日野月子の場合③
佐々木さんも加えた夕食は昨日より騒がしく楽しいものだった。
佐々木さんへのお礼のための夕食だったのに佐々木さんは自家製のお漬物を始めとしたお惣菜、お手製のケーキなど持ち寄ってくれた。
佐々木さんは数年前に息子家族が東京に移住したため今は一人で暮らしており、祖母とは昔馴染みの付き合いでお互い夫を亡くした独り身同士で助け合って暮らしているのだとか。
まるで姉妹のような二人に私は癒されていた。
帰り際に佐々木さんは
「月子ちゃん、なにかあったらいつでも頼ってきていいのよ。」
と言ってくれて心底嬉しかった。
私は何度もお礼を言って見送った。
そして翌日、私は最寄り(車で三十分)の携帯ショップに行き祖母名義で携帯電話の購入と契約を果たした。
家に帰って早々に慣れない手つきで機能を確認していく。
あらかた機能を把握して匿名掲示板や出会い系サイトのアクセスにも成功した。
あとは…。
「お祖母ちゃん、自転車ってある?」
「自転車ねえ…。うちは車があるからないのよ。佐々木さんのところならあるかもしれないけど聞いてみようか?」
私は自分で聞きに行くことにした。
そう、自宅から駅まではとても徒歩では行けない距離のため自転車が必要となる。
それに加えて私の行動範囲も広がる。
もちろん当初の計画通り売春は繁華街で行う予定だ。万が一にでも祖母に迷惑が掛かることがあってはならない。
佐々木さんの家は祖母の家からまっすぐ西へ百メートルほど歩いたところにあった。
赤い屋根が特徴の大きな家だ。
私がインターホンを鳴らすと明るい返事が聞こえてきた。
少し戸惑ったが田舎方式の則って私は玄関の引き戸を開けた。
「こんにちは、月子です。」
奥からパタパタとスリッパの音が軽快に駆けてきて割烹着姿の佐々木さんが笑顔で現れた。
「月子ちゃんいらっしゃい。聞いとるよ、自転車探しとるんやってね?息子らが使ってたのが庭にあるから好きなの持って行っていいよ。」
祖母が電話してくれたのだろう。本当にありがたい。
佐々木さんは庭まで案内してくれた。うちと同じで色とりどりの花が咲いており野菜も育てていて、どれも手入れが行き渡っていた。
庭の片隅に三台の自転車が置いてある。持ち主が引っ越して手放されたというのにこちらも庭と同様に綺麗に手入れされていた。
「たまに私も乗るからね。車もあるけどちょっとそこまで、みたいな距離はこっちの方がいいんよ。」
ニコニコしながら教えてくれる。
三台の中でも前輪と後輪の両方に籠が取り付けられている赤い自転車が恐らく佐々木さんのだろう。
残りの二つは前輪に籠、後輪には荷台が付属されている。カラーは赤と黒。まるでランドセルのようだと思いながらランドセル感覚で赤を選んだ。
「ちょうど孫が乗ってた自転車だよ。鍵、持ってくるから待っててね。」
小走りで去っていく後ろ姿を眺めてからじっくりと自転車を見る。
買ったのはかなり昔のようだが手入れが行き届いているためフレームも綺麗でタイヤも問題ない。
佐々木さんが戻ってきて鍵を解錠する。
試運転してみてもいいと言われたため家の前の道路を走ってみる。
自転車に乗ったのは何年振りだろうか、それでも体は動かし方を覚えておりすいすいと進んでいく。
ブレーキを掛けるときに若干の金属音が鳴るが許容範囲で、それ以外もなんの問題もなかった。
佐々木さん曰く、懇意にしている自転車屋さんがあるらしく自分の自転車を見てもらうついでに年に一回は予備として他二台の手入れもしてもらっているのだとか。
「またこの自転車が役に立てて嬉しいわあ。」
と喜ぶ佐々木さんに私は罪悪感を感じた。
もちろん通学にも使うのだが、メインの用途は売春の行き帰りの足なのだから。
お礼を言うと庭で採れたという夏野菜が詰まったビニール袋を前籠に入れてくれた。
私は再度お礼を言い自宅に戻った。
祖母は赤い自転車を見て佐々木さんのお孫を思い出したのだろうかにっこりしていた。
翌日、私は早速駅まで自転車を走らせた。
舗装された道もあるがほとんどは砂利道やあぜ道だが振動が心地良かった。
少し迷ったり、慣れない土地だったため一時間ほどかかってしまい到着した頃には汗だくだ。
黒いワンピースは日光を吸収するという盲点が私の体力をじりじり削っていったため耐えきれず、駅前のハンバーガーチェーン店でしばらく涼んで帰ることにした。
路線図を見ながらターミナル駅を確認した。駅員に確認してみると最寄りのターミナル駅までは二十五分、県庁所在地がある街の駅まで四十分ほどらしい。運賃等もメモして帰宅する。
帰り道は行きよりスムーズに帰れた。もしかしたら抜け道や近道があるかもしれないがそれはまた後日にしよう。
家に帰ってから祖母が作ってくれた昼食を食べてシャワーを浴びた。
明日からは電車に乗って周辺環境の下見をしようと決め、祖母の優しい背中を見ながら扇風機の風を浴びて午睡に耽った。




