柳春の場合②
私にとっては退屈しのぎのキャンパスライフのつもりだった。
彼女、日野月子に出会うまでは。
アメリカから日本に来て、親戚が用意した家に家政婦を雇って住み、大学への往復は運転手が送迎。退屈過ぎる授業となんのメリットもなさそうな学生との会話を卒なくこなし、家に帰っては各企業の進捗状況を聞いて終わる。そんな退屈な日常だった。
同じ学部、同じ教室にいる日野月子は異様な存在感を発揮していた。
毎日同じ喪服のような黒のワンピースを着て、誰とも話さず、淡々と授業を受け、空き時間には図書館や資料室で本を読み漁る。
顔は言われなければ中学生かと思うほどの童顔で肩にかからないラインで揃えた真っ黒のボブヘアーが特徴的。
周囲は彼女に「変わり者」のレッテルを貼り、すぐに興味を失ったが私はなぜか惹かれるばかりだった。
こっそりと彼女を尾行して図書室等で読んでいる本を見たが全て人体の構造に関わる書物、もしくは薬学系の本や医学部のレポートだった。
それらに興味があるのかどうかは正直どうでもよく、それを読む彼女の瞳が私を引き込む。
まるで光をも食らうブラックホールのような真っ暗で真っ黒で底がないその瞳に私は日に日に魅了されていった。
彼女は何かを欲している。それも単なる学習で得られるようなちっぽけなものではない鮮烈ななにかを。
欲しているということは満たされていないということだ。
彼女が何を欲していて、どうすれば満たされるのか、そもそもブラックホールのような瞳が、空虚で乾ききっている砂漠のような彼女が満たされるのか、私は好奇心をそそられるばかり。
家に帰って早速私は自分の情報網から汚職警官をピックアップする。
一時間もしないうちに警視庁の刑事が候補に挙がってきた。
白鳥誠、警視庁捜査一課の刑事で三十五歳、独身。情報提供元によると重度の死体愛好家で現場に積極的に赴き遺体の写真を撮影したり、過去の猟奇殺人事件の書類から写真を無断でコピーし家に飾っている真性の変態。
暴力団ともつながりがあり、彼らが行なう拷問や殺人を間近で見る快感と引き換えに事件の隠ぺいに加担しているとのこと。
私は早速、情報提供者を通じて彼にアポを取り夜の公園に呼び出すことにした。
目的はもちろん日野月子の情報収集だ。過去に逮捕歴がないか、親類を事故や殺人で亡くしていないかの調査を請け負わせるため。
もちろん警察では把握しにくい情報等は別のルートから探りを入れるのだが。
時刻は午後九時。都心の中にぽっかりと空いた静かな穴のような公園のベンチに白鳥は座っていた。
写真にある通りの瘦せ型で青白い顔、ぼさぼさの髪の毛は疲労からかそれとも無頓着なだけか。スーツもせっかくそこそこのブランドの物なのにしわが寄っている。
私は背中合わせに配置されているベンチに座る。ちょうど白鳥が斜め後ろ、赤の他人と思われつつ話ができる間合いだ。幸い、この時間の公園にはホームレスか退勤途中で通り過ぎるサラリーマンくらいしかいない。
「お招きいただき光栄ですよ、世界中で複数の会社を経営しているやり手女子大生さんからお声がけいただけるなんて。」
低い声で嫌味ったらしくぼやくが敵意は感じられない。まあ、彼の職務に関わる情報の全てを私が握っているのだから当然なのだが。
「こちらこそ、お忙しい中でお時間を作っていただき嬉しいわ、死体愛好家の刑事さん。」
斜め後ろから露骨な溜め息が聞こえる。
「…それで、そんなやり手経営者様が一介の死体愛好家になんのご用でしょうか?」
嫌味ったらしいのは元からの性格のなのか。
特に気にすることもなく私は自分の要求を伝える。
「ある人物とその周辺の素性について調べて欲しいの。家族構成、本人とその周囲の犯罪歴、過去に事件に巻き込まれたかどうか、その他諸々。今の名前と大学名はメモにしたからお金と一緒にここに置いておくわ。」
私は封筒の中に日野月子の名前と大学名を書いたメモ用紙、札束を入れてベンチに置く。
もちろん会話の内容は録音、行動は部下に録画させている。
「わざわざ警察を使うってことは何か匂うってことですか?まぁ、やるだけやってみますよ。明後日の夜に同じ場所でいいですか?」
「ええ、助かるわ。」
私はわざとらしく大きな伸びをしてベンチを立つ。
数歩歩くと後ろで白鳥が封筒を取る気配がした。
公園の入り口につけてある黒塗りのセダンに乗って私は家路に着く。
家に着いてからはPCやスマートフォンに届いているメッセージを確認していく。
プライベートとは別に仕事や公には名前を出せない組織と連絡を取るようにと複数の端末があるのでこの時間が一番面倒だ。
だが、既にいくつかのルートから日野月子の情報提供が来ている。
一通り目を通すと、日野月子という輪郭がはっきりしてくる。
姉を自殺で亡くし、残った家族も放火で死亡。自身も売春を強いられ中学時代を送る。
高校時代にも売春をしながら日常を送るが、親友がその父親により暴行され現在も意識不明で入院中。
あとは白鳥からの連絡を待って不足した情報のピースを埋め、パズルを完成させる。
ここまででも十分に私の興味を引く内容だ。
早く彼女のことを知りたい、そう思わせてくれる人間に出会えた初めての体験に私は身を震わせていた。




