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月子の場合  作者: ヒスイ
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宮川明の場合

月子と愛し合い、余韻もそこそこに月子が眠っていることを確認して私は日野家を出た。

もう慣れた雪道をずんずんと進みながら携帯電話のメール画面を開く。


『夕方、家に帰る。一人で来い。』


父親からのメールだ。

雪かきの最中に届いたもので返事はしていないが春になればこの町とも父親とも決別するため、彼に会うのは通過儀礼だと割り切った。

普段ならそこまでかからない道のりだが私の計算通り、雪で阻まれ家に着いた時には日没間近になっていた。

駐車場には古びた軽自動車が停まっている。

覚悟は決めていたが陰鬱な気分は晴れない。

ろくに雪かきもされていない階段を危なげなく登り、玄関扉を開く。タバコの臭いと石油ストーブの臭いが鼻の粘膜に突き刺さる。

明かりが灯っているリビングのソファーには父親が座っておりぎらついた目で私を睨んでいた。


「一人で来ただろうな?」


「うん。誰か連れてきたら何されるかわかったもんじゃない。」


私の言葉を鼻であしらい、片手をこちらに差し出してくる。

不思議に思って見つめていると厭らしい笑みを浮かべて話し始める。


「金だよ金。体売って稼いでるのは知ってんだよ。ラブホテルからお前と身なりの綺麗なおっさんが出てきたのを見てな。どうりでこの前も財布にたんまり札が入ってるわけだ。ほら、持ってる分と通帳合わせて全部寄越せ。じゃないと学校に通報してやる。」


親として少しでも見ていた私が間違いだった。

こいつは真正のクズで私からお金を巻き上げる用事の為だけにこんな雪深い町まで帰ってきた。

拒否することは簡単に見えて難しかった。学校に通報されれば指定校推薦は直ちに取り消されるだろう。

私だけならまだいいが芋づる式で月子も取り消されてしまったらどうしようもない。

怒りで指先が震えながら私は財布からお札とキャッシュカードを取り出して渡す。

乱暴に奪い取り札束を数え、こちらをギラリと睨む。


「で、こっちにはいくら入ってんだよ。」


キャッシュカードをひらひらさせながら尋ねられる。


「五百万くらいだったと思う。」


父親は目を見開く。


「嘘じゃねえだろうな?」


「今からでも銀行に行って確認すればいい。私はあんたみたいなゲスを相手に嘘をつくほど馬鹿じゃない。」


少しイラついた表情を見せたが金額のことを考えたのだろう、口の端が歪に吊り上がる。

口座に入れている金額なんて一部だ。残りは月子と一緒に月子の部屋の押し入れに現金で保管している。


「私は春になったら東京に行く。大学もアパートも決まった。だからあんたと会うのは今日限りにしてほしい。」


吊り上がった口の端が元に戻り、父親はソファーから立ち上がり私の左頬を殴りつけた。

一瞬意識が飛んだが床に頭を打ち付けた衝撃で意識が戻る。

父親は私に跨り、顔をさらに殴りつける。鼻血なのか口の中が切れたのか分からないが血の味がする。

痛みで意識が遠退くのをこらえ、私はポケットに入れていたカッターナイフで闇雲に目の前の獣を切り裂く。


「うああああっ!こいつ!」


左頬を切り裂けたようだがこれが返って逆効果になった。

獣は私の服を乱暴に破り、ズボンとパンツを下した。

そこからのことは悪夢そのものだった。

罵倒の言葉と殴られる痛み、そして実の親に犯される嫌悪。この世に地獄があるならここだと言える。

獣は何度も私の中に熱を吐き出し、自分の着衣を整えだした。

そしてゆっくりと台所に向かい、帰ってきた時には手に包丁が握られている。


「援交したり、親の顔を切りつけるような失敗作は壊すのが親の責任ってやつだよな。」


血だらけの顔面が歪に歪み、全裸にされた私の腹部に包丁を突き立てた。

鋭く、凶悪な鉄が私の体内を無遠慮に貫く。

痛みなんてもうなかった。もう月子に会えないという悲しみが涙の代わりに血となって床に広がる。

遠くから軽自動車が走り去る音が聞こえる。

最初は温かかった血もすっかり冷えてしまい、私の意識も薄れていく。


ああ、月子。私の愛しい月子。あなたがこの先も幸せでありますように。

あなたの復讐が華麗に成功し、月明かりのようなその笑顔で私みたいな穢れた人間を優しく照らしてくれる人で在り続けますように。

独りぼっちにさせてごめんね。いつまでもいつまでも愛しているよ、月子。


最後に私が聞いた音は玄関が乱暴に開かれ、愛しい人が私の名を叫ぶ声だった。

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