


乾いた笑いが白鳥の口から漏れる。

様々な事件を追っている捜査一課の刑事がここまで言うんだから彼女の不幸は本物なのだろう。

それなのに彼女は絶望することなく餓えている。


「ねぇ、もし彼女の生きる原動力がその資料に乗ってる連中への復讐心だったらとても素敵だと思わない?毎日毎日解剖学や薬理学を必死に学んでいる彼女がどんな復讐をするのか、その復讐にどこかのマフィアなり反社会的団体が手を貸したらどうなるか、どんな作品が出来るか、あなたは興味ない?」


私の言葉に白鳥の息が荒くなる。


「それは…とてもとても興味深いものですね。ぜひそんな場面があるなら刑事として第一発見したいものだ。」


言葉は丁寧だが口調から興奮が隠しきれていない。

コイツは筋金入りの変態だと確信した。

こういうタイプは倫理観を無視して行動に移してくれるので絶好の駒になる。

私は懐に忍ばせていた札束を放り投げる。


「あら、お札を落としてしまったわ。こんな都会じゃ見つけるのも難しそうね。困った困った。」


「おやおや、こんなところにお金が落ちているではありませんか。お巡りさんに届けないと…って僕もお巡りさんか。回収しておきましょう。それでは良い夜を。通報、いつでもお待ちしております。」


ベンチから立ち上がった白鳥は札束を拾い、懐に入れたあと公園を去っていった。

私は彼が去ったベンチに残された角ニ封筒を拾い、入り口で待っているセダンに乗り込む。


帰ってからシャワーを浴び、デスクに座って資料に目を通す。

私のルートで調べた情報にプラスして天野月子だった頃の彼女の情報が補完されていく。

姉は同級生の告白を断り、不良グループに目をつけられて強制売春と堕胎。堕胎に関与した病院と執刀医の名前まで記載されている。

姉の自殺後は天野月子に目をつけて更に強制売春、の前に当時付き合っていた元恋人に妹が強姦されており

元恋人の名前も記載されている。被害届を出したが示談になったらしい。

天野日野月子を苦しめた人間たちの名前を手に入れた私にとって現状を探るのは一ヶ月も要さない。


これで日野月子の役に立てる。

私は彼女が満たされる瞬間を見たい。

ブラックホールはどれだけ復讐を果たせば、血を流せば満たされるのか。

餓えた獣はどれだけの贄を喰らい尽くせば満たされるのか。

満たされた後、日野月子はどう変化するのか。

私は見てみたい。

誰かにこんなにも興味を持つのは初めてだ。

だから私の全てを捧げても日野月子の役に立ちたいと心から思った。


翌日、いつも通り資料を読み漁っている日野月子に声をかける。


「日野月子さん、天野月子さん、どっちで呼ばれるのが好み?」


彼女の目がやっと私を捉えてくれた。

嫌悪と殺意が混じったその瞳に貫かれ、身が悶えるほどの高揚感に私は酔いしれた。

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